26山菜の村
「やっと村らしきものが見えてきました~~っ!」
上空を偵察に行っていたリルハープが、ひゅーんとユディの元に降りてくる。
ユディもリコリネも、ようやく安堵の息を吐いた。
「うわあ、やっとかあ…! よかったよ、日が暮れる前にたどり着けて。潤の大陸って、この繁の大陸よりも…というか、5大陸の中で一番広いって話だけど、この調子で攻略していけるのかなあ…」
「ええ、本当に、もう何日歩いたことか。繁の大陸だけでもかなり広く感じます。これ以上…となると、もう次の大陸では鳥車などの移動手段を考えた方がいいのかもしれませんね」
「リルちゃん、もう喋れません~~…」
リルハープは、くたくたになって、ユディの胸ポケットに潜り込む。
ユディは「お疲れ様」と言いながら、胸ポケットを優しく撫でた。
リコリネはその様子を見ると、フルフェイスの奥で少し笑った。
「…ですがその分、たくさん主と旅ができて、その意味では楽しいです。世界は本当に、広いのですね」
「あははっ、どうしたの急に。…でも、そうだね。一人で旅をしていたらと思うと、ぞっとするよ。リコリネとリルハープには、随分と助けられている気がする」
そんなことを話しているうちに、木で作られた柵のような囲いが見えてくる。
その後ろには、裏山のような形で、いくつもの山が見えていた。
ユディは手で庇を作って、目を眇める。
「山菜の村っていうから、山の中だと覚悟していたよ…、山のふもとの村だったんだね、嬉しい誤算だ」
「そうですね。考えてみれば、生活の中に山菜取りを組み込みさえすれば、山菜の村となるのでしょう。やはり山の中に住むのは便が悪いですからね。まあ、交配をして新しい山菜を生み出す、などのキチンとした取り組みもしていると聞きましたが」
村にはやはり見張り台があるようで、遠くからでも見られているのがわかった。
ユディはともかく、全身鎧のリコリネを警戒して、若衆がわらわらと出てくる展開を覚悟していたが、全くそんなことはなかった。
やがて、村の入口のアーチの元までたどり着くと、村長らしき人物が、ユディたちを出迎えに来た。
ユディたちは、戸惑ったようにその中年男性を窺う。
「あの…?」
「樹上都市の騎士隊長から話は伺っております。全身鎧を着た怪しい人物が通りかかるだろうが、その者は敵ではないと、先日書状が届きました。また、恩人ゆえに、手厚く出迎えてやって欲しいとも」
意外な先手を打たれていたことに、ユディはぽかんとした。
中年男性は、ユディの様子に少し微笑んだ。
「もちろん、縁もゆかりもない騎士の命令などは聞けませんが、樹上都市には何度か、害獣退治のための騎士を派遣してもらっていますからね。彼らへの恩返しの意味でも、あなたがたを歓迎することに異論はありません。ようこそ、山菜の村へ。どうか気のすむまで、ゆっくりと滞在して行ってくださいね」
「なんと…ありがたいことです。しかし、滞在費くらいは出さねば気が引けます」
リコリネの言葉に、中年男性は「いやいや」と首を振った。
「そうですね…では騎士様。見たところ、力仕事は得意そうだ。実は村の若手が先日、腰をやりましてね。ちょっとした力仕事だけでいいので、手伝っていただけないでしょうか?」
「! それはもちろんです! 好きにお使いください。私はリコリネと申します」
リコリネは胸に手を当てて礼を向けると、すぐにユディの方を見る。
しかしユディはまだ呆けていて、リコリネは「主?」と心配そうに、フルフェイスを傾けた。
「あ、ああ、すみません、僕はユディと言います」
「ユディさんと、リコリネさんですか。ユディさんは大分お疲れのようですね?」
「いえ、違うんです。なんだか、不思議な気持ちになってしまって……」
「というと?」
「ええと…。僕は、足跡という点を置くように、色々な街や村という、独立した点の上を移動してきたつもりだったんです。でも、なんだかさっき歓迎を受けた時に、違うなって感じて…。こうして、次の場所、次の場所に、見えない縁みたいな繋がりができていってて、…点じゃなくて、線だったのかなって。世界は繋がっているんだなあって……って、すみません、当たり前の話ですよね」
急に我に返って恥ずかしくなり、最後は早口でまくし立てた。
中年男性は、少し驚いた顔をしていたが、すぐに柔らかく笑った。
「やはり旅の人は、我々とは違った感性をお持ちなんですね。あなたのようなステキな方を迎えることができて、光栄に思います。さあ、私の家に案内しましょう。これでも村長をやっていましてね、何か不自由があれば遠慮なく言ってくださいね」
案内するように歩き出す村長の後ろを、二人はついていく。
人口は多すぎず、少なすぎずの村のようで、時々人とすれ違ったりした。
村長が直々に案内している旅人ということで、村民はとてもリラックスしてユディたちに挨拶をしてくれる。
通りの向こうで、子供たちが数人で歌いながら遊んでいるのが見えた。
「おーてーてー、つーないでー、のーみーちーを、ゆーけーばー♪」
ユディは、思わず足を止める。
「みーんなー、かーわーいー、こーとりーになーってー♪」
「…主、どうかされましたか?」
リコリネが声をかけて、村長も足を止めてユディを見る。
「…村長さん、あの歌は?」
「ああ、あの歌は、村はずれの山小屋に住むおじじが広めた歌ですよ。私も子供の頃、おじじにあの歌を教わって遊んだものです」
「おじじさん…ですか。どんな方なんですか?」
「穏やかな人ですよ。この村では一番の知恵持ちで、山菜を採ってきては村に卸してくれる。村のみんな、おじじのことが大好きです。欠点があるとすれば、荒事が苦手で、害獣が出ても野放しにしているところですかねえ」
「…そうですか。一度会ってみたいのですが、明日にでも訪れるのは急でしょうか?」
「そうですねえ…基本的に暇な村ですし、何か予定が詰まっているわけでもありませんから、明日の朝に私が話をつけに行きましょう。昼食を取り終えた後くらいに会うということでよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
また歩き出す村長の後ろへ付き従うと、リコリネがそっと体を寄せて、小声で話しかけてきた。
「何か、問題でもあったのですか?」
「ううん、あの歌の、どこか懐かしい感じが、ちょっと気になっただけだよ。前に聞いた歌と、少しだけ似ているなって思って…」
「懐かしい…ですか? 私は初めて聞く歌ですが、しかし心が温まるようなメロディではありますね、確かに」
「うん…。だからちょっと、会ってみたくて」
「わかりました。お付き合いいたします。…モノオモイの方は…?」
「あ、大丈夫、その気配はないよ」
「よかった、のんびりと過ごせそうですね」
「…ふふふ、リコリネもすっかり慣れて来たね、ありがとう」
「は。至極光栄に存じます」
リコリネは、時々思い出したように騎士っぽく振る舞うので、ちょっと面白い。
そのタイミングで、村長が振り向いた。
「さ、着きましたよ。今日は我が村の山菜料理を、思う存分振る舞いますからね、楽しみにしていてください」
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「うわあ…横になれるって幸せだなあ…!」
結局リコリネとは今回も、ついたて状の仕切りがあるだけの同じ部屋で寝ることになった。
お風呂から上がったユディは、ぐーっと足を伸ばす。
「私は、お湯を浴びることができた部分に幸せを感じましたね。この大陸の難点は、蒸し暑いことです」
「まあ~~、リコリネ、ひょっとして全身鎧の中は蒸れ蒸れだったのですか~~?」
リコリネとリルハープの声が、ついたての向こうからする。
今回の仕切りは隙間があるような安物ではないため、向こう側は何も見えない。
「はい。そういった意味では、次の大陸は涼しそうで、楽しみです。…なんて、気が早いですよね」
リコリネの言葉に、ユディはちょっと意地の悪い声を出す。
「楽しみにしている分には、良いんじゃないかな? あっちの大陸には、にがーい山菜はないといいね?」
「む……。おかしいですね、フルフェイスの口元しか見せていないはずですが…。主には何かと見破られてしまいます」
夕食の席で、いくつかの山菜を食べにくそうにしているリコリネを思い出して、ユディはくすくすと笑い声をあげた。
「でもリコリネのそういうところ、可愛いと思うよ?」
「またそういう……」
あきれ果てたようなリコリネの声にかぶさるように、リルハープがひょこりとついたての上から顔を出した。
「でも、ご主人サマも、最初の頃は眠り方もわからない体たらくで、可愛らしかったですよ~~?」
「う…っ!? せっかく忘れかけていたのに!」
「眠り方…ですか?」
「そうなんですよリコリネ~~、横になって眠ることを、死んだ魚のようで滑稽だとかなんとか言ってました~~っ」
「まって捏造しないで、滑稽とまでは言っていないはずだよ…!」
ついたての向こう側から、戸惑うようなリコリネの気配を感じた。
「…? ??? 記憶の混濁とは、そのような基本的なことも忘れてしまうものなのでしょうか…? 今のところ主に、基本的な部分の欠落は見受けられないと思っていましたので、少し意外です。かと思えば、私が初めて聞くような曲を懐かしいとおっしゃる。主は、不思議な方ですね」
「ええ…? …なんだろう。それが不思議だとは、考えてもみなかったな…。…言葉にするなら…ちぐはぐ? な感じなんだね」
「ああ、いえいえ、不思議なだけで、不自然とまではいきませんから、そのように思い悩まなくても。考えてみれば、私は記憶が混濁したことがありませんからね。そういう物珍しさも相まって、そう感じるのでしょう」
リコリネが、慌ててフォローするようにそう言った。
「どうせ物珍しさがあるのでしたら、見世物にできるようなものだったらよかったですのに~~っ。そうしたら、路銀をガッポガッポでしたよ~~!」
「……。……僕よりも見世物に適した人に言われたくないね? リルハープもたまには自分でキャンディ代を稼いでみるかい?」
「うぐ…っ。リルちゃんは存在するだけで癒しですから、稼がなくてもいいんです~~っ」
リルハープは怒ったような顔をして、ついたての向こう側に引っ込んでしまった。
リコリネの忍び笑いが小さく聞こえる。
いつもの光景に、いつものやり取りの中で。
少しだけ、ユディアールとシグナディルは、今頃どうしているのかな…と思いを馳せた。
ライサスライガとはまた会うつもりでいるから、あの二人とは違う。
二度と会えない別れというものが、少しだけ胸に残った。
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次の日。
最近では、朝焼けを見るユディに合わせて、リコリネもリルハープもなるべく早く起きてくる。
何度一人でいいと言っても、彼女たちは頑として譲らなかった。
その分早く寝ているから、体力面では心配はなさそうだが、たまに申し訳ない気持ちになる。
「おや、お早いのですね」
村長も驚いたように、庭先から帰ってきたユディたちを見た。
「おはようございます」と返した挨拶は、リコリネとほぼ同時に喋ってしまい、二人できょとんと顔を見合わせた。
最近はリコリネとよくタイミングが合う気がする。
午前中は、リコリネと一緒に、力仕事の手伝いをして過ごした。
手伝いと行っても、材木運びなどの仕事をやるのはリコリネで、ユディは全身鎧を珍しがる男の子たちがリコリネを邪魔しないように、彼らと遊ぶ役割だ。
「兄ちゃん弱そうだな、ホントに旅できるのか?」
「ジャンプアタック! ジャンプアタック!」
「おらおら、反撃しろよー!」
「いてっ!? やめなよ、やめてよ…!!」
ユディは、ちょっと子供が嫌いになった。
午後になり、村長が山のほうからOKサインを出しながらやってくる。
ユディたちは昼食を頂くと、すぐに示された道筋を歩き出した。
おじじと呼ばれる人の小屋は、山のふもとに寄り添うような位置にあった。
「こんにちは…」
おずおずと顔をのぞかせると、がっしりとした初老の男性が、こちらを見てくる。
思っていた印象と、かなり違った。
優し気な人なのかと思っていたら、物凄い仏頂面で、目つきも悪い。
愛想もなく、ユディの挨拶に返事もしなかった。
ただ、テーブルを囲う椅子の方を、静かに指さす。
「お邪魔します」
ユディとリコリネはそれに従って、席に着いた。
おじじはすぐに奥に引っ込むと、暖かなお茶を出してくる。
それから、対面に無言で座り込んだ。
「………」
沈黙が流れる。
それに耐えかねて、ユディは話を切り出した。
「あの…。はじめまして、ユディと言います。村を歩いていた時に、」
「村長から話は聞いている。歌の何が聞きたいんだ」
どっしりと渋い声に、いきなり話が遮られる。
こういった人と話すのは初めてで、ユディは若干焦った。
「…あの歌は、おじじさんが作った歌なのですか?」
また、沈黙が流れた。
しばらくして、おじじはポツリと答える。
「違う」
「では、どこで?」
「なぜ、そこを気にする? ただの歌だろう」
拒絶めいたものを感じた。
ユディに助け船を出すように、リコリネが静かに言葉をさしはさむ。
「主。最初から、丁寧に話すしかないでしょう。少なくとも彼は、荒唐無稽だと鼻で笑うような方ではないように思えます」
おじじはリコリネの言葉に少し驚いたようだが、同意をするかのように、ユディを見つめた。
ユディは、意を決して話し始める。
「…少し、長くなりますが。僕は、モノガリをやっています。モノノリュウという竜の夢が宿り、意思を持ったモノたちを、竜の夢へと還すのが、僕たちの使命です」
「……意思……」
おじじは、呆けたように言葉を繰り返した。
「以前、夢に還したモノが、おじじさんの歌と、なんとなく雰囲気が似ている歌を口ずさんでいたんです。それが気になって、こちらへ来ました」
おじじは、何かを悩むように、どこか遠くを見る。
「…還すと言ったな。何か、儀式があるのか?」
おじじは、疑うでもなく、まずそう聞いてきた。
ユディは少し面食らいながら答える。
「あ、はい、僕の場合は、音の精霊の奇跡を使います。僕の村に伝わるメロディがそれです。子守唄みたいな…」
「それをしなかった場合、どうなる?」
「ええと…。夢に還らなかったものはただ壊れて、竜の目覚めが早まります。モノノリュウは、ずっと眠っているんです。夢の欠片ですら、現実に良くない影響を及ぼすのですから、目覚めると、この世に厄災をもたらすと言われています」
「…良くない影響……か」
おじじは、お茶を一口飲んだ。
ユディたちもそれにつられるように、喉を潤す。
「……そちらの女性も、モノガリかね?」
「いえ、私は主を守る騎士として、お傍に仕えております。リコリネと申します」
おじじは、難しい顔をしたままだ。
「…そうか。この村への滞在期間は、いつまでだ?」
「ええと、特に決めていません。どうしてですか?」
矢継ぎ早な質問に答えながら、ユディは首を傾げた。
おじじは、ゆっくりと首を振る。
「…いや。少し、考える時間が欲しい。明日、ユディ君だけに来て貰えないだろうか?」
「それは、構いませんが…。朝からでいいですか?」
「ああ」
「…かしこまりました。では、今日の所は帰りましょう、主」
リコリネが、先導するように席を立つ。
その時、おじじは長く息を吐いた。
ユディはそれで初めて、彼が緊張をしていたのだとわかった。
「あの…ぶしつけな質問をして、すみませんでした。あなたの生活を乱すようなことをするつもりはなかったんです」
咄嗟にユディがそう告げると、おじじは初めて、柔らかく微笑んだ。
「…いや。こちらこそ、戸惑わせるようなことばかり言ったと思う。すまなかった」
ユディは、一礼して立ち上がる。
帰り道を行きながら、村長がおじじを穏やかな人だと言った意味が、少しだけわかった気がした。
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翌朝は、少し天気が悪い曇り空だった。
一人で、と言われたので、リルハープは巾着袋に入れて、リコリネに渡してある。
リコリネは今日も力仕事に精を出す予定だ。
ユディはいつもの肩掛けカバンスタイルで、おじじの小屋を訪れた。
「おじじさん、おはようございます」
「……ん」
おじじはユディを見ると言葉少なに立ち上がり、すぐに小屋の外に出てくる。
昨日は戸惑ったが、ユディはおじじのこういうスタイルに少し慣れてきていた。
「ユディ君に、見せたいものがある。ついてきてほしい」
「! はい!」
咄嗟に背筋を伸ばして返事をすると、おじじは一拍の間を空けて、微笑ましそうに笑う。
嫌われているわけじゃない、というのが伝わってきて、ユディは嬉しくなった。
おじじの足取りは、年齢を感じさせないほどに力強く、そして迷いがなかった。
何か、彼にしか見えない目印でもあるかのように、複雑な山道をガンガンと進んで行く。
ユディは、ついていくのがやっとだった。
しかし、おじじは途中でユディがついてきているか、心配そうに振り返ってくれる。
会話はなかったが、なぜか、そのこと自体が会話に感じた。
途中で雨がぱらついて、おじじは足を速めた。
そこそこ歩いたな、と思っていた時に、おじじは足を止める。
目の前には、山の中腹を掘り起こしたような、横穴があった。
洞窟、と言ってもいい大きさだ。
「着いた。ここだ」
おじじは短くそう告げると、その洞窟の中に入っていく。
ユディは急いで後を追いかけた。
別れ道などはない、一本道だ。
けれど、そこそこに深かった。
松明も持たずに入ったのを不思議に思ったが、外の光が届くギリギリのところで、おじじは足を止めた。
そこは行き止まりのぽっかりした空間で、中央に、石がポツンと置かれてあるだけの場所だった。
「お墓…ですか?」
ユディは、感じたことを口にする。
「そうだ。ここには、誰も連れてきたことが無いし、息子にすら話したことが無い」
おじじは、何も書かれていない石の表面を見つめたまま、静かに肯定した。
「誰か、近しい人が亡くなったんですか?」
「いや、違う」
「…?」
「これは…。モノの、墓だ」




