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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
最終章 うそつきリコリネ
115/137

04ゆりかごのうた

「力の精霊、ゴルドヴァの祝福を―――! ハアアアアアアッ!!」


   ドゴンッ!!


 一歩遅れてアイネクライネが横合いから飛び掛かり、モノノリュウの頭に、素手の拳で一撃を入れた。

 ゴキリと嫌な音がする。

 アイネクライネの片腕は、その威力に耐えられず、骨が折れていた。


「う…ぐっ…!!」


 くぐもった声を発しながら、アイネクライネは痛みでうまく着地もできず、どしゃりと地面に転がった。

 同時に、バランスを崩したモノノリュウも、唸り声を上げながら、ドスンと尻餅をついている。



「トビー!? トビー、なんで!!?」


 キオは、手にしたリルハープを潰さないように注意しながら、倒れ込んできたトビークレイを抱きとめる。

 トビークレイの体は、増進の精霊の青い光に包まれていた。

 残った祝福の力を振り絞ってまで、キオを庇うために全力で駆けたのだろう。

 トビークレイの背中は、竜の爪に引き裂かれ、深々と、無残に肉をそぎ取られていた。

 抱きとめるキオの手が、べったりと血で汚れる。

 どう考えても、致命傷だ。


「なんで僕を庇ったりなんかしたんだ!?」


 純粋な疑問符だったが、咎めるような声音になってしまった。

 トビークレイは、キオの腕の中で、朦朧とした瞳を上げる。


「ユ、ディ……あんちゃん……」


「……!!」


 トビークレイは、あの頃と同じく、瞳に『ユディ』を慕う色を浮かべている。

 キオは理解した。

 先ほどトビークレイは、頭を強く打ち付けて、朦朧としていた。

 今と過去が、混ざってしまっているのだろう。

 あの頃と変わらない姿のユディが、目の前に居たのだから。


「あんちゃん……、……こんなとこに居たのか……はやく、行こうぜ……ピクニック……」


「トビー…!!!」


 キオは、伸ばされたトビークレイの手を、ぐっと掴む


「とうちゃん大食いだからな……早く行かねーと……かあちゃんの料理ぜんぶ……食われちゃうよ……」


「トビー!! ごめん、わざわざ、む、むかえに、来てくれたんだね……!!」


 声が震えて、上手く喋れない。

 トビークレイは、ふっと微笑む。


「当然だろ……あんちゃんトロっちいし……」


「トビー…!! トビー、ダメだ、しっかりするんだ!! こ、こんなところで死んだら、だって、そんなの、君は、何のために…!! あんまりじゃないか!!!」


 ぼろぼろと涙を流すキオの声が届いているのかいないのか。

 自分の状況をわかっているのかいないのか。

 トビークレイは、幸せそうに笑う。


「ユディ……あんちゃん……」


「トビー!! な、なんとか、あと一分でいい、持ちこたえて!! 僕が絶対治すから!!」


 キオはトビークレイを横たえて、弾き飛ばされてしまった精霊道具の本に手を伸ばそうとした。

 だが、トビークレイは、握られた手を放そうとはしなかった。

 トビークレイは、ずっと言いたかった言葉を、ようやく我慢しなくてよくなったと言いたげに、全部の気持ちを込めて、口を動かす。


「あんちゃん……だいすき……だ……」


「―――…っ!」


 衝撃で一瞬、キオの呼吸が止まる。


 すべてが終わって、今更、するりと手が離れた。


「……っ、あ、うあ、あああああっ、トビー!! トビー…!!」


 キオは、トビークレイを抱きしめる。

 子供の頃にはあんなに暖かだった体温が、みるみる失われていくのが伝わってきた。


「なんで…! どうして、こんな…!!! 僕だって、大好きなのに!!」


 叫びながら、キオの頭の中は、疑問符でいっぱいだった。

 おかしい。

 おかしい、こんなの。

 だって、さっき、自分はすべてを失ったはずだったのに。

 なんで、まだ失っている?

 おかしい、もう、なんにもないはずだったのに。


   ザッ。


 キオの前に、守るように、誰かが立ちはだかる。

 目を向けると、それは、アイネクライネの華奢な背だった。


「……、……アイネ…? 何をしてるんだ……」


 キオは、かすれた声を出す。

 アイネクライネは、痛みを耐えるように荒く息をつくだけで、答えない。

 彼女が睨みつける先に、体制を整えつつあるモノノリュウが居る。

 アイネクライネは、骨折で、びっくりするほどに腫れ上がった片腕をおさえている。


「アイネ…。アイネ、もういい、逃げるんだ!! 君だけでもここから、早く!」


 アイネクライネは答えない。

 モノノリュウが、ずしんと立ち上がった。


 その時、自分に言い聞かすように呟かれる小さな声が、キオの耳に届いた。


「騎…士道…とは……死ぬことと、見つけ…たり……」


 ぞわ、とキオの背筋を、何かの感覚が駆け抜けた。

 まだ、…また、失うのか?

 反射的に、武器を探す。

 地面に転がっている、自分の折れた細剣が目に入った。


 剣の柄には、翡翠色の蝶の根付けが、所在無げにぶら下がっている。


(主、私が根付をお付けしてもよろしいでしょうか? 願いを込めてつけるそうです)


 あの子の言葉が浮かんだ。

 そういえば、結局、どんな願いが込められているのか、聞いていなかった。

 聞いてはいなかったが…。


(モノノリュウに、負けないでください。勝たなくてもいいんです。負けないでください)


(……わかった。負けないよ)


 そのやりとりを、ぱっと思い出した。

 『リコリネ』との、やりとりを。


(今までの旅路は…すべて、無駄ではなかったのですね…!!)


(でも、生きてたじゃないか、僕たちは! あの旅を無かったことにするのかよ!)


 …そうだ。

 ようやくわかった。

 ここで僕が死んだら、全てなかったことになるようなものだ。

 あの約束も、誰かの頑張りも。

 まだ、すべてを失ってはいなかった。

 だって、みんなが僕を生かして、ここまで連れてきた。

 あの旅は、確かにあった。

 そして、僕は今、ここに居る。


「……はは…、そっか……」


 キオは、トビークレイを大事に横たえて、ふらりと立ち上がる。


「ははっ、あっはっははは! あっはははははっ!!」


 そしてまた、理解する。

 リルハープは、この場から、二つのものを奪ったのだと。


 モノノリュウから、左腕を。

 そしてキオから、退路を。

 あの小さな妖精は、とても残酷に、この二つを奪い取った。


 全部無くしてしまったのだと、キオに突き付けておいて。

 それでも立ち上がる理由をくれた。

 もうキオは、人間なのだから。

 竜の使命に縛られず、自由に未来へ歩いていける。

 立ち上がる理由は、大切な誰かと歩いてきた、過去にしかなかったはずなのに。

 この土壇場で、あの妖精は、キオに未来を与えた。

 ここで死ぬ理由を奪った。


 キオは、大事にリルハープを、胸ポケットに仕舞い込む。

 仕舞い込んでみてはじめて、今までのリルハープがどんなに暖かく、柔らかだったのかを知る。

 胸ポケットからは、固い感触しか返ってこない。


 泣きそうになる気持ちを抑え込んで、キオはモノノリュウを睨みつけた。


「ああ、そうかよ、リルハープ、リコリネ!! もう僕は、君たちとの未来のために立ち上がることができないんだね…!! 君たちのために戦うことは、許されないんだ…!! 僕はもう、これから、僕のために立ち上がって、僕のために歩いて行かなければならないんだね…!! なんて残酷なんだろう! なのに、どうしてこんなにも君たちの優しさを感じるんだろう!!」


 呼吸が整わないままに、もうここに居ない二人へと語りかけた。


「僕は今ここに立ってどうしようもなく呼吸をして生きてる! 一人でもそうじゃなくても、どうしたって次の瞬間が来て、諦めない限りその先に明日がある! 連れて行くよ、君たちとの旅路を、思い出を、未来に! いいよ、やってやる! 道具が無くても、なんでも、絶対最後まであらがってやる!!」


 キオは、アイネクライネを庇うように、ずいっと一歩前に出る。

 アイネクライネは、驚いたようにキオの背を見上げた。


 ユディアールは、怒り狂ったままだ。


「ユディエルぅううう!! 馬鹿な奴、バカな奴! せっかくオレが慈悲をやろうってのに!! ハハハッ、ハハハハハハ!!! でも残念~! 武器を失ったオマエたちに、もう勝ち目なんてないんだよ!」


 モノノリュウは、足を振り上げた。


「死ねええええええええっっ!!!」


「いいえ! ドウグは……ブキは、あります!! ケンロウのセイレイ、ギグナアドのシュクフクを―――!」


 キオの横合いから、夜色の人影が飛び込んできた。


   ガキイイインッ!!


 キオたちを踏みつぶそうとしたモノノリュウの足に、固い感触の障壁が当たる。

 その人影は、さらに声を張り上げた。


「チカラのセイレイ、ゴルドヴァのシュクフクを―――!」


 そのまま、ブン、と障壁で防いだモノノリュウの足を、力任せに掬い上げる。

 ユディアールが、素っ頓狂な声を上げた。


「なあっ!?」


   ドズウウンッ!


 モノノリュウは、背中から倒れ込む。

 キオは、驚いて目の前の出来事を見ていた。

 紫紺色の髪に、褐色の肌。

 目の前に居るのは、酵母の村で会った、あの女の子だ。


「な、なんでこんな危ないところに!? いやそれより、精霊の祝福を二つも!?」


 女の子は、小さな体で、堂々とキオを振り返った。


「ユディさま!! わたしたちです! わたしたち、ギジセイメイタイの、ギジーです!! あなたにジガをアタえてもらった、あのトキのグンタイです!!」


「!? ぎ、ギジーって、え、群体!? なんで!!?」


 どう見ても、その子は一人の人間だった。

 アイネクライネが、感極まったように口元に片手を当てる。


「ギジー、よく来てくれました!」


「はい! ユディさま、わがチチ、チのダイケンジャ、ライサスライガのイノチをエて、わたしたちはこのヨにウまれイデることができました! このイノチ、どうぞ、あなたのドウグとして、おツカいください!」


「おい! 無事か!!」


 遅れて、塔の屋上にやってきたのは、シュレイザだった。

 キオは驚いて振り返る。


「シュレイザ!? どうして!?」


 シュレイザは駆け寄ってくると、荒い息を吐きながら、場の状況を見据える。


「酵母の村に戻るとそのガキが居てな。このままだとテメエが死ぬとか言い出しやがって慌ててこっちに連れて来た。接岸した船の方はミレアノットとかいうヤツが留守番している」


「はい。メイアンのセイレイ、パルカティナのケイジをウけました! はやくイかないと、ユディさまがアブないと」


「明暗の精霊の、啓示…?」


 初めて聞く名前のはずなのに、なぜか懐かしく感じる。


「イノチのセイレイ、コリネイリのシュクフクを―――!」


 ギジーは、片手をアイネクライネの腕に翳す。

 すると、変色するほど腫れあがっていたアイネクライネの腕が見る間に癒えていき、少し赤い程度の肌色まで戻っていった。

 完治ではないのだろうが、アイネクライネは、ぐーぱーとして、具合を確かめる。


「ありがとうございます、これでまた戦えそうです!」


「おい。これをミレアノットから預かってきた。まだ試作品だそうだが念のため…だそうだ。おれには意味がわからんが」


 シュレイザは、大きな鉄の平たい棒のようなものを差し出す。

 差し出すが、誰に差し出せばいいのかわかっていないような出し方だった。

 だが迷いなく、アイネクライネはそれを受け取る。


「ありがとうございます、シュレイザ殿」


 さらにギジーは、キオとアイネクライネへと手をかざした。


「セイヤクのセイレイ、ウィブネラのナにおいてキンじる! カレラのドウグをアツカうのは、ニンゲンのみであり、リュウのイシはウけつけないと!」


 清浄なる白い光が、ふわりとキオたちを包んだ。

 アイネクライネが頷く。


「ありがとうございますギジー、これで武器を奪われることもありませんね!」


 バッ、とアイネクライネは武器を広げる。

 それは、子供の背丈ほどもある、大きな鉄扇だった。

 ギジーは、まるで人間には見えないものが見えているかのように、何の説明をせずとも、場の状況を的確に理解しているようだ。


 キオは、ようやく理解が追い付く。


「そうか、ライサス先生の最後の研究って、ギジーのことだったのか…!」


「はい。わがチチ、ライサスライガは、わたしたちにメイじました。イノチのセイレイのチカラをツカい、ジブンのノコりのイノチをスいツクせと。そうして、わたしたちは、ヨル、イガイのヒカリにもトけず、こうしてこのバにタドりつくことができました」


「先生は、その研究をもって、大賢者と認定されたそうです」


 アイネクライネが付け足す。

 酵母の村で、ガッディーロからもたらされた知らせとは、これだったのだろう。


「ユディさま。いま、ヨウセイと、セイレイと、ニンゲン、そしてセカイ。すべてのソンザイが、あなたのモトにツドい、あなたのタタカいをエンゴしにきたのです! いまこそ、セカイのメイウンがケっするトキです! どうぞ、ごメイレイを!」


   オオオオオオオオオオオオ―――ッ!!


 何度目かの、モノノリュウの雄たけびが、ギジーの言葉にかぶさるように響き渡る。


「オマエら、いい加減にしろよぉおおおお!!! うじゃうじゃうじゃうじゃ湧いてきやがって!!」


 全員、はっとして、起き上がったモノノリュウの方を見た。


「みんな、下がって!」


 キオは一歩前に出る。

 半透明のユディアールは、地団駄を踏んでいる。


「ずるい!! ずるいよユディエル!! 何でオマエだけ、何でオマエだけそんなふうになってるんだよ!! オレ、あんなに叩きのめしたはずなのに! なんで立ち上がれるんだよ!!」


 キオは、噛み締めるように息を吸い込んだ。


「一人じゃないからだ……!! 僕は、一人じゃなかった! どんなに一人になっても、一人じゃなかった! こんな…こんな、たった一言で済むようなことを、僕は、長い長い旅路の果てに、ようやく、手に入れたんだ…!! みんなに、教えてもらったんだ!!」


「―――…っ」


「リコリネとリルハープが隣に居なくて、二度と笑顔が見れなくて、こんなにも悲しくて寂しいのは、あの子たちが隣に居て楽しかった日々を知っているからだ! この悲しみだって、あの子たちがくれたものなんだ! だったらもう、抱えて生きて行くしかないだろ!! それが人間になった、生まれて初めての僕の第一歩目だ!」


 キオの叫び声が、余韻を持って響き渡った。

 たっぷりと、沈黙が流れた後。


「………。……ずるい……」


 ユディアールは、疲れ切ったように、言葉をこぼす。


「ずるいよ、ずるいずるいずるい、ずーーるーーいーー!!」


 そしてぽろぽろと泣き始めた。


「なんでオマエだけ人間に囲まれて幸せそうにしてるんだよ!! あんなに絶望してたくせに!! なんで立ち直ってるんだよ!! そんなちっぽけな存在が寄せ集まったって、オレには勝てないくせに! 勝てないくせにそんな、そんな…見せつけやがって!!」


 感情を制御できないように、ユディアールは泣きじゃくっている。


「ディアール…!!」


「なんでだよ、なんで…シグ、シグ…! シグ、会いたい…!!! うわあぁああああっ、わああああん!! シグ、シグーーーッ!!」


 キオの胸は、まるで貫かれたと感じるほどに痛む。

 ユディアールの悲しみが、痛いほどわかるからだ。


「ディアール…! もう…もうこんなこと、やめようよ!! こんなの、つらいばっかりだよ!! これ以上傷つかなくってもいいんだ!! 僕が戦わなくていい方法を考えるから!! これ以上失わなくていいんだ!!」


「うるさい!! うるさいうるさいうるさい!! オマエの大事な奴らも死ねばいいんだ!! オレが殺してやるよ!! 同じ目に合わせてやる!! そしたらオレの気持ちがわかるはずだ! こんな世界、滅びちゃえって、絶対思うはずだよ!!」


「ディアール…!!」


 キオも、一緒にぽろぽろと泣いていた。

 どうしても、モノノリュウを、ユディアールを憎めない。


「どうすれば…!!」


 苦悩を、つい漏らしていた。

 すると、後ろからぶっきらぼうな声がかかる。


「おい」


 シュレイザだ。

 キオは、すがるように振りむいた。


「テメエは好きにやればいいんだ。ここまできて誰も文句は言わねエよ。事情はわからんが。助けたいなら助けてやれ。拳を振り上げるだけが戦いじゃねエだろう。船乗りには船乗りの戦いがあるように。モノガリにはモノガリの戦いがあるだろう」


「………モノ…ガリ……?」


 なんだか、久しぶりに聞いた単語のような気がして、キオは繰り返した。


「そう…だ。僕は…物狩りだったんだっけ。あはは、あはははっ! そうだった、…そうだったんだ…!! ずっと、そうだったのに、忘れてたなんて…!!」


 キオの瞳に、力強い輝きが灯る。


「ありがとう、シュレイザ。希望をくれたのがリコリネだったように。僕に心の力をくれるのは、いつだって君だった!」


 そして、顔を上げる。


「ギジー、アイネ! 力を借りるよ!!」


「「はい!」」


「僕は、ディアールを倒したいんじゃない、できるかどうかわからないけど、竜の夢に還したい! オカリナを吹くから、時間稼ぎを頼む!」


「わかりました!」

「おマカせください!」


 二人はバっと左右に分かれて駆けだした。

 シュレイザは、トビークレイの死体を抱えて、戦いの輪から下がる。

 キオも、タンとバックステップをして下がった。


   ズガアアンッ!!


 振り下ろされたモノノリュウの右腕の一撃が、容赦なく床を砕いた。

 つい今しがたまで、キオが居た場所だ。

 ギジーは、その強烈な一撃が生んだ隙を狙い、モノノリュウの体に寄り添い、片手で触れる。


「サビのセイレイ、ザリエイラのシュクフクを―――!」


   ビシビシビキビキッ!


 モノノリュウの体の表面が錆色に染まり、ギシリと動きがぎこちなくなる。


「力の精霊、ゴルドヴァの祝福を―――!」


 アイネクライネは、力いっぱい、大きな鉄扇でバサリと風を送る。

 ゴオッ、と、モノノリュウが起こした烈風に負けないくらいの威力の風が巻き起こった。

 モノノリュウの大きな翼が、否応なしにその風をはらんでしまい、身動きが取れなくなる。

 試作品と言うだけあって、そのひと振りで、鉄扇はバラバラに壊れてしまった。


 ギジーはさらに叫ぶ。


「オトのセイレイ、タールトットよ! このイッシュンだけでいい、ユディさまイガイのオトをケして!」


 猛攻を受け、モノノリュウが上げた雄たけびが、フっと消えた。


 キオは大事にオカリナを構えている。

 そして、心を込めて、息を吹き込んだ。

 誰でもない、ユディアールのために。


(あれっ。その曲、知ってるよ)


 青い空の世界で会った、サヤの声が頭に浮かぶ。


(それ、子守歌でしょ? あたし、歌えるよ)


 そして、サヤが歌ってくれたこの歌を。

 青い空の世界の歌を、頭の中で繰り返した。



   ♪ゆーりかごーの、うーたをー、カーナリヤーが、うーたうよー


 オカリナから流れる、穏やかで、あたたかみのある音符の群れ。

 ひとつひとつの音が集まって、音楽を形作る。


   ♪ねーんねーこ、ねーんねーこ、ねーんねーこーよー


 ひたり、とモノノリュウの動きが止まる。

 何かを探すように、竜は空を見上げた。


   ♪ゆーりかごーの、うーえにー、びーわの実ーが、ゆーれるよー


 半透明のユディアールの動きも止まった。

 涙の後をぬぐいもせずに、音の流れに意識を奪われているようだ。


   ♪ねーんねーこ、ねーんねーこ、ねーんねーこーよー


 そうか、ディアール。

 君の中にも、青い空の世界はあったんだね。

 彼らのタマシイからにじみ出た、僕たち竜の一部に染みこむような、懐かしい音色たち。


   ♪ゆーりかごーの、つーなをー、木ーネズミーが、ゆーするよー


 もう、キオは人間であり、モノノリュウと何の繋がりもないはずだった。

 なのに、何か…遠くの方に、何かがあるのを感じる。

 キオは、目を閉じる。


   ♪ねーんねーこ、ねーんねーこ、ねーんねーこーよー


 流れ込んでくる。

 とても薄らいで、断片的だが、いつものように、誰かの記憶が流れ込んでくる。


   ♪ゆーりかごーの、夢ーにー、黄色い月が、かーかかるよー


 キオは、そちらに意識を集中した。

 泣いている。

 ユディアールが、泣いている……。


   ♪ねーんねーこ、ねーんねーこ、ねーんねーこーよー、―――



-------------------------------------------



「ヤダあああああ!!! ヤダヤダいやだ、シグ、どうして、シグ!!」


 塔の上。

 血まみれで倒れ込んだシグナディル。

 半透明のアーシェイチ。

 両腕がないモノノリュウ。

 シグナディルにしがみつき、泣きじゃくるユディアール。


「こんなのダメなのに! オマエのために死ぬのはオレのはずだったのに!」


「ハハハッ、ハハハハハハ!!! ざまぁないな、ユディアール!! ほら、もうどこにも、世界を守る理由なんてなくなった!」


 腹を抱えて笑う、アーシェの片割れ。

 周りの音が遠のいて、聞こえなくなるほどの激しい悲しみ。


 涙に濡れるユディアールの頬に、シグナディルの手が添えられた。


「バカ……急に殊勝になるな……気持ち悪い……。お前はそうじゃない…だろ……」


「シグ! シグごめん、なんでもするから、行かないでくれよ!!」


 シグナディルは、ふ、と囁くような笑顔を見せる。


「泣き止め……、やるから……」


「シグ……!」


「俺の名前を……やるから……。ナディル…。そう名乗れ…。そうしたら……お前はもう……竜じゃない……」


「シグ!! やめて、そんなのいらないから、傍に居てよ!!!」


「バカ……最後の願いくらい……聞け……まったく…」


 シグナディルは、いつものように、仕方なさそうな笑顔を浮かべる。

 ぽんぽんと、ユディアールの頭を撫でた。


「お前との旅……悪くなかった……な…」


 ぱたりと、シグナディルの手から力が抜ける。


「シグ、シグ!! うわぁああああっ、あああああうあああああ!!!」


 ユディアールたちの背後に、ズシン、ズシンとモノノリュウが迫る。

 大口を開けて牙を見せる、竜の姿が。


 ユディアールは、何の抵抗もしなかった。

 もう、やり方がわからなかった。

 ただ、シグナディルの亡骸を抱きしめていた。

 ずっと、ずっと。

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