12騎士と賞金首
「そういえば先生、人を殺してもよろしいのでしょうか?」
「ぶっ、ゴホッゴホゴホッ!」
次の日の朝食時。
いきなりのリコリネの質問に、ユディはスープを喉に詰まらせそうになった。
「ど、どうしちゃったのリコリネ、昨日の買い出しの時に何かあったの!?」
「いえ、そういうわけではなく。朝の瞑想時間で、街で悪漢に絡まれた時のことをシミュレートしておりました」
「ああ、そういうわけか…。君たちには空き時間で地図の読み方や世界の町々について説明をしていたが、その辺りを説くことをすっかり失念していたな」
ライサスライガは、リコリネの突拍子のない質問には慣れているらしく、いつもの調子で考え始める。
「…まあ、損得としての結論から言うと、『賞金首以外は、街中での殺しはやめておいた方がいい』という一点に尽きる。ゴロツキはゴロツキでも、街中では市民権を持ったゴロツキも混じっているわけだからね。領主にしてみれば、税を納める大事な人材が、通りすがりの旅人に殺され、その旅人はハイさよなら、となるわけだ。これは面白くない出来事だろう」
「…確かにそうですね。肝に銘じます。しかし、賞金首という者がいるのですか。明日、その辺りをチェックする必要がありますね。自衛にも繋がりますし」
「そうか、騎士団の詰め所は買い出しコースからは遥か外れにあるからね。早めに質問をしてくれて助かったよ、君はユディ君を守るためなら、何ら躊躇をしないだろうからね」
「当然です。逡巡すれば、判断の遅れを招きますからね」
リコリネは、油断なくそう言った。
「…あ、そうだ、ライサスさん。昨日の夜、ギジーが小さな鈴音みたいなものを鳴らしていたんですよ。そういうの、初めてですよね? あれってたぶん、言語なんじゃないかと思います。それがすごくかわいくって…」
「なんだって!?」
血相を変えて立ち上がるライサスライガに、一同はびっくりして固まった。
「ユディ君、そういう変化は早く報告をしてくれたまえ! 今日は午後出勤でよかった、すまない、食器の片づけは任せる!」
バタバタと2階に上がっていく彼の姿を、ぽかんと見送る。
「やれやれ、先生は研究の話になると自分を見失いがちになりますね。隙間時間に私たちを教育したかと思えば、本の解読依頼にも興じる。あの鍛えることを放棄した体に何故あのような胆力が宿るのか、私は不思議でなりません」
「そうだね。僕たちを、研究助手として試しに雇う、みたいな話だったけど、間違いなく僕たちが去った後も必要だよね、研究助手。むしろ今までどう暮らしてきたんだろう…」
リコリネの言葉に、ユディはしみじみという。
リルハープも同意した。
「ホントです~~っ、このままだとライサスは、家の中でも行き倒れる未来が待っている気がします~~。行き倒れ師弟の爆誕ですね~~!」
「ふふ、ユニット名みたいで面白いですね」
「リコリネ、そこ笑うところなの?」
そこからワイワイと、3人でライサスライガの心配な点を挙げて行ったあと、リコリネはマイペースに硬貨袋を持ち、ガシャンガシャンと硬質な足音を立てて買い出しに出かける。
途中で賞金首の顔を拝んでくる、と述べながら。
ユディはそれを見送った後、ソファでくつろぎながら、いつもの読書タイムに入った。
ふと、この平和が幸せだと感じる。
しかし出立の時は、もう一週間後に迫っていた。
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「では本日は、旅人用の装備や保存食を買いに行くとしよう」
出立が3日後に迫り、ライサスライガは休日が来ると同時にそう宣言した。
「そうでした、保存がきくものが必要なのでしたね。すっかり失念しておりました。様々な講義を受け、もはや準備万端と思っていたのですが…」
リコリネのこういう部分に、一同はもはや慣れきっていた。
同じく、出かける道中で、ライサスライガが唐突に情報を入れてくる部分にも。
「さて、そろそろ揃えた情報を伝える頃合いかね。ユディ君、『青い空の世界』についてだが、残念ながらこれ自体はわからなかった。が、似たような単語である、『青い鳥』の情報なら収集できたよ」
「青い鳥…ですか?」
ユディはハテナを浮かべて、隣を歩くライサスライガを見上げる。
「そう。幸せを運んでくる、青い鳥の噂があるんだ。大陸の突端の、何もない場所なんだがね。絶望した人々がそこに集うと、幸せの世界に連れて行ってくれるらしい。しかし、かなりの距離があり、険しい道でもあるからね。もう帰ってこれない、一方通行の気持ちで行かないとならないほどだ。単なる好奇心で行ってみようという者が出ないため、噂の域を出ないんだ。つまり、よほどの覚悟を持ってそこにたどり着いた者だけが、幸せを手に入れられるということになる」
リコリネが、その情報に、フルフェイスの中で首を傾げた。
「…それは、少しおかしいですね。片道を覚悟して向かう先の話が、何故噂になっているのでしょう?」
「リコリネ君、良い視点だ。おそらく、絶望した人々という存在を集めたい誰かが、意図的に噂を流したのではないか、と私は考えている。そして先日、そこに向かおうとして、道半ばで諦めて帰ってきた者の話を聞くことができてね」
「わあ、ライサスさんは本当に裏付けを大事にするんですね、そこまでの情報が手に入るとは思っていませんでした」
「ははは、ユディ君、その感想は一歩早いのではないかね? まあ、続けよう。その彼は、いわゆるジャーナリストでね。この叡智の街では、情報を握るジャーナリストの存在にはある程度の価値があるため、そういった話に食いつく者が多いのだよ。彼が言うには、『途中で変な集落があった』、というんだ」
「変な集落ですか~~?」
ユディの胸ポケットで、リルハープが相槌を打つ。
「ああ。『言っても信じて貰えないだろうし、こちらの頭を疑われても困るから詳しくは言わないでおくが、とにかく我が目を疑うような光景だった』そうだ。だが、基本的には快い歓迎を受けたそうでね。ゆっくりと体を休め、たらふく御馳走になって人心地ついた時、今居る場所が目的地の半分程度の場所でしかないと知った彼は、諦めて帰ってきたそうだ。途中で気が緩むような歓迎を受けてしまうと、緊張感をもって出立したはずの決意が揺らいでしまった、という話だ。まあ、たどり着いた時にガセネタだとわかった時の恐怖を思うと、仕方のない話ではある」
「なんというか、中途半端に気になる情報ですね。そもそも、地図に乗っていない集落がある、という時点で、微妙な違和感を感じます。集落には、長の名がつけられるということですが、何という名の集落なのですか?」
リコリネは淡々と質問を続けた。
「集落の名は、ヒズレイシーというらしい。おそらくだが、集落を訪れた者の多くは、そのジャーナリストと同じ感想を抱いたのだろうね。だから、迂闊に広めずにおいた。正気を疑われるという事態は、ほとんどの人間が避けて通りたい道だろうからね。一度でも疑われると、誰にも信用してもらえなくなるためだ。ゆえに、私も深く追及はできなかったよ」
「ええと…とりあえず、この話で重要なのは、途中で休憩できるスポットがある、という部分ですね。それなら僕は、その青い鳥というものと接触をしてみたいんだけど、リルハープ、リコリネ、良いかな? 険しい道だって話だし、雲をつかむような情報だけど…もしモノオモイが何かをしている可能性があるんだったら、僕は行かなくちゃいけなくて」
「もちろんです」
「もちろんです~~!」
申し訳ないほどに快諾だった。
「ありが…」
「っと、主、先生、先に行っていてください。用事ができました。時間がかかりそうなので、私は直接先生の家に帰りますね」
「リコリネ君?」
いきなり立ち止まった全身鎧を、全員驚いて振り返った。
「今すれ違ったフードの男、足音がしませんでした。そして、全身鎧という異物である私を、奇異の目で眺めてきたりもしなかった。やましさから目立つまいとする心根を感じます。おそらく、賞金首でしょう。顔を確かめてまいります。それでは、後ほど」
「えっ、リコリネ!?」
止める暇もなかった。
リコリネの所作は、ただの早歩きでしかないはずなのに、急に移動の際の鎧の金属音が減り、そしてよほど急がないと追いつけないほどのスピードだった。
「大変ですご主人サマ、リコリネがまた修羅道を~~!」
「ユディ君、距離を保って追いかけよう。彼女の強さなら大丈夫だとは思うが、念のためだ」
「わかりました…!」
深刻な顔で頷き返すと、既にはるか遠くに見えるフルフェイスの頭を、小走りに追いかける。
距離を保つどころか、見失わないようにするので精いっぱいだった。
こういう時には、リコリネの格好が目立つものであることに感謝をする。
すれ違う人たちは、驚いたようにリコリネを振り返っていた。
いくつかの角を曲がり、だんだんと入り組んだ道を走る。
きっちりと掃除された表通りから、酒瓶などの散乱した裏通りへ。
「…撒けないと判断して、誘導をされているようだね」
ライサスライガは、息を上げながらそう呟いた。
ユディは少し緊張して、リルハープが出てこないように、一度胸ポケットを押さえた。
「おい、いい加減にしろ、何か用でもあるのかぁ!?」
角の向こうから、苛立った男のがなり声が聞こえた。
ユディはライサスライガに、無言で肩を押さえられ、立ち止まった。
ユディは頷いて、彼と一緒に、ゆっくりと角から顔だけを出す。
髪がぼさぼさしている中年の男が、うざったそうにフードを後ろにやっているところだった。
それを見て、リコリネは、ため息をつく。
「残念です。一番少額の賞金首でしたか。路銀の足しになるだけでなく、先生に滞在費の分も出せるかと思いましたが…」
「ああ? …女だと?」
リコリネの声を聞き、中年男は言葉の内容よりも、中身の性別の方に驚いたようだった。
それから、急に余裕を得たように、ニタニタと欠けた歯を見せて笑い始める。
「へっへっへ、女だてらにバウンティハンターとはな。こりゃいっちょお灸をすえてやらねぇとな?」
リコリネは、ブオンと背負っていたマサカリを取り出した。
最近、ライサスライガの家で掃除係をやっているユディは、それ見て、なぜかハタキが思い浮かんだ。
それくらい軽々と、リコリネは戦斧を片手で持っている。
(そういえば、抜かずの剣とかいう話だったし、大袈裟な外見にしているだけで、実は軽かったりするのかな?)
ズガアンッ!!
ユディがそう思うと同時に、大気が振動するほどの轟音が響いた。
無造作にその場に下ろしたマサカリの頭が、石畳の床を割っているのが見える。
やはり、見たままの重さのようだ。
「侮られるのは、あまり好きではない。投降を薦める」
それは、威嚇の一撃だった。
全身鎧のリコリネを覆うように、うっすらと赤いオーラのようなものが見える。
あれが、力の精霊ゴルドヴァの祝福なのだろうか。
ユディは無意識に、ごくりと喉を鳴らす。
中年男は、一瞬ひるむように腰を引いたが、すぐに意地になったような表情を作る。
「そう言われてハイそうですかと降参するぐれぇなら、そもそも賞金首なんぞになるかよ!!」
男はそう言いながら、シャキンと腰元からナイフを抜き放ち、リコリネに向けて駆けだした。
「どうせ素早さではこっちが上なんだしな、じっくりといたぶらせてもらうぜ!!」
「ふむ…。やはりどうにも私では、脅しのための迫力が足りないようだ。では、きちんと筋道を立てて、私の強さを説いてみようか。幼い頃、私は精霊の祝福の制御ができず、よく壁を壊してしまっていたのだが……」
リコリネは、男を迎え撃つように、ズオ…と、片手に持ったマサカリを持ち上げる。
「その時にこう思ったものだ。『どうして壁は壊れるのに、床は壊れないのか?』と。やがて、理解をするに至った。物質は、私が与えるのと同じ力で押し返してきていたのだと。だからこそ、私の体は今、地面にめり込まない。つまり…」
中年男は、どうしてもマサカリから目をそらせなかったようだった。
無理もない。当たれば即死だというのは、誰が見ても明らかだった。
そのため、彼が今まさに避けようとしていた方向から、リコリネがまさか蹴りを放っていたなど、微塵も気づかなかったようだ。
ドゴンッ!!
リコリネは、マサカリを囮にして、確実に男の腹に蹴りの一撃を入れた。
男は、自ら蹴りに突っ込んで行くような結果となった。
「がはっ…!?」
そして、ボールのように弾んで、路地裏の壁に叩きつけられる。
リコリネは、淡々と語り続けている。
「つまり、壁や床が砕けるという現象は、私の方が、壁や床が押し返す以上の力を与えていたから、という結論になる。これは、常人の力では成し得ない。すなわち、私は強い、ということになる。あまり逆らわない方が、お互いにとって最良の結末になるものと提案する」
「……っ、く…そっ、バ、カに、しやがって…!!」
中年男は、一瞬呼吸が止まってしまったのだろう。
息も絶え絶えになりながら、リコリネを睨むように這いつくばっている。
リコリネは、一度首を振ると、体制を低くした。
駆け出す前の、溜めが入る。
「バカになどしてはいない。これでも、あなたに抵抗をやめてもらうために、大真面目だ。さて、素早さではあなたが上と言う話だが…これを見ても、同じことが言えるだろうか?」
ドンッ!!!
大砲のような音と共に、矢のような速さでリコリネは瞬時に中年男の目の前に躍り出て―――
「やれやれ、心配する必要もなかったね。ユディ君、顔を引っ込めたまえ。ここからは一方的な暴力になるだけだろう。彼女はそうならないように努力をしていたようだがね。かなり不器用ではあったが」
いきなりユディの首根っこを掴んで、ライサスライガは惨状から顔を逸らさせた。
背後からは相変わらず、ドカドカという乱暴な音が響きわたっている。
「うわっと…! で、でも、ライサスさん、やりすぎる前に、止めないと…!」
「そこは大丈夫だろう。やりすぎる前にあの男は降参をしてくれるよ。賞金首の情報を思い出す限り、彼は弱いものから一方的に暴力的な搾取をする犯罪にしか手を染めてこなかったからね。味を占めて何十件もやってきたほどだ。逆の立場になって、精神的にそこまで持つとは思えない。私が気にしているのは、ユディ君がリコリネ君に対して印象を変えていないか、という部分だけだね」
「印象…ですか? リコリネは、いつも通りでしたよ? …あ、でも、そうだ、一点だけ、気になったことがあります」
ライサスライガは、一瞬だけ心配そうな色を瞳に浮かべ、無言でユディの言葉を促した。
「赤いオーラみたいなのが見えました。あれって、力の精霊ゴルドヴァの色という解釈であっていますか?」
「……君という子は……。気になるところは、そこなんだね」
ライサスライガは、たまらない、というような表情で、安心したように笑う。
「まさにそうだ。智の精霊エティナイは黄色、などなど、精霊の祝福によって色は変わる。音の精霊タールトットは緑だ、というのは知識では知っていたが、ユディ君の演奏を聞いた時に初めて見られて感動をしたよ。しかしユディ君、何故そんなことを気にしたのかね?」
「あ、はい。何故か、ギジーのことを思い出したんです。僕が音の祝福を奏でてから、ギジーには色とりどりの発光が見られましたよね? あの色が、なんだか、似ていて」
「そう…か。やはり君もそう思うかね? まだ仮定の段階のため、黙ってはいたが。私もそれに気づいた時、背筋がぞくぞくするほどの興奮を覚えたよ。君の音を聞いた彼らには、ひょっとしたら確固たる自我が芽生えたのかもしれない。そしてその自我さえあれば、精霊は疑似生命体にすら、分け隔てなく祝福を与えるのではないか…と。これが本当なら、学会が震撼するだろうね。ユディ君、君のおかげで、ありえないほどのスピードで、私の研究は進んで行きそうだ。心より感謝しているよ」
「そうなんですか? 役に立てたなら、とても…いえ、すごく嬉しいです」
ユディは、幸せそうに笑顔を浮かべた。
「ああ、もちろんだとも。研究助手としての報酬もかなり弾む予定だ、楽しみにしていたまえ。しかし自我が芽生え、一個の生命体として確立してしまうとなると、倫理面で逆に彼らの扱いに困ってくる部分はあるね。とりあえず一個体、フラスコに隔離してみてはいるが…」
「お二人とも、何ほのぼの会話に花を咲かせているのですか~~! 後ろが静かになりましたよ、リコリネの無事をちゃんと確認してください~~っ」
リルハープが、胸ポケットで怒ったように暴れている。
ユディもライサスライガも、ハっとしたように角の方を振り向いた。
ちょうど、気絶した賞金首を引きずりながら、リコリネが現れたところだった。
「!? なっ、あ、あるじ…!?」
リコリネはかなり動揺して、賞金首を地面に落とした。
そして、全身鎧の数ヵ所に飛び散った返り血を、いそいそと手で払う。
それから、萎縮するようにユディに向き直った。
「わ、私も、主に倣って最近は物語本などを読んでいるのですが、あの、マホウというものは、とてもいいですね、何でもできる感じで、羨ましいです。私も、マホウが使えたならば、血飛沫を花吹雪にしたり、美しく戦ったりできて、いいのにな…などと、思ったりしました……」
リコリネにしては珍しく口数が多く、一気にまくし立てるような物言いだった。
そして、諦めたように、小声になる。
「……。あの……。見ていらしたんですね……」
ユディはにこやかに笑いかけた。
「うん、リコリネ、かっこよかったねえ! 物語の本とかで戦いのシーンっていうのは見ていたけど、リコリネの場合は、戦闘はただの手段であって、語らいとか、対話の一種…って感じだったね。一生懸命、リコリネなりの交流をしている感じで、すごくリコリネらしい感じが、好きだなあ」
「………」
リコリネは、呆けたような気配を出しながら、ユディを見ている。
リルハープは心配していたのか、安堵の息を長く吐いた。
ライサスライガは、微笑ましげに二人を見ると、リコリネを促す。
「お疲れ様だね、リコリネ君。せっかくだから、賞金首の換金までを、一緒にやってみようか。ああ、まずは私の名を出さずに、一人でやってみたまえ。私もこの街の現状を、色々な角度から知っておきたいからね」
「…? は。かしこまりました」
リコリネは、緊張が解けたように息を吐き、賞金首を持ち直すと、また引きずるようにして歩き出す。
ライサスライガの案内に従うように、ユディが続いた。
リコリネは一番後ろを歩きながら、なんとなく、ユディの後ろ頭を、じっと見ていた。




