02仮兄弟
「兄さん、こんな時間にどうしたのさ。家に忘れ物?」
「どうしたもこうしたもない。門番から、お前がオオヤシガニに襲われていた娘を助けに行ったという報告を受けてな。こっちに戻っていなければ、私が加勢に行くつもりだった」
「もー、心配性なんだから…。僕は無事だよ。ほら、この人が依頼人のギュギュさん」
ユディくんの紹介を受けて、あたしは軽く頭を下げた。
その隊長らしき男の人は、貴族という前情報通りに、優雅な振る舞いで、キッチリとした礼を向けてくる。
「これは、挨拶も無しに失礼した。我が名はテリオターク。テリオでいい。この海峡大橋にある騎士団の長をやらせてもらっている。ギュギュ殿、ここからしばらくの間、仮弟が世話になるそうだが、どうかよろしく頼む」
カテイって何!?
義弟とか愚弟とかなら聞いたことあるケド!
あたしの戸惑いを見越したように、ユディくんが間に入ってきた。
「ごめんギュギュ、後で説明しようと思っていたんだ。とにかく、兄さん、ギュギュさんにはこの家で、今夜一晩ゆっくりして貰おうと思ってるんだけど、いいかな?」
「それはもちろんだ。好きに使うといい。では、私は業務に戻ろう。ギュギュ殿、忙しない挨拶になってしまったが、どうかご容赦を。それでは」
返事をする隙間もなく、テリオさんは踵を返して行ってしまった。
よっぽどユディくんのことが心配だったのだろう、と思ってユディくんの方を見ると、彼は困ったような顔で、早速説明を始めた。
「あの人、生まれた時から上下関係を交えてしか人と接したことがなかったみたいなんだ。だから、上下のない接し方がわかってないんだろうな…って気づいたのは、だいぶ経ってからなんだけど。二年…いや、もうすぐ三年かな。まあそのくらい前から、僕はここでお世話になっていて、それでもお互いに忙しくしていたから、すれ違いの日々を過ごしていたんだけどね。ある日、何の前触れもなく、顔を合わせた時にいきなり『私のことは兄と呼ぶといい』とか言い出してさ……」
「あ、なるほど。かなり変わっててズレてるって、そういうコトね」
「そうなんだよ。こっちが戸惑っててもお構いなしだし。まあでも、何かを頑張って考えて、あの人なりに歩み寄ろうとしてそういう結論になったんだろうな…っていうのは流石にわかったから、付き合っている感じかな」
「…くふふ! そのわりに、まんざらでもない感じがするわよ?」
意地の悪い顔をして、ユディくんの顔を覗き上げる。
ユディくんは、すごく変な顔をしてから、「ほら、行くよ」と家の鍵を開けていく。
…照れてる!
はー……。
依頼達成まで持つかな、あたしの心臓……。
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家に入ると、早速ジイヤさんらしき人が出迎えてくれた。
「これは坊ちゃん、お帰りなさいませ」
「ジイヤさん、彼女に着替えを用意していただけますか? 僕はお風呂の準備をするので」
「おやおや、相変わらずユディ坊ちゃんはジイヤの使い方が下手ですねぇ。両方とも任せていただければよろしいのに。とはいえ、早い方がよさそうですね。お嬢様、湯に浸られる前ということですので、ひとまずはバスローブでよろしいでしょうか? その間に汚れたお召し物を洗ってしまいましょう」
「あ、はい、それで大丈夫です!」
つい、気後れしたような返事をしてしまった。
しかしジイヤさんはにこやかに微笑んで、「それではこちらへ」と着替えスペースへと案内してくれる。
早速着替えながら、暇な視線があちこちを物色してしまう。
貴族が使っている家と言うからどんな感じかと思ったが、調度品はそんなに高価なものでもなく、普通な感じだ。
だけど、ものすごく手入れが行き届いていて、磨き上げられた床なんて塵一つない。
「あの、ジイヤさん、ごめんなさい、チョットだけ、服についてた土が床に落ちちゃって…」
部屋から出ると、申し訳なさ過ぎて謝りながら、ジイヤさんに汚れた衣服を手渡す。
ジイヤさんは、とてもチャーミングな表情で、ウインクをしてくれた。
「そのために、絨毯の敷かれていない部屋を案内したのです。どうぞお気になさらず」
うおおおお、これが執事かあ…!!
何事もなかったかのように踵を返す背を見て、ちょっと感動してしまった。
そこへ、ユディくんが急いでやってくる。
「ギュギュ、お風呂が沸いたから、あったまっておいで」
「え、もう!?」
「実は、隙あれば音の奇跡を使うようにしているんだ。祝福の扱いに慣れる修業の一環として」
「えー、なんだかそのお風呂、豪華ね?」
「あははっ、なにそれ。じゃあ僕はペチュにご飯をあげてくるから。ジイヤさーん、ミドリ菜を一束頂いてもいいですかー?」
ユディくんはそう言いながら、庭に洗濯に行ったジイヤさんを追いかけて、普通に庭に出て行った。
あたしを置いて。
…これ、あたしが泥棒だったら盗み放題なんだケド!!?
テリオさんからして見知らぬ他人を普通に家に泊めるし、大丈夫なのかな、あの人たち。
いや、自分に魔が刺すとは思えないからいいんだケド、信頼が重いわー。
色々な思いを振り払うように、お湯を頂く。
巨獣の島に渡ったら、当分お風呂は味わえないだろうし、ことさら丁寧に体を磨いて、お湯に浸る。
思った以上にまったりとしてしまった。
しまった、決して短くない時間、ユディくんを待たせていることになる。
そこに気づくと、慌てて着替えに出て、リビングへと急行した。
流石に旅をするにあたって、着替えくらいは用意している。
「ごめんユディくん、ついゆっくりしちゃった!」
ユディくんは何かの書類を整理していたようで、紙束に向けていた真剣な顔を上げた。
「ギュギュ、気にしないで。僕も用事の方を片付けていたから」
「ならよかったわ!」
タオルで髪を拭きながら、ユディくんの対面のソファに腰かけた。
ユディくんは、書類を自分の隣に置きながら、こちらを見てくる。
あたしは時間を惜しむように、すぐに話を切り出した。
「じゃあ早速、話し合いの方をやりましょうか。詮索は好きじゃないケド、実は聞きたいことができたのよ」
「奇遇だね、僕もだよ」
「じゃあ、先にそっちから始めちゃってよ。先にあたしから答えるのが筋だと感じるわ。依頼人だしね」
そう言いながら、あたしはゆったりと足を組んで、ソファに凭れた。
ユディくんは、相変わらず面白そうに見てくる。
「じゃあ遠慮なく。ギュギュは、どうして巨獣の島に渡る依頼なんて受けたのかなって。危険だし、誰もやりたがらないことだ」
「手っ取り早く名声を得るためよ。巨獣の島の攻略者なんて、成功したらあたしはかなりの有名人になれるわ」
「有名になるのが目的なのかい?」
「いいえ、それは手段でしかない。夢があるの」
ユディくんは、じっとこちらを見て、言葉を待つ。
あたしは、どう説明したものかと、少し視線を彷徨わせた。
「…あたしにはね、弟ができる予定だったの。でも、生まれてこなかった。俗にいう死産よ。あたしにはそれを悲しいと感じるほどの感慨もなかったケド、母親ってものは、違うのよね。どうしても自分のせいだと思っちゃうらしいの。ママは病んで、パパはママにかかりきりになったわ」
ユディくんは、少し驚いているようだった。
あたしは、普通に言葉を続ける。
「あたしは、たまたまこういう性格だったの。親に構われなくても全然平気だった。一人でのびのびと生きてこれたし、さっさと都会に出て来たわ。そして、驚いた。ほとんどの人間が、そこに存在して、泣いて、笑って、考えて、生きていけるっていうコトを、当たり前だと感じてるって状況に。だからこそ、挫折で自ら命を絶つ人種も居る。…ショーゲキだったわ。感動でも不快でも何でもない。ただただ、衝撃」
コトリと、横合いからお茶が出された。
目を向けると、ジイヤさんが執事の仕事をそつこなして、去って行く。
ありがたく、お茶を一口飲んだ。
「だからね、あたしは発言権が欲しいの。ただの小娘が何を言おうと、ほとんどは周辺の人にしか響かないわ。だけど、有名人は違う。コトバを、遠くまで届けられる。誰もがあたしに注目すれば、それは容易い」
「…どんな言葉を届けたい?」
ユディくんは、静かに問いかけてきた。
あたしは、挑戦的な瞳で、ニっと笑う。
「くふふっ、決まってるでしょ。何クヨクヨしてるのよ、あんたたちは存在してるだけで偉いんだから、胸張りなさいよ! ってね。あたしの中では、死者に人権はないの。だから生きてるってだけで、すごくって、パーフェクトなのよ! たとえ誰が蔑もうと、あたしだけは、生きてるアナタをさんざん褒めてあげる、って。もちろん、褒めるだけで、援助とかもなーんにもしない、言い逃げだケドね、発言権があるから言いたい放題なの! ちなみに人が良いからこう言ってるわけじゃないわ、見ててイライラする人種が居なくなってほしいから、自己満足で言ってるのよ」
興奮交じりに声のトーンが大きくなっていくのを、慌てて抑える。
「ああ、ただ、あたしは聖人じゃないからね。犯罪者とか、人様に迷惑をかけて平気な連中はフツーに死ねって思うわ。そいつらは論外ね。あたし、好き嫌いが激しいのよ。人間は、好きじゃない人の方が多いわ。ううん、どちらかというと嫌いね。音がざらつくもの」
「…音が、ざらつく?」
「感覚的なものなんだケドね。パパもママも、ざらついてたわ。嫌な感じがすると、ざらつくの。人間は、傍に居ると落ち着かない人種が多い気がする。だからあたしの相棒は、ペチュなの」
「…そっか。本当に、ペチュが助かってよかったよ」
ユディくんはそう言って、安堵するように微笑む。
「……引かれるかも、って思ったのに」
あたしの言葉に、ユディくんはきょとんとした。
「引くって、なんで?」
「結構自己中心的な理由じゃない? 今の」
「…ごめん、面白いなって思ってた。僕の周りには居ないタイプだから。僕はギュギュのそういう感じ、好きだよ」
「好きって……」
顔が赤くならないように、必死に我慢した。
すぐに、次の話題に行く。
「それより! 他に聞きたいコトは?」
「……そうだね。一緒に行動するにあたって、気を付けておいた方がいい話ってある? 例えば、こういうことは言わないでほしい、やらないでほしい、とかの」
「あー、そうね、それは大事だわ。あたしね、口が悪いの。それも、物凄く。だから、気に障ったら遠慮なく言ってほしいの。逆に、言われないと気づけないと思う」
ユディくんは、一瞬言葉に窮した後、だんだんと肩を震わせて、やがて耐えきれない、というような感じで、いきなり笑い始めた。
今度は、あたしがきょとんとする番だ。
「待ってユディくん、今の、笑うトコだった…!?」
「あはっ、あははは! ご、ごめん、ちょっと…! ギュギュって、可愛いね」
ユディくんは笑い転げながら、息も絶え絶えにそう言った。
さすがにこれには顔が赤くなるどころか、ポカンとしてしまう。
ユディくんはひとしきり笑い終えると、改めて向き直った。
「ギュギュ、今日、初めて会った時。あの短時間で、君は僕に、三度も『ありがとう』って言ったんだよ。ああいった咄嗟の時に言える言葉こそが、その人の本質を表していると思う。僕からすれば、君はとっても素直ないい子だ」
そう言って、ユディくんはとても温かな眼差しを向けてきた。
あたしは言葉に窮してしまって、何も言えない。
それを見越していたかのように、ユディくんは着々と話を進める。
「それと。ギュギュ、実は旅のメンバーがもう一人いるんだ、紹介するよ。リルハープ、出ておいで」
本当にいきなり、ユディくんは、とんとんと優しく胸ポケットを叩いた。
あたしがハテナを浮かべる暇もなく、すぐにそこからは、美しい羽を震わせて、ツツジ色の小さな妖精がふんわりと浮き上がった。
「!!!!?」
あまりに予想外の出来事に、一瞬思考も何もかも、硬直してしまう。
「ふっふーん。人が驚愕する表情を見るのは、いつだって楽しいですね~~! はじめましてギュギュ~~、リルちゃんは、リルハープって言います~~っ。そしていきなりですが~~、実はリルちゃんには、感情の匂いが少しだけわかるのです~~。特に負の感情の方が濃く感じるのですが~~。この力を使って、ご主人サマに近づく人を選別したりすることがあります~~」
「え……」
怒涛の展開に、ようやく思考が追い付いてきた。
そしてそれを待つように、妖精ちゃんは、じっとあたしの方を見てくる。
…しかも、なんだかドヤ顔だ。
なんだ?
なにか、相手に主導権を握られるようなポカとか、あったかな……。
感情を、わかられて……。
……。
まさか……。
あたしが思い当たって青褪めたと同時に、妖精ちゃんは、喜色満面で語り始めた。
「ギュギュは、ちょっと悪い言葉を使うと、物凄く後悔の匂いをさせますよね~~! 言語にすると、こうです~~。『ヤバイ、嫌われちゃったかな?』」
「いやーーーー!!!? わーーー!! わーーー!!」
いきなり武装した感情が丸裸にされていく現実を直視できずに、必死に耳を押さえてうずくまる。
「もちろん、ギュギュがお風呂に入っている間に、ご主人サマに報告させていただきました~~! 全然悪い子じゃありませんよ~~って! 悪ぶりたい年頃なだけですよね~~?」
妖精ちゃんはあたしの反応を面白がるように、きゃらきゃらと腹を抱えて、空中を転がっている。
これは、たぶん、あたしの一目惚れもバレてるんじゃないだろうか。
でも妖精ちゃんは、そこはちゃんとボカしてくれているようだ。
くそー、粋な妖精ちゃんだな。
ちらりと視線を上げると、ユディくんはまだおかしそうに笑っている。
ユディくんは、笑うと幼い感じで、本当に年齢不詳だ。
「事後承諾でごめん、卑怯だったよね、お詫びになんでも包み隠さず答えるって約束するよ」
「も、もーー! そうよ、もうあたしへの質問の時間は打ち切り! 今度はユディくんの番!」
やけくそな感じで、ソファに座り直す。
ユディくんは、すんなりと頷いた。
「ギュギュ、僕に聞きたいことって?」
あたしは気を取り直すように、髪を背に払った。
「単刀直入に聞くわ。どうして護衛の依頼を引き受けたの? 今日見たユディくんの能力なら、もっと報酬のいい仕事につけるハズよ。あたしにとっては決して安くない護衛料だケド、ユディくんはもっと楽できるでしょ。どう考えたって、危険に見合う額じゃないのに。ダメモトで依頼しておいて何だケドね」
気持ち顔を引き締めて問うと、ユディくんは、どう答えたものかと逡巡をしている。
「…答え、長くなってもいいかい?」
「もちろんよ。むしろ長い方がいいわ。人となりが知れるもの」
「…そっか。人となりを知りたいんだったら、全部言うかな…」
ユディくんは、独り言のようにそう言ってから、顔を上げた。
「……実は、答えは一つじゃないんだ。まず第一に、君が頼った商人が、僕の知り合いでね。もう一つは、君が困っている感じがしたから。おそらく、引き受けるのは、僕くらいしかいない案件だと思った」
「そりゃ、誰も引き受けてくれなかったら困りまくってたわ。でも、どうして?」
「僕には、大事なパーティメンバーがいてね。彼女は大きな傷を負ってしまって、今は療養期間中なんだ。その時、約束した。君が戻ってくるまでに、困っている人たちを助けて過ごすって」
……彼女。
そっか、女の人なんだ…。
…いや、今は話に集中しないと。
「で、次の理由。実は今、そんなにお金に困ってないんだよね。ギュギュ、この依頼って、『大陸情報倶楽部』を利用して得たんだよね?」
「そうそう! 便利よね、タイジョウ。あたしが居た街も、みんな夢中になって利用してたわ」
大陸情報倶楽部とは、数年前にできたばかりの新しい組織だ。
最初は繁の大陸、潤の大陸、閃の大陸にのみあったらしいが、ついに全大陸に展開を始めたという順調さを見せている。
「それさ、どこまで知ってる?」
ユディくんの質問の真意がわからないままに、とりあえずあたしはタイジョウに登録した時のことを思い出す。
「どこまでっていうか…。登録の時にひと通りの説明はして貰ったわよ。さすがに新興勢力だけあって、なかなか隅々まで行き届いたシステムよね。確か、創始者のディエルって人が、情報を金で買う人々がいるっていう部分に目をつけて、それを商品化したんですってね。変な感じだったわ。情報なんていう、目に見えないものに値段がついてくのを目にしたときは」
妖精ちゃんが、パタパタと飛んでユディ君の肩に座るのを見ながら、思いを馳せる。
新規キャンペーンで、今なら登録料は無料。
情報にはランクがあり、一つ星の情報は、一つにつき、閲覧料は銅貨一枚、または、別の情報との物々交換。
月々更新料がかかるが、それも銅貨三枚という良心的な価格だし、それすらも情報で物々交換ができる。
金貨一枚で情報を得られたい放題の、年間パスポートもある。(もちろん、月々の更新料を含めた額だ)
そして、こちらから提示する情報に、偽りやでっちあげ、または未確認のゴシップがあった場合は、大量の違約金を払わされる上に、二度とタイジョウは利用できなくなる。
一人一人の利用時間は、多少融通は効くが、大きな砂時計の砂が落ちるまで。
砂時計が落ちきったら、また列の最後尾に並んで利用しなければならない。
利用窓口と、登録用窓口はちゃんと分けてあって、登録自体はそこまで待たされなかった。
文字が読めない人には、係員がつきっきりで説明をしてくれる。
「でも、登録用の用紙が、なんていうか…欲が無いのよねー。書く欄なんて、名前、年齢、職業、あとは…そこに書いた個人情報を、ちゃんとした手続きの元に検索された場合に提示するのを許可するか、しないか、のチェックと…それと一番面白かったのが、『好きな言葉やモットー』を書く欄があったコト! あたしだったら、活動拠点とか、どの精霊の祝福を受けてるかー、とか、そういうコトも記入欄に書かせてたわね。でも、きちんとそういった情報を、物々交換用の情報料として残してくれてるんだなって、そう感じた。だから、記入欄は最低限にしてあるって印象」
「ギュギュ、ひょっとして、結構タイジョウを観察してた?」
「そりゃそうよ。最初は疑ってたわ。みんな、目新しさに目がくらんで、夢中だったもの。けど、自分で利用してみてわかった。あれは面白いわ。今、あたしは潤の大陸に居ながら、硬の大陸の天気を知れて、閃の大陸で何が流行ってるかを知るコトができる。まるで簡易的な旅行ね。観察してると、旅行者が予定を立てるのに使ったり、あとは小説家や研究者が、本当に湯水のようにお金を落としてたわね。でも、そういう夢中になってる人たちが破産しないような配慮を、随所に感じられる。少し冷静になって…って、そのための時間制限でもあるんだろうなって」
さらには、掲示板に他大陸からの依頼が張られていたりする。
あたしが引き受けたのは、そこにいつまでも残っていた依頼だ。
面白いのは、それとは別に伝言板も用意されていて、『○○について興味のある人、○月○日に○○広場で話し合いませんか』なんて、交流を呼びかける場にも使える。
公の場にそれが晒される前提があるため、怪しいコトには使えない。
文字が読めない人のために、そこにも係員が一人、つきっきりで案内していた。
そうして、人が人と関わりやすくするための居場所のような立ち位置を、タイジョウは瞬く間に確立した。
「たぶん創始者のディエルって人は、やり手ではあるんだろうケド、優しい人なんだろうな…って印象を受けたわ。情報は、力よ。それを、一般市民でも使いやすくしてくれてる。主婦は料理や掃除の小さな裏技を得たり、薬師は薬草の群生地を知ったり、みんなが随分と過ごしやすそうな生活になっていってた。今までは裏でしか扱われなかった情報っていう商品が、ついに表立って現れたカンジ」
ユディくんは、お茶を飲みながら、静かにあたしの話を聞き続ける。
「それと、ジャーナリストとの住み分けも意識してるんじゃないかしら。新聞みたいに、センセーショナルな見出しの情報は、ほとんどないと言ってもいい。登録制ってトコにハードルの高さを感じる人は、相変わらず新聞を読むみたいだしね。あたしが一つ星の情報しか知らないからかもしれないケド、日常生活で細々と使えそうな、コツとかの小さな情報が多い印象よ。普通、それに値をつけるなんて誰も考えない。だけど、人によってはしょーもない情報だって、必ず必要としている人が居るってのを、思い知ったわ。もちろん、真意がわからないから、若干まだ疑っている部分はあるケドね」
「なるほど、そんな感じなのか…」
ユディくんは、思案気に考え事を始めた。
あたしはつい、待てずに聞いてしまう。
「でも、どうして突然タイジョウの話を?」
ユディくんは、傍らにある書類を手にしながら、こちらを見てくる。
「……ギュギュ。君がタイジョウの書類に書いたモットーは、『人生とは、演劇である』」
あたしは、ハっと息を呑んだ。
ユディくんの言葉にではなく、その表情に。
ユディくんは、思わず魅入ってしまうくらい、妖艶な笑みを浮かべた。
「ディエルは、僕なんだ」




