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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第一章 ひとりめ
30/137

30水の都

「…ええ!? 街が水没してる…!!」


 下船して、目の前にある光景に、ユディはとても驚いた。


 ただしく言えば、水没をしているのは、海側の一部だ。

 段々畑状に作られたその街は、下の方の家が水没してしまっている。


 一緒に船旅をした商人が、一歩前に出る。


「ははは、そういえば初めてという話だったな。ここは水の都と言うだけあって、水と共に生きている…というわけではなく、何十年も前はここまで水没していなかったんだ。何十年もかけて、ゆっくりと水位が上がってきて、こうなったということらしい。これはこれで綺麗だから、観光資源にもなっているんだ。アベックの聖地とも言われている。ほら、あっちの方では泳いでいる若者もいるだろう?」


 示された方角を見ると、確かに水着を着た男女が水に潜り、水没した石造りの家の中を覗きに行ったり、屋根の上に立ったり、水の中の石畳の上を歩いてみたりと楽しそうだ。


「あれが、泳ぐという行為なのですね。初めて見ました。楽しそうですが、私には無理でしょうね…」


 全身鎧のリコリネが、残念そうにつぶやく。

 鎧を脱げばどうかと言いたかったが、たぶんいつもの修羅返答が返ってくるだろうから、ユディは黙っておいた。


「まあまあ、見ているだけでも楽しい光景ではあるだろう。さあ、騎士団の詰め所に行こうか」


 商人と、遅れて合流してきた船長と一緒に、賞金を受け取りに行く。

 二人の証言を聞き、事務仕事の騎士は最初、難しい顔をしていたが、樹上都市で騎士隊長から貰った書状を見せるとすぐに態度が変わり、リコリネは難なく海賊退治の賞金を貰えた。

 驚いたことに、樹上都市の隊長は、騎士界隈では有名な人物だったらしい。

 ユディはここでも、人の縁を感じた。


 賞金首の手配書が張られる掲示板には、よその街の一等級への注意喚起が張られてあるだけで、この水の都で活動している賞金首は特にいなかった。

 シグナディルが、めぼしいものは大体捕まえたと言っていたのは、こういうことらしい。

 リコリネは、「さすがですね、シグ殿」と、我が事のように喜んでいた。


 商人は去り際に宿を紹介してくれたので、ユディたちはここでも数割の滞在費の節約ができるようだ。



 宿の一階で食事を注文し終えると、ユディとリコリネは、テーブルの上に地図を広げて覗き込んだ。


「主、モノオモイの方はどうですか?」


「この街には居ないみたいだ。それから、やっぱりモノノリュウの気配は、北の方からするね」


「となると、次は仁の大陸に渡るルートを行くしかないでしょうね。海峡大橋を目指しましょう。貝の村から大滝の村を経由するルートが一番近いでしょうか。道のりはかなり遠いでしょうが…」


「ああ、この大陸って、仁の大陸と橋でつながってるって話だったね、そういえば。ライサスさんの情報だと、通行料がいるんだっけ?」


「そうですそうです。やはり大陸をつなぐ橋ともなれば、維持費用が相当かかるらしく、通行料も多めに用意しておいた方がいいとか。海賊退治の賞金が入ったとはいえ、溜めておくに越したことはありませんね。道中で賞金稼ぎのような行為を定期的に行ってもよろしいでしょうか?」


「それはもちろん、僕も手伝えるようになったしね!」


 ユディは力こぶを作って見せる。

 リコリネは、微笑ましそうに笑った。


「頼りになる主を得られて、騎士冥利に尽きますね」


 ふと、ユディが黙った。

 リコリネは首を傾げるが、特にせっついたりはせず、じっと待つ。


「…そういえばリコリネって、甘いものが好き?」


「なんですか藪から棒に…」


「ううん、今いきなり思い出したんだ、姉さんは甘いものが大好きで、甘いものが嫌いな女の子はいないって豪語してたなって。リルハープも、飴ばっかり食べてるし」


「リルちゃんは妖精だから、蜜を好むだけです~~! あまーい恋の話も大好きなんですよ~~っ」


 リルハープは胸ポケットから、こそっと顔を出した。


「へええ、妖精ってそういう感じなんだね? …とにかく、お金を溜めるばっかりじゃなくって、たまには嗜好品を食べたりして、ストレスを発散しないとなって思って。ほら、さっき、パンケーキのお店とかがあったじゃない?」


「そうですね、ストレスという意味では、私は今のところ非常にすっきりとしているのですが、確かにどちらかと言うと甘いものは好きです。エネルギーになりますからね」


「ごめんね、今までその辺りに全然気が回ってなかったなって思ってさ。街だって、ただの補給所みたいに思ってたし。でも、旅は楽しくないとね!」


「…ふふ、本当に唐突ですね、主は。しかし、お気遣いは無用です。糖分が欲しければリルハープ殿から飴玉を分けていただきますし、それよりも、主は甘いものに立ち向かうことの恐ろしさを、わかっていないように思えます」


「恐ろしさ…?」


 ユディが首を傾げると同時に、注文した品が運ばれてきた。

 ユディが頼んだのは普通のパンとスープだが、リコリネは海辺の魚介料理が楽しみらしく、珍しいものを頼んでいた。


「……う!!?」


 次の瞬間、リコリネの皿の方を見て、ユディは悲鳴を上げそうになった。


「…これが、ウッパルッパのから揚げ…というものですか」


 リコリネは感心したように皿を見つめている。

 透けるほど薄い衣をつけて揚げられたそのトカゲのような生き物は、つぶらな瞳と、ほんのりと間抜けな口元とが相まって、非常に愛らしい形をしている。


「り、リコリネ、それにフォークを突き立てて食べるの!?」


「やはり、主はご存じありませんでしたか。たまたま愛らしい生き物を食べる流れになりましたが、スイーツを食べるというのは、つまり、こういうことなのです」


 リコリネは、ザクンとウッパルッパの背にフォークを突き立てた。


「リコリネ、どういう意味ですか~~!?」


 リルハープが、意味がわからないという感じで、こそっとリコリネに聞いている。


「説明をいたしましょう。私は幼少期より、卵から孵した騎乗鳥のハリエンジュと仲睦まじく暮らしていたことは、かつてお話したと思います。父も母も、そして祖父母も、私に対し、くしゃくしゃに笑顔を浮かべながら、毎日毎日、ハリエンジュと同じ、愛らしい形をした砂糖菓子やクッキーを私に贈りつけてくるのです。果てはメイドに命じ、飲み物にクリームでハリエンジュを描かせる」


 リコリネはフルフェイスの口元をカシャリと上げ、ガリっとウッパルッパのから揚げに歯を立てた。

 愛らしい顔がえぐれ、肉色の断面が覗く。


「私は毎日毎日、砂糖菓子で作られた愛らしいヒヨコなどの生き物たちを口に運びました。時にはくじけそうにもなりました。幼さゆえ、夜には涙で枕を濡らしもしました。時に祖父は私のためにと大きな動物ぬいぐるみを買ってきて、『毎日、木人相手ではつまらないだろう』と言い、そのぬいぐるみを木人にくくりつけ、私に剣術稽古をやらせました。しかし、おかげで私は知ることができました。甘いものを摂取したり、可愛らしいものと触れ合う行為には、心の痛みが伴うべきであるのだと」


「リコリネ……ごめん、僕が浅はかだったよ…」


「いえ、いいのです。悪いことばかりではありませんでした。こうしてウッパルッパに歯を立てられるくらいに精神力が鍛え上げられましたからね。おそらく私は、家族に愛されていなかったのだと思っていました。しかし、道中で実際にハリエンジュを食すことになって、あれはある種の愛情だったのではないかと、そう思うようにもなりました」


「うん…」


「先程主がおっしゃったパンケーキの店も、おそらくは表面に、パウダーシュガーで愛らしい生き物が描かれるという、恐ろしい結果が待っていたでしょう。そして、主がそれにナイフを入れることをためらう未来が容易に想像できました。ですから今まで通り、街は補給所と思う程度でいいのです。どうか私に気を遣わず、心の赴くままにお過ごしください。そもそも、全身鎧の客など、スイーツ店にはふさわしくない。私とて、ドレスコードを知らぬわけではないのです」


 リコリネはそう言うと、シャクシャクとウッパルッパを平らげていく。

 ユディは、うつむいた。


「そっか…。そうなると、リルハープもやっぱり迂闊に人に見られないようにしていかないとね」


「そうなりますね。妖精クッキー、妖精ケーキなどが瞬く間に流行り、人々は羽から千切るか、頭からえぐるかを世間話の一部にすることでしょう」


「かわいいって、こわいね……」


「……ッ、……っ」


 リルハープは、すごく何かを言いたそうにしていたが、言葉が思い浮かばないようだった。



-------------------------------------------



「なんだろうね、夜に綺麗な景色が見られるっていうの」


 商人が去り際に残していった言葉に従い、夜になると3人で宿の外に出て、水没した地区の方へと歩く。

 ユディの問いに、リコリネが応じる。


「注意点も添えられていないわけですし、行けばわかるのでしょう」


「楽しみです~~っ」


 リルハープは、わくわくと胸ポケットから顔を出している。

 階段を少し降りたところで、ユディは歓声を上げた。


「うわあ、ほんとだ…!! すごい!」


 水没した都市の中が、色とりどりに光っている。


「これは…不思議ですね、海の方は光っていないのに、水没した建物周辺だけが…」


「気になります、行ってみましょう~~!」


 リルハープの指示に従い、水面近くまで、足早に駆け下りた。


「…あ、なるほど」


 近づいて、理由が判明した。


   「武器のことならスナメリ商店」

   「道具屋:鉄砲魚」

   「酒場『化けるオットセイ』ただいま営業中!」


 水の中には、店の宣伝文句が書かれた看板が、あちこちに設置されていた。

 昼間に蓄光して、夜に光る素材で作られているらしい。

 しかし、その光の隙間を、小魚の群れがスーッと通りすぎていく様は、なんだか幻想的だった。

 ちらほらと点在するアベックが、肩を組みながらそれを眺めている。


「文字列は微妙ですが、確かに美しい光景ではありますね~~っ」


 リルハープが感心したように言う。


「うんうん、ちょっと潜ってみたくなるね。精霊の祝福を使ってみようかなあ…」


 ユディの言葉を、リコリネが制した。


「いけません主。そのようなことに消耗してしまっては、敵がいざ襲ってきたときにどうするのですか」


「ここ街中だよ!?」


「リコリネがまた修羅道を通り出しました~~…」


 リルハープがそう言った瞬間、バッとユディが背後の街を振り向いた。

 その突然の動きに、リコリネが警戒を強める。


「主、敵ですか…!?」


 ユディは暗がりを見つめ、たっぷり3秒ほど黙った後、緊迫した声で答える。


「……そうみたいだ。今、モノオモイが、街のどこかに発生した」


「まあ~~! 本当に、突然に発生するのですね~~っ、長い旅路なら、このようなこともあるのかもしれませんが~~…ご主人サマ、どうされますか~~?」


「探そう! 今なら被害を最小限で済ませられるかもしれない…!」


 駆け出したユディの手を、リコリネが掴んだ。


「主、いけません。焦る気持ちはわかりますが、今決めておかねばならないことがあります」


「リコリネ、どういうこと?」


「探す時間のことです。主はこのままだと、徹夜をして街中を駆け回るでしょう。見つからなかった場合、また万が一にも戦いになった場合、必要以上に消耗をしている状態は避けるべきです」


「でも、被害が出てからじゃ遅いよ!」


「逆です、主。今まで我々は、モノオモイが起こした何らかの被害やウワサを聞きつけてから動いてきました。手がかりが、後手にしか存在しないからです。主が細かい探知を行えない以上、それは仕方のない話です。今日の所は、捜索を日付が変わるまでにしておきましょう」


「リコリネ!」


「ご主人サマ、リルちゃんもリコリネに同意です~~…。ご主人サマだって、疲弊しきったリコリネに働けというのは嫌ではないですか~~? お辛いでしょうが、ここは譲れません~~。リコリネも、消耗するのは自分も同じだと、きちんと添えないといけませんよ~~」


 ユディは、一度口をつぐんだ。

 すぐに首を振る。


「…ごめん、その通りだ。僕はともかくとして、君たちに無理をさせたいわけじゃなかった」


「私も同じ意見です。私はともかく、主とリルハープ殿に無理をさせたくないのです」


 ユディは、ちょっと困った顔で笑った。

 なぜかフルフェイスの中のリコリネも、同じ表情でいるように感じた。


「さあ、そうと決まれば、制限時間の間は全力で探し回りましょう~~! 二手に分かれて、日付が変わると同時に、宿屋に集合ですよ~~! つまり、あの動く月が、動かない月と重なる時間までですね~~っ」


 リルハープの合図を皮切りに、ユディは再び駆け出した。

 リコリネも、反対方向へと走り出す。


 しかしこの街は思った以上に広く、とてもじゃないが数時間で踏破できるものではなかった。

 その上、夜なので聞き込みができる人通りもなく、普段と違う点を探そうにも、ユディたちはこの街に到着したばかりで、何が普段通りなのかもわからない。

 焦りが足を速め、ユディはくたくたになって宿屋の前にたどり着く。


 その日は、何の収穫も得られなかった。



 ―――次の日の朝、男女の変死体が見つかったというニュースが、平和な水の都をざわめかせた。



-------------------------------------------



 ユディたちは、朝食をとり終えると、何か情報が無いかと、まずは騎士団の詰め所に聞き込みに行く。


 前日、賞金の手配をしてくれた事務の男が、見知った顔の訪れに少し驚いていた。


「君たちか、どうしたんだ。不備はなかったと思うが」


「あ、いえ、そのことじゃなくて、何か事件が起こっていないかと…」


 ユディの言葉を聞き、男は「ああ、」と呟いて、しかめっ面をした。


「もう賞金稼ぎにまで噂が広まっているのか。賞金首を求めてきたんだろうが、変死体というのは尾ひれで、上司があれは自殺者だと判断した。心中と言ってもいいらしい。心配せずとも、事件性はないだろう」


「そんな、死人が…?」


 動揺するユディを庇うように、リコリネがずいと前に出た。


「その心中者の身元は割れているのでしょうか?」


「ああ、証言者が居て、少女の方はこの街の住人だ。青年の方は、よそから来た観光客ではないかという所見だな。そんなに気になるのなら、少し待っているといい、聞き込みに行っている騎士がそろそろ戻ってくるだろう。残念ながら隊長の方は、念のためにと見回りに出られており、戻るのは夕方くらいになりそうだ。そっちの客間の方へ行っていてくれ、茶を淹れてこよう。海賊狩りの功労者だからな、これくらいもてなしても文句は言われないだろう」


 事務の男はそう言って微笑むと、席を立つ。

 リコリネは、ユディの背に手を置き、誘導するように客間へと移動した。


「主。主のせいではありません。そもそもモノの仕業とも限らない…と言いたいところですが、偶然にしては出来過ぎていますね。しかし、誰がモノガリであったとしても、誰もこの事態を防げなかったでしょう。むしろ騎士団に話を聞きに行くことをまず選んだ主の初動に間違いはありません」


「うん……ありがとう。わかってる、前向きに、とらえるよ…」


 ユディは、青ざめた顔を一度振る。


「少し黙るね。聞き込みをしてきた騎士さんに、きっちりと順序だてた質問をしたいから、考えをまとめておくよ」


「…その意気です。では、私は安心して黙っていられますね」


 リコリネの声音はとても優しく、ユディは少しだけ落ち着きを取り戻した。

 胸ポケットを見ると、リルハープも、心配そうにユディを見上げている。

 ユディは、気を引き締めた。




「はいはい、それで海賊狩りの英雄さんたちが、何を聞きたいって?」


 しばらくして客間にやってきた騎士は、軽い印象の青年だった。

 ユディは挨拶も無しに、単刀直入に聞く。


「まず、現場の状況を教えていただければと思います。僕たちは、まだ現場を知らなくて」


 騎士は、一度ぱちくりと瞬きをすると、少し困ったように笑った。


「あらら、随分と思い悩んだような顔をしてるなニーサン。昨日着いたばかりだと聞いてなければ、何か心当たりでもあるのかと問いただしてたところだよ。とはいえ、俺もいつもの軽い調子じゃいられない事態ではあるからなー、茶化さずに聞いてもらえるのは、正直助かるよ。街の見回りなんてしてると、知り合いが多くてさ。死んだ女の子も、その一人だったんだ。アルトクレハって子だったんだが…」


 呼吸を整えるような間が空いた。


「あの子が最近恋をしていることは、うすうす気づいてた。女の子は恋をすると綺麗になる、なんて言葉があるだろう。実際その通りで、アルトちゃんはいつもよりずっと幸せそうに笑っててさ。女の子ってのは、笑顔なだけで二割増し可愛く見えるからなー、ってのは俺の偏見だけど」


 騎士は、表情は笑っていたが、とても乾いた声音だった。


「だけど、まさか心中をしちまうなんてな…。現場は、まさにそうとしか見えない状況だった。男女が、自らの心臓に、ナイフを突き立てて倒れていた。疑いの入る余地なんて、まるでない現場だ。彼女の家に聞き込みに行ったところ、あの子は夜中に家を抜け出して、お相手に会いに行ってたようだな。両親に付き合いを反対されて以来、そういった付き合いを行ってたと思われる。いや、付き合う前の段階だったのかもしれないが…そこはどうでもいいか」


 喋りながら、騎士はくしゃくしゃと自分の髪をかき混ぜる。


「まあ、だから、その質問にはどう答えりゃいいんだろうな…。場所は、海を見渡せる丘の上だ。あそこは待ち合わせ場所にはうってつけなスポットなんだ。発見者は、やはりデートをしようとしていたアベック一組。自殺者との接点はまるでない点からも、彼らが何らかの教唆をした、等の関わりがある線はかなり薄い。そもそもそういうヤツは通報をしないだろうしな。朝に発見されたということは、自殺の時刻は夜だろう」


「…わかりました、ありがとうございます。その子とはお知り合いと言うことでしたが、自殺をしそうな方だったのですか?」


「まさか! と言いたいところだが、恋は盲目だからなー…。少なくとも俺にはそんなことをするようには見えなかったが、相手の男が心中しようと言ったなら、素直に命を捧げていたのかもしれない。凶器の方も、その青年が数本所持していた、護身用の投げナイフだったからな。ほら、人を好きになると、もうガーっとなって、周りが見えなくなるよな?」


「??? そういうものなんですか?」


 ユディがきょとんと返すと、騎士は変な顔をした。


「おいおい、その年で初恋もまだか。恋はした方がいいぞー、人生が豊かになる!」


「騎士殿、主に妙なことを吹き込まないでください。恋愛感情に関しても、個人差はあります。あまりご自分の意見を押し付けるものではないかと」


 リコリネが、ムスっとした声で、苦言を呈した。

 騎士は慌てて言葉を足す。


「悪い悪い、いやー、圧殺鎧鬼に睨まれるなんて溜まったもんじゃないな!」


「あ、その呼び方、広まっているんですね…」


 思わずユディは呟いた。

 騎士は、うんうんと頷く。


「そりゃな、かっこいい名前ってのはすんなりと広がるもんよ。で、他に質問は?」


 ユディが、考え考え言葉を告げる。


「ええと…相手の青年についての情報は、何もない…という感じなんでしょうか? 少なくとも、ご両親に反対されるくらい、素行が悪いとか…?」


「いや……それが、逆なんだ。宿をあたってみたんだが、爽やかで本当にいいやつらしくってな。ご両親の方も、旅人って部分だけがネックだったみたいだ。そりゃそうだろうなー、大事な一人娘が、よその街に嫁に行くことになるんだから」


「…騎士さんは、どう思われますか? 本当に、事件性はないと?」


 ユディの質問に、騎士は腕を組み、ウーンと悩む。


「わからない…というより、もやもやした感じはするな。聞き込みをすればするほど、このもやもや感が大きくなっていった感じだ。何か、単純な話じゃないような…。嫌な感じはする…ってあやふやな答えになるが、それでいいか?」


「はい、僕もそう思いました。…あの、僕らの方でも、色々と調べてみようと思っているのですが、騎士団のご迷惑にはなりたくないんです。なにか、気を付けた方がいいことってありますか?」


「そうだなー…。いや、よく聞いてくれた。見回りの方だけを頼めるか? 聞き込みの方は、騎士団に任せてほしい。というのも、俺たちが聞き込みをしていくうちに、怪しい二人組が同じことを聞いてきた、ってな通報が入りそうなのが怖くってさ。その代わり、こっちに来てくれたら、あんた達にはすぐに情報を渡せるように手配をしておくよ」


「そうですね、確かに、よそ者の僕らよりも、騎士さんにお任せした方がよさそうです。それでは、よろしくお願いしますね」


「ああ、言い忘れてたが、俺の名前はウェイスノー。何か言われたら、この名前で大体通るようにしておくんで、こちらこそよろしくな!」


「ウェイスノーさんですね、わかりました」


 ユディは一礼し、立ち上がる。

 リコリネは、それに付き従い、外に出て行く。



 ユディはこわばった表情のまま、まずは現場の丘の上に行く。


 もう、何も残っていなかった。


「リコリネ、昨日と同じように見回りをする流れでいいかい?」


「は。二手に分かれて、ですね。お任せください。主も、何かあれば音の奇跡を使ってお知らせくださいね。風よりも早く駆け付けますゆえ」


 リコリネは背筋を伸ばして、胸に手を当てる。

 そのまま、ガシャガシャと全身鎧を鳴らして歩きだした。


「ご主人サマ、落ち込み過ぎないようにしませんと~~…。この街を出立してから気づいたわけでもないのですから、運がいい方ですよ~~…」


「…わかってる、心配してくれてありがとう」


 リルハープに微笑みかけて、ユディも、ゆっくりと歩き出す。

 がむしゃらに駆け回るような、焦燥の時期は過ぎたようだった。




 結局その日も収穫はなく、そして夜の波打ち際で、男女の死体が発見された。

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