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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第二章 ふたりめ
65/137

18マーケット・フェスティバル(上)

「これは……素晴らしい景観ですね」


 医療都市を出て数日が経った頃、リコリネは目の前に広がる黄金の麦畑を見て、思わず足を止めた。

 ユディも、感銘を受けたように隣に立つ。


「そうか、この大陸は人口が多いから、郊外の空き地も畑にしているんだね。きっとそこまで手間のかからない植物なんだろう。風って普段は目に見えないけど、こうして見ると、風が吹いているんだなと確認ができて面白いなあ…」


 ユディは目を細めて、麦穂の上を波打つように通り過ぎていく風を見送る。


「確かにその通りですね~~。でもリルちゃんとしては、軽やかに飛び上がるリルちゃんの姿を見て、そう感じていただきたかったです~~。まったくもう、ご主人サマは一体何年リルちゃんと共に居ると思っているのですか~~っ」


「ほらリルハープ、むくれない。ちゃんと君のことは見ているからさ」


 ユディは困ったように笑い、リコリネはそのやり取りを温かく見守る。


「…ふふ。あまり意識してはいませんでしたが、風の音というのも、なかなか風情があっていいですね」


「僕は、風になびく植物の音が結構好きだなあ。音楽みたいで。リコリネの好きな音って?」


「私は…そうですね。実家の庭にある水琴窟の音がとても好きです。心が落ち着くのですよ。瞑想がはかどります」


「すいきん…? 知らない音だなあ、水音?」


「はい、そのように考えていただければ大丈夫です。それをさらに涼やかに増幅したものと言いますか…。祖母が、閃の大陸から来た行商人から、珍しいと買い付けたものです」


「風鈴みたいなものかな? あれもいい音なんだよ。前に兄さんが閃の大陸のお土産で買って帰ってきたんだよね、…あ、」


 ユディは、続けようとした言葉を、慌てて千切った。


「…なんでもない」


「……はい」


 リコリネは、テリオタークのことを、それ以上は踏み込まないでくれた。

 ユディは少し頬が赤くなる。

 あんなバカげた兄弟ごっこを、まだ引きずっているなんて。


「ご主人サマ、あんなバカげた兄弟ごっこをまだ引きずっているのですね~~?」


 だが、そこに容赦なく塩を塗り込んでくる妖精が居た。


「リルハープさ、ホント君って、時々痛恨のクリティカルを決めてくるよね?」


 嫌そうにしているユディの周辺を、リルハープはきゃらきゃらと大笑いしながら、器用に飛び回って行った。


 今度は、ユディがむくれる番だ。


 だけど…と、ふと、三年を過ごしたあの家が浮かぶ。

 窓辺にかけられた風鈴がある風景が。

 まだ、あの風鈴はあるのだろうか。

 テリオタークは、それを見てどう思っただろうか。


 なぜか、脳裏に浮かぶテリオタークは、背を向けた姿でしかなかった。



-------------------------------------------



 英雄の村への道中で、途中にあった街に立ち寄ることになる。

 最初は補給を目的としていただけだったのだが、街の名を聞いて、リコリネはとても乗り気になっていた。

 ようやく、遠くに街が見えてくる。


「あれが修練都市ですか……高鳴りますね」


「見た目は普通の都市っぽいですが、どう違うのでしょうね~~?」


 リルハープは、既にユディの胸ポケットに入って準備万端だ。


「きっと油断をして歩いているところへ、いきなり落とし穴が開いたりするのですよ。壁から矢が出るトラップもありですね」


 リコリネが夢見がちに語っているところへ、ユディがブレーキをかけた。


「こらこら、そんな街、落ち着いて住めないだろ……。比較的騎士国家から近い場所にあるから、その騎士たちが使う訓練所とか、試合用の競技場があるらしいよ」


 競技場と聞いて、リコリネの指先がピクリと動いた。


「……なるほど。闘技の街とは違うのですね。あそこの闘技場は、剣奴のみが使用する場ですから」


「へえ、リコリネよく知ってるね、そんなこと」


「…ええ、まあ。さすがに同じ硬の大陸ですからね、噂は伝わってくるのです。しかしそうなると、やはり騎士だけが使用できるのでしょうね、その競技場とやらは」


「そこまでは僕も知らないんだけど、一般人も使用できるんだったら、まさかリコリネは戦うつもり…?」


 じとりとユディがリコリネを睨むと、リコリネはハっとしたように慌てて首を振った。


「いえ、滅相もありません。騎乗鳥で行う槍術戦に興味があるだけです。…もちろん、見学したいという意味ですよ。平和が一番ですからね、平和が」


「…まあ、それならいいけど…。話によると、やっぱりここも人との交流を主軸に置いているらしくって、交流区っていうところには、個人ではなかなか作り出せないような大きな会場が転々と置いてあるらしいんだ。働く人材のマッチングを行う会場もあれば、ダンスパーティーを開くような洋館もあって、果ては恋人探しの会場もあるとか」


「それは…貴族も平民も入り混じっていそうなイメージですね。意外に階級社会ではないのでしょうか」


「ああ、それは別の街にあるんだよ。まんま『貴族街』っていう街があるとかで。そうやって住み分けをしているから、ここではそういう煌びやかな物を引きずった人にはご遠慮願ってるみたいだね。そもそも騎士王の意向とかで、差別は大っぴらにできないっていう暗黙の了解があるみたいだ」


「なるほど。話を聞く限りでは、騎士王はかなりの人格者なのですね。ウェイスノー殿も、騎士王のことはお好きなようでした。その一念で騎士を続けてきた部分もあったとか」


「へええ、ウェイスノーさんって、実は真っすぐな人とかが好きだよね。騎士王もそんな感じなのかな?」


「ウェイスノー本人がひねくれてますからね~~、自分にないものに惹かれるのでしょう~~」


「何でリルハープはウェイスノーさんに関してはちょいちょい辛口なの…?」


「…ふふ。リルハープ殿は、気に入った人に対しては辛口なだけですよね」


「なっ、何を言うのですかリコリネ~~! リルちゃんが構ってあげないと可哀想だって思っているからに決まってます~~っ」


 わたわたする妖精に、ユディとリコリネは笑い声をあげる。

 そうこうしているうちに修練都市に辿り着き、無事に門番のチェックを通りすぎることができた。


 ユディはすっかり人好きのする対応が身についていて、修練都市の門番も、例外なくユディに好感を抱いたようだ。


「兄さんたち、ちょうどいい時期に来たね。もうじき交流区で大掛かりなマーケット・フェスティバルがあるんだよ。ぜひ参加していくといい。おすすめは食べ歩きかな」


「! それは楽しみです、ありがとうございます」


 ユディは破顔して一礼すると、ちょっと声音を弾ませて、リコリネの方を見ながら街の中へと入る。


「マーケット・フェスティバルだってリコリネ。困ったな、どんなものを売っているんだろう? 旅の邪魔になるから持ち歩けないのに」


「…ふふ、顔が全然困っていませんよ、主。それに、お気を付けください。こういった祭りではオークションが行われる可能性があります」


「そうか、なるべく商品に一目惚れしないようにしないといけないな…財布の紐を緩めないようにしないと」


「いえ、そういった意味ではありません。例えば肌が白く美しい金髪の女性の絵を売っていると見せかけて、実は絵と同じ娘を売る、人身売買の隠れ蓑であったりしたら大変です」


「リコリネはどこまで物騒な思考回路をしているのですか~~!?」


 リルハープが、いつものように胸ポケットから突っ込んでいる。


「…すみません、オークションにはそういったイメージしかなく……」


「本当、ライサスさんの教育の罪は重いな……年を経るごとに思うよ。大丈夫だってリコリネ、さすがに騎士国家のお膝元でそんな商売をする人は居ないからさ。純粋に楽しもう」


「は。かしこまりました」


 こういったリコリネにも流石に慣れてきていて、ユディは温かく微笑んで、居住まいを正す姿を見守る。

 宿を取る頃には、街中の空気が、お祭り前の浮足立った熱気に包まれているのを感じとれた。

 家々の間には、色とりどりの飾りつけがされており、街中にある樽には、ふわふわとした白い花が活けてある。


「こういうの、ちょっとわくわくするね」


 ユディはたまらずにそう述べた。


「はい、本当に。主がいらした海峡大橋の宿場町には、祭りなどはなかったのですか?」


「そうだね。やっぱりあそこは通り道っていう認識みたいで。祭りが見たかったら、みんな他の街に足を延ばしていたなあ。幸い、仁の大陸にも、潤の大陸にも行ける場所なわけだし」


「左様ですか。私も、このような華やかな空気の街に来るのは初めてです。お互いに初めての経験であるなら、これほど嬉しいことはありませんね。一緒に知っていけますので」


 リコリネとユディは、顔を見合わせて微笑んだ。

 もちろんリコリネはフルフェイスだが。

 それでも、はにかんだ気配が伝わってくる。


 祭りの下見のつもりで、その日は各地区を撫でるように通り過ぎて、街の熱気を楽しむことにした。

 この街の家々の壁も白かったのだが、祭りの下準備なのか、脚立に乗った職人が、色とりどりの蝶の絵を、直接壁に描き込んで行っている。

 なぜ蝶なのかとその職人に質問をしてみると、「この街では、蝶が幸せを運んでくると言われているんだ」と、にこやかに話してくれた。


「祭りは初めてかい? だったら案内所に行けば、色々と教えて貰えるよ。当日は混むだろうから、今のうちに聞いておくといいかもしれないな」


 そう付け足してくる職人に礼を言い、ユディたちは伝えられた場所へと足を運んでみる。

 当日用のアーチの準備をされている横に、簡易式の案内所があった。

 早速受付嬢に話を聞いてみると、いくつかのイベントの案内をされた。


 ひとつは、結婚式があるのだとか。

 毎年、このお祭りで結婚式を挙げる人が数組いるとかで、気まぐれに通りかかるだけでも、結婚式の様子がいつでも見られるという。


 ひとつは、スープフェスティバル、という催しだ。

 当日、この案内所で、マグカップの器か、固く焼きしめられたパンの器かを購入してスープ屋台を回ると、いちいちお金を払わずとも、各屋台のスープを一杯だけ注いでもらえるそうだ。

 そして、近くにある投票箱へ、一番おいしかったスープ屋台の名前を書いて投票をするか、マグカップの器を買った場合は、そのマグカップを屋台の店主に渡す、という流れで、投票ができる。

 受付嬢のおすすめは、パンの器だという。

 様々なスープの味がパンの内側に染みわたって、最終的には得も言われぬ味わいになるとか。


 ひとつは、競技場で騎士による騎乗鳥戦が公開されるという。

 騎士国家には、騎士王の七翼と呼ばれる、七人の騎士が居る。

 そのうちの一人が、今回のゲストに呼ばれているらしい。


 他にもいろいろな催しの案内をされたが、一番印象に残ったのは、その三つだ。

 ユディたちは、受付嬢に礼を述べて、宿へと帰っていく。

 道中では、祭りの話で持ちきりとなった。


「リコリネはやっぱり競技場に行きたい?」


「はい。まさか七翼が一人をこの目で見られる機会が来るとは思いませんでした。もちろん、スープも、結婚式も気になるのですが」


「まあ~~、リコリネも女の子らしいことを言うようになりましたね~~、リルちゃんも結婚式が見たいです~~!」


「はい。自分には絶対に縁がないものですからね。やはり遠目に見てみるだけでも、やってみたいのです。もちろん、幸せそうな御仁を眺められるという意味でも、嬉しいことですからね。主はやはりスープですか?」


 結婚について踏み込もうとしていたところへ、さりげなくリコリネが話を逸らしてきたので、ユディは少し面食らったように答える。


「そう…かな。そもそも、リコリネに保存食以外のものを食べさせたい、という部分は、大いにあるよ。君は文句ひとつ言わないけど、やっぱり貴族のお嬢さんは舌が肥えているだろうからね」


 リコリネは、一瞬驚いたように言葉を詰まらせた。


「……あまり考えたことがありませんでした。食については頓着がない方なのかもしれません。いえ、保存食というのも、あれはあれで面白いので、嫌いではありませんね。特にカンパンが好きです。おそらく、香ばしく、歯ごたえがあるものが好きなのだと思います」


「ああ、そうだったのか、それを聞いて安心したよ。歯ごたえがあるものって、たまに食べたくなるよね。僕も、考え事をするときには無意味に野菜スティックをポリポリ齧って過ごしていたなあ。…でも、競技場の見学には、僕も行くからね」


「よろしいのですか? 主は戦闘などには興味がないのでは…?」


 そう問いかけながらユディの顔を窺い見て、リコリネは少し驚いた。

 ユディは、見たことがないくらいの笑顔を浮かべていた。


「実は、王の七翼っていうのに、すっごく、すっごく興味があるんだよ。遠目で見られるなんて、またとないチャンスだからね、楽しみだなあ、とても」


「……左様ですか」


 なぜか、ユディは笑顔であるはずなのに、リコリネは一瞬、背筋に冷ややかなものを感じた。

 ユディがとても怒っているように見えたからだ。

 だが、次の瞬間には、ユディはいつもの優しい雰囲気に戻っていた。


「さ、そうと決まれば、明日は一日、買い出しの日にしないといけないな。明後日には祭りだし、たぶんお店が閉まってしまうだろうからね。今日はゆっくりと休もう」


「……はい」


 多くは語らず、リコリネはユディの後ろをついていく。

 いつも通りのやりとりのはずなのに、蟻の一匙分ほどの不安が、リコリネの脳裏をかすめて行った。




 次の日。

 順調に買い出しを終え、二人して大荷物になった紙袋を抱えながら歩いていた時だ。

 通りの向こうから、黄色い悲鳴が聞こえてきた。


「きゃあああっ! アシュアゼ様ぁーー!!」


「!」


 リコリネが、「何の騒ぎでしょうか?」と隣を見た時には、ユディはすでに駆け出していた。

 慌ててその背を追いかけて、黒山の人だかりの最後尾に辿り着く。


「アシュアゼさま、こっち見てーー!」

「キャーー、ステキーー!」

「あたしの翼になってーーっ!」


 ざわついている人々は、すべて女性だった。

 彼女らは、目の前を通りすぎていく、騎乗鳥に乗った派手な人物に向けて、思い思いに歓声を上げながら手を振っている。


「はーっはっはっは! はーっはっはっは! ありがとう、可愛い小鳥ちゃんたちーーっ」


 優雅に手を振りかえしているその人物は、軽鎧を着ているわけでもなく、歓声の対象でなければ騎士だと判別できないほどに派手だ。

 背中には、一枚一枚が大きい、蛍光色の羽根が、クジャクのようにわさわさと背負われている。

 胸元には、翼をかたどった国章が輝いていた。


 あれが例の、王の七翼ということだろうか…と、リコリネが思った時、鋭い殺気を感じて、バっとそちらに目を向けた。


「…!?」


 そして、息を呑む。

 その殺意を発していたのは、他でもない、ユディだったからだ。


「主…?」


 思わず声をかけると、すぐに殺気は霧散し、いつもの優しい表情で、ユディはリコリネに微笑んでくる。


「リコリネ、よかったね。あれが“うつろの翼アシュアゼ”さんだって。明日のゲストは、あの人なんだね」


「……ええ。そのようですね…」


 そこからは、いつものように、にこやかな話が進んで行く。

 リコリネは、先程の殺意は気のせいだ、と思い込もうとした。

 しかし、そう思うには、あまりにも鋭すぎた、とも思う。


 かといって、なんとなく踏み込むこともできずに、祭りの当日を迎えてしまった。



-------------------------------------------



 ユディがいつものように、明け方に降ってくる、天からの贈り物を見上げている頃には、既に街は目覚め始めていた。

 やはり祭りの当日ともなると、準備などで忙しいらしい。

 それだけではなく、しばらくすると、子どもたちが通りを駆け回る声も聞こえてきた。

 どこもかしこも、そわついている。

 そのことをリコリネに話すと、「私もあの子等と同じような気持ちです」と、はにかむように答えてきたので、ユディは思わず微笑んだ。


 やがて街の中心部から、ポンポンと小さな花火の音が聞こえてきたと同時に、ユディたちは宿を出る。

 今日は朝食と昼食を、スープ・フェスティバルで取る予定にしておいた。

 なので、受付で買ったのは、マグカップの方ではなく、パンの器だ。


「これ、たぶん、回る屋台によって味が変わるよね。計画的に、味が混ざっても変じゃない屋台にしないと…って思うと、ちょっと頭脳戦みたいだ」


「それは戦略を練るのが楽しそうですね。主と私で、別々の屋台を攻略しましょう」


「いいけど、トラブルには気をつけるんだよ……」


 ユディはまだちょっとリコリネの個人行動が心配でいる。


「…ふふ。主は過保護ですね。大丈夫ですよ、そんなに離れるわけではありませんし。主こそ、迷子にならないでくださいね、この後はリルハープ殿のために、結婚式を見に行くのですから」


「君に心配されるようじゃ、僕もまだまだだな。見てなよ、すごく美味しいスープパンを完成させてみせるから。じゃあ、待ち合わせは、腹八分目になった頃に、噴水の前で!」


「はい」


 二人して、意気揚々と足を踏み出した。


 雑多なまでに人も物も多く、スープ屋台の前には、必ず長蛇の列ができている。

 しかし支払いの必要がないため、列の回転も速く、店主も慣れた手つきでお玉から器へとスープを注ぐだけなので、スイスイと進むことができた。


「リルハープ、ホントにスープは飲まなくていいんだ?」


「リルちゃん、匂いですでにお腹いっぱいになりそうです~~っ」


 時折胸ポケットに話しかけては、注がれたスープを、「あちち」と言いながら飲んでいく。

 数店舗回っていくだけで、結構なボリュームだった。


「これ、全店舗を制覇する人がいるって話なんだよ、すごいよね」


「それはもはや意地になっているとしか思えませんね~~」


「でも投票制なんだから、考えてみればそれが一番誠実な行動なのかもしれないな」


「ご主人サマも制覇なさいますか~~?」


「うーーん、物理的に無理かもしれない……」


「そんなことだから、いつまでたってもヒョロヒョロで背が伸びないのですよ~~!」


「む……。僕はちょうど男性の平均身長らしいよ。いいことじゃないか、平均的で」


「はいはい、心が弱い人ほどそうやって言い訳を作りたがるのですよね~~っ」


「………」


 ユディはちょっと意地になって、もう一店舗だけ頑張った。

 リコリネと合流する頃には、若干足がふらつく。


「主、どうされましたか」


 リコリネは先に待っていて、心配そうにユディを見てくる。


「う……いや。これ、投票制って、絶対運の要素があるって。最初に食べたものほどおいしく感じるよ」


「ふふ、確かにそうですね。私も、すべて食べきれないことを残念に感じました。…主、パンの器は食べられそうですか?」


「あ、そうだった!? 頑張るよ……」


「いえいえ、では私のと、主のと、一口分だけ食べてください。残りは私が頂きましょう。こんなこともあろうかと、少し余裕を持たせてきたのです」


「まあリコリネ~~、そんなにも先を見越して、騎士の鑑ですね~~!」


「この程度でお褒めいただけるとは、光栄です。もちろん、リルハープ殿が主をせっついたのだろうなあ…という辺りを思えば、容易に想像できますからね」


「さすがリコリネ、どっかのタチの悪い妖精とは違うなあ」


「人聞きの悪いことを言わないでください~~!」


 結局、三人で笑い声をあげた。




 投票を終えると、結婚式が開かれているという場所へと向かう。


   カラーン、カラーン―――


「あ、もう佳境かな」


 鐘の音の聞こえる方へと、慌てて足を進めた。

 角を曲がると、「おめでとー!」「おめでとうー!!」「幸せになってね!」「お幸せにー!」と言いながら、人々が花嫁と花婿を取り囲んでいるところだった。

 フラワーシャワーではなく、手に持った何かを、次々に花嫁と花婿の白い衣服に挿していく。

 それは、色とりどりの蝶の細工飾りだ。

 花嫁のヴェールを蝶が舞い踊っているようで、まるで花嫁自身が一輪の花のようだった。

 花婿の衣服に挿されていく蝶は、宝石や、金の粒を抱えたデザインで、どうやらあれがご祝儀らしい。


「キレイですね~~、きゅんきゅんします~~っ」


 リルハープは、胸ポケットからちょこりと顔を出し、満足げに幸せな二人を見つめている。


「はい、本当に」


 リコリネが、しみじみと相槌を打つので、ユディは思わずそちらを見た。


「リコリネも、ウェディングドレスには憧れがある?」


「……そうですね。決して手が届かないから憧れる、という意味では、確かにそうです。私は一人で生き、一人で死ぬ予定ですから」


「え……どうして?」


「性分です。不朽の薔薇を求めるほど女でもなく、七海の王を願うほど男でもない。私はそういった生き物ですからね」


 そう言いながらも、リコリネはじっと人々に祝われ続ける二人を眺めている。

 ユディは、何も言えずに、同じ場所に目を向けるしかない。

 なぜか…。

 なぜだかわからないが、とても柔らかく、突き放された気がした。

 どうしてそう感じるのかは、まるでわからなかった。

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