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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第一章 ひとりめ
13/137

13故郷

 ライサスライガはとても地元民らしい足運びで、騎士団の詰め所までの道を、最短のルートで案内した。


「頼もう! 賞金首をひっとらえましたので、賞金を受け取りに参りました」


 ライサスライガに促されるまま、リコリネが先頭になって、ぞろぞろと詰め所に入る。

 どうやら人員は見回りに出払っているらしく、男が一人いるだけだ。

 男は、全身鎧を着た女性という存在に少し驚いたようだが、事務的に立ち上がって、書類を片手に近寄ってきた。


「ああ、ご苦労さん。どれどれ…確かに、5等級の首だな、生け捕りか。状況を軽く聞かせてくれるか?」


「は。多少の抵抗がありましたので、気絶させるまで打撃を加えております。その際、戦闘場所にて、石畳の損壊などができてしまいました」


 それを聞くと、男は大袈裟に驚いた。


「器物破損か、そりゃいけないな! 賞金額から、街の修繕費用を差し引かせてもらうよ。ああ、だが、5等級の賞金額だからな…あまり君の手元には残らないかもしれない。それでも構わないね?」


「そうですか、そのようなことがあるのですね。わかりました、それでお願いします」


「それじゃあ…」


「待ちたまえ」


 そのタイミングで、ライサスライガがずいっと前に出た。


「君。なぜ破砕箇所の検分もせずに、修繕額を決められるのかね? そもそも、街の維持費は別予算で騎士団に降りているはずだ。以上により、今の情報は、彼女の懐に入るはずだった賞金額を、君のポッケにナイナイするための方便でしかない、…という結論になるのだが?」


「うん? 君は何だ、よそ者が知った風な口をきくものじゃないぞ」


 適当にあしらおうとする男に、ライサスライガはやれやれと首を振った。


「やれやれ、次代の大賢者候補、ライサスライガの名も、欲という雑音にかき消される程度のものだったようだ。私もまだまだ精進が足りないな」


「な…っ!?」


 いきなり、男の顔色が変わった。

 それも、青褪める方向に。


 この叡智の街では、言い方は悪いが、若き天才はいくらでもいる。

 だが、賢者は違う。

 賢者とは、どこにも属さず、常に滅私の平等心を有していなければならず、そのため、賢者の卵となるための試験ですら、常軌を逸した内容が課されているという話だ。

 なり手が少ないのではなく、ほとんどの者がなりたがらないと言われるほどに過酷な道だった。

 だからこそ、この街において賢者という存在は、畏敬の対象ですらある。


 その賢者の卵に今、不正を見破られた―――。

 これは男にとって、ほとんど死刑宣告にも等しいものだった。


 それをよく知っているライサスライガは、わざと脅すような口調になった。


「さて、どうしてくれようか。誰が見ても公正な処置を心掛けねばならないのだが、なにせ可愛い教え子が騙されてしまうところだったのだからね。しかもかなり手慣れたやり口だ。二度とこんなせせこましい不正を行えないように、何通りかのお仕置きを考えるべきかな…?」


「も、申し訳ございませんでした!! きちんと賞金を出します!!」


 男にはもう、とにかく謝るしか道は残されていなかった。

 誠意を見せるというよりも、その場しのぎの気持ちでしかなかった。

 その時までは、確かにそうだった。


「よかった、これで解決ですね、ライサスさん!」


 ユディがにこにこしながらそう言ってきて、ライサスライガは驚いたように彼を見る。


「…解決とは?」


「え? だって、謝ったじゃないですか。悪いことをしたら、ごめんなさいをして、それで解決ですよね?」


 驚いていたのは騎士の男も同じだった。

 ユディはなおも続ける。


「人間なんですから、ちょっと魔がさしたり、欲張りになったりすることくらいありますよ。でも、それがその人の本質だとは、決して断言できないのではないでしょうか。先輩がそうしていたから、なんとなく流されたりとか、そういう積み重ねの部分って、あると思います。だって、騎士さんですよ? きっと最初は、人々を守るためっていう気持ちがあったと思います。今日は、たまたま僕たちが悪い方の側面を見てしまっただけですよね」


 騎士の男は、その女性のような、少年のような、青年のような、浮世離れした印象のユディを茫然と見ている。

 発言ですら、浮世離れしている。

 何故なのかはわからないが、急に、昔を思い出した。

 騎士という職業への、希望を胸に宿して試験に挑んだ日のことを。


「でも、もう大丈夫ですよ、だって、謝ることができたんですから。謝ることができない人って、やっぱりいると思うんです。でも、この騎士さんはきちんと反省ができる人って証拠ですよね? だったらもう、ライサスさんが心を砕かなくても、平気ですよ! この人は、自分で立てる人です。だって僕が出会ってきた人は、みんないい人だったんですから!」


 ユディの口元から、男は目が逸らせなかった。

 いや、違う。

 この声から、耳を逸らせない…?

 声…というよりも、音…?


 妙に…。妙に、耳に残る音だった。


 そうだ。

 なりたい自分が、あったはずだ。

 自分は一体、何をしているのだろう。

 一度楽を覚えると、その方向に味を占めて…。


「!」


 男はハッと思い立ち、思い切り自分の腕をつねった。

 智の精霊エティナイの祝福の奇跡は、知…すなわち、知覚をつかさどる。

 非常に事例は少ないという噂だが、五感を刺激されて、何らかの洗脳が行われている状況かどうかを、まずいぶかしんだ。


「痛…ツっ!!」


 だが、痛いだけで、何一つ、変わらない。

 洗脳では、ない…?


「……なるほど」


 その様子を見て、ライサスライガが、ぽつりとつぶやいた。


「誓って言うが、私はこの程度で智の精霊の奇跡を使ったりはしないよ。君は『誰かに心を動かされる』という現象を、すっかり忘却の彼方に置いてきてしまっているのだね。まず洗脳を疑ってしまうほどに。ある意味で、悲しむべきことだ。君が今味わっている気持ちは、初心を思い出したという、それだけの話なのだよ。まあ何の根拠もなく、見返りも期待されず、ただただ純粋に自分を信じる存在がいきなり目の前に現れたんだ。それは混乱もするだろうね。私も若干、この展開には驚いている」


 ライサスライガは、少し困ったような顔をする。


「ただ、公正を意識するならば。一点だけ、ユディ君のズルを指摘せねばなるまいね。ユディ君、君がとても心を込めて何かを発言すると、無意識レベルで音の精霊の祝福が発動するようだね。どうやら君もリコリネ君と同じで、精霊の祝福の量はかなり多いようだ。効果はおそらく、『ほんの少しだけ、言葉を聞いてもらいやすくなる』という程度だろう。舞台演劇と一緒だよ。演劇は、セリフが耳に届くような発声を意識してやっている。だが、その程度のことでしかない。どんなにセリフを並べ立てても、届かない時は届かない。騎士のなにがし君、君が心を動かされたということは、君の中に、そうなりたい自分が居るのだね」


 ユディは、びっくりしたように口元を押さえた。

 騎士の男は、なんらかの感慨を得たかのように、胸を押さえた。


 そこへリコリネが、マイペースに口を挟んでくる。


「先生、どちらにせよ、私が被害届でも出さない限り、これは事件でも何でもないでしょう。賞金が出るようなので、私はそれで構いません。さあ、みんなで買い出しに行きましょう」


「君はそういう子だよね……」


 ライサスライガは、物凄く何かを言いたそうにしている。


「ここからがいいところだったのだが……まあ、いいだろう。君、問題が無いのなら、賞金を」


「は、はい!」


 騎士の男は、慌てて詰め所の奥に引っ込むと、あらかじめ包んであったのだろう、硬貨の入った小さな麻袋を、すぐに持ってきた。

 そしてそれを、リコリネにではなく、なぜかユディに渡す。


「その…すまなかった。洗脳を疑ったりとか、色々と。君の期待に応えられるように、まずは罪を告白し、もう一度見習いからやり直すつもりで仕事をしてみるよ」


「あ、ええと、僕もズルをして、ごめんなさい…! もう少し、祝福を制御できるようにします、一緒に頑張りましょうね」


「いや、俺が心配しているのは、今後君の言葉に心を動かされた誰かが現れたとして、君がそれを『祝福があるせいだ』、と勘違いしないかという部分だよ。俺が言っても説得力がないかもしれないが、それはズルでも何でもないからね。君が心を込めてくれたことが、少なくとも俺は嬉しいよ。ただ、一緒に頑張ろうという意見には、大賛成だ」


 騎士の男は、つきものが落ちたかのように、ニっと笑った。


「はい…!」


 ユディも、ちょっとはにかむように笑い返す。

 お互いに、胸が熱くなったようだった。



-------------------------------------------



 その日の夜。

 リコリネとリルハープがお風呂に入っている頃合いを見計らい、ライサスライガが声をかけてきた。


「ユディ君。少し男同士の話をしようじゃないか」


「ライサスさん? 気持ち悪い言い方ですね、何ですか、改まって」


「君はたまに毒を吐くね?」


 ユディは読んでいた本を閉じながら、ソファに座り直す。

 ライサスライガは、その対面に腰かけた。


「いや…。実はリコリネ君の話なんだが、彼女はあの性格だから、君が気をつけてやってくれ、という内容を告げるつもりだったのだがね。明日辺りに」


「…?」


「だが今日の君を見ていて、少し不安になってきてね。考えてみれば、私は人の疑い方についてを講義したことはなかった。いいかいユディ君、あまり人を信じすぎると痛い目を見ることもあるのはわかっているのかね?」


「ええと……たぶん、わかってるつもりですが…」


「君が人間を好きなのはよくわかった。おそらく君は、例え騙されたとしても本望だとでも思っているか、痛くも痒くもないのだろう。だが君が良くても、誰かの邪悪な企みがあったとして、リコリネ君とリルハープ君を巻き込むような事態になる可能性が高い部分は、ちゃんと頭に入れておかないとダメだ」


「あ……そうですね。僕が、あの二人を守らないと……」


 ユディはハッとしたように姿勢を正す。


「いや、ああいったことが美徳であるのは間違いないのだがね。私としても、こういった注意を入れるのは心苦しく思うよ。そもそも、私はあまりいい人間ではない。そこも誤解しないでほしい」


「…そうなんですか?」


 ユディはきょとんとライサスライガを見た。


「私という人間は、おそらくどこかネジが抜けている自覚がある。知りたいことや研究意欲が人一倍高いんだ。例えば誰かが学会で、『人はキスをすると必ず恋をする』という発表をしたとする。私はそれを、確かめずにはいられないのだよ。そもそも恋という概念すら曖昧なものだからね、かなり知っておきたい事象だ。なので、道行く男女ところかまわず、私はキスをするだろう。これは、世間的には異常行為だ」


「………」


「今の私が平和を乱さないで居られるのは、世間的な良識を頭に入れているおかげで、かろうじて踏みとどまっている状態に過ぎない。私は君たちの前で、完璧な大人を演じているだけだよ。その外面を信用して、君の周囲にはいい人しかいない、と思い込むことは非常に危険だ」


「……ふ、ふふふ…!」


 ユディは、こらえきれずに噴き出した。


「? ユディ君…?」


「あははっ、ご、ごめんなさい、僕はライサスさんを完璧な大人だと思ったことがなかったもので、つい…! ライサスさんは、どちらかと言うと、だらしのない大人ですよ。大丈夫です、僕はライサスさんがキス魔になったとしても、『また何か変なことに夢中になっているなあ』くらいにしか思いません。リコリネだって、表情一つ変えないでしょうし、リルハープは最初からライサスさんを嫌っています」


「リルハープ君のくだりは必要あったかね? おかしいな、私は普段から完璧を目指しているはずなのだが……」


 ライサスライガは、少し傷ついているようだった。


「まあともかく。ライサスさんの異常性を、99%の人が嫌ったとしても、ちゃんと残りの1%、ライサスさんを好きでいる層が居ますから、そこは卑下するところじゃないと思います。少なくとも、僕らの前では。…それに、安心してください。僕は人間に対しては疑いきれない部分もあるのかもしれませんが、それ以外に対しては、大丈夫だと思います」


「……?」


 ライサスライガは、視線でユディの話を促した。


「フェンネル英雄譚を読んで、どうしても理解できない場面がありました。勇者フェンネルが、倒すべき敵に、手を差し伸べる場面です。おそらく僕には、そういった部分がありません。モノノリュウも、モノオモイも、敵でしかありえません。例えば、僕はギジーのことがとても気に入っています。ですが、ギジーを守る水槽に、竜の夢が宿ったとしたならば。僕は、躊躇せずにそれを夢へと還します。それでギジーの存在を失ってしまうのだとしても。僕が甘いのは、人間に対してだけですよ」


「……では、リコリネ君や、リルハープ君が、モノオモイを倒すための障害になったり、または竜の夢と融合を果たしたとしたら?」


「そうですね。手を尽くしてもダメだった場合、かわいそうですが、一緒に消えて貰うでしょう。覚悟はあるみたいですし、大丈夫ですよ。彼女たちの意思は先日確認していますからね。モノノリュウを倒すことだけが、僕の中の一番重要な部分で、使命です。僕にはそれしかありませんが、それだけあれば十分です。生まれた意味があるって、とても幸せですよね」


 ユディは、幸せそうに微笑んだ。

 ライサスライガは、息を呑む。


「そう……か。大丈夫……か。君は、私がそれを聞いて、安心すると、思っているのだね……」


 ライサスライガは、くしゃりと前髪をかき混ぜながら、ソファに深く凭れた。


「……いや。私が口を出す話ではないが。一点だけ。ユディ君、それは、現時点での君の気持ちでしかない。時々、自分の気持ちを更新する時間を持ちたまえ。人間は、悪く言えば移ろいやすいが、良く言えば、変わることができる。生きていくうち、君の中に、使命以上に大事なものが芽吹く日が来るかもしれない。私はそれを楽しみにしているよ。もちろん、君が旅を終えて、またこの街に顔を見せに来る未来も、それ以上に楽しみなのだがね」


「旅を、終えて……?」


 ユディは、その言葉に目を丸くした。


「そんなこと、考えたこともありませんでした。モノノリュウを、討った後の未来なんて……考えてもいいんですか?」


「ははは、おかしなことを言うね? 考えてはいけないと、誰に言われたわけでもないだろうに」


「あ……そう…ですね。そうでした。思い込みは、いけないこと、でしたね、『先生』」


 ユディは、はにかんだように笑う。


「その通り。いやはや、また一人、よき生徒ができたものだ。ユディ君、別れの挨拶はまだ早いが、それでもこの一ヵ月、私がどれほど楽しく過ごしたか、君にきちんと正しく伝わっているものかが心配だよ。君はどこか、ぼんやりとしているからね」


「もうっ、ライサスさんまでリルハープみたいなことを言うんですから…! これでもかなり、ぼんやりしたところは直ってきているんですよ。ライサスさんに色々と教えて貰ったおかげです。本当にありがとうございました。それと絶対、次の研究助手をきちんと雇ってくださいね? だらしない大人なんですからね?」


 ユディは、優しく叱りつけるようにそう述べた。


「まあ、それはともかく。卒業祝いに、君に渡したいものがある。聞いたところ、君には戦う術がないようなので、これがふさわしいと思ってね。受け取ってくれるかね?」


 ライサスライガは、後ろ手に持っていた箱を、テーブルの上に置いた。

 そこには、きっちりとした革で装丁された、味のある色合いの本が収まっていた。


「わあ、これは…?」


 ユディは思わずそれを取り出して、裏表を仔細に眺めていく。

 重すぎず、軽すぎず、分厚過ぎず、薄過ぎず、大きすぎず、小さすぎず…といった印象の本だった。

 腰のベルトに引っ掛けられるように、ホルダーがついている。

 ぱらりとめくると、何も書かれていない。


「それは、精霊道具というものだ。その本自体に、精霊の奇跡の力が込められている。例えばその本のページに『火』と書き、ページを破れば、火が生まれる。目くらましの幻だがね。そういう風にも使えるし、その本自体に力があるため、君自身の精霊の祝福を使うための媒介として使うこともできる。物語で言う、魔法使いの杖のようなものだ。奇跡の力が増幅されるだろう。オススメは、後者の使い方かな。ページを破かなくて済むから、使い減りしない。これなら武器を持ち歩くよりも、数段軽くて済むだろう。どう使うかは君次第だ」


「ええ? 聞くだに貴重品ですね、いいんですか、ライサスさん、貧乏なのでは?」


「庶民と言った記憶はあるが、貧乏とまで言ったことはないのだがね?」


 ライサスライガは、ちょっと傷ついている。


「子供が余計なことに気を回しているんじゃない。素直に受け取りたまえ。リコリネ君のおかげで、本の解読依頼が思ったよりも早く完遂できたからね。現時点では、そこそこ懐が潤っているんだ。それに私は、金銭があればあるだけ、研究費に使いたがるからね。たまにはこういった贈り物に使うのも一興だろう」


 少し早口になっているので、照れているんだろうな、と思う。

 そんな癖がわかってくる程度には、この人と仲良くなれたと、今更ユディは思った。


「出立の時には、この用紙を門番に渡したまえ。賢者の卵のお墨付きだと書いてある。身体検査も無しに通ることができるだろう。それと、他の街で身分証明が必要になった時のために、私の口添えをいくつか持たせておこう。忘れないように持って行くようにね」


「……ありがとう…ございます。旅が終わったら、必ず、ここへ…帰ってきますね」


 少し泣きそうになりながら、ぎゅっと本を抱きしめる。


「『帰る』…か。…嬉しいよ」


 ライサスライガの声も、少しだけ震えていた。

 すぐに彼は立ち上がって背中を見せる。


「さあ、明日が最終日だろう。今から計画を立てて、悔いの残らない一日を過ごす準備をしたまえ。私は少し、ギジーの様子を見てこよう」


 ライサスライガは、速足にその場を立ち去った。


 ユディは、余韻を噛み締めるように、じっとしている。

 口にして気づいた。

 今やここが、この場所が、ユディの淡い記憶の中で、一番長く過ごした場所に感じているのだと。

 ユディにとっては、もはやここが、故郷だった。


 そこからは一生懸命、別れの日のために、笑顔を作る練習をした。

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