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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第一章 ひとりめ
15/137

15変な集落

「おおおい見ろよ、全身鎧だぜ、全身鎧!」

「だあっはっはっは、本当だ! こりゃケッサクだ、襲おうとした相手が可哀想すぎるだろこれ! どうやって刃物を通すんだよ!」

「違ぇねえや、だっはっは!!」


 どうやら笑いのツボも同じらしく、おじさんたちは一斉に笑っている。

 そのうちの一人が、ユディにも目を留めた。


「おん? こっちのはお嬢ちゃん…いや、坊ちゃんかい?」

「こりゃ面白い組み合わせだねえ、二人はどういう関係何でえ?」


「いえ、それはこちらが先に聞きたいのですが…。みなさんは、どういった集まりなのでしょうか? 同じ顔をしているように見えます」


 気圧されたように閉口しているユディとは違い、リコリネはいつものペースで、淡々と会話に加わった。


 おじさんのうちの一人が、無精ひげをじょりじょり撫でながら、感心したようにリコリネを見る。


「おう、その声、お姉ちゃんなんかい? 大した度胸だ、俺様たちを見て普通に話せるなんてなあ!」

「俺様たちゃアレよ、双子、三つ子とかあるだろ? それのスゲエ版、500つ子ってやつだな、だっはっは!!」


「なんと…御母堂は稀に見る骨盤の持ち主なのですね」


「リコリネ、流石に冗談だと思うよ!?」


 思わず突っ込むことで、ユディは我を取り戻した。


「だっはっは! あっさりバレちまったなあ!」

「そう、ジョーク、ジョークってやつよお!」

「ま、掴みはオッケーってことで、とにかく歓迎するぜ、旅人さん!」


 とりあえず、敵意もなく、笑顔で迎えられていることは間違いないようで、ユディもリコリネもほっと一息ついた。

 この人たちも、一人だけを見れば、どこにでも居そうな、人のいいおっちゃん、という感じだ。

 昼間から酒を飲んでいそうなタイプ、という偏見を付け足してもわかりやすいかもしれない。


「おーい、ヒズレイシーの準備ができたぜえええー!」


 集落の中心部の方から、また同じ顔をしたおじさんが声をかけにきた。


「おっ、始まるか!」

「さ、坊ちゃん、嬢ちゃん、行こうぜ、歓迎の儀式だ!」

「詳しい話はその後でな!」


 そう言って、おじさんたちはにこやかに案内してくれる。

 ユディもリコリネも、まだ戸惑いの余韻があるものの、今のところ断る理由もないので、案内されるまま、大人しく集落の中心地の方へ行くことにした。


 集落の中央には、ちょっとしたステージがあった。

 質素な作りでしかないのだが、そこを取り囲むようにして、おじさんたちは今か今かと何かを待っている。


「何が始まるのでしょうか~~?」


 リルハープが、小声で言いながら、好奇心を隠せないように、わくわくとユディの胸ポケットから顔を出す。

 ユディもリコリネも、その質問に答えるすべは持ちあわせていないため、一緒に舞台に目を向けて待つしかなかった。



 やがて奥から、一人の男が顔を出した。


   『うおおおおおおおっ!!!』


 その瞬間、おじさんたちが、一斉に盛り上がりを見せる。

 が、出てきた男も、結局は同じ顔をしていた。

 違うところがあるとするならば、一人だけ、ゴージャスな服を着ている、という部分だけだ。


 舞台に出てきた男は、ビシ、っと指を天に突き付け、大声で叫んだ。


「俺様の名はーーっっ」


   『ヒズ! レイ! シー!』


 咄嗟に、合いの手のように、集団が答える。


「ニヒルで! クールな!」


   『ヒズ! レイ! シー!』


「唯一無二のーー!!」


   『ヒズ! レイ! シー!』


「もひとつオマケにー!!」


   『ヒズ! レイ! シー!』


 ヒズレイシーと呼ばれた男は、かっこよくポーズを決めながら、舞台の上からユディたちを見下ろした。


「ヒズレイシーへようこそ、旅の人! 歓迎するぜえー!」


   『ワアアアアアアッ!!』


 同じ顔をした男たちは、一斉に歓声を上げると、どこからか食料や酒を持ってきて、敷き物を舞台の周りに配置していく。

 ユディたちは促されるままに舞台に上がり、そこから飲めや歌えの大騒ぎが始まった。

 目の前には、ヒズレイシーと呼ばれた男が居る。


 彼は、ユディたちに特等席を示すと、「まあ、食ってくれ!」と食事を示した。


「今のでわかっちゃいると思うが、俺様の名はヒズレイシー。たくさん疑問があることだろう? なんでも答えてやるぜえ!」


 そう言って、邪気のない顔で、ニカっと笑う。

 ユディたちは戸惑いながら、とりあえず歓迎を受けることにした。



-------------------------------------------



「ええと…お招きいただきありがとうございます。僕はユディ、こちらはリコリネ、それから…じゃなくって、二人旅です、二人旅!」


「よろしくお願いします」


 慌てたように言い直すユディにも、一定のトーンを保ちながら早速食事に手を付けていくリコリネにも、ヒズレイシーは不審に思わず、人のいい笑顔を浮かべた。


「おう、ユディ坊と、リコリネ嬢ちゃんな! 旅っつっても、ここいらはなーんもないだろ? と言いたいところだが、幸せの国ってのを目指して、たまーに人が来るんだよなあ。んで、そのたびにこの歓迎会が開かれるってわけだ。いやあ、いい酒の肴にさせて貰ってるぜえ!」


 ヒズレイシーは上機嫌で、ぐびっと酒を一口やる。

 相変わらず、舞台の周囲では、同じ顔をしたおじさんたちが酒盛りをしていて、割と気が狂いそうな光景ではあった。


「あ……僕らも、その噂を調べるために来たんです」


「ああ、前にそう言ってたジャーナリストのあんちゃんも居たなあ。色々と聞かれたが、俺様たちもその辺はあんまり詳しくねーのよ。なんせ、この集落から出る意味が、もうなくなっちまったからなあ」


「というと?」


 リコリネの相槌に、ヒズレイシーは満面に笑みを浮かべた。


「俺様にとっちゃ、ここが幸せの国だからさあ! そんで、坊ちゃんも嬢ちゃんも、今から俺様の自慢話に付き合わされるってワケだ、ご愁傷様だな、だっはっは!!」


 あまりのことに最初は戸惑ったが、ヒズレイシーは、話していて楽しくなるような、快活なおじさんでしかなかった。

 ユディも食事をとりながら、相槌を打つ。


「いえ、むしろ聞かせてください。この集落の現状は、とても気になる状態なので」


「おうよ! 聞いて驚け、俺様は泣く子も黙るトレジャーハンター・ヒズレイシー! いいか、トレジャー・ハンターだ! 昨今の若者は『トレハン』なんて略したがるが、俺様はそいつを許さねえ! それだけが俺様のコダワリ、トレジャーハンター・ヒズレイシー」


「トレジャーハンター! かっこいいですね…!」


 ユディは純粋に話に食いついた。

 ヒズレイシーは、とても気を良くする。


「そうだろうそうだろう! もちろん腕前も一流で、生まれながらに受けた精霊の祝福が、力の精霊ゴルドヴァなのも幸いした。目指す宝がどんなに重たいものだろうが、ソロで活動できるくらいに不自由はなかったのさ! そうしてヒズレイシーは考えた。次に目指すは難攻不落のあの場所だ。そう、『惑乱の大陸』!!」


 ヒズレイシーの語り口は、物語のようで、とても面白く感じた。

 リコリネも、思わず身を乗り出した。


「あの大陸を攻略したというのですか、素晴らしい御仁だ…!!」


「おっと、攻略っつっても、俺様は騎士じゃない、そう、トレジャーハンター・ヒズレイシー! 戦わずしてお宝を手に入れられるなら、それが一番の攻略法だ! 俺様は1年の長きにわたり、船を走らせた。何故ならキョウキは海を渡らない。大陸の外をぐるっと検分して、最適な上陸口を探したのさ!」


「なるほど、そんな手があるんですね!」


 ユディはワクワクしている。


「するとどうだろう、あったのさ、大陸の端に、建造物が! 景色から浮いているような、奇妙な存在感のある建物だった。俺様は入念な準備の末、崖を登ってそこへ侵入を果たした。間違いない、ここは前人未踏の地だ。俺様にはその確信があった。不思議な建物だった。建物は、地面にめり込むようにクレーターを作り、そして壁は鉄のようなものでできていた。そこの空気は冷えこんでちゃいたが、俺様の体が発する、お宝への熱を冷ますには到底足りない!」


 ヒズレイシーは、喉を潤すように、話の合間にぐびっと酒を飲む。


「奥に向かうと、思った通り、使い方すら想像できない宝の山があったのさ! ところがどっこい、そのほとんどは、まるで大きな衝撃に耐えかねたように壊れていた。飛び散ったガラス、干からびたミイラの山、そういった部屋部屋を抜けて、ついに俺様は、無事なお宝を見つけたんだ! そうしてこの安全な大陸まで運び出した!」


「おお…!」


 リコリネが、手に汗握っている。

 ヒズレイシーは、すっくと立ちあがった。


「ついてきな、坊ちゃん、嬢ちゃん、そのお宝を見せてやるよ!」


「行きます!」


 ユディは即答して、すぐに立ち上がった。

 リコリネもすぐに続いて、歩き出すヒズレイシーを追っていく。

 リルハープも、こっそりとユディの胸ポケットから、ドキドキと顔をのぞかせていた。


 500人が住む集落、ということだったが、きっちりと碁盤目状に整備された、簡易的な木造りの建物が並んでいるため、思ったよりも広くはない。

 そのため、そう長く歩かずに、ヒズレイシーは案内を終えた。

 他の建物に比べると、少しだけ頑丈な作りの場所だった。


 扉を開けてその建物の中に入ると、デデンと大きなガラスの筒が目の前にあるだけの、簡素な部屋がある。

 そのガラスは、ライサスライガの家にあった水槽よりもとても繊細な薄さだったが、割れてしまいそうな気配が微塵も感じられないほど強靭だ。


「!?」


 ユディもリコリネも、そしてリルハープも、驚きに言葉を失ってしまった。


 大きなガラスの筒には、何らかの液体が満たされていて、その中に、素っ裸のヒズレイシーが浮いていた。


「ま、俺様も見られて喜ぶタイプじゃねーからな、腹から下はちゃーんと隠してあるんで、遠慮なく見てもいいぜ、だっはっは!」


 隠す、と言っても、腹から下の部分が見えないように、筒ごとシーツのような大きな布で包んである、という、大雑把な隠し方だった。

 ヒズレイシーは、その筒に付随する四角い箱状の、たくさんスイッチがある物体を示して見せた。


「おそらく、多言語圏のアーティファクトだったんだろうな。文字も添えてあるが、ちゃーんと絵で使い方が図解してあったんで、俺様でも使えたってわけよ」


 どれどれと見ると、金属の板に直接文字が刻んであり、その隣に絵が描いてある。

 鳥の絵→羽根を抜く絵→ガラスの筒の上部に羽根を入れる絵→二羽の鳥の絵、という図だった。


「試しに使ってみようかと思った時に、上手い具合に鳥が見当たらなかったわけよ。んでまあ、代わりに俺様の髪の毛を一本入れてみたってこった。すると、一週間程度のスパンで、新しい俺様が生まれた」


 ユディたちは、唖然としてガラスの筒を見ている。


「記憶なんてのはなかったが、一から教育していけば、ちゃーんとそいつは俺様になる。俺様は震えたね。俺様の予想だと、古代人はこの筒で食糧問題を解決しようと思ったに違いない。だが、俺様はその古代人たちの上を行ってやったのさ! 俺様は、天下無敵のヒズレイシー! その俺様が2人居れば? 10人居れば? 100人居れば? できねーことはなーんもねえのさ!!」


 ヒズレイシーは、ドンと力強く、自分の胸板を叩いて見せた。


「俺様は、オリジナル・ヒズレイシー。一番偉い。だから新しいヒズレイシーには、ちゃーんと指示を出してやる。畑仕事をする者・針仕事・大工仕事・狩り仕事。そう、俺様は、トレジャーハンター・ヒズレイシー! 最大の特性は、器用貧乏ってことだったのさ! 何でもソツ無くこなせる俺様たちは、数を増やすにつれ、着実にこの集落を作り上げた!」


「それは…、仕事をやりたくない、という文句などはなかったのですか?」


 リコリネの問いかけに、ヒズレイシーはニカっと笑う。


「働くという単語は、はたを楽にする、ということだろう? だが俺様は天涯孤独の身、つまり、俺様にとって一番身近で大事なのは、俺様ってことよ! 俺様が、俺様のために働く、ここに文句を言う俺様が居ると思うかい? まーもちろん、仕事に飽きたら仕事交換会ってのをやったりと、それなりに工夫はしているんだがな、だっはっは!」


「なるほど、理にかなっているように感じます」


 リコリネは納得している。


「いやいや、坊ちゃんも嬢ちゃんも、実に聞き上手だねえ、俺様はとても気分がいい。今日はゆっくりと体を休めていくといい。俺様はもう、すべてを手に入れた。永遠に生まれ続けられる俺様には、子孫を残す意味もない。だからこそ、俺様のこの英雄譚を聞いて行ってくれる旅人さんの存在ほどありがたいモンはねえのさ! ちゃーんと泊まっていける場所も用意してあるぜ! 気が済むまでゆっくり過ごして行ってくれ! おおおい、宿屋係ーー!」


 ヒズレイシーは、扉を開けると同時にそう叫んだ。

 「おうよ!!」とやってくる、同じ顔したヒズレイシー。


「んじゃ、後は頼んだぜ、ヒズレイシー!」

「任せろよ、オリジナル!」


 そういった軽いやり取りを済ませた後、宿屋係のヒズレイシーが、ユディたちを別の建物へと案内していく。


「いやあ、久々の客人だ、喜ばしい! 最初は暇な仕事を貰ったものだと喜んでいたモンだったが、やっぱり活躍の場がたまにはないとな、だっはっは!」


 ヒズレイシーは、陽気に笑いながら、案内してくれた。


「でも、よかった。リコリネにはゆっくり休んでもらいたかったから。ヒズレイシーさん、3日くらいのんびりしても構いませんか?」


「おおよ、むしろ大歓迎だぜ!」


「主…ありがとうございます」


 しかし案内された部屋は、一部屋しかなかった。


「ヒズレイシーさん………」


「だっはっは、イヤ悪い悪い、旅人なんてめったに来ねーからよ、一部屋なんだわ。だが、ちゃーんとしたベッドが2つもあるんだぜ? いいだろ、同じ旅仲間だ、間に仕切り一枚ありゃ足りるな? 待ってな、取ってくっからよ!!」


 止める暇もなく、ヒズレイシーは集落の向こうへ駆け抜けていった。


「主、私は仕切りがあるだけでも構いませんよ。考えてみれば、旅の間は同じ空間で野宿でしたからね。同じようなものでしょう」


「うーーん…そう…かな? リコリネがいいんだったら、僕も文句はないよ」


 そんな二人を尻目に、リルハープがユディの胸ポケットからぱっと飛び出した。

 ひゅーんと羽を揺らして一直線に奥の部屋を見に行く。


「きゃ~~、お風呂があります~~っ。リルちゃんはお風呂があれば文句ありません~~!」


「ええ? リルハープってそんなにお風呂が好きだったの?」


「が~~ん、ご主人サマ、リルちゃんとどれだけ一緒に居ると思っているのですか~~っ、そのわりにあまりにもリルちゃんのことを知らなさすぎませんか~~! まったく、ぼんやりさんなんですから~~」


 リルハープは、ぷんぷんと怒りながら、ユディの方に戻ってくる。


「そうは言うけど、君が普段から自分のことをあんまり話さないからだろ?」


「相手を察する能力に乏しいと、モテませんよ~~。ま、リルちゃんは人間と違って垢とか出ないので、本当は入る必要性もないのですが~~、清潔を保つ努力をする、という概念自体は好きですね~~」


 リコリネはフルフェイスの奥で、そんなやりとりをする二人の様子に微笑んだ後、すぐに表情を引き締めて、ユディに向き直った。


「―――主。ヒズレイシーのことですが」


「……うん。それがね、この集落、全然モノオモイの気配がしないんだ」


 ユディは、困ったようにリコリネを見返す。

 リルハープは驚いたように、くるりと円を描くように飛んだ。


「まあ~~。ではこのヘンテコリンリンな現象は、本当に古代人のアーティファクトとやらが原因なだけの、無害な現象ということですか~~?」


「まだ結論には早いとは思うんだけど…。とりあえず、数日滞在して何もなければ、ここを発っても問題なさそうだと思う」


「わかりました。念のため、お互いに油断せずにおきましょう。私も気を引き締めての滞在を心掛けます」


 ユディの言葉に、リコリネは背筋を伸ばした。

 すぐにユディは、叱りつけるように指を一本立てる。


「ダーメ。リコリネはちゃんと休息を取るつもりで居るようにね。ヒズレイシーさんは安全そうだし、ちゃんと休める時に休まないと。何かあったら、僕が守るから」


「まあ~~。ご主人サマったら、まだ戦う方法も思いついていらっしゃらないのに、大きく出ましたね~~っ」


「う…っ。大丈夫だよ、ライサスさんに貰った本もあるし、きっとそのうち、思いつくと思うし……」


 ごにょごにょというユディに、リコリネは笑い声をあげた。


「ふふっ。ではせっかくなので、お言葉に甘えさせていただきますね。ヒズレイシーが無害であることにも同意します。この人数差ですからね、何か危害を加えようと思えば、とっくの昔にやっていたでしょうし、彼の『トレジャー』も、盗難を警戒するほど軽々と盗まれる大きさでもないため、我々に対して敵意もない。骨休めのつもりで、マサカリの素振りなどはやめておきます」


「そんなことするつもりだったの? 夜にマサカリを振り回してる人が居たらビックリされるよ…」


「いえ、早朝にやる予定でした」


「時間帯の問題じゃなくてね!?」


 わちゃわちゃやっているうちに、ヒズレイシーが部屋の仕切りを持ってきてくれた。

 リルハープは、ぴゃっと隠れる。

 無いよりはマシ、という感じのスカスカした仕切りだったが、リコリネに不満はないようだった。



-------------------------------------------



「あれっ、リコリネ、まだ起きてたの?」


 二人よりも後にお風呂を頂いたユディは、ベッドに腰かけた時、仕切りの下側から、ベッドに腰かけたリコリネの素足が見えて驚いた。


「はい。しかし枕元のリルハープ殿は、もう眠ってしまわれました。口には決して出しませんが、お疲れだったようです」


 リコリネは、素足を見られていることには気づいていないらしく、うにうに、と親指などを暇そうに動かしている。


「どうしたの? 何か心配事? ダメだよ、ただでさえ全身鎧なんて着て活動しているんだから、早く寝ないと」


「いえ…原因はまさにそれです。最近、水浴びの時以外は鎧を着て過ごしてきたため、この体の軽さに、若干落ち着きません。鎧の手入れはもう終わってしまいましたし、豆本はもう暗記してしまいましたし、暇をしておりました。いけませんね、私にはどうやら、適応力というか、柔軟性が欠けているようです」


「あははっ、確かにリコリネは頭がかたそうだもんね?」


「む……。主が、柔らかすぎるのです」


 リコリネは、拗ねたように、素足で空気を蹴った。

 足の先しか見えないのに、なんとなく表情がわかって、ユディは笑ってしまった。

 とは言っても、リコリネの表情なんて、未だに見たことはないのだが。


「……主。ひとつお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」


「ええ? 珍しいね、リコリネがそんなことを言うなんて。なになに、何でも言ってみて?」


「オカリナを、吹いてほしいのです。ライサス先生の家で、あの音を聞きながら眠りについた時。幸せというものは、こういうものなのか……と、実感をいたしておりました」


「大袈裟だなあ…。でも、お安い御用さ。さ、横におなり」


「…ふふ、今のセリフ回しは、勇者フェンネルを意識しましたね?」


「バレちゃったか。やっぱり一緒に過ごしていると、いろいろと見抜かれることが増えてしまうね。不思議と、嫌な気持ちじゃないけど」


 そう言いながら、ユディはオカリナを手に取った。

 リコリネの素足が、ベッドの上に乗って、見えなくなる。


 夜の中を、ゆるやかなオカリナの音色がたゆたいはじめる。

 誰かのために奏でる音楽は、なぜだか幸せな音色に聞こえた。

 淡い緑の燐光が、ユディの周囲を踊るように舞い始める。


 窓の外には、動く月と、動かない月が、ちょうど重なって見えていた。

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