28小さなトカゲの大きな嘘
コンコン、
翌朝、ノックの音で、リコリネは跳び起きた。
鎧を着たまま寝てしまったため、体中がぎしぎしと痛い。
蓄積した疲労のせいで、めまいもする。
だが、なんとか自分を奮い立たせて、リコリネは足を引きずるようにして、扉の方へと歩いた。
「ああ、リコリネさん、お加減はいかがでしょうか…!」
扉を開けると、村長が心配そうにこちらを見ている。
返事をしようとしたが、一瞬、声が掠れて出なかった。
慌てて咳ばらいをして、何事もなかったかのように、背筋を伸ばす。
「私は大事ないですが、主の衰弱が激しいようです。どうか今日一日だけ、ここに置いていただくことは可能でしょうか?」
「当たり前です、何を言っているのですか! おじじのことだって、全く恨んでなんていませんよ、むしろ昼夜を徹してあんな過酷な作業を指示・行動されたリコリネさんには、感謝しかありません。そもそもあの洞窟を見つけたのもリコリネさんですし、我々だけでしたら、おじじはきっと、あの場で腐り果ててしまっていたでしょう……」
村長は、少しだけ声を詰まらせて、涙ぐむ。
おじじがどれほど慕われていたかが伝わってくるようだった。
「落雷だって、誰のせいでもないのです。どうか、気を病むことのないようにと、ユディさんにもお伝えください…それでは」
「お待ちください!」
リコリネは、つい声を荒げてしまった。
なんて余裕のなさだ、と、心の中で自分を罵倒する。
村長は、驚いたように振りむいた。
「どうされましたか?」
「我々は、明日には村を出て行こうと思っております。どうか、これを受け取ってください。これで、保存食を分けていただきたい。余った分は、おじじ殿の墓周りの代金にでもしていただきたい」
リコリネは、倒れないように扉にしがみついたまま、ジャラリと音のする硬貨袋を、村長へと差し出した。
村長は、声が裏返るほど驚いている。
「な、何を言っているのですか!? そんな体調で外になど、賊に襲われたらどうするのですか…! いえ、そもそもこのような心遣いも無用です、先程の言葉では、感謝が伝わりませんでしたか!?」
「…ふ、ふふ…。むらおさ殿、騙されましたね…私のこの状態は、同情を得るための、演技…です。とにかく、出て行きます…! お願いします、村の大事な財産を守れなかったことに、私は騎士として、顔向けができないのです…! くっ…! と、とにかく、受け取って、ください…!!」
最後の方は、リコリネは膝をついてしまった。
何とか奮い立とうとするのだが、今日は異常に鎧が重く感じる。
しかし、今この鎧を脱ぐわけにはいかない。
万が一を考えた時、すぐにユディを連れてこの村から逃げ出せるような状態で居なければという強い思いが、リコリネの中にあった。
村長は、戸惑いを露に、息を荒くして苦しむ目の前の女性を見る。
一体彼女が何を気にしているのか、わかるようで、まるでわからない。
だが…。
何かを、必死に、健気に、守ろうとしているのは、伝わってきた。
それが、あのユディという青年に関わる話であることも。
何とか、この女性に手を差し伸べたいと、強く思った。
そのためには、やはり彼女の言う通りにするしかないのだろう。
村長は、硬貨袋に手を突っ込むと、そこから銀貨を雑につかんで、リコリネにぎこちなく笑いかけながら、袋を返した。
「では、これだけ頂きましょう。貰いすぎると良くないという、祖父の遺言です。すぐに食事を持ってまいりますね」
村長は、有無を言わさず背を向けて、キッチンへと引っ込んでいく。
振り返ると、リコリネが、這うようにして部屋に戻っていくのが見えた。
あんな若い娘が、あそこまで身を挺して行うようなことが、この世にあるのだろうか。
とにかく、いま自分にできるのは、滋養にいい食事を用意することだ。
そう言い聞かせて、村長は行動をする。
その日は一日、食事をとっては眠りにつく、ということを、リコリネたちは懇々とやり続けた。
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「それでは、おじじ殿の墓にお目通りせずに行くことの無礼を、どうぞお許しください」
次の日の早朝。
そう告げるリコリネたちを、村長一人が見送った。
ユディは疲労から一言もしゃべらず、リコリネもよろめいた歩き方だった。
その段階になって、村長は、自分の浅はかさを呪った。
昨日一日、おじじを慕う村民から、旅人を恨むような声が、ちらほらと聞こえたのだ。
頭では誰のせいではないと理解していても、感情ではどうしても納得できない者もいる。
そして、村人の誰もが、昼夜を問わず行われたリコリネの献身を見たわけではない。
まだ道理のわからない子供たちには、余計にユディが恨みの対象になるだろう。
かといって、村を守る村長である自分が、必要以上に旅人側に肩入れをするわけにはいかない。
リコリネがユディを守ろうとしていたのは、これだったのだ。
領主の娘と言っていたが、ここまで人の心の機微に目を配るのかと、貴族社会の過酷さを垣間見た気分だ。
その貴族が、あんなふうに土にまみれるなんて。
「どうか…お気をつけて…」
満身創痍のまま旅立つ背を見送りながら。
無力感の中で、村長は、そう告げることしかできなかった。
「おじじ…いや、父さん。村長とは、こんなにも難しい役職なのですね…」
村長は、前代の村長を思い、我慢していた涙をついに流した。
「リルハープ、もう喋ってもいいかな?」
村長が見えないくらいの距離になって、ユディは立ち止まってこっそりと胸ポケット窺う。
リルハープが鷹揚に頷いた。
「かまいませんよ~~。リコリネ、大丈夫ですか~~…?」
リルハープが心配そうに、パタパタとリコリネの肩に乗る。
ユディも、釣られるように、リコリネの方を見る。
「は。もちろんです…元気いっぱいです…」
全然覇気なく言う姿に、ユディは怒ったような顔で、精霊道具の本を取り出した。
ぱらりと、何も書かれていないページを開く。
「<僕は知っている。爪の先程に小さな文字の群れも、多く集まると天空に浮かぶ大きな城の話も作りあげられると。今、小さな言葉の群れが、リコリネとリルハープの元に集い、彼女たちを淡い光で包み込む。すると、何日も休養を取った後のように、体力は回復し、心の疲れもすっきりと抜け落ちた>」
何度か検証をしたのだが、言葉を多く連ねると、精霊の祝福の威力は上がる。
なのでユディは、こういった安全地帯においてのみ、なるべく装飾した言葉を羅列するようにしている。
もっとも、力は7割ほど吸われてしまうのだが。
まるで光のシャワーを浴びていくような光景だった。
リコリネとリルハープが光のシャワーを浴び終わると、体の具合を確かめるように、自分の手を眺めたりしている。
「…ありがとうございます、主。驚くほど力がみなぎってまいりました。お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「…ううん、今回、助けられたのは僕の方だからね。お返しにしては、足りないくらいだよ。説明も、納得がいったし」
二人から説明をされたのは、人の心の機微のことだった。
おじじが亡くなっているのに、ユディだけが元気でいれば、村人の悪感情が高まるのではないかと。
リコリネはそれを心配して、ユディに衰弱した風を装うことを進言した。
「主、私と約束をしてください。主の世界を狭めてしまうようなことを言いますが、…今後、二度とあの山菜の村には近づかないと」
「…わかった。君がそう言うのなら、それが一番正しいんだろう」
しかし口には出さなかったが、ユディには一点だけ、わからない部分があった。
あの時、救出に駆け寄ってきたリコリネが、息を止める程の反応をしたこと。
何度も思い返しているが、あれは、どう考えても驚愕だった。
リコリネは一体、何に驚いたのか。
しかし、あの激動の日を思えば、どうでもいい話のようにも思える。
おそらく、敢えて聞く必要は無いことなのだろう。
「ご主人サマったら、リルちゃんまで回復させる必要なんてなかったのですよ~~っ、まったく、無駄に力を使いたがるのですから~~!」
そう言いながらも、リルハープは先程よりも元気に見える。
やはり疲労や心労があったのだろう。
ユディはうつむきがちに、ぽつりと言葉を述べる。
「……あのさ。後悔はもちろんしているし、やり直しができたら、そうしたいと思っているくらいの心境だよ。でも…。前向きで居られるように、頑張るね。おじじさんのこと、掘り返したりとか、しないようにするね。だから二人も、ぼくに謝らないで居てくれると、すごくうれしい」
「……、……」
リコリネは、呆けたようにユディを見ている。
リルハープは、リコリネを見てちょっとだけため息をつくと、すぐに笑った。
「仕方ありませんね~~、ご主人サマがそう決めたのなら、リルちゃんはそのお手伝いをするだけです~~! さあ、出発しますよ~~! いいですか、街道沿いは盗賊が出る危険性があるので、森を通って行きます~~っ。樹木の匂いが濃いのは、あっちですよ~~!」
リルハープは、パタパタと元気良く飛び回りながら、二人を先導するように進みだす。
リコリネもユディも、大人しくそれに従った。
瑠璃色の草原は、どこまでも続いているように思えた。
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その日の夜の野営地は、ちょろちょろと小さな滝がしたたり落ちる、森の中の水辺だった。
食事を終えると、リルハープはいつものように、適当な花の葉の上で、すぐに眠りについた。
前半の見張りはユディだ。
だが、木にもたれかかっている全身鎧のリコリネは、寝付けていないように見えた。
「……リコリネ、眠れないの?」
ユディがリコリネの前に移動すると、リコリネは驚いたようにユディを見上げる。
「…よくわかりましたね。表情は、見えていないはずですが」
ユディは笑いながら、リコリネの対面の木の前に凭れた。
「あははっ、なんでだろうね? やっぱり長く一緒に居ると、なんとなくわかってくるのかな、そういうことが」
「長く…ですか。主、お気づきですか? 私と主が出会ってから、もう一年以上が経過しております」
「…え!? びっくりした、もうそんなに経ってたんだ…」
「…ふふ。やはり主はぼんやりさんですね。ですが、どうかお任せください。私は主の管理栄養士ならぬ、管理時間士をやりましょう。これからは、私を時計の針のようにお使いください」
「あははっ、なにそれ。リコリネは、時々よくわからないことを言うから、面白いや。でも、きっとこうして、いつの間にか1年が経って、2年が経ったりするんだろうね」
「そう……ですね………」
そう言ったまま、リコリネは黙り込んでしまった。
ユディには、なぜかリコリネが泣いているように見えた。
「リコリネ……。フルフェイス、取れる?」
「!? な、なぜ今、それを言うのですか、さっきまでなら、快諾できましたのに…!!」
露骨に狼狽するリコリネに、ユディは思わず笑ってしまった。
「やっぱり、泣いてるんだね」
「……主は、意地が悪いひとですね。もうちょっと別の確認方法もあったでしょうに」
「どうして泣いていたの?」
「……。……いえ。…よくぞ、御無事で……と思いましたら、つい……気が抜けてしまって。あんなに恐ろしいことも、他にありません。本当に、失ってしまうかと思っていましたから」
「…そっか。ありがとう…」
また、沈黙が横たわる。
今度は、リコリネの方から口を開いた。
「…主。今日リルハープ殿に、大丈夫かと聞かれた時に、私は元気だと、平気で嘘をついてしまいました。恐ろしいことです。騎士たるもの、嘘偽りなく生きねばと、あんなに思っていたはずなのに。ですが、私はこれからも、たくさん嘘をつくのでしょう」
「リコリネ…?」
「生きていくということは、嘘をつき続けることなのかもしれません。少なくとも、私には今、そう思えてなりません。小さな頃、物語に出てくるドラゴンという生き物について、思いを馳せていた時期がありました。ドラゴンへの悪態として、冒険者が『でかいトカゲ』という言葉を使っていました。私には、妙にそれが印象深く、この胸に残っていたのですが…」
ユディは静かに、リコリネの言葉を聞き続ける。
「今ようやく、その理由がわかりました。小さなトカゲが、大きな嘘をついて、ドラゴンをかたどることも、あったのではないかと。小さな私が、大きな嘘をついて、騎士ごっこを、これからも続けて行きます。主を守るためであれば、どんなことも、表情一つ動かさずにやりましょう。主、私は、嘘つきです。それでも、お傍に置いていただけますか?」
「…当たり前だろ。とても冷たい言い方になってしまうけど、君が嘘つきでも、そうじゃなくても、どうだっていいんだ。どちらの君も必要だし、なんなら小さなトカゲの君だって、僕は必要とするだろう。…必要って言葉も、なんだか冷たいな。他に言葉が思いつかないのが悔しいよ……」
「…いえ。嬉しいです。身に余るほどに」
ユディは頬杖をついて、ちょっと意地悪く笑った。
「……。……リコリネの泣き顔、見てみたいな」
「…趣味が悪いですね。脱ぎませんよ。まだ裸体を見られる方がマシです」
「ええ…? 君って羞恥心があるのかないのか、時々わからなくなるんだけど?」
「わからずとも結構。主はそういう方です」
「む……。僕が鈍いみたいに言うけど、リルハープだってきっと同じことを言うよ」
「そんなことはありません。リルハープ殿は、愛らしく、頼れる、理想の女性ですからね」
「そんな風に思っていたの?」
「はい。自分のことは姉のように思ってくれていいと、とてもあたたかな言葉をかけて頂いた時もあります」
「リルハープの方が姉なんだね? 確かに、年齢的にはそうなのかもしれないけど…ちょっと違和感あるなあ…」
「年齢を具体的に聞いたことはありませんが、祖母のように思うべきでしょうか」
「それ本人の前で言ったらダメだからね!?」
「わかっております、冗句です。それに、主がお兄さんぶるよりは、リルハープ殿を姉扱いする方が、よほど違和感が少ないと思われます」
「む……。みんなそれ言うよね。なんだろ、口調が悪いのかなあ。もっと大人っぽい口調になれるように努力してみるのもありなのかもしれない。勇者フェンネルみたいな…」
「はいはい。主、ここにきてこういうのも何ですが、やはり見張りの前半は私がやりましょう。目が冴えてしまいました。決して、主が意地悪を2回も言ったことに拗ねているわけではありません。あの滝がもう少し大きければ、滝行ができましたのに、惜しい話です。それでは」
唐突にリコリネは立ち上がり、水辺の方へと移動して行く。
ユディは、きょとんとそれを見送った。
それから、困ったように微笑む。
「…怒らせちゃった…かな? …気分が晴れたのなら、それでいいけど」
ユディは木に凭れ、大人しく目を閉じた。
耳に届く水音が、子守歌のようだった。
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次の日。
リルハープが、起きてこない。
寝坊なんて珍しいと思って、なんとなく葉っぱの上を覗き込んだ。
「!? リルハープ!?」
妖精は、見たことが無いくらい顔を真っ赤にして、はあはあと荒い息を吐いていた。
ユディに合わせて早起きをしてきたリコリネが、慌ててやってくる。
ユディは、そっと両手で包むように、リルハープを持ち上げる。
「あつ…! 熱が!? な、なんで、昨日あんなに元気だったのに、どうして…!?」
「主! 主、大丈夫です、落ち着いてください」
リコリネの手が、力強く肩に置かれる。
リコリネの声は、いつも以上に優しかった。
「さあ、深呼吸をして…そう、そうです。…助かりました。主が動揺していなければ、私が動揺してしまっていたでしょう。自分よりも焦る人が目の前に居ると、かえって落ち着くものなのですね…」
そう言いながらも、リコリネはいつもよりも口数が多い。
そこから、自分に言い聞かせるように、言葉を重ねる。
「大丈夫です。私はガッディーロ当主の右腕となるべく育てられた。医学の心得も、一通り齧った程度ではありますが、持っております。だから、大丈夫です、何も持っていないわけではない…」
フルフェイスの中で呼吸を整えるリコリネを見て、ユディは心を痛めた。
「ごめん、リコリネ…頼らせてもらうよ。所見を教えてくれるだけでいい。熱の仕組みがわかれば、僕の力で、絶対に治してみせる」
「は。おまかせください。…まず、子供が熱を出す原因の多くが、悪い精霊の仕業です。悪い精霊が体中を駆け巡って、体がそれを追い出そうと、熱を上げて対処する。しかし、リルハープ殿は妖精です。人間よりも高位の存在と考えると、おそらくこれは、悪い精霊とは関係が無い熱でしょう。となると、考えられるのは2つ」
リコリネは、なんとか順序だてて考えるようにしているのが、その切羽詰まったような声音でわかる。
「主が、先日の事故を前向きに受け止める努力をすると言ってくださったので、言います。おそらく、あの事故が原因です。主が閉じ込められた洞窟の場所を言い当てられたのは、実はリルハープ殿なのです。あの時の気の張りようといったら…。その張りつめていた神経が、昨日、安全地帯にたどり着いたことで、緩んでしまったのです。また、主を失いそうになったストレスもあるでしょう。あまり勘繰りたくはありませんが、一度、誰かを失った経験があるのかもしれませんね。これが1点」
ユディは、何も言えずに、手の中の小さな妖精に視線を落とした。
「もう1点は、知恵熱と思われます。リルハープ殿は、一度妖精の結界内での生活について話してくださったことがあります。何も起こらず、平和で、つまらない場所だと言っておられました。逆に言えば、主との旅路は、どれほど刺激に満ちた生活であったでしょう。リルハープ殿はよく、主の胸ポケットや、肩に止まったりと、休み休み旅をされていましたよね。この小さな体で受け止めきれないほどの刺激だったとしたら、少しずつ、体への負担になっていたのかもしれません」
「そんな…」
後悔を言いかけて、ユディは慌てて首を振った。
「いや、ありがとう。どちらにしても、処置をして、しばらく安静に過ごすのが一番だね。前者は僕にはどうにもできないけど、後者なら、なんとかできる! いや、してみせる!」
ユディは片手でリルハープを持ち直し、もう片手で、精霊道具の本を取り出す。
リルハープが、弱弱しく片手を差し出したのは、ほぼ同時だった。
「う……。お待ち…ください~~…」
「リルハープ!」
「リルハープ殿!」
「安静は…ダメです…。定期船…一ヵ月に一回…しか来ない…と言う話ですから~~…。移動は…続けなきゃ…」
「バカ! そんなことどうでもいいよ!」
「そうです、楽しい旅でないと意味がないのです!」
二人でそうまくし立てると、ユディは険しい顔のまま、じっと集中をする。
「<リルハープは三日間の深い眠りに落ちていく。彼女は長い、長い夢を見るだろう。それはまるで、大きな鍋に、記憶をとろとろと煮詰めていくような、長い夢。少しずつ上澄みをすくって、型に流して積み木を作ろう。楽しい思い出、悲しい思い出、丁寧に一個ずつを組み立てて、組み立て直して。やがて扉が出来上がるだろう。あかがね色の、ステキな扉。ゆっくりとそれを開けて、きちんとここへ帰っておいで>」
「………」
淡い緑の光に包まれる中で。
リルハープは、何かを言いたそうに口を動かしたが、やがて瞼が閉じていく。
先程までの苦しそうな表情は失せて、安らかな寝顔になり、すうすうと寝息を立てた。
リコリネは、安心したように息を吐く。
「よかった…。確かに、記憶を一度整理するのが一番ですね。原因が前者だとしても後者だとしても、一定の効き目が望めるでしょう」
「…でも、熱はまだあるな、冷やそう」
「わかりました。主はそこでお待ちください」
リコリネは、急いでハンカチを滝に濡らして帰ってくる。
そこから丁寧に拭くように、リルハープの額をぬぐっていく。
「主の方は、大丈夫ですか? 主が使う精霊の祝福は、他とは使い方が全然違うので、疲労度の想像もできません」
「うん、今日はもう使えないかな…というくらいかな、疲労は。昨日と同じくらいだよ」
「そうですか。ではあとは、ここで三日を過ごすのみですね。比較的ここの周辺に居る獣は草食が多いようなので、安心です。ただ、木の実の採取などに私が席を外すのは危険でしょう。保存食のみで耐えていきましょう」
「そうだね、わかった。…ああ……すごく焦ったー…」
ユディは息を吐きながら、その場に腰を下ろす。
リコリネもそれに続いた。
「…前に失った誰かって、レイネって人なのかな。時々、寝言で言うよね、リルハープ」
「主も聞いたことがおありなのですか。…おそらく、そうなのでしょうね。今まで、あまり考えないようにしてはいましたが、やはり妖精と人間では、流れる時間が違うのでしょうね…」
「そう…だね。ちゃんと、僕らが置いて行ってしまった後のことも、考えないといけないのかな…」
「置いて行った…後のこと……」
そう呟いた後、急に、リコリネが喋らなくなった。
「リコリネ…?」
「……いえ。では、見張りをしてまいります」
リコリネは立ち上がり、滝を守るように、木々の前に仁王立つ。
なんとなく、話しかけられない空気を感じて、ユディは戸惑っていた。
三日間、リコリネは、ずっと何かを考えているようだった。




