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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第一章 ひとりめ
45/137

45天秤のかたむき

 ジャンティオールが目の前から消え、ユディの視界はいきなり開けた。


 目の前には、キルゼムだけが居る。


 ウェイスノーも騎士たちも、何が起こったかを把握できないかのように、茫然としている。


 ユディは尻もちをついたまま、ただ目の前の光景を見上げている。

 ピクリとも動けない。


 キルゼムは、何のお構いも無しに、ニチャリと笑って、ユディに片腕を伸ばした。

 この人は、まだ笑えるのか…と、ユディはぼんやりと思う。


「しゅく…ふく……を……」


 もはや、ユディの視界には、キルゼムの手の平しか映らない。

 冷静な自分が、動かなければと、耳の後ろで警鐘を鳴らす。

 だが、喪失感で、全然力が入らない。


「ジャン……」


 呟いてから、やっと涙が流れた。


 その瞬間、キルゼムが、首を押さえながら、ギイと変な声を上げて仰け反った。


 よく見ると、キルゼムの首に、金色の何かがある。

 ユディの理解よりも先に、懐かしくすら感じる声が飛び込んできた。


「ウェイスノー殿! 主を連れて避難を!」


 リコリネだ。

 リコリネが、キルゼムの背後に立ち、首に何かを巻き付けて、締め上げている。


「あ、ああ!」


 上半身裸のウェイスノーが、即座にユディに走り寄り、抱き上げるようにしてキルゼムから離した。

 ユディは、ぼんやりとリコリネを見つめたままだ。


「あ…ぎ……ッ!」


 キルゼムは、首元をかきむしり、苦しそうにうめいている。

 あの美しい金色には見覚えがあるような気がして、ユディはじっとそれを見た。


「まったく、私も動揺していたようです。『簡単に腐らないような武器』に思い当たるまで、ここまで時間がかかるとは。灯台下暗しとはこのことですね」


 自嘲気味なリコリネの言葉を聞いて、ユディはすべてを理解した。

 ……それは、丁寧に編みこまれた、リコリネの長い髪の毛だった。

 大事に伸ばしてきただろうそれは、無造作に切り取られている。


 援護をしようと一歩を踏み出した騎士に、リコリネが鋭く声を上げる。


「全員、早くここから避難を! とにかく距離を取れ! 早く!!」


 リコリネの剣幕に、副隊長がハっと反応した。


「と、とにかく言う通りに! 邪魔をするな、全員下がれーー!!」


 その一声で、全員が機械的に反転した。

 同時に、リコリネは、両腕に力を込める。


「力の精霊、ゴルドヴァよ―――!!」


   ギリッ、ギリギリギリギリギリッ!!!


 リコリネを赤いオーラが包み、キルゼムの首が容赦なく締まっていく。

 丁寧に編みこまれた髪の毛は、簡単には千切れない。

 キルゼムは泡を吐きながら、濁った瞳で、濁った言葉を吐き出す。


「ぐぶっ、ごぶっ、じゅ、じゅぐ・ふぐをおおおおぉおおおおっ!!!」


   ぶわっ!!!


 最後の力を振り絞ったのだろう。

 瞬く間に、キルゼムの左腕に生えた白い花は黒く染まり、枯れ散った。

 リコリネごと包み込むように、黒く丸いボールのようなフィールドが、ヴンと一瞬だけ形成された。


「リコリネ、リコリネ!!?」

「いやーーーっ!? リコリネーーーっ!!」


「二人とも、落ち着け!!」


 ウェイスノーが必死でユディを押しとどめ、リコリネの方に飛んで行こうとしたリルハープを、死に物狂いに片手でキャッチする。


   ゴキン―――


 それと同時に、首のへし折れる音が、鈍く響いた。


 一拍の後。

 黒い瘴気は、最初からなかったかのように霧散し、ゴトリとキルゼムの死体が地面に落ちる。


 そこに立つ全身鎧の手の平から、髪の毛だったものが、ボロリと粉になって消えた。


   ………カシャン。


 リコリネが膝をつく。

 なんの力も感じられない動きだった。


「リコリネ!!!」


 ユディは無理やりウェイスノーの手を引きはがし、リコリネに駆け寄った。


「来るな!!!」


 ぴしゃりとした拒絶の言葉に、反射的にユディの足は止まった。

 リコリネは、体を丸めるようにして、地にうずくまっている。

 尋常ならざる状態だと、一目でわかった。


「でも、リコリネ!!」


 ユディは構わず一歩を踏み出す。


「来るな…!!!」


「どうして!!」


「あなたにだけは……あなたにだけは、見られたくない……!!!」


「……? 何を、言ってるんだ……?」


 戸惑うユディの隣で、ウェイスノーとリルハープが、息を呑んだ。


「まさか……!!!」

「リコリネ…!!!」


「……?」


 ユディは視線を戻す。

 ぐるぐると思考が巡る。

 そういえば、どうしてリコリネは力の精霊の力を使ったのだろうか。

 普段のリコリネなら、身の内から溢れるほどの祝福があるはずだ。

 わざわざ意識して祝福の力を引き出さずとも、首を折ることくらいはできただろう。

 もう、体に上手く力が入らない状態なのだろうか?


「リコリネ、ひょっとして、怪我をしている…? そうだよね? 大丈夫だよ、僕に見せて?」


 ユディはなおも一歩近づいた。

 リコリネは、無言で首を振る。


「リコリネ、お願いだ、状態を見ないと、僕は適した言葉を…音を選べないんだ…! いいね、脱がすよ?」


 ユディはリコリネの前まで来ると、手を伸ばした。


   バッ!


 それを阻止するように立ちはだかったのは、両手を広げたリルハープだった。


「リコリネにさわるな! 離れて!」


 リルハープは、怒りさえ宿した瞳で、ユディを睨みつけてくる。

 ユディは、意味がわからなさすぎて、カッと頭に血が上った。


「リルハープ、邪魔するなよ!! リコリネが死んでしまう!!」


「バカ!! リコリネが命を懸けてないとでも思ってるの!!?」


「??????」


 意味が、わからない。

 ほとんどめまいを覚えて、額を押さえる。

 いや、このめまいは、精霊の祝福を消費しすぎたからだろうか?

 リコリネと、リルハープが、自分を拒絶をしている…?

 ジャン…ジャン、どうして…。


 いろいろな考えがぐるぐるとめぐる。

 リルハープは、ぼろぼろと涙を流している。

 リコリネに、自分は拒絶をされた…?

 それだけで、膝から力が抜けそうなくらいショックだった。


 ダメだ、落ち着け…。

 これは、きらわれたわけじゃ、ない…。

 そうだ、大丈夫だ…。

 間違うな…。

 間違えたら、本当にリコリネが死んでしまう。


 ハアハアと息を荒くしながら、自然と涙がこぼれた。


「た……のむ…。お願いだ……。失いたく、無いんだ…!!! なんでもする…! あとで、怒ってくれていい…! だけど、今は、傷を、見せてくれ…!!」


 ほとんど息も絶え絶えになりながら、言葉を絞り出した。


「………っ!!」


 リルハープは、もう耐えられないというように、ユディの懇願を受け止める。

 羽を震わせて、リコリネへの道を譲った。


 ユディが一歩踏み出すと、リコリネは必死に、ズリ、と下がる。


「リコリネ…!! お願いだ、絶対に治して見せるから! …後で恨んでくれいいから!」


 リコリネのフルフェイスに、問答無用で手を伸ばした。


   ガッ!


 途中で、乱暴に掴まれる。

 ウェイスノーだった。

 ユディは、信じられないと言いたげに声を荒げた。


「…なんで!!?」


 ウェイスノーはユディに取り合わずに手を離すと、そのままリコリネの前にしゃがみ込む。


「ネーサン、片腕を。腕だったら、いいだろう? …頼む」


 リコリネは、フルフェイスの中で、荒い呼吸を繰り返している。

 やがて。

 そろりと、ウェイスノーに、右腕を預けた。


 ウェイスノーは恭しくその手を取ると、慣れた手つきで、ガントレットを外していく。


「……!!!」


 その時、ユディはすべてを理解した。


 改めて見なくても、リコリネの手は細くたおやかで、強く握りしめれば折れてしまうのではないかというくらいに儚い。

 その若くみずみずしい肌に、まだらのように、ぐずぐずとした紫のラインが入っている。

 規則性も何もない、腐食。

 シミ一つない無事な部分もあるから、余計にそれは痛々しく見える。

 おそらくこれが、体中に……。

 顔にも……!


「う、あ…うあああああ…っ!!」


 リルハープが、ぼろぼろと泣きじゃくっている。

 釣られるようにユディも涙を流し、ガクリと膝をついた。


「どうして……なんで、こんなことに……っ!!」


 早く、言葉を選ばないと…。

 焦る気持ちの中に、見られたくないと言っていたリコリネのいじらしさが、愛しさが苛烈に駆け巡り、頭の中がぐしゃぐしゃになるようだった。

 何も考えられない。

 このままではダメだ。

 ジャンの顔もちらつく。

 口の中がからからで、喉が引きつれを起こす。

 どうしても、即座に気持ちが切り替えられない…!!

 リコリネも、フルフェイスの中で嗚咽を噛み殺しているのが伝わってくる。

 だからこそ、もう…叫びだしたいほどの、怒りなのか悲しみなのか何なのか、制御が効かない。

 気が狂いそうだ!


 その時ユディは、生まれて初めて、心の底から、他人を頼った。

 救いを求めるように見たのは―――ウェイスノーだった。


「………!!」


 その時、ウェイスノーは、すべてを理解し、総毛だった。

 この世に、こんなに幸せな瞬間があるのかと、なぜか強くそう思った。

 それほどまでに、この土壇場で頼られたことが、嬉しかった。

 それほどまでに、自分はこの3人が、大好きなのだと思い知る。


「…ああ、任せとけ!! 空気を変えるのは、得意中の得意なんだぜ!?」


 ウェイスノーはニっと笑うと、なんてことはないとでも言いたげに、立ち上がった。

 そして、街中に響くような声を張り上げる。


「おおおーーーーーい!!! 俺の受けた祝福は、天秤の精霊なんだーーーっ!! 頼む、みんなの力を貸してくれーーー!! 恩人が、死にそうなんだーーー!!」


   バン!!


 その瞬間、近くの民家の扉が乱暴に開き、窓からすべてを見ていたのだろう、褐色肌の女性が飛び出してきた。

 おじさんやおばさんが、まばらに続く。

 すぐに酒場の扉が開き、出てきたのは、希望の街のあの商人だ。

 商人は続けて叫ぶ。


「お願いします、ご協力をーー!! 私の恩人でもあるのですーーっ!!」


 商人の声に呼応するかのように、そこらじゅうの家の扉が開き、わらわらと宿場町の住民が出てきた。


「アンタの頼みじゃ断れねえな!」「任せてくれよ、食料補給の恩を返す時だ!」


 瞬く間に、ユディたちの周囲を人々が取り囲み、騎士たちも含めて、一気に人口密度が上がった。

 ユディもリコリネもリルハープも、驚いたようにそれを見ている。


 ウェイスノーが、音頭を取るように片腕を上げ、片腕をユディの肩に当てる。


「おっしゃ、みんなサンキューーー!! そんじゃ、合図と同時に、俺に祝福を分けてくれーーー!!」


「「「おおおーーーーーーっ!!」」」


 ウェイスノーは、パ、と手の平を太陽に向けて開いた。

 何の打ち合わせもないはずなのに、場の全員が、それが合図だとわかっているようだった。

 呼応するように手の平を掲げて、一斉に叫びだす。


「力の精霊ゴルドヴァよ!」

「智の精霊エティナイよ!」

「堅牢の精霊ギグナアドよ!」

「増進の精霊ソッティノイよ!」

「誓約の精霊ウィブネラよ!」

「音の精霊タールトットよ!」

「色の精霊リリケイアよ!」


 これだけ人が集まると、中には珍しい精霊の名も混ざる。


 そして、ウェイスノーが叫んだ。


「天秤の精霊トリティエよ!!」


 すると、残った数人が同じように叫ぶ。


「天秤の精霊トリティエよ、彼に力を!」


 天秤の力が、ウェイスノーに集約していく。

 ウェイスノーは、力強く笑った。


「あんたの天秤を、ちょいとばかりこのニーサンに、傾けてやっちゃくれねーか!! この場に集ったすべての力を、ひとつに集約する奇跡を、今!!」


 ウェイスノーは、精霊に本当の意味で語り掛けるようにして奇跡を使うタイプだった。

 そんな使い方は初めて見るので、ユディは目を丸くする。


 場に居る人々の手の平から、細く、色とりどりのオーラが立ち昇る。

 それらはすべて、ウェイスノーの手の平に集約されていく。

 七色を越えた、煌く色合い。

 それらが、肩に置かれたウェイスノーの手から、ユディの中に流れ込んできた。


 ユディの中に、暴風のように吹き荒れていた様々な感情が、暖かな何かに押し流されていく。

 リルハープとリコリネは、その美しい光景を茫然と見つめていた。

 ユディは一筋だけ涙をこぼし、…すぐに笑った。


「ねえ、リコリネ。こんなに多くの人が、君に無事で居て欲しいって! 応えなきゃね!」


 ユディは、感情のままにリコリネの手を取ると、その手の甲のぐずぐずに腐った部分に口づけた。

 リコリネは、びくりと動いて、しかし何も言わない。

 いや、もう何かが言える体力が残っていないのだろう。


 ユディは、改めて精霊道具の本を手に取る。


「<今、ここに集ったともしび。そのすべての眩しさが、リコリネの中の暗い陰りを追い払いはじめた。それは、みずみずしい花弁に乗った朝露が、一滴ずつ零れていくように。リコリネが負った傷は、彼女に負担のない速さで、ゆっくりと癒えていく―――!>」


 ユディの周囲を、緑の燐光が舞い踊る。

 ユディは、リコリネへと手をかざした。

 それが呼び水であるかのように、暖かな光がリコリネを包み込み始める。


   パアアアアアッ!


 その輝きは力強く、しかし眩しくもなんともない。

 リコリネの腕の黒ずんだ箇所が、かさぶたが剝がれるようにポロポロと落ちていく。

 後は鎧に隠れてしまい、目に見える変化はそこまでしか確認できなかった。

 しかし、確かな手ごたえがある。

 リコリネの傷が治っていくという確信がある。

 その嬉しい手応えを楽しむように、ユディは瞳を輝かせた。


「………っ!!!」


 が、しばらく経って、ユディの動きが凍りつく。

 果てが無い。

 途方もない。

 そんな言葉がちらついた。


 まるで、底なし沼に力が吸い取られていくような。

 それほどまでに、リコリネの傷が深かった。

 おそらく、表面だけの腐食ではなかったのだ。

 内臓まで……。

 リコリネは、瀕死だった。


 あれほど力強く流れ込んできた、すべての人々の精霊の祝福が、ちっぽけなものにすら感じた。

 そんなはずはない。

 これならなんでもきそうだと、あんなに強く感じたのに!

 次第に焦りが浮かぶ。

 まだか。

 まだ、完治の手ごたえが無い…!!!

 いやだ!

 絶対に、すべてを治してみせる!!


「くっ…!!」


 ウェイスノーが、ガクリと膝をついた。

 援護は、打ち止めだった。

 周囲を囲む人々は、心配そうな顔で、祈るようにリコリネを見守っている。

 瞬く間に、ユディの中にあった潤沢な精霊の祝福が枯渇していく。


「ま、まだだ…!!!」


 思わず口に出してしまっていた。

 それを聞いて、ウェイスノーとリルハープは、はっと顔をこわばらせる。


 ユディの手の平からの光が、徐々に薄まっていく。

 それと同時に、意識が薄れ始めた。


「まだ、完治してない…!!!」


 ユディはふらつきながら、なんとか姿勢を保つ。


 その時、リコリネに翳していた手が、柔らかい何かに包まれた。

 ガントレットを外した、リコリネの手だ。


「主、もう十分です。このままでは、主が倒れてしまわれます。もう、すっかり治りました」


「い、いや……だ……!!!」


 口ではそう言いながら、反対の手から、精霊道具の本がバサリと滑り落ちた。


「ユディのニーサン!!」


 必死に振り絞った最後の祝福もむなしく。

 咄嗟に支えてきたウェイスノーの腕の中で、ユディの意識は、暗闇へと落ちて行った。



-------------------------------------------



 そこは、真っ暗で何も見えない空間だった。

 何も見えないはずなのに、なんだか平らな空間だな…とユディは思う。


「おーい、ユディ~!」


 誰かが呼んでいる。

 聞き覚えのある、懐かしい声だと感じた。


「ユディー、ユディーってば、お~い!」


 振り向くと、そこにはユディアールが居た。

 樹上都市で別れた時のままの姿だ。


「ディアール! ひさしぶり!」


 返事をしたはずなのに、ユディアールはそれに気づかないように、ぶんぶんと手を振っているだけだ。

 どうやら、一方通行のようだ。

 ユディアールは、あらかたそれに満足すると、いつものように、頭の後ろで手を組んで、八重歯を見せて笑った。


「にゃはは~、オレはダメだったよ!」


「……? ダメ…? ダメって、何が?」


 そう問いかけるのだが、やはり一方通行らしく、ユディアールは答えない。


「ユディ、忠告な、今すぐに引き返せ! オマエはこっちに来るなよな~!」


「ディアール、どういうこと? こっちって、どっち?」


 ユディアールは、琥珀色の澄んだ瞳を細めると、満足げに笑った。


「そんじゃあな~! 元気でやってけよ!」


 ユディアールが遠のいていく。

 ユディは急いで追いかけた。


「ディアール、待って! どういう意味!? ディアール!!」


 走っているはずなのに、全然追いつけない。

 手を伸ばしても距離が埋まらないどころか、全然届かない。


「ディアール、待ってよ!」


 ユディは、がばりと飛び起きた。


「ディアール!!!」

「うわビビった!!!?」


 気が付けば、変なポーズでめちゃくちゃ驚いているウェイスノーが目の前に居た。


「え……あれ? ウェイスノーさん??」


 きょとんとする。

 ウェイスノーは、心臓を押さえながら、ベッド脇の椅子に座り直した。


「……いや、まあ、よかったぜ、ちゃんと目を覚ましてくれて。変な夢でも見たのか?」


「夢……?」


 そう言われて、ようやく自分は寝ていたのだと気づいた。

 ここは、宿のベッドの上らしい。


「ゆめ……」


 思わずもう一度呟いた。

 そういえば、最後に夢を見たのは何時だっただろう。

 この旅を始めてから、いつもクタクタで眠りについていたからだろうか、夢を見たのはとても久しぶり…どころか、初めてにすら感じる。


 少しずつはっきりしてきた意識の中で、ようやくどれが現実なのかを手繰り寄せた。

 ジャンティオールが最期に見せた、あの笑顔が浮かぶ。


「ゆめ…なら、よかったのに……。ジャン……」


 もう会えない。

 そう思うと、ぼろりと涙がこぼれる。


 ウェイスノーは、うつむいた。

 すぐに立ち上がる。


「ニーサン、俺はちょっとだけ用事ができたわ。少しの間、席を外すな? すぐ戻ってくるから」


 それだけ言うと、さっさと部屋を出て行った。

 ユディは驚いて、閉まった扉を見る。


 それからすぐに、それがウェイスノーの気遣いだと理解した。


「ジャン……、ジャン……ッ!!! 隊長になって、必殺技とか、使うって、言ってたじゃないか……!!」


 涙を出し尽くすつもりで、思い切り泣いた。

 今この瞬間は、リルハープとリコリネが居なくてよかったと、そんな風に思う瞬間がこの世にあるのかと、自分でも驚いていた。

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