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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
最終章 うそつきリコリネ
112/137

01ある少女の一生(上)

 私は521番。

 物心ついた時には、既にこの名で呼ばれていた。

 あとは、毎日毎日怒鳴られ続けるつらい日々だ、という認識しかない。


 年を経るにつれて、色々な事がわかっていく。

 ここは、闘技の街というらしい。

 そして、私は奴隷だ。

 記憶にはないが、幼い頃に焼き印を押されたらしく、背中にその跡がある。


 ある日、ふとした瞬間に、私が祝福を受けた精霊の名が、頭の中に浮かんできた。

 それを報告すると、監督官はとても落胆した。


「女で、力の精霊か……ハズレだな」


 その後、愚痴に似た説明を受け続ける。

 力の精霊の祝福を受けた女奴隷ほど扱いにくいものはないらしい。

 買い手がつかないからだ。

 反撃が怖いため、力任せに言うことを聞かせられない女というものは、とても煙たがられるとか。

 そして、同じ力仕事をさせるなら、男の方が優秀だ。

 そのため、女で力の精霊は、ハズレでしかない、というわけだ。


 しかし奴隷商という生き物は、少しでも商品としての価値を上げる努力をするのが仕事らしい。

 その日から私は、文字の読み書きや、食事のマナーや作法を教えられることになった。

 そうして、少しでも売れる確率を上げるのだとか。

 もちろん、売れ残った時のことは、何度も宣言されている。


 十五歳を過ぎても売れ残った奴隷は、剣奴として、闘技場で戦わされるのだとか。

 教育を受けた私の理解力が、「つまり遠巻きに、死が待っていると宣告された」と認識する。

 だが、それが何だというのだろう。

 喜びも、悲しみも、特にない日々だ。

 奴隷は私語も厳禁だから、交流も持てない。

 私は淡々と日々を過ごすだけで、いつか終わりが来ることにすら興味がなかった。


 そうして、十五歳を過ぎた。

 まあ、いいかな、でも痛いのはちょっと嫌だな、という気分で、その日が来るのを待っていた。

 ある日、監督官に呼び出される。

 ついに剣奴になるのだと思いながら、案内された部屋に足を踏み入れた。



 そこに居たのは、美しい女の人だった。

 短髪なのが惜しまれるくらい、艶やかな金色の髪。

 両側には、その人を支えるようにして立つ、褐色肌の女性と、騎士の格好をした男の人が控えている。

 私は何が起こったのかよくわからずに、しばらくびっくりしたような顔で、その三人をじっと見つめた。


「おい、ぼーっとしないで挨拶をしろ! この方は、お前の買い手なんだぞ!」


 監督官が、いつものように怒声を飛ばしてきて、私はハっと我に返った。

 すると金髪の女の人は、監督官を睨みつける。


「お静かに。この子はもう、あなたに怒鳴られる立場では無いはずです。商談は終わりました、あとはお下がりください」


 静かだが、凛とした声でそう告げられて、監督官は「へえ」と気の抜けた返事をしながら、部屋から出て行った。

 パタンと扉が閉まると、少しの間、シンとした静寂が部屋を支配する。


 女の人は、意を決したように、私の方を見る。


「はじめまして。私の名はリコリネと申します。あなたの名を聞いてもよろしいでしょうか?」


 私の喉は、もう何年も喋ることを忘れたかのように、一度だけ、空振りをするように上下した。

 すぐに、なんとか言葉を絞り出す。


「はい…。521番です」


 そう名乗ると、答えが予想外だったのだろうか、リコリネ様は、少し驚いたように見えた。


「……では、その番号にあやかって、コニーと。そう呼びましょうか」


「…コニー…」


 私の方が、もっともっと驚いてしまって、ただその言葉を繰り返す。

 リコリネ様は、一瞬つらそうな顔をした後、驚くべきことに、私の前で跪いた。


「コニー、許してください。私は奴隷制度など、本当は反対なのです。しかし心の中で反対をしておきながら、こうしてあなたを買い取りました。売り手を悪とするならば、買い手もまた悪です。私はこのような形で、奴隷制度に加担してしまった」


 驚きで何も言えない私に、リコリネ様は言葉を続ける。


「しかし、こうするより他に、私に道はないのです。年頃で、力の精霊の祝福を受けている、身寄りのない少女は、あなたを置いて他には居ません。私には、あなたしかいないのです。どうか……。どうか私に、力を貸していただけないでしょうか?」


 リコリネ様は、本当に切羽詰まった表情で、懇願するように私を見上げてくる。

 私は、呆けたように呟いた。


「私が……必要……?」


 この、品のいい身なりの人が?

 ハズレで役立たずと言われ続けた私を?

 しかも、膝までついて?


 戸惑う私に、リコリネ様はさらに続ける。


「私はあなたを、金貨十枚で買い取りました。不思議なものですね。つい先日、私が打ち滅ぼしたキルゼムいう賞金首は、金貨百枚でしたのに。あなたのような無垢な命が金貨十枚で、多くの者を殺したキルゼムが百…。皮肉すら感じます」


「おいおいリコリネのネーサン、ひょっとしてそりゃ世間話のつもりか? ヘタクソすぎだろ、ほら、コニーちゃんが困ってるって!」


 見かねたように、男の人が口を出してきた。

 そして、軽い感じに笑顔を向けてくる。


「コニーちゃん、俺はウェイスノーってんだ。悪いな、ネーサンさ、今結構追い詰められてんだよ。もちろん、コニーちゃんが嫌なら引き受けなくていい…って言いてーとこなんだが、よかったら話だけでも聞いてってくれねーか?」


 ウェイスノー様が喋っただけで、場の空気が、ぱっと華やいだように軽くなった。

 私は、少し安心したように息を吐く。


「いえ…。そもそも、私は奴隷です。なんでも命じてください。リコリネ様、あなたに買われなければ、私は闘技の場で命を落としていたでしょう。それをあなたに拾っていただいたのです、感謝こそすれ、どうしてあなたに悪感情を抱くことがありましょうか?」


「ほらほら、そういう感じが嫌なんだよ、このリコリネさんは。リコリネさん、あんたも立って」


 褐色肌の女性が、跪いたリコリネ様を無理やり立たせていく。


「アタシはファウラサ。ファウラでいいよ。コニーちゃん、疑うわけじゃなくって、念のために聞くけど、…本当に、見た感じ嫌じゃないってのは、そのまま受け取っていいんだね?」


「はい、もちろんです」


「んじゃ決まりだね! コニーちゃん、奴隷だとか手下とかじゃなく、アタシらの仲間になってよ。それで、アタシたちを助けてくれないかい?」


「わかりました。なんでも命じ――…」


 ピタリと言葉が止まる。

 奴隷の日々が染みついて、すぐに機械的に物事を判断するクセがついていたようだ。

 だが、これは…。

 この現状は、違うのだ…と、本当に、ようやく理解した。


 今、ここで、求められているのは…。

 私の自主性を、尊重しようとしてくれている?

 だが、私の自主性とは、何だろう?

 そんなものの育て方を、教わったことはない。

 それどころか、奴隷はそんなものを持ってはいけなかった。


 言葉を止めた私を、目の前の三人は、急かすでもなく、じっと見守ってくれている。

 まるで…私という存在を、大事にしているかのように。

 私は、おそるおそる、疑問符を口にする。


「…ひょっとして、私は今、何を言っても許される、という状況なのでしょうか?」


「そうです、コニー。私は対等な立場として、あなたの気持ちを知りたいのです」


 リコリネ様は、しっかりと頷かれた。

 私は、戸惑いがちに口を開く。


「……では、意見を述べることをお許しください。正直に言うと、このように他者から必要とされるなど、まるで未経験の事態です。私は常に、罵られ、疎まれる存在だったからです。ですから、とても戸惑っています。そして、生まれ出た感情は、一つではありません」


 そう告げると、ウェイスノー様は、助け舟を出すように、相槌を打ってくださる。


「どんな感情があるって? ウェイスノーって人カッコいいーとかだったら嬉しいんだけどなー」


「こらウェイスノーさん、茶化さない!」


 ファウラ様がしかりつけて、また、私の中に何らかの感情が生まれた。

 これは、楽しい…というものだろうか。


「…上手くは言えませんが。必要とされて、嬉しいのだと思います。ですから、結論としては…。リコリネ様、ウェイスノー様、ファウラ様。私を連れて行ってください。私はあなた方の、お役に立ちたいのです。命じられたからそう思うわけではありません。しかし、対等な立場として物を言うという、その方法が、今はわからないのです。この命、好きにお使いください…としか、今は言えません。そして現在、私は、買い取られたのではなく、救っていただいた、という認識をしております」


 リコリネ様はそれを聞いて、ほっと安堵するように胸をおさえた。


「そうですか、わかりました。ありがとうございます、無理やり首肯させたわけではないとわかり、安心できました。コニー、これからも、思ったことはそのまま伝えていただけますか?」


「わかりました。善処します」


「あーあー、かたっ苦しいなあ、リコリネのネーサンが二人いるみたいだ」


 ウェイスノー様は、そう言って笑っている。


 そうして私はリコリネ様と共に、掘削の街という場所に連れていかれることになった。

 妙な話だが、奴隷から解放されたという実感が沸いたのは、次の日の朝。

 朝起きた時に、あの狭い奴隷部屋ではなく、見覚えのない場所に居たと認識した時だ。

 その時の感覚は、たぶん、一生忘れないだろう。


 胸が、とても、ドキドキした。



-------------------------------------------



「コニー。あなたには、数年間でいい、『リコリネ』になってもらいたいのです」


 ガッディーロのお屋敷で一息ついたその日、リコリネ様の部屋に呼び出されて言われたのは、それだった。


 私は奴隷なので、世間一般の常識は無い方だと思う。

 無い方だが、それでもリコリネ様の言葉には驚いた。


「実を言うと、私の命は、もうあまり長くはないのです。なるべく延命を試みてはみますが、しかし旅をするなど、とてもできないでしょう」


「旅…ですか?」


 首を傾ける私に、リコリネ様は、今までのことを話し始める。


 ユディ様、リルハープ様との出会い。

 モノガリとモノノリュウのこと。

 今までの旅のこと。

 その旅が、まだ道半ばであるということ。


 ユディ様が人間ではない、という事実にリコリネ様が気づかれたのは、山菜の村で、土砂崩れが起こった時。

 ユディ様は、十日以上も閉じ込められていたにもかかわらず、衰弱をした様子がなかった。

 ユディ様が持つ食料と水は、三日分もなかったはずと、一緒に旅をしていたリコリネ様はきちんと認識していたという。


 だが、ユディ様が人間でなかろうと、それはリコリネ様にとってはどうでもいい話だった。

 むしろ、そのためにユディ様が生き延びたのは、歓迎する事実でしかなかった。

 ただ、それを知っていて、ユディ様を守り、誘導する人間が必ず必要だと、リコリネ様はそればかりを気にされたそうだ。


「主の時間の感覚が、普通の人間と違うのは、当時の私もうすうす感じ取っていました。おそらく、私と旅をした日々も、既に数年が経過していたとは気づいておられないものと思われます。そして最悪の場合、主は年を取らない可能性がある。つまり、一ヵ所に留まることは危険だった。特に、子供が居る街は危ない。子供の成長は、年単位で目に見えますからね」


 その辺りまで話される頃には、もはや私にとって、常識外の旅だという認識は薄れていた。

 ただただ、自分の使命の重さを、リコリネ様の真剣さを通じて、肌で感じ取る。


「ユディ様の秘密をご存じの方は、どれくらいいらっしゃるのですか?」


「私とリルハープ殿はもちろんですが、ウェイスノー殿と、ファウラ殿、そしてテリオターク殿ですね。必要があったので、この三人には私から説明をしました。そして主自身は、御自分の状況に気づいておられません」


「そうですか…。私の役割は、どのようなものでしょうか?」


「…主の正体が何なのか、ハッキリとわかってはいませんが。この世の理が通じない、という部分では、モノオモイと無関係とは思えません。しかしそうなると、モノオモイの発生源であるモノノリュウと対峙した時に、主はどうなってしまうのか。考えるだけで恐ろしいですが……今のままでは、主はモノノリュウに負けてしまわれるでしょう」


 リコリネ様の言葉に、私はごくりと喉を鳴らした。


「ですから『リコリネ』の役割は、なるべく長く、主と旅を続けることです。それで、心が育つのを待つしかありません。私と出会った頃の主は、本当に無垢な方でした。おそらく、心がまだ育っていなかったのでしょう。子供のように感情が豊かで、繊細でした。ですが、それでは決戦に耐えられると思えない。折れないように、どんなことがあっても立ち向かえるように、ただ経験を積み重ねていくしかない」


 リコリネ様は、とても強い光を瞳に宿して、話を続ける。


「そして何より、『リコリネ』の喪失に、あの方は耐えられない。せっかく育った心が、壊れてしまう可能性すらある。私は主を失わないために、どんなことでもやると決めました。コニー、あなたを買い取ったのは、その第一歩です。私がこの世を去る前に、『リコリネ』を常に主の傍に置き続けるシステムを作り出します。それまで、あなたには時間稼ぎをしていただきたい。…私の命がもう長くないとわかってから、必死に考えた結論がこれです」


 途方もない話だ、と思う。

 すでに挫けそうだ。

 だが、大丈夫だ。

 この聡明な女性が、『限られた人間にしか行えない方法』だけしか用意しないわけがない。

 リコリネ様の指示に従ってさえいれば、きっと私にだって、期待にこたえられるシステムが構築されているはずだ。

 会ったばかりだが、妙な確信があった。

 私は邪魔をせず、リコリネ様の話を、慎重に聞き続ける。


「私がこの方法を思いついたのは、ヒズレイシー殿の集落を思い出した時です。彼は、新しく生まれ続ける自分に、自身の過去を与え、一個のヒズレイシーとして誕生をさせ続けた。私も、システム化して『リコリネ』を継承させ続ければ、それが可能と思い立ちました。コニー、これをご覧ください」


 そう言って、リコリネ様は私に、分厚い日記帳を渡した。

 試しに読んでくださいと言われたので、三ページほど読んでみる。

 そして、驚いた。


 日記とは、自分にしかわからない書き方が許される、ある意味では自身の聖域のはずだ。

 ところがこれは、まるで小説のような、第三者が読んでもわかりやすいものだった。

 ユディ様と出会ってから、リコリネ様がどう思い、どう感じ、どう行動したか。

 それらが事細かに書かれており、内容も、プライベートすら許されないような、赤裸々なものだった。

 私は理解した。

 これは、日記帳などではない。

 『リコリネの作り方』だ。


「コニー、あなたにはこれから、毎日それに目を通し、頭に入れてもらいます。さらには、貴族としての作法と、主を守るための戦い方も身に着けていただきます。とはいえ、私はもう動ける体ではありませんので、あなたに剣技を教えるのは、ウェイスノー殿となりますね。リルハープ殿には、私の癖や仕草を指摘して貰っておりますので、あなたにもそれを習得してもらいます」


「……わかりました。それならば、数年と言わず、何年でも『リコリネ』を続けられますね」


「いいえ。おそらく、そうはいかないと思います。コニー、説明をしていませんでしたが、私は常に全身鎧を身に着けておりました」


「………はい?」


「一日中、それを身に着ける日もあります。もちろん、あなたにもそうしていただく予定です。たまたまでしたが、私はそれで主に一度も顔を見られませんでした。ですから、『リコリネ』の交代などということができるのです」


 言われるまで気づかなかったが、確かに私とリコリネ様は、顔も髪の色も違うのだし、そうでなければ入れ替わりなんてできないだろう。

 私の戸惑いをよそに、リコリネ様は淡々と話を続ける。


「ですから、あなたにはこの後採寸をして貰い、オーダーメイドで全身鎧を作らせます。女の身で全身鎧を着たまま、自在に戦うのはなかなか難しいことですが、力の精霊ゴルドヴァの祝福を常に使い続けて行けば、それは可能です」


「………」


 リコリネ様は、清楚で美しく、聡明で優しく、私にとっては非の打ち所がない、尊敬すべきお方だ。

 でも…。

 でも、ちょっと、頭おかしいなあ、と思った。

 なんでそんな風に旅をしようと思ったのだろう?

 いや、結果的にはそれでよかったのだろうけど。

 一日中、精霊の祝福を使い続けるなんて、やったことが無い。

 できるだろうか…。


「安心してください、コニー。精霊様から受けた祝福の量は生涯変わりませんが、精霊の祝福は、使えば使うほど、コントロールが上手くなっていくのです。うまく使いこなせられれば、燃費の効率は上がるでしょう。ですが、私ほど精霊の祝福の量が多い者は、この世にほとんどいない、という事実が、主との旅によってわかっています。おそらくあなたも、私には及ばない祝福の量しか持ってはいないでしょう」


「…ああ、そういうことですか。だから、数年…なんですね」


「はい。あなたの体への負担を考えると、それが精いっぱいでしょう。後で採寸をしますが、何か要望などはありますか?」


「そうですね…。まず、軽く反響する程度でいいので、声音を聞き取りにくいフルフェイスにしてください。私は常に、フルフェイスの中でのみ喋るようにします。そして、万が一にも、背にある奴隷の焼き印を見られるわけにはいきませんので、髪を結い上げずとも過ごせるような鎧の作りにしてほしいです。髪で背を隠しますので」


「…わかりました」


 リコリネ様は、一瞬、何かを思うような気配を出したが、私にはそれがどんな感情だったのかまでは読み取れなかった。

 次の瞬間にはもう、リコリネ様はいつも通りに話を続ける。


「実は、旅の間に資金を送り、ガッディーロの土地に孤児院を建設させておきました。これからそこを運営し、次の『リコリネ』の候補は、そこで見つける予定です」


「わかりました。では、それまでの時間稼ぎとして、立派に役目を果たしてまいります」


「……ありがとうございます。ですがコニー、それが終わりましたら、あなたには自由が約束されていることを、決して忘れないでください」


「自由…ですか?」


「はい。もうあなたは奴隷などではありません。何をしても、どこへ行ってもいいのです。私の依頼を完了した報酬も、好きなものを用意しましょう」


 私はびっくりして、目を見開いた。

 未来のことを考えてもいいと、そう言われた。

 …やはり、この内側にある感情をどう表現していいのか、わからない。


「…ありがとうございます…」


 それだけを、なんとか絞り出した。

 だがリコリネ様は、深刻な顔で、首を振る。


「いいえ。いずれあなたは、私がやっている行為の残酷さを思い知るでしょう」


「……?」


 私はきょとんとして、首を傾げた。

 しかしリコリネ様は、思考を振り払うように、言葉を続ける。


「…コニー。主と再会をするのは、三年後です。それまでに、何でも質問をしてください。私は包み隠さず、何でも答えますから」


「わかりました。…では、試しに一つ、質問をしてもよろしいでしょうか」


「もちろんです。どうぞ」


「リコリネ様は、ユディ様ともうお会いにならないということですよね? 平気なのですか?」


 次の瞬間。

 私は、この心のない質問を後悔した。


 リコリネ様は、たっぷりと時間を使って、口をつぐんだ後。


「……あの時。主に、また会えると、私は自分で言っておきながら。心の中では、叫んでいた。嘘です。全部全部、嘘なんです、気づいてください、と。私の姦計など見破って、私をしかりつけてくださいと……私は……、私は……っ」


 リコリネ様の声が震え、瞳が濡れる。

 私の胸に、その感情が伝わって来たかのように、居てもたっても居られなくなった。

 私は咄嗟にリコリネ様に寄り添い、その手を握る。


「リコリネ様、申し訳ありませんでした、リコリネ様……!」


 そのまま、お互いの気持ちが落ち着くまで、私はリコリネ様に寄り添い続けた。



-------------------------------------------



 孤児院の名前は、『命の家』。

 私は三年間を、その大きな家で過ごした。

 少しの間は知らない子たちと一緒だったが、『リコリネ』の修行に入ると、私は別館へと移される。


 リコリネ様の日記は、奴隷の生活しか知らない私にとっては、とても面白い読み物でもあった。

 最初は、初めてユディ様にお会いした時のページに、「声が可愛いと、呼吸をするように褒めてくる。これがスケコマシというものだろうか」と書かれてあって、笑ってしまったものだが。

 旅自体が、ドキドキと胸が高鳴るもので、私はこの感情が「楽しい」「わくわくする」ものだと、少しずつ知っていく。


 特に気になったのは、クレープという食べ物だ。

 甘いものだというのはわかるのだが、なぜかリコリネ様は、日記の中ではクレープへの烈火のごとき怒りを書き連ねており、全く味が想像できない。

 この孤児院での食事は質素なものだという話だったが、奴隷時代とは雲泥の差で、不満はなかった。

 だが、甘いものはやはり贅沢品であり、私の中でクレープという食べ物に対しての憧れは、募るばかりだ。


 ウェイスノー先生は、とても優しく、話していて楽しい方だ。

 剣術の教え方も丁寧で、軽いのは上辺だけで、実は真面目な人なんだなあ、と思った。

 ちなみに、リコリネ様の日記には、ウェイスノー先生と出会った時のページに、「これがチャラ男というものだろうか」と書かれてあり、たまにウェイスノー先生の顔を見ると思い出し笑いをしそうになって、困った。


 ファウラさんは、命の家の運営者という立場になった。

 ファウラさんは、私があまり考えないようにしている、『リコリネ様が居なくなった後』に対して、とても真剣に向き合っており、お強い方なのだと思った。

 細かいところまでよく気が付く方で、私が知るべきことを、さりげなく提示してくれる。

 私はファウラさんの助言で、「騎乗鳥の乗り方」「リコリネ様の趣味嗜好」「ご家族に対する思い出話」などの、ともすれば聞き忘れてしまいそうになっていた話まで、細かく聞き出すことができた。


 リコリネ様は、医療都市から高名な医者を呼び寄せて、なんとか日々を繋いでいる。

 しかし努力もむなしく、ある日、リコリネ様の美しい黄金の髪が一房、白く色が抜けてしまった。

 だんだんと、すべての髪色が白くなっていくのを、私たちは残念そうに見守るしかない。


「しかし、これはちょうどいいです。コニーと髪色が同じになりますからね」


 そう言って、なんてことないように笑うリコリネ様を見て、私は「悲しい」と「切ない」という気持ちを知った。


 ある日、私の教育係として、ライサスライガという方が呼び寄せられた。

 ライサス先生は、全身鎧を着て過ごしている私を見て、申し訳なさそうにする。


「やれやれ。事情は聞いているよ、コニー君。リコリネ君の無茶な発想に付き合わせることになってしまい、彼女の教師としては罪悪感でいっぱいだ。改めまして、私はライサスライガだ。賢者は大陸の名を冠し、大賢者は精霊の名を冠するため、今は『硬の賢者』を名乗っているよ。気軽にライサスと呼んでくれたまえ。君がどこに出ても恥ずかしくないような教育を与えさせてもらう。そしてどうか、…どうかユディ君を……よろしく頼む」


 ライサス先生は、慈愛に満ちた瞳を向けて、そう言った。


 ユディ様…。

 これらの日々で私が思い知ったのは、ユディ様が、どれほど愛されているか、という一点につきた。

 日記を読むだけで、リコリネ様が、ユディ様とリルハープ様を、どれほど大切に思っているかが伝わってくる。

 一体、どんな方なのだろう?

 会うのは、少し怖くもあり、楽しみでもあった。


 

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