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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第一章 ひとりめ
27/137

27靴が鳴る

 ゴロゴロと、遠雷の音が聞こえる。


「モノの墓って、…どういう意味ですか?」


「そのままの意味だ」


 おじじの返答に、ユディは戸惑った。

 おじじは、平坦な口調で語り始める。


「…あれは、わしがまだ子供の頃の話だ。あの山小屋には、父と一緒に住んでいた。母親は、わしを産んで死んだと聞いている。父はいつものように山菜取りに出かけ、わしは留守を守る。小屋の外には、井戸があった」


「…?」


 突然始まった話に、ユディはますます戸惑いを深めた。


「ある日、父が山菜の行商に出かけ、いつものように一人で遊んでいると、突然足元が崩れた。どうやら井戸の他に、使われなくなった枯れ井戸が別の場所にあったらしい。その枯れ井戸には木で蓋がされていただけで、ほとんど腐りかけていたんだろうな、子供の体重が乗っただけでも、その木の蓋は役割を果たせなくなっていた」


 おじじは、一度言葉を切ると、また話し始める。


「わしは、真っ逆さまに落ちて行ったよ。痛かったが、奇跡的に足を軽く痛めただけで済んだ。だが、子供の力でその井戸を登るのは不可能だった。わしは、絶望した。父が帰ってくるのは、数日後だったからだ。今まではるか遠くに感じていた死という概念が、突如、暴力的に目の前に突き付けられた感覚だった。当時のわしには、泣くことしかできなかった」


 ユディは、墓石からおじじの方に視線を移す。

 彼の瞳には、懐かしむような色が宿っていた。


「やがて、自力で登るしかないと判断し、少しでも上がりやすいように、靴を脱いで、素足で登り始めた。何度か試したが、ダメだった。わしは、『おかあさん』と、会ったこともない母を何度も呼びながら、泣いていた。その時だ。脱ぎ捨てた靴に、光が宿り始めた」


 ユディは、息を呑んだ。

 その現象のことは、よく知っていたからだ。



-------------------------------------------



 その光は、やがてぼやぼやとした光の輪郭のまま、女性のような形をとった。

 少年は茫然とそれを見つめていたが…自然と、『おかあさん?』と問いかける。


 その光の女性は、頬に手を当てるような仕草をした後、少年の頭を優しく撫でた。


 しかし、何度語り掛けても、返事は返ってこなかった。


 なんとなく、本能的に悟る。

 自分には、母の明確なイメージが無いからだ。

 だから、形も声も、こんなに胡乱な存在になってしまっているのだ…と。


 その女性の輪郭は、少年の涙を指で拭うと、しゃがみ込んで、背中を見せてきた。

 おんぶの形だった。


 少年は、おずおずと、その女性の背に寄り掛かる。


 女性はしっかりと少年を背負うと、井戸の壁を登り始めた。

 しかし、女性の力では難しかったのだろう。

 少しだけ登ったかと思うと、すぐにずり落ちてしまった。


 少年は、再び泣きべそをかき始める。

 女性は、少し困ったような仕草をすると、もう一度、少年を背負い直して、歌い始めた。


   おーてーて、つーないで、のーみーちーを、ゆーけーば、


 初めて聞く歌に、少年の涙は引っ込んだ。


   みーんな、かーわーいい、こーとりに、なーってー、


 女性は、再び井戸を登り始める。

 今度は、少しだけ、先程よりも上に行けた。


   うーたーを、うーたーえーば、くーつがー、鳴るー、


 またずり落ちる。

 少年を背負いなおす。

 登り始める。


   はーれーた、みーそーらーに、くーつがー、鳴るー…


 背中にしっかりとつかまるだけでも、少年の体力が消耗される。

 なのに、ちっとも疲れなかった。

 その歌を聞いていると、胸に希望が差し込んでくるようだった。


 歌は、何度も何度も繰り返された。

 おかげで少年は、すっかりとその歌を覚えた。

 最終的には、一緒に歌を歌う。


「「はーなをー、つーんではー、おーつーむに、さーせばー、」」


 少年は、嬉しげに、ぎゅっと母に掴まりなおした。


「「みーんなー、かーわいいー、ウーサギーに、なーってー、」」


 あんなに恋しかったはずの地上が、今はどうでもいい。

 この時が、永遠に続けばいいとさえ思った。

 少年は、幸せだった。


「「跳ーねてー、おーどーれーば、くーつーがー、鳴るー、」」


 唐突に、その永遠が終わる。

 いつのまにか、女性は、井戸を登り切っていた。


 少年は、ふわりと持ち上げられて、女性の目の前に降ろされる。

 少年は、目を見開いた。

 その女性は輪郭だけのはずなのに、ひどく、ボロボロに傷ついているのがわかった。

 こんなになってまで、自分を助けてくれた。


 少年は、先ほどまでとは違う涙を流しながら、母の面影にしがみつく。


 母は、少年の頭を、優しく撫でた。

 そのまま、すり抜けるように、感触が消えていく。

 少年の周囲には、光の粒が舞うだけだ。

 それもやがて消えていく。


「おかあさん!!」


 叫んでも、返す声も、歌もなく。

 ただ、素足の少年の足元に、ボロボロになってもう元の形も残っていない、靴の残骸が横たわるだけだった。



-------------------------------------------



「あれは一体何だったのだろうかと。夢だったのだろうかと、よく思った。だが、この胸の中に、歌が残っている。あの人と共に唱和した歌が。わしはその日からしばらくたって、歌を広めることにした。いつか…この歌を知る人物が、現れるのではないかと。あの出来事を、忘れたくない思いもあった。そして、その人物は、ついに現れた」


 おじじは、ようやくユディと視線を合わせた。


「ユディ君。わしは、竜の夢に助けられた。ただ壊れるだけの結果になるとわかっていても、あのモノはわしを助けてくれた。本当にアレが及ぼすのは、『よくない影響』だけなのかね? それはただの、思い込みじゃないのか。君は彼らを敵視することで、生まれ持った使命を正当化しようとしているだけではないと、そう言い切れるのか?」


「……」


 ユディは、恐れるように一歩下がった。

 遠雷は、どんどんと近づいてきている。

 洞窟の外では、雨音がひどくなってきた。


「……、……それは。たまたま、そうだっただけです。人間だって、色々な夢を見ます。悪夢だったり、優しい夢だったり。井戸の底に落ちた子供を思う、母になる夢だってあるでしょう。それだけの話です」


「…では、何故いまだにこの世界は存続している? 少なくとも、この村の近辺では、モノガリなんて存在は聞いたことが無い。それは、絶対数が少ないからじゃないのか? その少ない人数で、一体いくつの竜の夢を還せる? 君の言う通りだとしたら、もっとこの世は混乱に満ちたものになっているはずだ。そもそも、竜は本当に目覚めてはいけないものなのか…」


「それだけは本当です!」


 ユディは、叫ぶように遮った。


「モノノリュウが目覚めることだけは、あってはいけない。他のことには反論をする材料が無くても、それだけは…それだけは、本当なんです」


 おじじは、ユディの震えるにぎり拳を見て、ゆっくりを息を吐いた。


「…すまなかった。わしだって、素人が山に入ってはいかんと、さんざん注意をしてきたのにな。モノガリのことに関しては、わしの方が素人なのは間違いがない。専門家である君にどうこうと言う資格など、最初からなかったのに。ただ…。知ってほしかっただけだ。数あるモノのなかで、井戸の底で泣いていた子供を助けるようなモノだってあったのだと。そして、その死を悼んで墓をたてる人間もいるのだと。……年甲斐もなく、我儘をしてしまった。許してほしい」


 頭を下げるおじじに、ユディはまだ戸惑いを引きずるかのように、頭を手で押さえる。


「いえ…。僕の方こそ、怒鳴ったりなんて…。ただ、モノは、敵で…。モノノリュウは、村のみんなのカタキで。敵で…あってほしい…と…」


   カッ  ドオオオンッ!!!


 いきなり、目がくらむような閃光と、耳をつんざくような轟音が響いた。


「「!!!」」


 ユディもおじじも、突然のことに足をすくませた。

 地鳴りが続く。

 土砂の音。

 目の前が真っ暗になった。


 ユディはわけがわからず、その場にしゃがみ込む。


「ユディ君、落雷で、土砂が崩れた!」


 真っ暗な中で、おじじの焦ったような声が響いた。

 その後、咳き込む声。

 この空間に、土埃が舞っている。

 心臓の音がうるさい。


 数秒遅れて、おじじの言わんとしていることを理解した。


 土砂崩れで、洞窟の入口が、埋まったのだ。



-------------------------------------------



 はあはあと、荒い息を整える。

 ようやく、冷静さが少しだけ戻ってきた。

 ユディはまず、ぺろりと指を舐めて、その何も見えない空間に翳した。


 風が、流れていない。


 まずい。

 このままでは、二人とも窒息して死ぬ。


 ユディは、あえて貴重な空気の中で深呼吸をした。

 少しだけ暗闇に目が慣れてきて、腰元に下げた精霊道具の本を、ゆっくりと取り出す。

 本当なら、これで土砂を除去する手段もあるのだろうが、そんなことをして、今居る場所の天井が崩落するような事態になることは避けなければならない。

 自分一人なら、そんな一か八かをやっただろうが、今は二人だ。


「<ユディは精霊の奇跡を願う。『音の精霊タールトットよ』。願いは届き、奇跡は起こった。この暗闇よりも静かな夢が沸き起こる。ユディの本を開いている限り、常にこの場には新鮮な空気が流れるだろう>」


 本のページを開いたユディを中心に、淡い緑の燐光があふれ出る。

 暗闇にさした光の中で、おじじが驚いてこちらを見ている表情が見て取れた。

 そよりと風が髪を揺らす。

 ユディが言った通りのことが起こり、この場からは窒息するという不安が消え去った。

 ユディはそっと、ページを開いたままの本を、地面に置いた。


「おじじさん、これでひとまずは大丈夫です」


 ユディは、精霊の奇跡を使う時に湧き出る燐光が消えないうちに、急いで肩掛けカバンに手を入れて、旅の保存食と水を取り出し、おじじに駆け寄った。


「おじじさん、水と食料です。これで耐えてください。大丈夫です、リコリネが異常に気付いて、助けに来てくれます。ここを見つけるまでには少し時間がかかるでしょうが、それを待ちましょう」


「ユディ君、わしはいいから…」


「大丈夫です、僕の分もちゃんと確保していますから」


 ユディは嘘をついた。

 渡したものですべてだった。


「怪我はしていませんか?」


「ああ、それは大丈夫だ。すまない、わしが受けた精霊の祝福は、増進の精霊でな。それも、包丁の切れ味を増す程度の力しか引き出せない。この状況で役に立つ能力ではない」


「そんなこと、いいんですよ。むしろ使える能力があっても、無理をさせたくないので、僕が使わせませんからね! …すみません、こんな消極的な解決策しか示せなくて」


「いや、元はと言えば、天気の悪い日に山に入ったわしのせいだ。…探し人がついに見つかって、焦っていたのだろうな」


「…ふふふ。お互いに謝っていては、キリがありませんよね。前向きに待ちましょうか。とは言っても、体力を温存するために、ここからは黙っておきましょう」


 ユディは悪戯っぽく、口元に、しーと人差し指を当て、片目をつむった。

 それと同時に、淡い燐光も消え失せる。

 おじじは、了解を示すように、黙り込んだ。


 ユディは、暗闇に目が慣れてくるまでじっと待つと、肩掛けカバンに手を入れる。

 崖登り用のペグを一本とり出して、土砂の方へと向かった。


 サクリとペグの先を入れると、難なく入る。

 硬いわけではなく、ただただ、土砂の厚みが凄くて外に出られない。


 あまり掘りすぎると危険かもしれないが、少しでも、一秒でも早く、おじじが外に出られそうな努力をしておきたかった。


 他にすることもなかったので、少しずつ、少しずつ、柔らかな土を掘り進めることにする。


 単純作業をしていると、色々な考えが頭に浮かぶ。


 やっぱり、おじじさんとちゃんと会話をした方が、彼も気がまぎれないだろうか。

 だが、そんなことで体力を消耗させてしまっては本末転倒だ。

 確か、歌を歌うだけでも体力が消耗されるとかいう話だから、やはり会話は控えた方がいいだろう。

 しかし、無責任に放置をしているようにも感じる。

 どうすればいいのだろう。

 何が正解なんだろう。

 一つだけ確かなのは、絶対におじじさんを助けなくてはいけない、ということだ。

 音の精霊の力を使って、なんとかリコリネに連絡を取れないだろうか。

 いや、今は空気の生成に力を使わないと。


 色々なことを、ぐるぐるぐるぐると考えた。


 時折、おじじが奥へと移動する音が聞こえる。

 しばらくしてから戻ってくるので、トイレだとわかる。

 おじじがまだ元気そうで、ユディは安心した。

 ユディも時々、掘った土砂を抱えて、奥の空間へ捨てに行く。


 暗闇の中では、どのくらい時間が経ったのか、杳として知れない。


 ひょっとしてもう、数日が経過してしまっただろうか。

 焦るような、焦る時期は過ぎ去ったような。


 ぱら、と土が顔に当たって、我に返る。


 ダメだ、これ以上掘り続けたら、崩落の危険性がある。

 たぶん、板のようなもので天井を押さえるように補修しながら進まないとダメなんだ。


 結局、掘り進められたのかどうかもわからない。

 ユディは、数歩下がって、じっと土砂を見つめる。

 それで何が変わるわけでもない。

 結局ユディは諦めるしかなく、土壁に凭れるようにして、座り込んだ。


 座り込んでわかった。

 かなり疲れている。

 やはり数日が経過していたのだろう。


 ユディは、軽く目を閉じた。


 それから、どれくらいが経過したのか。


「お…て…て……、つ…ないで…」


 暗がりの中から声が聞こえてきて、ユディは目を開けた。


「おじじさん?」


 生気のない、しわがれた声だった。

 ユディは、焦って起き上がる。


「の……、ゆ…け…ば…」


「おじじさん、どうしたんですか!?」


 声を頼りに、おじじの方へと近づいた。

 よくよく聞くと、彼は、歌っている。

 だが、力がまるで入っていない。


 急いで精霊道具の本を振り返り、手をかざす。

 空気は出ている。

 なのに、なぜこんなに彼は弱っているのか。

 食料は、三日分あったはずだ。


「くつが……なる…」


「おじじさん、気をしっかり持ってください!」


 ユディは、必死におじじの肩を揺らした。

 ぱたりと、水が一滴、手の甲に落ちてくる。

 おじじは、泣いていた。


「…ユディ君」


 いきなり、それまでとは打って変わって、とても力強い声で名を呼ばれた。

 ユディは感情が付いて行けずに、返事もできなかった。

 ユディの手の中に、何かが押し付けられる。


「君は、生きろ」


「…?」


 暗闇に慣れた目が、手の中のものの輪郭を認める。


 それは、手つかずの水と、食料だった。


 同時に、くたりとおじじの体から力が抜ける。


「……え……あ……」


 ………。


「………は?」


 ユディは、そのことを理解するまで、茫然と目の前を見つめていた。


 時間が止まってしまったように感じる。


 もう一度、おじじに触ると、ぐにゃりとした、力の抜けた感触が返ってきた。


「あ…あああああああ!!!!」


 頭を掻きむしる。


 間違えた、間違えた間違えた間違えた!!

 心優しい人だとわかっていたのに!

 会話をするべきだった!!

 そうすれば、変調に気づけた!!

 取り戻せないのに!! もう、二度と!!



 やたらうるさいなと思ったら、自分の泣き声がまだ続いている。

 この元気さを、分けられればよかった。


 もう、どうすればいいか、わからない。

 気が付けば泣き止んで、ぼーっとどこかを見つめている。


 それから、どのくらい経ったのか。


   ボコッ、パラパラ…


 土の動く音がした。

そして、暗がりに一点だけ、まぶしい明かりがさす。


「主!!!」


 土砂に、小さな穴が開いていた。

 何か細長いもので、取り急ぎ空気穴だけを開けたのだろう。

 随分と距離があるようで、声も遠い。


「主、無事ですか!!」


 声だけが聞こえる。

 懐かしい声だと思ったが、誰の声だったか…。


「主、リコリネです! リコリネが、ここに居ます!!」


「り…こりね……」


 ふらりと立ち上がる。

 小さな穴なのに、どうしようもなく眩しかった。


「リコリネ……リコリネ、リコリネ!! どうしよう、おじじさんが!! おじじさんに食料を渡したのに、手を付けなくて、それで…!」


「主!!」


「もう…おじじさんが…う、うああああああ!!!」


 言葉が、一瞬止んだ。

 リコリネも、息を呑んでいるのだろう。


「くっ……!! と、とにかく、御無事ということは、空気はあるのですね。主、良いですか、ここからは何も考えなくていい! とにかく、私の言う通りにしてください! 主は、その水と食料を、ちゃんと口にするのです!」


「でも…!!!!」


「何も考えるな!!」


 それは、怒声にも似た、切羽詰まった懇願だった。


「ここからまた、土砂を掘り起こす作業に戻ります! この穴もすぐに塞がるでしょう! 主、耐えてください、すぐに救助をいたします! 私は、生まれて初めて…掘削の街の領主、ガッディーロの娘に生まれてよかったと、胸を震わせています! 穴掘りの名手が集うこの名にかけて、一刻も早い救助を行いますから、どうか、どうか、待っていてください!」


 リコリネは、よほど焦っているのだろう。

 言うが早いか、ユディの返事も聞かず、ドズンと何かの作業をする振動が響き、そしてまた、ユディの居る空間には、暗闇が戻った。


 ユディは、しばらくぼんやりと、先程まで穴のあった場所を見つめる。

 明かりと共に、悲しみすら、どこかに行ってしまったようだった。


 やがてふらりと、食料と水を口に運んだ。

 とても機械的な作業だった。

 他にすることもなかったので、多めに食べてしまったかもしれない。


 そこから、壁に凭れるように丸まって、目を閉じる。


 目を開ける。

 まだ暗い。

 食事を口にする。

 目を閉じる。



 目を開ける。

 まだ暗い。

 最後の食事を口にする。

 目を閉じる。



 目を開ける。

 まだ暗い。

 だが、少し離れたところから、振動を伴った音が聞こえる。

 目を閉じる。



 目を開ける。

 まだ暗い。


 そう思った瞬間、いきなりドカンと視界が開けた。


「主!!」


 土まみれの全身鎧が飛び込んできた。

 背後に、村の人らしき人影が見える。


「リコリネ……。リコリネ!!」


 ユディは感極まって立ち上がった。

 その瞬間、ユディを抱きしめようと伸ばしていたリコリネの手が、止まる。


「………!!」


 リコリネは、ユディを見て、呼吸を止めていた。


 ユディは、リコリネのその所作の意味が分からず、リコリネに駆け寄って、口を開いた。


「リ……」


   ガッ!!!


 いきなり、物凄く乱暴な力で、リコリネはユディの口を思いきり塞いだ。


 あまりにも突然なことに、ユディは目を白黒させる。


(絶対に、喋らないでください)


 何か、焦ったようなリコリネの囁き声が耳元に落とされる。

 そしてユディが反応する前に、リコリネはユディを担ぎ上げ、村人の方を振り返る。


「喋れないほどに消耗しています、村長殿、おじじ殿のことはお任せしてよろしいか!」


「あ、ああ、もちろんだ、さあ早く!」


 リコリネはユディを担いだまま、精霊道具の本を拾い上げると、矢のような速さで走り去る。


 ユディはわけもわからず、されるがままになっていた。

 こんなに焦ったリコリネを見るのは、初めてだ。



 リコリネは村長の家にたどり着くと、土にまみれたままのユディを、ベッドにそっと横たえる。

 そこから何も言わず、タオルを濡らしてきて、ユディを丁寧に磨き上げた。


 そこから風呂場に行き、鎧と、自身の泥も洗い落として戻ってくる。

 リコリネは、鎧を着たまま、ガシャンと倒れ込むようにベッドに横たわった。


「リコリネ…!?」


 返事はない。

 遅れて、風呂場から、リルハープが飛んできた。

 どうやら今までは鎧の中に隠れていたらしい。


「ご主人サマ、そっとしておいてあげてください~~、リコリネはろくに休んでいないのです~~…」


 リルハープは、パタパタとユディの枕元に降り立った。

 心なしか、リルハープも、疲労の色が濃いように見える。


「それから、ご主人サマも、しっかり体を休めてください~~…。いいですか、リルちゃんかリコリネがいいというまで、絶対に一人で歩いてはいけませんからね~~っ。そして回復したら、すぐにこの村を出ましょう~~。理由は後で説明しますから、今はとにかく目を閉じていてください~~!」


「……わかった」


 そうまで言われては、異論をさしはさむ余地はない。

 ユディは大人しく、目を閉じる。

 あんなに寝たはずなのに、やはり精霊の祝福を使い続けたせいなのだろう、体は疲弊していた。


 …助けられなかった。

 あんな暗闇の中で、一体最後は何を思っていたのだろう。


 おじじのことを思って、リルハープにばれないように、こっそりと泣いた。

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