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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第二章 ふたりめ
58/137

11戻ってきた日常

「しかし、広く、大きく、長い橋ですね。この場で闘技大会でも開けそうです」


 改めて、リコリネが海峡大橋を歩きながら、感想を漏らす。


「そうだね、これならリコリネが渡っても、橋が落ちる心配はなさそうだ」


 ユディは、意地悪な顔でリコリネの方を見た。

 リコリネは、む……とむくれた気配を、フルフェイスの中からさせている。


「…主は、思っていたよりも男らしくなられたと思っていましたが。そうやって子供っぽい意地悪をするところは、まるで変わりませんね」


「あははっ! ごめんごめん、いつも通りなのが嬉しくてさ。ちょっと端に寄ってみようか」


 ちょうど、真向いから鳥車が走ってくるのが見えたので、橋の外側の方へと避ける。

 ついでにユディは、海の方を覗き込んだ。


「すごいなあ、本当に海の上だ!」


 白い波頭が、翡翠色の水の上を自由に踊っているのが見える。

 リコリネが、感嘆の息を吐く。


「これは……真上からこの距離で海面を見下ろせるというのは、なかなかできない経験ですね。まるで私にも、リルハープ殿のような羽が生えた気分を味わえます」


「人間は凄いですね~~。大陸に虹の橋をかけるなどという話は、物語の中だけかと思っていました~~。まあこれは、石造りの橋なのですが~~」


「虹だったら、床が透けていただろうからなあ、あんまり安心して見下ろせなかったかもしれない。この橋の建造は、当時勢いのあった七人の賢者が携わっているくらいに、肝いりの案件だったらしいよ」


「ふふ…。主、まるで観光案内のガイドのようですね」


「当然だろ、僕がどれほどこの日を待ち望んできたか」


 ユディは、感無量といったように黙り込んだ。

 リコリネは、一瞬、申し訳なさそうな気配をにじませる。


「……、……しかし、このままここでじっとしていると、決して大げさではなく、日が暮れるような気がします。急かすのは心苦しいのですが、主の道を照らすのも、騎士の役目です。行きましょう、主」


 リコリネは、とても生真面目な言い方でそう告げると、歩き出した。

 ユディは、隣を行こうとしたが……、しばらく、この全身鎧の後姿を眺めていたかったので、静かに後に続いた。


「…こうして見ると、本当に違う鎧なんだね」


「わかりますか? やはり技術とは年々上昇する傾向にありますからね。この鎧は、今現在の技術の粋を注ぎ込んで作ってあります。以前よりも軽いのですよ。正直に言うと、一日中着ていたい程に心が躍ります」


「まあ~~、無理して着ていたわけではないのですね~~、安心しました~~っ」


 リルハープは胸ポケットから顔を出そうとしたが、前から人が歩いてくるのが見えて、すぐに引っ込む。

 ユディは、首を傾げた。


「…ということは、リコリネがご飯時に喋らなくなったのも、意味がある? 最初に会った頃も、いちいちフルフェイスを下げて会話をしていたから、懐かしかったよ」


 ユディは、リコリネに再会してから、鎧越しの声しか聞けていない。


「ああ、それは、癖ですね。どうしても、数年間、貴族の食卓を囲むことを続けてしまうと……、いえ、違いますね。私の父や祖父と食卓を囲むと、なんとなく、あの人たちと同じようになりたくないという意味で、絶対に食事時に喋りたくなくなるのです」


「どういうことでしょう~~?」


「あの人たちは、口に物が入っている時でも、お構いなしに喋るのです。そして笑う時は、大口を開けて豪快に笑う。ガッディーロの気風とは、そういったものなのです。もちろん、貴族としては恥ずべき行為なので、家庭内でしかやりませんが。弟は母親似に育って一安心しました」


「へええ、いろんな貴族が居るんだなあ……というか、今更これを聞くのも何だけど。ご家族は、僕のことを怒っていなかった?」


「いえいえ。そもそもガッディーロの家訓に、受けた恩は必ず返すというものがありますからね。主が私の命の恩人であることは、いの一番に説明をしておりますので、むしろ私が主の元に戻るのは当たり前のことですね」


「ああ、それならよかった……本当に」


「それに、私のやりたいことをやらせてもらうために、多少の策は弄しました。それが先日述べた、ガッディーロの経営に口を出した部分ですね。何点か、効率の悪い部分が見えたのと、手当てを増やす以外で労働者をねぎらう方法を何点か、長々と提案書にして提出してきました。意外なことに、体を癒すマッサージ系の施設を作るよりも、体を鍛える器具などが完備された施設の方が好評でした。肉体派の方々は、いまいち思考がよくわかりません」


「リコリネすごいです~~っ、キレ者ですね~~! 鋼のキレキレ娘という二つ名を差し上げます~~!」


「いえ、それは…私には勿体ない称号ですので……」


 リコリネは控えめに断った後、ハっとしたようにユディを見た。


「主、もしや私が食事時に喋らないこと、お気に障っていましたか?」


「ええ? いや、そういう意味じゃなくて。ただ、君の可愛い声を直に聞けないのが残念だなって意味でしかないよ」


「………。そうですかわかりました、私はもう二度と食事中に喋りません」


「なんで怒ったの!?」


 リコリネはそれには応えず、つーんとそっぽを向いている。

 ユディは困った顔をしたが、すぐに笑ってしまった。

 どうしようもなく、その他愛のないやり取りが、楽しかった。



-------------------------------------------



 そして、冗談でも何でもなく、橋を渡り切る頃には、夕方になっていた。


「…さすが、大陸と大陸を繋ぐ橋なだけありますね。スケールが違います」


 リコリネは驚いた風でもなく、淡々とそう述べる。


「危なかったなあ、リコリネが先を促してくれなかったら、橋の上で野宿をするところだった。…でも、パっと見た感じでは、南側と同じような街並みに見えるね、こっちも」


「あんまり旅を再開した感じがしませんね~~っ」


 ユディはリルハープと、逆に面白いねと語り合った。


「じゃあ、行き当たりばったりになってしまったけど、宿を取ろうか。それで、明日からは聞き込みをしよう」


「はい。それで次の目的地を決める…ですね」


「うん。特になければ、西にある閃の大陸に真っすぐ向かうことにしよう。リコリネ、リルハープ、行きたいところがあったらちゃんと言うんだよ?」


「はい」

「は~~い」


 だが、そもそも南側と同じで宿屋の数が多く、まずどの宿屋にするかで、ユディたちは迷いに迷った。


 「このような些事でも迷うことがあるのですね、面白いです」と、案内板の前で、リコリネは楽しそうだ。


「主、せっかくですから、また仕切りを挟んでの二人部屋というのはいかがでしょう?」


「こら。そういうのは野営で嫌ってほどやるんだから。街中くらいは個室の方が落ち着くだろう? 特に女の子は」


「そういうものなのですか。そう言われると、そんな気もしてきました」


「…リコリネ、ひょっとして、はしゃいでる?」


「……はい。恥ずかしながら」


 はにかんだような気配が、フルフェイスの奥からする。


 旅の再開を楽しみにしていたのは、自分だけじゃなかった。

 ユディは、たったそれだけで胸がいっぱいになりそうで困った。


「…よし、迷った時は、リルハープだよね」


「まあ~~、ご主人サマ、それは頼っているのではなく、丸投げというのですよ~~!」


「いいじゃないか、一番年上なんだから。ほらおばあちゃん、頑張って」


「きい~~~っ!!」


 胸ポケットからユディをバシバシと叩く妖精に、ユディはくすぐったそうに笑ってしまう。

 リコリネは、二人の邪魔をしないように、さりげなく通行人からユディを隠す位置取りに移動する。

 このままでは、主は独り言をたしなむ頭のおかしな旅人に見られてしまう、と判断したからだ。


 その後、つつがなく宿が決まり、ユディたちは速やかに夜を迎えた。




   コンコンコン。


 夕食を取って一段落すると、リコリネの部屋の扉がノックされた。

 誰なのかはわかりきっていたので、特に確認も無く戸を開ける。


「主、どうされましたか?」


「リコリネ。ほら、僕はちゃんとノックをして部屋を訪れるだろう? もう着替えを覗かれる心配なんて、一切必要ないことを約束するよ」


 ユディは、腰に手を当てて、自慢げにそういった。


「………。まさか、それを言うためだけに……?」


 リコリネがそっと首を傾けると、ユディは視線を逸らした。


「……リルハープは?」


「もうお眠りになっています。きっと久しぶりにはしゃいでしまって、疲れたのでしょう。今日は一人でお湯を頂くことになりそうです」


「そっか…」


「……主。本当に、どうされたのですか」


 リコリネの声音から、心配の色が滲んでいる。

 ユディは、首を振った。


「…いや。バカみたいな話なんだけどさ。こうして、旅に出て。隣の部屋に、本当に君が居るのかどうか……急に、不安になって」


「主……」


 リコリネは、一瞬声を詰まらせた。


「…主。私は本当に、あなたの心に深い傷を負わせてしまったのですね」


「違う。そんなはずはないんだ。この現実を疑う要素は、何もない。君は約束通り帰ってきて、僕は夢を見ない体質だ。万事うまく行っていて、僕はこの不安を笑い飛ばすためにここにきた。それだけだ。…邪魔をしたね。それじゃ」


「主、」


 リコリネは、思わず引き留めた。

 引き留めておいて、しかし言葉が続かない。

 宿の廊下という公の場なのだから、早めに切り上げるべきなのはわかっていた。

 わかってはいたが…。


「…主。うまく言えませんが…。私は、今のあなたの言葉と行動を、とても嬉しく思いました。リコリネは、きちんとお傍に居ます。そして、他愛のない話ができることを楽しんでおります。それらの思いを、すべて、この言葉に込めてみます。……『おやすみなさい』」


 ユディは、少し驚いたような顔をした後。

 からかうような顔で、笑った。


「そこは、『もう二度と無茶はしません』と言うところじゃなく?」


「…ふふ。あなたが先にそれを約束してくださるなら、考えてみてもいいですね?」


「冗談だよ。じゃあ、…『おやすみなさい』。いい夢をね」


「…はい」


 パタンと、扉を閉じる。

 リコリネは、ユディの足音が遠ざかるまで、余韻を味わうように、じっと扉を見つめて立っていた。

 なぜ自分がそうしたのかは、自分でもわからなかった。



-------------------------------------------



「リコリネ、体調は? きちんと眠れた?」


 翌朝、朝食の席で、ユディはそう問いかける。

 リコリネは咀嚼を終えると、カシャンとフルフェイスを一度下げてから、それに答えた。


「主。再会を果たしてから、私は何度その言葉を浴びせられて来たでしょうか。もはや日課になりつつありますよ。わかりました、不調がありましたら、きちんと報告をしますから……いちいち確認せずとも、大丈夫ですよ」


 リコリネがあまりに申し訳なさそうにしているので、ユディはその意見を飲むしかなかった。


「わかった、僕もそれで引き下がるよ。でも、本当に聞き込みは二手に分かれる気なのかい?」


「はい。やはり効率を考えると、それが一番いいでしょう。何より、私のこの格好では、町民を怖がらせる可能性が無いとは言い切れませんからね。主の聞き込みを邪魔するわけにはいきません」


 ユディからは、心配でたまらないという気配がにじみ出ている。

 リコリネは、思わず笑ってしまった。


「…ふふ。主は、まるで私の保護者のようですね」


「君の危なっかしさを知っているだけさ」


「お気遣い、痛み入ります。しかし、主。この三年、我々はお互いに一人の個であったはずです。ですが、あなたは今、それができなくなってしまっているように感じます。厳しいことを言わせていただきますが、あなたには、多少のリコリネ離れが必要だと感じます」


「…そう……だね」


「いえ、勘違いをしないでください。これは、私が私に言い聞かせている言葉でもあるのです。確信があります。私もこのままでは、巨獣の島を攻略した主の強さを知っていながら、片時も離れない、過保護な護衛としての日々を送ってしまいそうになる。もちろん、この街を出て野営をするともなれば、私はあなたの傍を離れる気はありません。ですが試しに、この安全地帯で、しばしの時を離れる練習をしてみましょう。これは提案であり、あなたを突き放すことが目的ではありません」


「…わかった。確かに、必要かそうでないかを考えると、必要なことだと思う。ただ、快諾をするには、多少強い意志が必要ってだけで。僕だって君を警護したいのだから」


「…ふふ。では、お互いに、強い意志をはぐくむための修行と思っておきましょう。私は、恩義ある主の傍で、モノノリュウを倒す一助となるためにここに居るのです。あなたの強さを軽んじるためにここに居るわけでは、決してない……」


 リコリネは、自分に言い聞かせるように、胸に手の平を当てている。

 そして、注ぎ足すように言葉を添えた。


「もちろん、あなたの目の前から、いきなり消えてしまうために居るわけでもないのです。そこはご安心ください」


「…なんだか、恥ずかしくなってきたよ。僕は強くなったつもりだったんだけど、まだまだだなあ」


「私もです」


 お互いに笑い合った。




 そうして、聞き込みを始める。

 この街は大きいと言っても、宿場町なので、そこまで絶望的に広いというわけではない。

 最初はリコリネが居ないことに落ち着かなかったユディも、次第にやるべきことに集中できるようになる。

 とはいえ、結局胸ポケットにリルハープが居るので、厳密に言うと単独行動ではなかったのだが。


 あっという間に夕方になり、宿で待ち合わせたリコリネと合流する。


「なんだか、久々に人と話した気がするよ。今までは大陸情報倶楽部のやりとりで、世情を把握していたからさ」


 部屋で早速情報交換をしながら、ユディはしみじみとそう述べる。

 リコリネは、ちょっと残念そうに答えた。


「タイジョウですが、この街にはないのですね?」


「うん、大きな街にしか置いてないんだ。何か調べたいことでもあった?」


「いえ…私は使用したことがなかったので、あったら使ってみたいなと思っていました。とはいえ、主が使うところを後ろから眺める予定でしたが」


「ああ、そういうことなら、次はタイジョウのある街に行こうか。それで、リコリネが星マークのコインを使うといいよ。権力だよ、権力」


「! よろしいのですか? し、しかし、主がせっかく作り出した機関を、私がおもちゃのように扱うのは、若干気が引けます…」


 そわそわしているリコリネを、ユディは微笑ましげに見た。


「いいんだよ、そんなこと。言ってしまえば、君との旅をやりやすくするために作ったんだから」


「まあ、ご主人サマ~~、そこは『君のために作ったんだ』くらいのことを言いませんと~~! まったく、肝心なところで恰好がつけられないのですから~~」


 リルハープが、パタパタと部屋を飛び回りながら、茶化してきた。


「ええ…? それはちょっとキザすぎると思うな。リコリネはどう思う?」


「そうですね、どうでもいいです」


「そ、そう……」


「いえ、すみません、言葉が足りませんでした。どちらを言われても、嬉しいので、どちらでもいいです、という意味です。実際、今現在、胸が弾んでおります」


「あははっ、そんなに使ってみたかったんだ?」


「…あまり深く掘り下げないでください。それより、聞き込みの方はどうでしたか? 私の方は、特にめぼしい情報はありませんでした」


「僕の方もそうだったよ。平和なのが何よりだから、嬉しいことではあるけどね。あ、ただ、ギュギュの噂はもう広まりつつあるね。巨獣の島の制覇者だって。タイジョウの方では、もう掲示板に張り出してあるけど、こっちは少し遅れて情報が来るみたいだ」


「ああ、それなら私も耳にしました。号外が出たそうですね。影で主とリルハープ殿が暗躍をしていたかと思うと、鼻が高いです」


「暗躍と聞くと悪い印象しか抱けないのは何故でしょう~~!?」


「…まあ、僕の名前は広まらないようにしているから、間違ってはいないんだけど……」


 ユディの言葉に、リコリネは、思い出すようにどこかに目を向ける。


「ギュギュ殿は、今頃どうしていらっしゃるのでしょうね。話していて心地の良くなるような方でした」


「本当にそうだね。ほんの少しだけど、姉さんのことを思い出したよ。姉さんも、サバサバしていて、快活な方だったから」


「そうですか…。では、主の姉君にお会いしたならば、私はやはり好感を抱いたのでしょうね。……」


 ユディは、それが叶わないことであるのを、失念していた。

 空気が重たくなる前に、急いで話を逸らす。


「よし、となると、次の目的地は……タイジョウがある街で、ここから近いのは、東にある流通都市だね。閃の大陸からは遠のいてしまうけど、構わないかい?」


「もちろんです! 私としては、仁の大陸にも興味がありますので、主の方に問題が無ければ、ぐるっと回っていきたいくらいです。ただ、中央にある騎士国家だけは、念のために避けておきましょう。主のモノガリの力が、権力争いに利用される可能性がありますからね」


「それは、僕としてはありがたいけど…リコリネは騎士に興味があるんじゃなかったっけ?」


「もちろん、それはあります。ですが、主に何かがあれば、本末転倒ですから。線引きは、厳しい所で…ですよ」


「君は相変わらずだね。…でも、なんだっけ…。何か、仁の大陸で、リコリネの喜びそうな情報があった気がしたんだけど…。随分前に見た情報だったから、ちょっと今すぐに思い出せないな…。僕もタイジョウに行く必要があるのかもしれない」


「…ふふ。では、とても理にかなった旅のコースになりそうですね、安心しました。かく言う私も、何か…何かを主に伝えなければならないような気がしているのですが、ちょうど体を鍛え始めた忙しい時期と重なっていましたので、ぱっと思い出せませんね……」


「…なんだろう? まあ、旅をしていれば思い出せるんじゃないかな。リコリネ、もうちょっと好き勝手言ってくれても構わないんだからね。リルハープなんていつもワガママ言い放題なんだし」


「まあ~~! リルちゃんは役に立っているからいいんです~~っ、正当な報酬を要求しているだけですから~~!」


 リルハープは、どすっと乱暴にユディの頭の上に着地をした。


「いてっ。こら……!」


 わちゃわちゃやりはじめたユディとリルハープを、リコリネはフルフェイスの中で微笑みながら、静かに見守っている。


 目指すは、流通都市ということになった。

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