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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第一章 ひとりめ
20/137

20ある妖精の話

 妖精は、一生のうち一度だけ、奇跡を起こすことができる。

 それは、自分の存在と引き換えの、大きな力だ。

 そのため、その力を使いたがる妖精は、歴史上でもほとんどいない。

 そもそも、結界の外に行きたがる妖精、という時点で、かなり稀な存在だった。


 その妖精はまだ年若く、結界の外の話は、自分よりも発生した年数が古い個体に聞いて回ることでしか、知りようがなかった。

 昔は、人間との距離もかなり近かったらしい。

 妖精は悪戯好きな個体が多いため、よく森に迷い込んだ人間に悪戯をしたりしていたそうだ。

 ところがある日、何かを察知した妖精の女王が、妖精たちを何かから守るかのように、結界を張ったのだという。

 一体それがどういう意味を持つのかは、女王にしかわからないらしい。


 そんなことよりも、その年若い妖精にとって最重要だったのは、一年に一度、結界の一部が弱まって、そこから一日だけ、自由に出入りできる、という部分だった。


 かつては悪戯好きとされた妖精たちは、今では日々のちょっとした変化を楽しむくらいに老成してしまった。

 まだ若い妖精が、そんな刺激の少ない生活に耐えかねて、その一日だけ結界を抜け出すようになったのは、ごく自然の成り行きだった。


 しかし、結界の外に出た妖精を待っていたのは、形を変えた退屈でしかなかった。

 結界を出たからと言って、目を見張るほどの変化があるわけではなかったからだ。

 自分は妖精のままだし、都合よくその日だけ通りかかる人間も居ないし、空気も、花の蜜の味も、まったくいつもと同じだった。

 つまらない、と思いつつも、若き妖精は、結局結界の中へと戻ってしまう。


 退屈だというのなら、完全に出て行ってしまえればいいのに、どうしても踏ん切りがつかない。

 そんな自分に辟易する日々だった。


 だが、ある日、少しだけ状況が変わる出来事があった。


 結界の外に出た妖精の耳に、誰かの泣き声が飛び込んできた。


 思ったよりも、わくわくはしなかった。

 怯えるようにドキドキしてしまった時、自分の臆病さに初めて気がつく。

 そろりと泣き声の出所を覗き込むと、人間の少女が、声を殺すようにして、茂みの中で泣いていた。


「う……ひっく…!」


 じっと見ていても、その少女は泣くだけだ。

 何度か口を開いては、閉じる。

 それを数度繰り返した後、妖精はついに声をかけた。


「どうして泣いてるの?」


 ビクリと肩を跳ね上げて、少女はこちらを向く。

 少しぽっちゃり目の、おっとりした印象の子だった。


 少女は、びっくりしたように目を見開いて、妖精を見たまま固まってしまった。

 妖精は、そんな雰囲気を吹き飛ばすような言葉運びを選んだ。


「あなた、見るからにぼんやりさんね、どうせイジメにでもあったんでしょ! 聞いてあげるから、言ってごらんなさいよ!」


 先程怯えを感じた自分が恥ずかしくなるくらい、この人間はおそるるに足りない雰囲気だった。

 妖精は、腰に手を当てて、偉そうに少女を見下ろす。


 しかし、少女は一向に喋ろうとしない。

 妖精はイライラしながら、言葉をまくし立てた。


「もうっ、何よその反応は! せっかくリルが聞いてあげるって言ってるのに! それとも、妖精と喋る言葉を持ってないくらい、あなたは偉いとでもいうの!」


「リル……ちゃん…っていうのですか~~? あたし、ハープレイネです~~…」


 その子がようやく喋ったのが、それだった。


「なっ、だ、誰も、名前なんて、聞いてないでしょ…! なんなの、話が通じてるのか、通じてないのか、判別がつきにくいじゃない!」


 少女は、ふにゃりとだらしない笑顔を向けてくる。


「ごめんね~~、リルちゃんがあんまり綺麗だったから、みとれちゃったんです~~…。妖精なんて、初めて見たから~~」


「……、…ふっふーん、なんだ、わかってるじゃない? そうよ、リルは綺麗なの! その綺麗なリルに話しかけられたあなたは、自分の幸運度合いがわかってる? 泣いてる場合じゃないことに早く気付きなさいよ! そこまで待ってあげられるほど、リルは暇じゃないのよ!」


「あ……。そうですね~~、あたし、幸運~~……。泣いてる意味、無くなっちゃいました、あはは~~」


 涙をぬぐって満面に笑みを浮かべる少女を見て、妖精はほっと一息ついた。


「変なことを言うのね、泣くのに意味なんてあるの? …ああ、リルみたいに、構ってくれそうな人が寄ってくるってところは、確かに利点かもしれないわね」


「ええ~~? 構ってくれるってことは、お友達になってくれるのですか~~?」


「なんでそうなるのよ! もうちょっと3段論法を大事にしなさいよ、飛び過ぎじゃない!? あなた、思ったよりも図太いわね…!」


「あ、ご、ごめんなさい~~、あたし、いつも鈍くさいって言われるから~~、相手の言葉を先読みするように心がけているのですけど、かえって怒らせてしまうことが多いんです~~…」


「ああ、そういうことね。そりゃいじめられるわよ。まったく、仕方がない子! いいわ、人間に友達がいないっていうのなら、リルが手下にしてあげる。可哀想だし、同情でね!」


 少女は、ぱあっと顔を輝かせた。


「ほんと~~? じゃあ、たくさん遊びたいです~~っ、明日も会えますか~~?」


「あ……。その……。…ダメなの。一年に一回しか、こっちに来れなくって…」


 妖精は、急に居づらくなったかのように、うつむきながら答える。

 しかし少女は、笑顔のままだった。


「ええ~~? ステキ~~っ、それって、すごく特別感があります~~!」


 妖精は、戸惑うように羽を震わせた。


「なに、なんなの、それだけ前向きで、どうしてさっきは泣いてたの、意味わかんない!」


「あ……えっと~~…。……。ごめんなさい~~、あたし、鈍くさいから~~……今の気持ち、上手く言える自信がありません~~。来年までの、宿題にしてもいいですか~~?」


「ホント図太いわね、何勝手に来年の約束を取り付けてるわけ…!? …でも、いいわ、リルはヒマしてたの。人間のこと、たくさん教えてくれるんだったら、また来年も遊んであげる!」


「ホントですか~~? 嬉しいです~~! じゃあ、来年は、たくさん絵本とか、お菓子とか、持ってきますね~~! 今日のところは、何が知りたいのですか~~?」


 そこから妖精は、たくさんの初めてを知った。

 近くに大きなララの樹が生えた村があること。

 ハープレイネはそこの住民であること。

 口で歌うだけではなく、楽器というものに歌わせる方法があるということ。

 親という存在のこと。

 まだまだ世界は広いこと。

 人間の習慣、精霊の祝福という風習、たくさんの話を、夢中で聞いていた。


 少女としても、自分の言葉をこんなに夢中で聞いてくれる存在に出会ったのは、初めてだった。

 嬉しくて仕方がない、というように、ふにゃりとだらしなく笑うのを、その一日で何度も繰り返す。

 お互いにとってかけがえのない時間だった。

 それも、すぐに終わる。

 夕暮れが来たのだ。


「リルちゃん~~……あたし、もっとお話ししていたい~~…」


「ダメに決まってるじゃない! オヤっていうのが、心配してくれるんでしょ? そういうのって、心配されるうちが花よ! リルなんて、しっかりしすぎちゃって、結界内でリルのことを気に掛ける妖精なんて誰も居ないんだからね!」


 そう口にして、初めて気づいた。

 自分は今まで何度も結界の外に出ているのに、それを気にかけている妖精が、まったくいないことに。

 みんな、結局自分のことしか見えてないんだ。

 それはそうだ。

 相手のことを大事に考えて生きている生き物に、悪戯なんて自己中心的な所業が行えるわけがない。

 つまり妖精は、そういう生き物なのだ。


 自分は、本当に結界内に戻る必要があるのだろうか?

 一瞬、そんな考えが頭をかすめたが、結界の外に居たところで、何かすることがあるわけでもない。


 妖精は、せっつくように少女を見送り、結局結界の中に戻った。

 平和な日々が、また始まる。



-------------------------------------------



「あれ~~、リルちゃん早いです~~、せっかく先に待っていようと思ってたのに~~っ」


 次の年。

 のんびりした声がかけられる。

 待ちに待った声だ、ということはおくびにも出さずに、妖精は腰に手を当てて、偉そうにふんぞりかえった。


「ふふーん、リルはね、あなたのようなぼんやりさんに先を越されるようなおマヌケじゃないのよ!」


 そうは言ったものの、少女の訪れは、予想よりもずっと早い時間だった。

 お互いに、楽しみで仕方がなかったことがなんとなく伝わってきて、二人で一緒に笑い合った。


「リルちゃん聞いて~~、宿題のことなんだけどね、ようやく考えがまとまったんです~~!」


「なあに、そんな話まだ覚えてたの? まったく、あなたってくだらないことを覚えるのは得意なのね! いいわ、聞いてあげる、言ってみなさいよ!」


 妖精は、そわそわしながら、羽を揺らして少女の持つバスケットの上に腰かけた。

 少女は嬉しそうに、ペタンとその草地に座って語り掛ける。


「あのねリルちゃん、前にあたしのこと、幸運って言ってましたよね~~? あれがね、本当だなあって思って……そしたらね、あたし、無敵になっちゃったんです~~っ」


 妖精は、ハテナを浮かべて、ふにゃりと笑う少女の言葉を促すように見上げる。


「その幸運がね、一個あれば、あたしは無敵になれるんだなって、気づいたんです~~。例えば、大好きなママの娘として生まれた幸運、大好きな音祭りが毎年開催される村に生まれついた幸運……とかとか、どれでもいい、自分だけの、胸が震えるくらいの一個があったら、辛いこととか、なんだか平気になっちゃったんです~~。あたしの一番は、リルちゃんに会えた幸運~~!」


 妖精は、すっかり驚いてしまって、何の返答も返せなかった。


「毎日にこにこしてたらね、いじめてきてた男の子とか、あたしで遊ばなくなったんです~~。泣かないとつまらないって言われました~~。だから今は、毎日が楽しいんです~~。村の大人も、みんな前よりもあたしに優しくなって、全部リルちゃんのおかげです~~!」


 少女は、のんびりした動きで、バスケットの蓋を開ける。


「だからね、今日はお小遣いをはたいて、お礼のお菓子とか、たくさん持ってきてるんですよ~~! ご本とかも、たくさん読んであげます~~! あたしがリルちゃんの手下として有能なところ、今日はたくさん見せるんですから~~!」


「……、…ふ、ふん、そんなふうに、甘いものばっかり食べてるから、そんなふっくら体型になるのよ! 仕方ないから、リルが半分食べてあげる…! …それと!」


 妖精は、勿体ぶるように腕を組み、少女を鷹揚に見上げた。


「手下から、昇格してあげてもいいわよ?」


 少女は、目を丸くして、またふにゃりと笑った。


「ありがとうございます、嬉しいです~~!」


「ちょっと! 昇格したら何になるかとか、聞かなくていいわけ…!?」


「はい~~! どんな役職でも、リルちゃんと関わりを持てるのなら、嬉しいことに変わりありませんからね~~っ」


「もうっ。まったく、調子が狂うったらないんだから!」


 そう言って、妖精はつい、幸せな顔で笑ってしまった。



-------------------------------------------



「リルちゃん~~!」


「レイネ! おまたせ!」


 そこから、この交流は何年も続いた。

 一度だけ、村の入口に連れて行ってもらったり、毎年毎年、飽きる暇が無いくらい、やることがあった。

 ハープレイネは、すっかり年頃を過ぎ、妖精に恋の悩みを打ち明けるまでになった。

 妖精は全力を持って、この人間の友人に、彼女なりの愛情を伝え続けた。


 ハープレイネは恋が実り、ついに結婚の報告をする。

 どうやら妖精は、基本的に恋の話が好きならしく、どうしても抑えきれずにそういった話には飛びついてしまう。

 生きていれば辛いこともあるはずなのに、ハープレイネはいつも笑顔で、妖精にいろんな報告をしてくれた。


 数年後、ハープレイネには子供を産む能力が無いことが判明し、旦那さんは街へと去って行ったと、のんびりと報告をしてきた。


「人間ってそういうところはバッカみたい! 子孫を残さないと生まれた意味が無いとでも思ってるのかしら? 頭でっかちで、ガッチガチね! 安心しなさいレイネ、あなたの生まれた意味は、リルの話し相手になることなんだからね!」


「まあ~~、でしたら今日も、あたしの役割をしっかり果たさないといけませんね~~!」


 ハープレイネは、ふにゃりと幸せそうに笑う。


「でも、あたしに子供が居たら、リルちゃんを紹介できたのになって、それが少し心残りなんです~~。そうしたら、あたしが居なくなった後も、リルちゃんには話し相手ができるでしょう~~?」


「……居なくなった……あと?」


 妖精は、呆けたように、ハープレイネを見上げる。


「………」


 その時初めて、ハープレイネは、困ったような顔で、笑った。


「ねえ、リルちゃん~~…。あたし、死んだ後に、精霊様に名前を還すんじゃなくって、リルちゃんに名前をあげたいな~~。あたしにとっては、精霊様よりも、リルちゃんの方がずっとずっと、身近にいる奇跡に感じますから~~」


「……、……な、なに、バカなこと、言ってるの、そんな先の話、考えなくていいわよ! それに、レイネの名前なんて貰ったら、ぼんやりしてるのが、移っちゃうでしょ! そんなもの、い、要らな……っ」


「! リルちゃん、ごめんなさい、泣かないで~~…!! もう、言いませんから~~!」


 ハープレイネは、咄嗟に妖精を優しく抱きしめた。

 妖精は、きつくしがみつき返す。


 考えたくない。

 それに、ハープレイネは、最低でもあと30年以上は生きているはずだ。

 30年。

 つまり、30回会える。

 それは…。

 それは、多いのだろうか、少ないのだろうか……。

 ぐるぐると考えても、答えは出なかった。



-------------------------------------------



「リルちゃん~~!」


 そこから、39回を数えた。

 ハープレイネの報告も、両親の死だったり、隣人の死だったりと、誰かとの別れの報告が増えてきていた。

 目の前に居るのは、品良く年老いた老女で、髪は白いし、随分と痩せこけてしまったし、歯もふにゃふにゃしている。

 すっかり変わってしまったように感じるが、ふにゃりと笑うその笑顔は、どう転んだってハープレイネでしかなかった。


「レイネ! なによ、今回も元気そうじゃない!」


「ええ~~? ひょっとして、心配してくれてましたか~~?」


「バカね、いい加減、リルにそういうことを言わせるのは諦めなさいよ! 勝手に察してるくせに!」


「ごめんなさい~~、つい、嬉しくって~~」


 妖精は、ツイっと飛んで、老女の肩に座る。

 老女は、それを愛しげに撫ぜる。

 最近では、もう、そんな交流しかしていない。

 だけど、それだけのことに一日を費やすので、十分だった。

 それだけでもう、二人は幸せだった。


「あのね、リルちゃん、今日は提案があるの~~」


「なあに、珍しいわね、言ってみなさいよ、聞いてあげるから!」


 いつもの妖精の言葉に、老女は懐かし気に目を細めた。


「あのね……。会うのは、今日でもう、最後にしようと思ってるの~~」


 妖精にとって、その言葉は、突然…というわけではなかった。

 うすうす覚悟していた言葉でしかなかった。


「ばっ……、な、なにいってるの、そんなの、リルが許すとでも、思ってるの?」


 妖精は羽を震わせて、老女の視線の高さへと、ふわりと浮かぶ。


「言ったでしょ、レイネの生まれてきた意味は、リルの話し相手になることなんだから! 放棄なんて、させてあげない!」


「でも…」


「レイネ! ……そうだ、前に、話したでしょ。リルに、お願い事をしなさいよ! 若返りでも何でも、させてあげるんだから!」


「リルちゃん……それは、リルちゃんの存在と引き換えの奇跡なんでしょう~~? リルちゃんの居ない世界で、あたしにどう生きろって言うんですか~~? あたしにはもう、リルちゃんしかいないのに~~…」


「そんなの、そっくりそのまま返すわよ!! レイネが居なくなって、リルにどうしろって言うの! …そうだ、もう、リルは結界に帰るのをやめる! そうしたら、いつでもレイネのお願いを聞けるじゃない、これならいつ気が変わったって、対応できるわ! 頑張って人間に見つからないように過ごすから、ね、名案!」


 パチンと両手を合わせる妖精に、ハープレイネは困ったような顔をする。


「リルちゃん……。…そうだ、宿題にしませんか~~?」


 ハープレイネは、いつもの笑顔で、ふにゃりと笑った。


「懐かしいです~~、難しい問題は、宿題にしましたよね~~! 来年ここに来た時に、あたし、それに対する答えを言うことにします~~っ」


 妖精は、その答えを聞き、ほっとしたように笑った。


「なんだ、じゃあ、来年も会うってことね、それならいいわ!」


「あ、やられました~~、結局来年の約束をしてしまいました~~っ」


「まったく、レイネはそういうとこ、ホントにぼんやりさんなんだから!」



-------------------------------------------



 次の年。

 ハープレイネは、約束の場所に来なかった。


 妖精は、葉っぱの上で膝を抱えて座り込み、じっと友人を待った。

 一言も、喋らなかった。

 喋ったら、何かの均衡が崩れてしまいそうだった。




 次の年も、妖精は待ち続けた。

 あの子はのんびりさんだから、村まで迎えに行こうかと立ち上がる。

 いいや、今日は曇りだから、そんな気分じゃないし、やめよう、とまた座り込む。




 次の年は、雨だった。

 雨だからあの子は来ないのだ、と妖精は安堵した。




 次の年。

 ひょっとしたら、前に手作りのお菓子をすごく気に入ったことを思い出して、また作ってくれているのかもしれない。

 でもあの子はドジだから、きっと失敗しちゃって、それで来ないんだ。




 次の年。

 次の次の年。

 動物たちが立てる、ちょっとした物音にも、期待を込めて振り返ってしまう。

 何度もそれが続く。

 それは、心の負担でしかなかった。

 妖精は今、幸せではなかった。


 10年経った。

 30年。

 そして、50年。



「……う」


 物凄く久しぶりに発した言葉だった。


「うあああああああ、わああああああああああああああーーーっっっ!!!!!!」


 妖精は頭を掻きむしり、森の中をめちゃくちゃに飛び始めた。


 バカ!!!!

 バカバカバカ、バカ!!!!

 どうして約束なんてさせてしまったんだ!!!!!

 あんなの、あの子は悔いの残る最期を迎えたに決まってる!!!!


 森の葉影、樹の影、空の一片に至るまで、そこにはあの子と過ごした思い出が染みついている。

 どんなに見ないようにしても、目の中に飛び込んでくる。


 助けてよ!!

 気が狂いそうだ!!


 そんな声にならない叫びをあげた瞬間、妖精はバサリとどこかへ飛び込んだ。


 蜘蛛の巣だった。


 動けない。


 それでもよかった。

 やっと終われる。

 それなのに、妖精は叫んだ。


「だれか!!! だれか!!!」


 だれか、ここから、この森から、連れ出してよ!!

 二度と訪れない、楽しかった思い出の欠片を見ながら死ぬのは、辛過ぎる!!



「…だれか、いるの?」


「!」


 不意に、自分のものではない声が返ってきた。


 ガサリと葉っぱまみれの顔が現れて、きょろきょろしている。


 …レイネ?

 似てる…?

 いや、ちがう。

 誰を見ても、似てるって思っただろう。

 だって、自分が知っている人間は、ただの一人しか居ないのだから。


 その青年は、ようやく自分を見つけて、それから驚いたような顔をした。

 そのあと、自分が何に驚いたのかを不思議がるように首を傾げ、結局チョイっと蜘蛛の巣に指をかけて、妖精を助けた。


「ええと……代わりに、何か、別のものを置いていくのがいいのかな…? これでいいかな?? さっき見つけた、綺麗な花、つい摘んじゃったんだよね」


 その青年はマイペースに、妖精の代わりに、蜘蛛の巣へと、花を一輪引っかけていく。

 その頓珍漢な行動に、妖精は唖然とした。


 青年は、ようやく妖精に目を向けて、ふわりと笑いかけてきた。


「大丈夫? 怖かったね、よく頑張ったよ。僕はユディ。ええと…フシンシャ、ではない、つまり、怪しい者、じゃないんだよ。…なんてことを、僕がホショウしても怪しくなるのか、…難しいね。さ、お行き」


 彼は、考え込むように自分のこめかみに指を当てながらそう言って、妖精は、適当な葉っぱの上におろされた。


「それじゃあ、元気でね?」


 青年は、何事もなかったかのように背を向けて歩き出した。


 妖精は、茫然とその背中を見ている。


 大人になったハープレイネは、妖精は珍しくて売り払われるかもしれないから、人間には見つかってはダメだと、口を酸っぱくして忠告してきたはずなのに。

 あの青年は、どこか浮世離れした感じだ。


 このままでは、行ってしまう。

 何かを言おうとして、口を閉じて、を何度か繰り返し、結局羽を震わせて、慌てて青年の方へと飛んで行く。


「……待……、お、お待ちください~~!」


 レイネ。

 リルが、気づいてないとでも思っていたの?

 レイネが持って来る本に、冒険譚が多かったことに。

 本当は、村の外の世界に出てみたかったんだよね?

 でも、憧れよりも、リルと一緒に居ることを、選んでくれてたんだよね?


 妖精は、驚くように振り返った青年の顔の前で、胸を張って自分を示した。


「リルちゃんは、リルハープって言います~~! 妖精は、人間に借りを作らないんです~~、恩返しをさせてください~~!」


 もちろん、そんな掟はない。

 妖精にとって、それは初めてやった悪戯だった。


 この人間を利用して、レイネ、一緒に連れて行ってあげる!

 外の、世界へ!

 これからも、ずっと一緒なんだからね!

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