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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第二章 ふたりめ
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13大陸情報俱楽部

 次の日、ユディたちは念願の大陸情報倶楽部を訪れた。


 人々の交流の場としても機能するという性質上、かなりの広さがある建物が使われている。

 談話スペースや、壁際に置かれたソファで、多くの人がワイワイと語らい合っていた。


 リコリネは、そこに充満する熱気のようなものに、思わず感嘆の息を吐く。


「これを、主が……」

「待ったリコリネ、僕だけの力じゃないからね!?」


 このままでは、リコリネの中で稀代の大人物に祭り上げられる可能性が出てきたため、ユディは慌てて否定しておく。

 リコリネは、フルフェイスの中で微笑んだ。


「…ふふ、主はもうちょっと調子に乗ってもいいものと思われますが。しかし、萎縮されても困りますからね、適当に見て回ることにします」


 そう言うと、リコリネはスルリと人ごみの中へと入っていく。

 ユディは、若干ハラハラしながら、その全身鎧を見守った。

 まずは依頼掲示板。

 次に、伝言板。

 だが、そこからリコリネが動かなくなった。

 不思議に思って、ユディはリコリネの背に近づき、彼女が見ている張り紙をそっと覗き込む。

 騎乗鳥の引き取り手を探している、という内容だった。


「…リコリネ、騎乗鳥が欲しい?」


 ユディが問いかけると、リコリネはハっとしたように我に返った。


「あ、いえ…。ギュギュ殿の騎乗鳥を思い出しておりました。私はもう、騎乗鳥を持つ気はなかったのですが、ああして間近で見ると、やはりどうしても惹かれてしまいますね」


「…君が、騎乗鳥と旅をしたいというのなら、僕に反対をする理由はないよ」


「…いえ、いいのです。こうして少し思いを馳せるだけで、じゅうぶんです。思うだけなら、罪ではない…と思っていますから。実はもう、名前も決めているのですよ」


「…聞かせてほしいな」


「はい。騎乗鳥は、基本的にお腹のところが綿のようにふわふわとしているので、『ハラワタ』という名前にしようと思っています」


「それはいかがなものかと~~!?」


 リルハープが、ユディの胸ポケットから小声で言っているのだが、リコリネに届いたかどうかはわからない。

 実際聞こえてなかったようで、リコリネは何事もなかったかのようにユディの方を見る。


「しかし、本当に地域密着型という感じの場所なのですね。依頼の方も、探し人から、井戸に落ちた結婚指輪の捜索など、こまごまと多岐にわたっています」


「うん。みんなが困っているのは、賞金首に対してだけじゃないなと思ったからさ。住み分けの意味でも、個人が気軽に依頼できるような形にしたんだ。面白いのは、この依頼をざっと見渡すだけで、この街の現状が少しだけ垣間見られること。今は平和なんだとか、治安が悪くなってきているなとか、みんなが肌で感じられるようにした。ある意味での注意喚起になるかと思って」


「なるほど…。とても深く考えられたのですね」


「言ってしまえば、暇だったからさ。考える時間だけはたくさんあったから。報酬の相談とかでゴタゴタしたら、考え直す必要はあったんだけどね。幸いまだ新しくできたばかりだからか、みんなが楽しんで行儀よく使っている感じで、上手く回っているみたいなんだ」


「…面白いですね。空気感…というか。流れ…というか。誰かが悪事に使おうと思えばできるシステムではあるのですが。その辺りの良心を民意に託すのは、とても主らしいです」


「一応掲示板に貼る内容をチェックする人員は居るんだけど、今はそれくらいなんだよ、対策が。あんまりよくないことだろうから、たぶん、引き継いだ皆がここから改良して行ってくれると思うよ。本当に、悪いことって、悪意を持った誰かが『できる』と気づいた瞬間に蔓延るからなあ」


「…ふふ。となると私は、今のタイジョウの状況をきちんと覚えておかねばいけませんね。将来的には、間違い探しをすることになるのかもしれません」


「そうだね。それはちょっと楽しみかもしれない。できれば依頼掲示板の方も、もっと盛況になって、デギーデジーさんみたいに仕方なく盗みを働く人がぐっと減るくらい、生計を立てる一助になれたらいいんだけど……っと、すみません、すぐに避けます」


 人が並び始めたので、二人は伝言板の前から退いた。

 リコリネは、壁際にある、タイジョウからのお知らせ掲示板の方に目を向ける。

 巨獣の島の制覇者ギュギュのインタビュー記事と、星三つの情報への案内が書かれている。

 そして叡智の街に、巨獣の島の資料や、巨獣の体の一部を陳列する展示会が開催される宣伝もあった。

 どうやらギュギュに依頼した研究者は、まずその入場料で研究資金を稼ぐことにしたらしい。

 ギュギュが制覇者になった証拠にもなるので、一石二鳥だ。


 掲示板の前には、ひっきりなしに人が群がっていた。


「…少し、わかる気がします」


 リコリネは、何も言われていないのに、そう述べた。

 ユディは静かに話を聞く。


「ギュギュ殿の言葉には、人を元気づける力があると感じます。ああして目に見える形で残されれば、何度も見に行きたくなる」


「あははっ! 確かにね。人が生きているってだけで、本気でベタ褒めしてるし。まあ、結構過激な発言もあるんだけど……」


「しかしあれは先見の明がなせる技でしょう。驚きました。まさか貴族の先手を打つ意味合いもあったとは。爽快でしたね」


 ユディは記事を目にしながら、遠くのギュギュの信念を思い出す。

 彼女が恐れていたのは、いつか世相が落ち着いた場面で、名誉欲にかられた貴族が金にものを言わせ、大量に雇った奴隷や傭兵を巨獣の島へと送り込むことだった。

 そうして生まれた大量の犠牲の上で、力づくの名声を手に入れる可能性が、必ずあると断言している。

 ギュギュが先手を打ち、無駄な犠牲が生まれることはなくなった。


「ギュギュのことだから、本当ならそういった層に対して、面と向かってザマーミロって言いたいんだろうなあ」


 そう笑うユディとしても、地図があれば、少しでも研究者などに怪我人が減る結果になるという確信があったので、このタイジョウの目玉商品作戦は大成功と言えるだろう…と思うようにしている。

 まあ、基本的にギュギュが、「要するに、ひたすらデッカイだけだったわね」と身も蓋もないことを言い、巨獣の島に行く旨味がほとんど無いことをアピールしていたので、今後人が訪れるかどうかは不明なのだが。



「じゃあリコリネ、そろそろ行っておいで。コインの使い方は、さっき説明した通りだから」


「はい。それでは行ってまいります。―――権力を振るいに!」


「う、うん、ほどほどにね?」


 リコリネが、いそいそと、情報購入窓口の列の後ろに並ぶのを見送る。

 ユディは待っている間に、自分も依頼掲示板をチェックしたりして過ごした。

 少しだけ危惧していた、商売の不条理な下請けに依頼掲示板を利用したりする人は居ないようで、ほっと一息をつく。

 いや、そもそも、もう自分とタイジョウは何の関係もないのだが…。

 それでも気になるものは気になるんだなあ、と、他人事のように思った。


   バン!


 いきなり、入り口の扉が乱雑に開かれる。

 咄嗟に振り向くと、一人の老人が、体当たりをするかのような格好で入店してきた。

 足元のおぼつかなさを見るや否や、ユディは即座に老人を支えに駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


「あ、ああ、ありがとう…」


 朴訥な感じの、初老の男性だった。

 タイジョウを利用したことが無いのか、ユディに寄り掛かりながら、戸惑ったように周囲を見渡す。

 掲示板担当者は他の客の相手で忙しそうにしている。

 タイジョウにいた客たちは、ささやかな騒ぎの原因が老人だと知り、つまづいて転んでしまったのだろうと、それぞれの中で結論付けて、日常へと戻っていく。


 ユディは、老人を落ち着かせるように、優しい声を出した。


「どうしたんですか? 何か、急ぎの用事でも…?」


 ユディの言葉に、老人は縋り付くように、ユディの腕を掴んだ。


「頼む、依頼の仕方を教えてくれ…!」


「大丈夫です、まずは落ち着いて…ほら、あそこで少し話をしましょう」


 ユディは、談話スペースを示そうとしたが、老人の呼吸が荒いことに気づき、すぐに考えを改める。


「いえ、何か飲みながら話した方がよさそうですね。その方が話しやすいでしょう。とりあえず、一緒に外に出ましょう」


 そう言ってから、しまった、これはかなり怪しまれるのではないかと焦った。

 だが、老人は微塵もユディを疑う様子もなく、しきりに感謝の言葉を述べてくる。


「すまない、すまないありがとう……」


「いいんですよ、困った時はお互い様です。…リコリネ」


 ユディが振り返ると、既にリコリネは異変に気付き、駆け寄ってきていた。


「は。ここに」


「じゃあ、行きましょうか」


 ユディは、ふらつく老人を支えたまま、すぐそばにある軽食店に向かった。


 テーブルにつき、勝手に白乳を三人分注文してから、老人が落ち着くのを待つ。

 老人は息を整えると、運ばれてきた白乳を一息に飲み干して、ようやく人心地ついたようだった。

 頃合いを見て、ユディは話し始める。


「…申し遅れました、僕はユディといいます。こちらは、騎士のリコリネ。依頼と言っていましたが、何かあったのでしょうか?」


 リコリネは、ユディの紹介に、無言で頭を下げた。

 老人は、固い顔で話し始める。


「わしの名は、ファルファド。畜産の村から、助けを求めてここへ来た」


「助け…ですか?」


「ああ…。信じて貰えんかもしれんが…。いや、実際、騎士団には信じて貰えたのかどうか…。だからわしは、ここへ…」


「ファルファドさん、落ち着いてください、イチから、順番に話してみてください。その方が、気持ちの整理にもなりますよ」


 ユディは優しく声をかけ続ける。

 ファルファドは、いちど深呼吸をしてから、改めて話し始める。


「いちから…。そうじゃな、長くなるが…。わしは、婆さんと二人暮らしをしておる。随分と遅くに生まれた一人息子は、騎士になる夢を叶えるために、遠くの街へ出て行ってしもうた。出て行くときに、ペーパーナイフを残してな。これで、自分から届く手紙を開け続けて欲しいと。必ず手紙を書き続けるからと……」


「はい…」


 どうやらファルファドは、本当に混乱していたのか、それとも、とても素直なタチの人なのか。

 ユディが想定していたよりも前の段階から話を始めた。

 しかしユディは、辛抱強く聞き続ける。


「約束通り、手紙はずっと届き続けた。じゃが、ある日を境に…パタリと途切れた。待てど暮らせど、手紙は来ない。婆さんはついに諦めて、ある日堰を切ったように泣いてしもうた。そうしてようやく、騎士団から訃報が届いたんじゃ…。村が潤うには十分すぎる金額と共にな…。日付を見ると、息子が死んだのは、随分と前の話じゃった…」


 ファルファドは、その時を思い出しているのか、つらそうにしている。


「元気をなくした婆さんは、なかなか起き上がれんようになり、今ではすっかり足腰が弱ってしもうてな…。そんな時じゃ。ゴウという子供が現れたのは」


 ファルファドは、愛し気に目を細める。


「ゴウは明朗な子でな。ある日ふらりと現れて、毎日のように、わしらに木の実や花を届けてくれる。ほんに可愛い子で、わしらはゴウを孫のように思い、日々を過ごしていた。ゴウは足の悪い婆さんを気遣い、しきりに色々な景色を見せたい、見せたいと話してくれる。婆さんは、その気持ちだけで生きていけると、ほんにわしらは幸せじゃった。…ところが、最近になって、村に不穏な話が立ち始めた」


「不穏な話…?」


「…村の若衆の一人が、突然に居なくなったという話じゃ。しかし、若者には退屈な村じゃろうからと、そう結論付けて、その場は終わった。わしはちょうど、その頃に行商に出てな。うちの村で採れた畜産物や、騎乗鳥の卵を売り歩いておる。そして先日、村に帰ってみれば……」


 ファルファドは、一度口をつぐんだ。


「普段ではありえないほどに静かな村が待っておった。村人のほとんどが消えていたらしい。わしは慌てて婆さんの無事を確かめた。すると、動けない婆さんを気遣って、村の女たちが、家を守ってくれておった。そして、わしは頼まれた。残った男手ですべての家畜の世話をしなければならず、誰も動けない。どうか、近くの街で騎士団を呼んできて欲しいと。わしは一も二もなく承諾し、騎乗鳥を使い潰す勢いで、この街までやってきたわけじゃ」


「……騎士団は、何と?」


「わからん…。事情を話したが、わし自身にも何が起こっているのかが、とんとわからんでな、上手く伝えられたのかどうか…。上に報告をすると言って、偉い人は引っ込んでしもうてな。そうしたら、待っている間に、若い騎士が心配そうにわしに小声で耳打ちしてきた。『考えすぎかもしれないが、ひょっとしたら上に持って行く前に情報が止められる可能性があるから、念のために大陸情報倶楽部というところでも、別途で依頼を出した方がいい』と」


「…!」


 ユディは驚いた。

 そうか、ここは、海峡大橋から近い。

 若い騎士の間に、何らかの噂が広まっていてもおかしくないのかもしれない。

 同時に、少し安堵した。

 やはり、騎士自体に悪い感情は持たなくていいと、確信したからだ。


「それで、急いでここへ来たわけじゃ…。じゃが、右も左もわからんでな。どうしようかと思うておったが、ユディさんのおかげで助かった…。ユディさん、頼む、わしらを…そして、ゴウを救ってはくれんか…! ゴウの姿も見あたらんでな、あんな幼子に何かがあったらと思うと…!」


 ファルファドは、ユディの手を握りしめ、懇願してくる。

 ユディは、力強く頷いた。


「もちろんです」

「…主」


 ユディの意見を問うような声音で、リコリネは一言呼びかける。

 ユディは、静かにリコリネを見返した。


「おそらくだけど。たぶん、モノオモイの仕業だと思う。人一人を消すだけでも、痕跡を残さないようにするのは難しいのだから」


「では、竜の夢が始まったのですね? ここ最近は、まったくなかったという話でしたが」


「このまま、ずっと無ければよかったのに…なんて言っても始まらないからね。とにかく、確かめに行こう。ファルファドさん、案内を頼めますか? まずは、騎乗鳥を停めた場所を教えてください。体調は大丈夫ですか?」


「あ、ああ、もちろんじゃ…!」


 ユディは急いで飲み物の代金をテーブルに置くと、ファルファドを支えるようにして店を出る。


「ファルファドさん、急ぎたいのは山々ですが、あなたの体調を考えると、これ以上、騎乗鳥を全力で走らせるのはやめておいたほうがいい。僕らがそこそこのスピードで騎乗鳥を引いていきますから、ファルファドさんは、ゆっくりと休むように乗っていてください」


「そ、そうか、わかった、ありがたい…!」


 ファルファドは、見ていて可哀想になるくらい、切羽詰まった様子で、騎乗鳥の上に乗る。

 リコリネは、疲労の色の濃い騎乗鳥の横腹を、いたわるように撫でている。


「リコリネ、走れるね?」


「は。万全です」


「じゃあ行こう」


 ユディたちは、急ぎ宿を引き払い、流通都市を後にした。



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 向かう先は自然豊かな村ということで、さすがに移動に数日がかかった。

 途中で休憩を挟みながら、焦るファルファドに、ユディは自分たちの事情を説明していく。

 話半分でいいので、と付け足しながら、今回のことは竜の夢が原因であると話した。

 ファルファドは本当に素直な人で、まったく疑いを持つこともなく、「そういう不思議な話もあるんじゃな…」と驚いていた。


 ユディは時々胸ポケットを窺い、リルハープは休憩や食事に適した場所を指示していく。

 無理して流通都市までやってきたファルファドの体調も少しずつ回復していき、すっかり顔色もよくなっていた。

 リコリネは甲斐甲斐しく騎乗鳥の世話をしており、時々こっそりと「ハラワタ」と呼びかけているが、ユディは見ないふりをしておく。



「おお、見えてきた…! あの村じゃ…!」


 ファルファドが興奮して、騎乗鳥から身を乗り出した。


「……間違いない。この感覚、……居るね。よし、じゃあ走ろうか」


 早歩きで進んでいたユディがそう宣言するも、リコリネが一度制止をかける。


「主、何らかの対策をしなくても大丈夫なのですか? 我々は敵陣に突っ込むことになります」


「…少し待っていて。リルハープ」


 ユディは、こそっと胸ポケットに話しかける。

 ファルファドは、そわそわしながら、居ても立っても居られない様子だ。

 すぐに、ユディは顔を上げた。


「大丈夫です、村の中から人の気配がいくつもあります。まだ無事な人がいる」


「おお、間に合ったか…!」


 ファルファドは、感極まった声を上げる。


「リコリネ、君の言い分もわかるけど、ここは急ぎたい。念のためを考えると、君だけ後から村に入るという手があるけど」


「……いえ。そういう話であれば、私も共に向かいます。悲鳴なども聞こえませんし、ひとまずは安定を保っていると見受けられます」


 リコリネは、考え直したようにそう告げる。


「決まりだね、行こうか」


 畜産の村というだけあって、動物が逃げないようにするためなのか、村を囲う柵は丈夫で、何重にも施されていた。

 村はとても広く、点々と家が置かれている、という印象だ。


「……?」


 ユディは、村の中で、妙に目につくものに気づいた。

 リコリネもそうだったらしく、家への案内を始めるファルファドの背に声をかける。


「ファルファド殿。あの赤い葉は何でしょう?」


「赤い…? おお、本当じゃ…」


 ファルファドは、今気づいたかのように、村の土の上に散乱する、赤い葉っぱを見咎めた。

 それらはまるで赤子の手のように、一枚一枚が小さな五つの葉を広げている。


「この村の名産品とか、動物たちの餌とかではないんですか?」


 驚いた様子のファルファドへ、ユディは静かに問いかけた。


「いんや、わしも初めて見る植物じゃな…そも、植物の葉とは青か橙じゃが、橙葉とうようをするにしても、時期じゃない。…いや、そういえば、わしが一度村に帰ってきたときにも、この赤い葉っぱが散らばっておった。あの時は、まるで余裕がなかったから、すっかり忘れておったが…」


「……妙なことが起きているのは間違いなさそうですね。慎重に行きましょう」


 ユディたちはファルファドの案内で、そのまま彼の家へと向かった。


「婆さんや!」


「ああ、爺さん!」

「ファルファドさん、良かった…!」


 お婆さんと、村の女性数人が、ファルファドを迎えた。

 現状を聞くと、子供がいる女たちは家に籠って、なんとか日々を過ごしているという。

 あれから村人が減ってはいないらしく、結局誰一人として、何が起こっているかを具体的に把握している者は居ないようだ。


「爺さん、その方は…?」


 お婆さんの視線が向けられ、ユディは行儀よく挨拶をする。


「こんにちは、僕はユディといいます。今回の件で、助けになれないものかと、こちらへ伺いました。…ですが、悩みますね。一ヵ所に固まっておけばいいのか、それともバラバラに守りを固めた方がいいのか、まだ情報が少なくて、判断が付きません。ファルファドさん、よろしければ、僕に少し村の案内を頼めますか?」


「ああ、もちろんじゃ…! そんならみなさん、もう少し婆さんを頼みますな…」


 ファルファドは一度頭を下げて、家を出た。

 ユディたちもファルファドの傍に従って、案内を待つ。


「さて、案内と言ってもな……厩舎に何があるわけでもなし……」


「じーさん!」


 ファルファドの思案を打ち切るかのような、快活な子供の声が、横合いからかけられた。


「おお、おお、ゴウ…! 無事じゃったか!」


 見ると、嬉しそうな笑顔で、いそいそと駆け寄ってくる少年の姿がある。


「じーさん、今までどこ行ってたんだよ! おれ、すげー探してたんだぜ」


「そりゃわしのセリフじゃて…。ゴウや、怪我などはしておらんか?」


 ファルファドは、愛し気にゴウの頭を撫でる。

 ゴウは嬉しそうに、頭を擦り付けるようにして愛情を示した。


「ゴウ、ゴウなの?」


 ファルファド家の窓が開けられる。

 お婆さんが、ベッドの上から顔を出している。


「ばーさん!」


 ゴウは、またもパっと顔を輝かせた。


「ばーさん、来てやれなくてごめんな? じーさんのこと、探してたんだ。でも、これでやっと二人が揃ったな! じーさん、ばーさん、おれさ、二人に見せたい景色があるんだ!」


「ゴウや、そんなことはいいから、外は今危険なの、こちらへおいで…!」


 お婆さんが一生懸命に手招きをして、それを察した村の女が、急いで家の外に出てきた。


「ぼうや、今日の所はおばあさんと一緒に過ごしましょう?」


 そう言って、村の女はゴウの背中を優しく押して、家の中へと誘導しようとする。

 しかしゴウは、ファルファド夫妻の方しか見ていない。


「じーさん、ばーさん、…モミジだよ!」


 場の全員が、嬉しげに話し続けるゴウを、戸惑いのこもった目で見ている。


「真っ赤な葉っぱ、キレイだろ? おれ、ついに見つけたんだ!」


「! 危ない、離れて!」


 油断なくゴウを見つめていたユディが、いち早く反応して、ゴウの傍に居る村の女の方に手を伸ばした。


   ザンッ!!   「きゃあ!!」


 間一髪、ユディが手を引くのが間に合ったかに思えた。

 しかし、少年が放った一撃は、村の女の背を、浅く掠めてしまう。

 ゴウの手には、飾太刀と言っても過言ではないくらい、美しく装飾された、鞘のない短刀が握られていた。


   パッ!


 その瞬間、赤い葉っぱが、女の背から舞い散った。

 それは、血のように赤い、村中に転がっていた、五枚葉の植物。

 それが、ひらり、ひらりと、花吹雪のように、空に舞い散った。


「……!!」


 全員が、…斬られた女自身ですら、混乱を深めるように息を呑む。

 ただ一人、ゴウだけが、先程と変わらない、満面の笑みで、ファルファド夫妻の方を見ている。


「ほら、キレイだろ! おれ、見つけたんだ。人間の体の中には、赤いものが流れてる。あれは、モミジなんだ! 婆さん、安心しなよ、これならベッドの上でも、綺麗な景色が見られるぜ!」


 その時、すべてを理解したファルファドは、愕然と言葉をこぼした。


「ゴウ……お前だったのか」

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