25別れと旅立ち
目を開けると、リコリネたちが心配そうに覗き込んでいる。
「う……。あれ……?」
「主! よかった…!」
「ご主人サマ、もう丸一日経っていますよ~~、まったくおねぼうさんなんですから~~!」
リコリネとリルハープの言葉を聞き、話し込んでいたシグナディルとユディアールがやってくる。
「お、ユディ~!」
「ユディエルさん、体の具合はどうだ? 痛い所は?」
ユディは頭を振りながら、ゆっくりと上体を起こした。
どうやらここは宿屋らしい。
「ええと……なんだっけ? そうだ、賞金首の話が解決して……。…今日はゆっくり過ごす感じなの?」
ユディの言葉に、ユディアールがあきれたように息を吐く。
「ゆっくりっていうか、オマエの看病だっての! ったく、みんな心配したんだからね~」
「ハハハ、いいじゃないか、その様子だと何事もなさそうだな、ユディエルさん」
シグナディルは、純粋に安心しているようだ。
ユディは困ったように、リコリネの方を見る。
「そうだったんだね、ごめん、心配かけちゃって。精霊の祝福って、使いすぎるとこんな風になるんだね、全然知らなかったよ」
「そうですね、やはり上位存在の力を引き出すという行為自体が、明確に個人差が出る程に難しいですからね。ですが、リルハープ殿の説明を聞き、とても主らしい力の使い方だと思いました。主は本を読むのが大好きですからね」
「あの時のご主人さまはちょっと怖かったですが、リルちゃんのために怒っていただけて嬉しかったです~~! 初めて戦ったにしては堂々としていましたね~~。ですが、検証も無しにいきなりあんなことをするなんて、やっぱりご主人サマは危なっかしいです~~っ」
「あはは、ごめんね?」
リルハープも加わってきて、ほのぼのと会話をしていると、難しい顔をしたシグナディルが口を挟んできた。
「しかし、随分と癖の強い戦い方であることには違いない。ユディエルさん、俺たちが傍に居る間は、リルハープさんが言ったように、きちんとユディエルさんの力を検証していこう。明日から獣狩りだ」
「シグは真面目だな~。検証も何も、『火が出る』とか『槍が飛ぶ』とかの短文でガツガツ攻めたら無敵じゃん! マジで羨ましいよ、やっぱり能力取り換えっこして欲しいな~!」
ユディアールは、頭の後ろで手を組んで、屈託のない笑顔を向けてくる。
しかしユディは少し悩んだような顔をする。
「うーーん…。感覚的なものだけど、たぶん、それだと発動すらしないと思う。言葉が足りない…というか、『音』が足りないように感じるんだ。ドレミだって7音あるだけじゃなくって、オクターブを含めればもっと音階がある。さらには和音や、主旋律の後ろで流れる音で厚みが出るわけだから、ディアールが今言っているのは、一拍のみで音楽が作れるか、って話だと思うんだよね。できる人はできるのかもしれないけど、僕には難しいよ」
ユディの説明に、ユディアールは露骨に嫌な顔をした。
「うげ、やっぱ交換はナシだな、メチャクチャ難しそうじゃん…。オレは頭を使わずに、直感で戦う方が向いてるんだよね、にゃはは~」
「しかし主、例え検証が順調に終わったとしても、迂闊に使わない方がいいでしょう。切り札として取っておくつもりで居てください。戦いはやはり私が行います」
「まあ~~、どうしたのですかリコリネ~~、あれば便利な能力に思えるのですが~~」
リルハープが不思議そうにリコリネを見る。
リコリネは、淡々と説明を続けた。
「主の能力は、いわゆる初見殺しではありますが、使えば使うほど、相手は対応策を練ってくるでしょう。私は昨日から何度も瞑想にて戦闘シミュレーションをしておりますが、私が敵側ならば、まず主の喉を掻っ捌きます。他にもザっと思いつくだけで、咳を誘発する粉塵、または他の騒音により、行使を阻害される可能性が高い」
「リコリネ、そのシミュレーションで結構僕のこと殺してない!?」
ユディは地味にショックを受けた。
リコリネはうつむきがちに答える。
「はい…。主は通算で36回は死んでおります。守り切れずに申しわけありません。少し貰い泣きもしました」
「え……っ、リコリネは、僕が死んだら泣いてくれるの?」
きょとんとして聞き返すと、リコリネは驚いたようにフルフェイスに包まれた顔を上げた。
「……、……そ……」
「はいド~ン! ユディ今のはギルティ~!」
ユディアールがべしっとユディの頭にチョップをしてきた。
「いてっ!? ええ…!?」
驚きに目を白黒させるユディに、ユディアールは軽く指をさしてくる。
「ユディってそういうとこあるよね~、パーティー内のことにオレが口を挟むのも気が引けるけど、ちょっと無神経なんじゃない~? リコリネちゃんが可哀想だよ。どうせここから数週間単位で足止めを食らうわけだし、戦闘練習のついでに、街に居るいろんな人とも会話してみるといいかもね~。人と関わるのはいい人生経験になるんだぜ、にゃはは~!」
「…まあ、俺もおおむねは、このバカとリコリネさんに賛成するよ。そもそも俺たちみたいな純粋なパワータイプとの戦闘の方が、相手にとっては対抗策を立てにくい部分がある。単純な力だからな。ユディエルさんは、行動しても後方支援くらいがいいかもしれん。俺としても、あまり手を汚させたくはないからな」
「手を汚す……ですか?」
シグナディルの言葉に、ユディは不思議そうに自分の手の平を見る。
「…その概念は、正直よくわかりません。例えば僕はリコリネが誰を殺めようと、リコリネに対する評価を変えたりはしません。ですが、周りはそうは思わない…ということなんでしょうね。難しいです」
「……、……。確かに難しいな。ユディエルさんには、そのままでいてほしいと思う部分もあるし、もう少し自分の中での善悪の判断を身につけた方がいいようにも感じる。ユディエルさんが後々で後悔するようなことにはなってほしくはないからな」
シグナディルは、困ったような顔をしている。
「まあ……当面は、このメンバーで楽しくやって行こう、という結論でもいいような気はするな。ユディエルさん、リコリネさん、リルハープさん、しばらくの間、よろしく頼む」
シグナディルは、きっちりと挨拶をして、握手の形にユディに手を差し出した。
「……はい、よろしくお願いしますね」
ユディは微笑んで、その大きな手に手を重ねた。
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一週間後、騎士団から宿に来た連絡は、「もう少し時間がかかりそうだ」という報告だった。
「これは、ひと月ほどは待つことを覚悟しておいた方がよさそうですね」
リコリネは冷静にそう述べる。
ユディアールは、嬉しげに微笑んだ。
「オレとしては、女の子二人とまだまだ一緒に居られるってだけでテンション上がるけどね、にゃはは~! ねえリコリネちゃん、せっかくだし、明日は鎧を脱いでオレとデートしない?」
「いえ、それは不可能です。いついかなる時に敵が襲ってくるかもわからないのですからね。油断をして鎧を脱いでいた時に主に何かがあれば、悔やんでも悔やみきれません」
「…なんというか、リコリネさんは一人で『地上最強の騎士』の世界を生きている感じがするな。少しは体を休めた方がいいと思うが…。硬の大陸はそんなに治安が悪いのか?」
シグナディルが、心配そうにリコリネを見ている。
「ち、ちがいます~~、リコリネが一人で修羅道を歩んで行っているだけですから~~! 硬の大陸はいい所ですよ~~! まったく、大陸擁護なんて生まれて初めてやりました~~っ。そこそこ長生きしていても、まだまだやったことがない行為があるものですね~~っ」
「結構特殊な体験だと思うけどね…?」
リルハープへと、ユディは控えめに言う。
「しかし、休養で思い出しました。そういえば私はライサス先生に手紙を書くなどと言っていたように思います。思えば此度の身分証明の確認の書簡も先生の家に行っていると思いますし、ご迷惑をかけた旨を書いておかねばなりませんね」
「あ、そういえばそうだったね?」
リコリネの言葉に、ユディもハッとする。
シグナディルは、相変わらず危なっかしいなと言いたそうな雰囲気を出しながら、額を押さえた。
「そういうことなら割と遅い気もするが……まあ、動かないよりはマシかもしれないな」
「だったらシグ、一緒に行ってやれよ~。リコリネちゃんってちょっと世間知らずなところあるし、手紙の出し方もわかってないんじゃない?」
「さすがにそこまでのことはないとは思うが、念のためご一緒しよう。リコリネさん、いいだろうか?」
ユディアールの提案に、シグナディルはリコリネを窺う。
リコリネは、こくんと頷いた。
「お願いします、シグ殿」
「だったらみんなで行…」
「んじゃユディはオレと留守番だな~! ほらユディも連日獣狩りで疲れてるんだから、今日は大人しくすること! また倒れて心配をかけたいわけじゃないだろ~?」
ユディアールが被せるように言ってきて、ユディは拗ねたように閉口する。
「……わかったよ…」
「決まりだな~、ほら、行って来いよシグ!」
「お前、あまりユディエルさんに迷惑をかけず、大人しくしておけよ?」
「シグこそ、今は賞金で懐が潤ってるんだから、男を見せて来いよな~!」
「余計な気を回すなバカ…」
シグナディルとユディアールの掛け合いに、リコリネはフルフェイスの奥で小さな笑い声をあげた。
ユディたちは、そのままシグナディルとリコリネを見送る。
ユディアールは、ため息をつきながら、頭の後ろで手を組んだ。
「あ~あ、シグってホントわかりやすいよな~」
「わかりやすいって、なにが?」
きょとんと聞き返すユディの前で、リルハープがパタパタと飛んでくる。
「ぼんやりさんのご主人サマには、一生わからない話かもしれませんね~~っ」
「そうそう、ユディはおこちゃまだからな。ね~!」
リルハープと顔を見合わせて笑うユディアールを見て、ユディはムスッとする。
「…なんだか僕だけ仲間外れみたいだ」
リルハープとユディアールは、面白そうに笑い声を上げた。
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結局リコリネが危惧していた通り、騎士団から解決の一報が入るまでに一ヵ月以上はかかると言われた。
最後の方などは、もう賞金首になっている獣が残り一体になってしまったほどだ。
「暇になっちゃうね」とぼやくユディアールに、リコリネが気を使って「では最後の一体は、数日かけて嬲り殺しましょうか」と言ったものだから、ユディは全力でそれを止めた。
ユディの戦闘練習も順調で、精霊の祝福を引き出すための力のコントロールも、随分とスムーズになった。
しかし心配性のシグナディルが、「念のため、一日に多くても3回程度の使用に留めるつもりでいた方がいい」とアドバイスしてきた。
シグナディルは本当に世話焼きで、常にユディの疲労度を確認してくる。
ひょっとしたら、身内に病弱な人が居たのだろうかと、なんとなくそう思ってしまうほどだった。
暇になった日は、光クラゲの餌やりをしたり、街の名産の食べ歩きをしたり、5人で観光をとても楽しんだ。
そのぶん、少しだけ別れ難くなっていて、ユディたちは、誰も今後の予定について話さなかった。
ある日、報告があると騎士団の隊長に呼び出される。
みんなで騎士団の詰め所に行ってみると、ユディたちを出迎えたのは、隊長と、騎士団の制服を着たアレイアだった。
ユディたちはびっくりしてアレイアを見ると、アレイアは居辛そうに、「なによ」と視線を逸らす。
隊長は一歩前に出て、にこやかに説明をした。
「やあ、随分とお待たせしてしまったが、こういう結果になったよ。一応関係者には説明責任があるので言わせてもらうと、本部から誓約の精霊の祝福を受けたお偉いさんがやってきて、彼女へこの街から遠くへ逃げ出さないようにとか、能力を騎士団のために使うように、などの誓約を施していったという流れだ」
「え~すご~い、誓約の精霊って、使いこなすのがメチャクチャ難しいって話じゃ~ん。さすが騎士団だね、お飾りじゃないんだ~」
「こら! あまり失礼なことを言うな」
シグナディルが、ユディアールの頭を軽く小突いた。
誓約の精霊ウィブネラは、祝福を与えられたものが少ないというわけではないが、使いこなせる者があまりにも少ない精霊として有名だ。
他と比べて特に潔癖な精霊と言われており、邪心を持ったものには精霊が振り向かないとされ、よほどの精神修業をした者か、邪念のない幼い子供にしか祝福を使いこなせないという噂があるほどだ。
何らかの事情で、自分が祝福を受けた本当の精霊を隠したい時に、「誓約の精霊の祝福を受けているが、使いこなせないから無能力に等しい」という嘘をつくのが、その筋での裏技になる…というのは、ライサスライガから聞いた情報だ。
隊長は、微笑ましげにシグナディルとユディアールのやり取りを見ていたが、すぐにアレイアに目を向けた。
「アルドナ、団員としてきちんと挨拶をするんだ」
「アルドナ…?」
ユディが思わず繰り返すと、アルドナは視線を合わせようとしないまま、言葉を続けた。
「本名よ。偽名も使わずに賞金首ごっこなんてやるわけないでしょ。性格だって、こっちが素よ」
シグナディルが、微笑ましげに笑った。
「そうか。アルドナさん、穏便に片が付いてよかった。アルドナさんがこれからもこの街を守って行ってくれるのなら、俺たちも安心して旅立てる」
アルドナは、驚いたように顔を上げた。
「旅に…出るの? ……そうよね、アンタたち、賞金稼ぎだものね。…アタシのこと、こんな風にした責任を取って、たまには顔を見せに来なさいよね」
「いや、無責任に確約はできない」
シグナディルは、あっさりと断言した。
アルドナは、一瞬言葉を失ったように、ぱくぱくと口を動かす。
「な……、信じられない、こういう時は、嘘でもイエスって答えるものじゃないの!?」
「女性に嘘をつく趣味はないからな」
「……ッ、もう知らない! さっさと行っちゃえば!?」
なぜかユディアールたちから「あ~あ」という雰囲気が漂って、ユディは首を傾げた。
隊長も、ちょっと困ったような顔をしながら、話を続ける。
「…まあ、そういうわけで、アルドナ関連の賞金は、すべて彼女が騎士をやっていくための資金にさせて貰った。騎士団にも微妙なしがらみがあってな、献金が必要だったんだ。人手不足でもあったし、助かったよ。礼と言っては何だが、これからの旅で騎士団の協力を得やすくするための書状を用意した。一人一枚でいいかい?」
「それは助かります。今回のことで、身分証明の重要性を理解しましたからね」
リコリネがありがたく受け取り、全員で一枚ずつ、丸められた書状を荷物に仕舞った。
「残虐王子や花火師などの賞金首は、ひとまずのところ貼ったままで行こうと思っている。新規の賞金首への牽制になるようなら、それに越したことはないからな。街にやってきた賞金稼ぎには、獣狩りを優先依頼として伝えておくよ。苦情が来たら、やり方を改める、という感じで行く予定だ」
隊長の言葉に、全員が頷いた。
アルドナは、なんだかんだでまた話し始める。
「アンタたちのおかげで、アタシも堂々と日向を歩ける人生になれたわ。まあ、日向は歩けないんだけどね。地道に罪を償っていくから、アンタたちも元気でやっていってね。死んだら承知しないんだから」
「確約はできかねるが、気持ちはありがたい。アルドナさんこそ、元気で」
シグナディルが同じような返事をして、アルドナはイライラと地団駄を踏んだ。
「にゃはは~、ごめんねアルドナちゃん、シグは朴念仁が服着て歩いてるような奴だからね~」
「おい、悪口を言われるようなことはしていないだろう。では、我々はこれで失礼する」
シグナディルはキッチリと頭を下げると、特に何を言うでもなく、歩き出した。
ユディアールたちも後に続いて、ユディは最後にアルドナの方を振り向いた。
なぜか、アルドナは泣きべそをかいていて、隊長が慰めるようにアルドナの肩を叩いている。
首を傾げるユディの胸ポケットから、リルハープのつまらなさそうなため息が聞こえた。
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宿を引き払い、全員で街の入り口まで歩いて行く。
誰も、何も言わなかった。
お互いに、相手を引き留めてしまいそうだったからだ。
もはや顔見知りになった樹上都市の門番の脇を過ぎ、陽の光の当たる草原まで下りていく。
いつも、街を出た時に目を焼くこの眩しさには、最後まで慣れることはなかった。
ようやく、ぽつぽつと会話をしていく。
「…そうか。ユディエルさんたちは山菜の村を経由して、海を渡るのか…。すまない、潤の大陸に何かコネがあればよかったのだが、ほとんど根無し草のようなものだったからな」
シグナディルは意を決したようにユディたちに向き直る。
ユディは、まぶしげに彼を見上げた。
「…いえ。今まで十分にお世話になりましたから。シグさん、色々と、ありがとうございました。…頭を撫でられた時、とても久しぶりに、姉さんのことを思い出すことができました」
シグナディルは、少し驚いたように瞬きをした。
その後、ふっと微笑む。
「…俺もだ」
言われたのはそれだけだったが、おそらく前に言いかけた弟のことを言っているのだろう。
「へえ~、ユディってお姉ちゃんが居たんだ? ま~わかるよ、弟って感じだもんな~」
「ええ? 僕からすれば、ディアールの方が弟って感じだけど?」
「ハハハ! どっちもどっちだろう」
シグナディルが噴き出している。
リコリネが一歩前に出た。
「シグ殿、旅に役立つ情報をたくさん教えて貰い、いたく感謝をしております。私のような若輩がシグ殿の行く末を気に掛けるのは失礼かと存じますが、どうか、お元気で…」
「リコリネさん…。俺の方こそ、貴女には随分と気持ちを安らげてもらったように思う。柄にもなく、またどこかで会えたらと、不確定な約束をしてしまいそうになるほどだ」
「それくらい言えばよろしいのに、本当にシグナディルは生真面目ですね~~っ」
リルハープがパタパタと飛びながら、あきれたように腰に手を当てている。
「あ~あ、名残惜しいってこんな感じだったっけ。オレもこのまま一昼夜話し込む~とかできそうだけど、やっぱ切り上げないとな~」
ユディアールが、頭の後ろで手を組みながら、残念そうにぼやいた。
すぐに笑顔になって、片手を掲げる。
「ほい、タッチしようぜ! んで、サヨナラ!」
ユディは胸がいっぱいになりながら、パチンとユディアールの手にハイタッチした。
次にリコリネ、リルハープと続くのを、シグナディルは腕を組みながら、じっと見守っている。
「……それじゃあね」
意を決したように、ユディは背を向けて歩き出す。
リコリネとリルハープがその後に続いた。
「ああ、じゃあな~!」
ユディアールはぶんぶんと手を振り続ける。
ユディたちの姿が見えなくなっても、ずっとずっと手を振り続けた。
シグナディルはその隣で、静かに去り行く背を見送っていた。
やがてユディアールは、満足したように息を吐くと、手を下ろす。
前を見たまま、ぽつりと話しだした。
「…シグ、オマエさ。リコリネちゃんに惚れてただろ」
「………ああ。素顔も見たことがないのに何を言っているのかと思われるかもしれんが、理想の女性だ。話しているとホッとするような、あたたかな人だったな」
「告白は?」
「していない」
「いいのかよ、このままお別れで。もう二度と会えないんだぜ?」
「構わん。リコリネさんにも俺にも、もっと大事なことがあるからな」
「…? リコリネちゃんはわかるけど、シグにそんな大事なことなんてあったっけ?」
シグナディルは、ようやくユディアールに向き直った。
ユディアールは、ハテナをうかべて、シグナディルを見返す。
「…ユディ。お前、いつまで逃げ回っているつもりだ?」
「……、……」
「お前の言う、嫌な気配とやらに立ち向かった先に、お前のハッキリしない過去の記憶があるんじゃないのか?」
ユディアールは、大きく目を見開いた。
しばらくして、皮肉気に笑う。
「いい加減、オレをオマエの死んだ弟に見立てるの、やめたら?」
「はっ、バカを言うな。似ても似つかない。俺の弟にはもっと可愛げがあるし、お前ほど生意気でもない。どちらかというと、ユディエルさんの方が似ていたな」
「………」
「……ユディ。自分で言うのもなんだが、俺は今が心身ともに全盛期だ。そういう確信がある。逆に言えば、今しかない。今なら、お前の旅に付き合ってやれる。お前の抱えているものが何なのかはわからないが、今なら、その宿命に立ち向かう手助けをしてやれる」
「…あんまり思い上がるなよ。シグなんていなくても、その時が来たら自分だけで行けるよ」
ヒュッ、
そっぽを向きかけたユディアールの眼前に、握られた拳がピタリとあてがわれた。
ふわりと、遅れて風がやってくる。
ユディアールから表情が消え、その拳の主を冷たく見上げる。
「……なに?」
「…ユディ、ケンカをしよう。勝っても負けても、そのあと、パーティーを組もう。お前とは、なし崩し的に一緒に居ただけだが、これをケジメにしよう。お前が俺のことを、お前なりに、まあまあそこそこ大事にしてくれているのはわかっている。それと同じだ。俺も、お前という相棒を、大事にしたいと思っている」
ユディアールは、長い間、じっとその拳を見つめていた。
やがて観念したように、二っと八重歯を見せて笑い、拳を拳にチョンと当てる。
「あ~あ、人生を棒に振りやがって、バカなヤツ。いいぜ、ケチョンケチョンにしてやるよ。泣いても許してやんないからね、にゃはは~!」




