11戻ってきた日常
「しかし、広く、大きく、長い橋ですね。この場で闘技大会でも開けそうです」
改めて、リコリネが海峡大橋を歩きながら、感想を漏らす。
「そうだね、これならリコリネが渡っても、橋が落ちる心配はなさそうだ」
ユディは、意地悪な顔でリコリネの方を見た。
リコリネは、む……とむくれた気配を、フルフェイスの中からさせている。
「…主は、思っていたよりも男らしくなられたと思っていましたが。そうやって子供っぽい意地悪をするところは、まるで変わりませんね」
「あははっ! ごめんごめん、いつも通りなのが嬉しくてさ。ちょっと端に寄ってみようか」
ちょうど、真向いから鳥車が走ってくるのが見えたので、橋の外側の方へと避ける。
ついでにユディは、海の方を覗き込んだ。
「すごいなあ、本当に海の上だ!」
白い波頭が、翡翠色の水の上を自由に踊っているのが見える。
リコリネが、感嘆の息を吐く。
「これは……真上からこの距離で海面を見下ろせるというのは、なかなかできない経験ですね。まるで私にも、リルハープ殿のような羽が生えた気分を味わえます」
「人間は凄いですね~~。大陸に虹の橋をかけるなどという話は、物語の中だけかと思っていました~~。まあこれは、石造りの橋なのですが~~」
「虹だったら、床が透けていただろうからなあ、あんまり安心して見下ろせなかったかもしれない。この橋の建造は、当時勢いのあった七人の賢者が携わっているくらいに、肝いりの案件だったらしいよ」
「ふふ…。主、まるで観光案内のガイドのようですね」
「当然だろ、僕がどれほどこの日を待ち望んできたか」
ユディは、感無量といったように黙り込んだ。
リコリネは、一瞬、申し訳なさそうな気配をにじませる。
「……、……しかし、このままここでじっとしていると、決して大げさではなく、日が暮れるような気がします。急かすのは心苦しいのですが、主の道を照らすのも、騎士の役目です。行きましょう、主」
リコリネは、とても生真面目な言い方でそう告げると、歩き出した。
ユディは、隣を行こうとしたが……、しばらく、この全身鎧の後姿を眺めていたかったので、静かに後に続いた。
「…こうして見ると、本当に違う鎧なんだね」
「わかりますか? やはり技術とは年々上昇する傾向にありますからね。この鎧は、今現在の技術の粋を注ぎ込んで作ってあります。以前よりも軽いのですよ。正直に言うと、一日中着ていたい程に心が躍ります」
「まあ~~、無理して着ていたわけではないのですね~~、安心しました~~っ」
リルハープは胸ポケットから顔を出そうとしたが、前から人が歩いてくるのが見えて、すぐに引っ込む。
ユディは、首を傾げた。
「…ということは、リコリネがご飯時に喋らなくなったのも、意味がある? 最初に会った頃も、いちいちフルフェイスを下げて会話をしていたから、懐かしかったよ」
ユディは、リコリネに再会してから、鎧越しの声しか聞けていない。
「ああ、それは、癖ですね。どうしても、数年間、貴族の食卓を囲むことを続けてしまうと……、いえ、違いますね。私の父や祖父と食卓を囲むと、なんとなく、あの人たちと同じようになりたくないという意味で、絶対に食事時に喋りたくなくなるのです」
「どういうことでしょう~~?」
「あの人たちは、口に物が入っている時でも、お構いなしに喋るのです。そして笑う時は、大口を開けて豪快に笑う。ガッディーロの気風とは、そういったものなのです。もちろん、貴族としては恥ずべき行為なので、家庭内でしかやりませんが。弟は母親似に育って一安心しました」
「へええ、いろんな貴族が居るんだなあ……というか、今更これを聞くのも何だけど。ご家族は、僕のことを怒っていなかった?」
「いえいえ。そもそもガッディーロの家訓に、受けた恩は必ず返すというものがありますからね。主が私の命の恩人であることは、いの一番に説明をしておりますので、むしろ私が主の元に戻るのは当たり前のことですね」
「ああ、それならよかった……本当に」
「それに、私のやりたいことをやらせてもらうために、多少の策は弄しました。それが先日述べた、ガッディーロの経営に口を出した部分ですね。何点か、効率の悪い部分が見えたのと、手当てを増やす以外で労働者をねぎらう方法を何点か、長々と提案書にして提出してきました。意外なことに、体を癒すマッサージ系の施設を作るよりも、体を鍛える器具などが完備された施設の方が好評でした。肉体派の方々は、いまいち思考がよくわかりません」
「リコリネすごいです~~っ、キレ者ですね~~! 鋼のキレキレ娘という二つ名を差し上げます~~!」
「いえ、それは…私には勿体ない称号ですので……」
リコリネは控えめに断った後、ハっとしたようにユディを見た。
「主、もしや私が食事時に喋らないこと、お気に障っていましたか?」
「ええ? いや、そういう意味じゃなくて。ただ、君の可愛い声を直に聞けないのが残念だなって意味でしかないよ」
「………。そうですかわかりました、私はもう二度と食事中に喋りません」
「なんで怒ったの!?」
リコリネはそれには応えず、つーんとそっぽを向いている。
ユディは困った顔をしたが、すぐに笑ってしまった。
どうしようもなく、その他愛のないやり取りが、楽しかった。
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そして、冗談でも何でもなく、橋を渡り切る頃には、夕方になっていた。
「…さすが、大陸と大陸を繋ぐ橋なだけありますね。スケールが違います」
リコリネは驚いた風でもなく、淡々とそう述べる。
「危なかったなあ、リコリネが先を促してくれなかったら、橋の上で野宿をするところだった。…でも、パっと見た感じでは、南側と同じような街並みに見えるね、こっちも」
「あんまり旅を再開した感じがしませんね~~っ」
ユディはリルハープと、逆に面白いねと語り合った。
「じゃあ、行き当たりばったりになってしまったけど、宿を取ろうか。それで、明日からは聞き込みをしよう」
「はい。それで次の目的地を決める…ですね」
「うん。特になければ、西にある閃の大陸に真っすぐ向かうことにしよう。リコリネ、リルハープ、行きたいところがあったらちゃんと言うんだよ?」
「はい」
「は~~い」
だが、そもそも南側と同じで宿屋の数が多く、まずどの宿屋にするかで、ユディたちは迷いに迷った。
「このような些事でも迷うことがあるのですね、面白いです」と、案内板の前で、リコリネは楽しそうだ。
「主、せっかくですから、また仕切りを挟んでの二人部屋というのはいかがでしょう?」
「こら。そういうのは野営で嫌ってほどやるんだから。街中くらいは個室の方が落ち着くだろう? 特に女の子は」
「そういうものなのですか。そう言われると、そんな気もしてきました」
「…リコリネ、ひょっとして、はしゃいでる?」
「……はい。恥ずかしながら」
はにかんだような気配が、フルフェイスの奥からする。
旅の再開を楽しみにしていたのは、自分だけじゃなかった。
ユディは、たったそれだけで胸がいっぱいになりそうで困った。
「…よし、迷った時は、リルハープだよね」
「まあ~~、ご主人サマ、それは頼っているのではなく、丸投げというのですよ~~!」
「いいじゃないか、一番年上なんだから。ほらおばあちゃん、頑張って」
「きい~~~っ!!」
胸ポケットからユディをバシバシと叩く妖精に、ユディはくすぐったそうに笑ってしまう。
リコリネは、二人の邪魔をしないように、さりげなく通行人からユディを隠す位置取りに移動する。
このままでは、主は独り言をたしなむ頭のおかしな旅人に見られてしまう、と判断したからだ。
その後、つつがなく宿が決まり、ユディたちは速やかに夜を迎えた。
コンコンコン。
夕食を取って一段落すると、リコリネの部屋の扉がノックされた。
誰なのかはわかりきっていたので、特に確認も無く戸を開ける。
「主、どうされましたか?」
「リコリネ。ほら、僕はちゃんとノックをして部屋を訪れるだろう? もう着替えを覗かれる心配なんて、一切必要ないことを約束するよ」
ユディは、腰に手を当てて、自慢げにそういった。
「………。まさか、それを言うためだけに……?」
リコリネがそっと首を傾けると、ユディは視線を逸らした。
「……リルハープは?」
「もうお眠りになっています。きっと久しぶりにはしゃいでしまって、疲れたのでしょう。今日は一人でお湯を頂くことになりそうです」
「そっか…」
「……主。本当に、どうされたのですか」
リコリネの声音から、心配の色が滲んでいる。
ユディは、首を振った。
「…いや。バカみたいな話なんだけどさ。こうして、旅に出て。隣の部屋に、本当に君が居るのかどうか……急に、不安になって」
「主……」
リコリネは、一瞬声を詰まらせた。
「…主。私は本当に、あなたの心に深い傷を負わせてしまったのですね」
「違う。そんなはずはないんだ。この現実を疑う要素は、何もない。君は約束通り帰ってきて、僕は夢を見ない体質だ。万事うまく行っていて、僕はこの不安を笑い飛ばすためにここにきた。それだけだ。…邪魔をしたね。それじゃ」
「主、」
リコリネは、思わず引き留めた。
引き留めておいて、しかし言葉が続かない。
宿の廊下という公の場なのだから、早めに切り上げるべきなのはわかっていた。
わかってはいたが…。
「…主。うまく言えませんが…。私は、今のあなたの言葉と行動を、とても嬉しく思いました。リコリネは、きちんとお傍に居ます。そして、他愛のない話ができることを楽しんでおります。それらの思いを、すべて、この言葉に込めてみます。……『おやすみなさい』」
ユディは、少し驚いたような顔をした後。
からかうような顔で、笑った。
「そこは、『もう二度と無茶はしません』と言うところじゃなく?」
「…ふふ。あなたが先にそれを約束してくださるなら、考えてみてもいいですね?」
「冗談だよ。じゃあ、…『おやすみなさい』。いい夢をね」
「…はい」
パタンと、扉を閉じる。
リコリネは、ユディの足音が遠ざかるまで、余韻を味わうように、じっと扉を見つめて立っていた。
なぜ自分がそうしたのかは、自分でもわからなかった。
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「リコリネ、体調は? きちんと眠れた?」
翌朝、朝食の席で、ユディはそう問いかける。
リコリネは咀嚼を終えると、カシャンとフルフェイスを一度下げてから、それに答えた。
「主。再会を果たしてから、私は何度その言葉を浴びせられて来たでしょうか。もはや日課になりつつありますよ。わかりました、不調がありましたら、きちんと報告をしますから……いちいち確認せずとも、大丈夫ですよ」
リコリネがあまりに申し訳なさそうにしているので、ユディはその意見を飲むしかなかった。
「わかった、僕もそれで引き下がるよ。でも、本当に聞き込みは二手に分かれる気なのかい?」
「はい。やはり効率を考えると、それが一番いいでしょう。何より、私のこの格好では、町民を怖がらせる可能性が無いとは言い切れませんからね。主の聞き込みを邪魔するわけにはいきません」
ユディからは、心配でたまらないという気配がにじみ出ている。
リコリネは、思わず笑ってしまった。
「…ふふ。主は、まるで私の保護者のようですね」
「君の危なっかしさを知っているだけさ」
「お気遣い、痛み入ります。しかし、主。この三年、我々はお互いに一人の個であったはずです。ですが、あなたは今、それができなくなってしまっているように感じます。厳しいことを言わせていただきますが、あなたには、多少のリコリネ離れが必要だと感じます」
「…そう……だね」
「いえ、勘違いをしないでください。これは、私が私に言い聞かせている言葉でもあるのです。確信があります。私もこのままでは、巨獣の島を攻略した主の強さを知っていながら、片時も離れない、過保護な護衛としての日々を送ってしまいそうになる。もちろん、この街を出て野営をするともなれば、私はあなたの傍を離れる気はありません。ですが試しに、この安全地帯で、しばしの時を離れる練習をしてみましょう。これは提案であり、あなたを突き放すことが目的ではありません」
「…わかった。確かに、必要かそうでないかを考えると、必要なことだと思う。ただ、快諾をするには、多少強い意志が必要ってだけで。僕だって君を警護したいのだから」
「…ふふ。では、お互いに、強い意志をはぐくむための修行と思っておきましょう。私は、恩義ある主の傍で、モノノリュウを倒す一助となるためにここに居るのです。あなたの強さを軽んじるためにここに居るわけでは、決してない……」
リコリネは、自分に言い聞かせるように、胸に手の平を当てている。
そして、注ぎ足すように言葉を添えた。
「もちろん、あなたの目の前から、いきなり消えてしまうために居るわけでもないのです。そこはご安心ください」
「…なんだか、恥ずかしくなってきたよ。僕は強くなったつもりだったんだけど、まだまだだなあ」
「私もです」
お互いに笑い合った。
そうして、聞き込みを始める。
この街は大きいと言っても、宿場町なので、そこまで絶望的に広いというわけではない。
最初はリコリネが居ないことに落ち着かなかったユディも、次第にやるべきことに集中できるようになる。
とはいえ、結局胸ポケットにリルハープが居るので、厳密に言うと単独行動ではなかったのだが。
あっという間に夕方になり、宿で待ち合わせたリコリネと合流する。
「なんだか、久々に人と話した気がするよ。今までは大陸情報倶楽部のやりとりで、世情を把握していたからさ」
部屋で早速情報交換をしながら、ユディはしみじみとそう述べる。
リコリネは、ちょっと残念そうに答えた。
「タイジョウですが、この街にはないのですね?」
「うん、大きな街にしか置いてないんだ。何か調べたいことでもあった?」
「いえ…私は使用したことがなかったので、あったら使ってみたいなと思っていました。とはいえ、主が使うところを後ろから眺める予定でしたが」
「ああ、そういうことなら、次はタイジョウのある街に行こうか。それで、リコリネが星マークのコインを使うといいよ。権力だよ、権力」
「! よろしいのですか? し、しかし、主がせっかく作り出した機関を、私がおもちゃのように扱うのは、若干気が引けます…」
そわそわしているリコリネを、ユディは微笑ましげに見た。
「いいんだよ、そんなこと。言ってしまえば、君との旅をやりやすくするために作ったんだから」
「まあ、ご主人サマ~~、そこは『君のために作ったんだ』くらいのことを言いませんと~~! まったく、肝心なところで恰好がつけられないのですから~~」
リルハープが、パタパタと部屋を飛び回りながら、茶化してきた。
「ええ…? それはちょっとキザすぎると思うな。リコリネはどう思う?」
「そうですね、どうでもいいです」
「そ、そう……」
「いえ、すみません、言葉が足りませんでした。どちらを言われても、嬉しいので、どちらでもいいです、という意味です。実際、今現在、胸が弾んでおります」
「あははっ、そんなに使ってみたかったんだ?」
「…あまり深く掘り下げないでください。それより、聞き込みの方はどうでしたか? 私の方は、特にめぼしい情報はありませんでした」
「僕の方もそうだったよ。平和なのが何よりだから、嬉しいことではあるけどね。あ、ただ、ギュギュの噂はもう広まりつつあるね。巨獣の島の制覇者だって。タイジョウの方では、もう掲示板に張り出してあるけど、こっちは少し遅れて情報が来るみたいだ」
「ああ、それなら私も耳にしました。号外が出たそうですね。影で主とリルハープ殿が暗躍をしていたかと思うと、鼻が高いです」
「暗躍と聞くと悪い印象しか抱けないのは何故でしょう~~!?」
「…まあ、僕の名前は広まらないようにしているから、間違ってはいないんだけど……」
ユディの言葉に、リコリネは、思い出すようにどこかに目を向ける。
「ギュギュ殿は、今頃どうしていらっしゃるのでしょうね。話していて心地の良くなるような方でした」
「本当にそうだね。ほんの少しだけど、姉さんのことを思い出したよ。姉さんも、サバサバしていて、快活な方だったから」
「そうですか…。では、主の姉君にお会いしたならば、私はやはり好感を抱いたのでしょうね。……」
ユディは、それが叶わないことであるのを、失念していた。
空気が重たくなる前に、急いで話を逸らす。
「よし、となると、次の目的地は……タイジョウがある街で、ここから近いのは、東にある流通都市だね。閃の大陸からは遠のいてしまうけど、構わないかい?」
「もちろんです! 私としては、仁の大陸にも興味がありますので、主の方に問題が無ければ、ぐるっと回っていきたいくらいです。ただ、中央にある騎士国家だけは、念のために避けておきましょう。主のモノガリの力が、権力争いに利用される可能性がありますからね」
「それは、僕としてはありがたいけど…リコリネは騎士に興味があるんじゃなかったっけ?」
「もちろん、それはあります。ですが、主に何かがあれば、本末転倒ですから。線引きは、厳しい所で…ですよ」
「君は相変わらずだね。…でも、なんだっけ…。何か、仁の大陸で、リコリネの喜びそうな情報があった気がしたんだけど…。随分前に見た情報だったから、ちょっと今すぐに思い出せないな…。僕もタイジョウに行く必要があるのかもしれない」
「…ふふ。では、とても理にかなった旅のコースになりそうですね、安心しました。かく言う私も、何か…何かを主に伝えなければならないような気がしているのですが、ちょうど体を鍛え始めた忙しい時期と重なっていましたので、ぱっと思い出せませんね……」
「…なんだろう? まあ、旅をしていれば思い出せるんじゃないかな。リコリネ、もうちょっと好き勝手言ってくれても構わないんだからね。リルハープなんていつもワガママ言い放題なんだし」
「まあ~~! リルちゃんは役に立っているからいいんです~~っ、正当な報酬を要求しているだけですから~~!」
リルハープは、どすっと乱暴にユディの頭の上に着地をした。
「いてっ。こら……!」
わちゃわちゃやりはじめたユディとリルハープを、リコリネはフルフェイスの中で微笑みながら、静かに見守っている。
目指すは、流通都市ということになった。




