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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第三章 ろくにん
111/137

30僕の希望、あの子の絶望

「主!!」


 悲鳴に似た声と、乱暴に右腕を掴まれた感触で、ユディはハッと我に返った。

 見ると、リコリネがすぐ傍に居る。

 ユディアールに触れかけた指はなんともなっておらず、ユディが見ていた暗闇の光景は、夢か幻だったかのように、一瞬の出来事であったようだ。


「増進の精霊、ソッティノイよ!!」


   バシュッ!


 低く身をかがめたトビークレイが、モノノリュウの翼に向けて、クロスボウの矢を放った。

 威力を増したその一撃は、風の中を一直線に潜り抜け、見事に翼の可動部に直撃する。

 モノノリュウはぐらりとバランスを崩し、二度、三度と羽ばたいた後、どしんと塔の屋上に落ちる。

 暴風は止んだが、今度は立って居られないほどの揺れが来た。


「ケッ……ざま……みろ…」


 トビークレイはそれだけを絞り出し、笑う余裕もない。

 おそらく、精霊の祝福のほとんどを使ったのだろう、疲労を隠し切れずに、うずくまる。


 ユディは、少し焦点の合わない目で、揺れの衝撃に合わせてふらついた。

 リコリネがすぐにその肩を支える。


 ユディは、ぼんやりとリコリネのフルフェイスを見た。


「……あ…れ…? リコリネ…?」


「主…! よかった、なんともなっていませんね!?」


「ええと……?」


 一度首を傾げて、それから頷いた。

 リコリネは、ほーー……と、長い安堵の息を吐く。


「よかった…! もし…。もし、主が今のディアール殿のような状態になってしまったら、私にはもう、逆らう術はありません。ただあなたに食われるのを待つだけでしょう。あなたと戦うなんて、絶対にできません…!」


「…!!」


 リコリネにそう言われてから、ようやくユディは自分がどうなりそうだったかを思い知り、ぞっとした。

 自分が、リコリネたちを傷つけようとするなんて、絶対にあってはダメな事なのに。


「ごめんリコリネ、でも、もう大丈夫だ。たぶんだけど、竜の夢に還したモノたちが、助けてくれた。それに、ミギくんとダリちゃんが、最後の力を振り絞って、来てくれたんだ。夢みたいな出来事だったけど、あれは確かにあったことだと思う」


「それは……」


 リコリネは、感極まったように、フルフェイスの口元に手を当てる。

 やがて、震える声で、リコリネは改めてユディを見た。


「今までの旅路は…すべて、無駄ではなかったのですね…!! 私たちは、必要な道を、歩いてきていたのですね…!!」


「!」


 ユディは、瞠目する。

 まただ。

 また、リコリネの言葉がキラキラしているように感じる。

 今までの、迷いや苦しみが、すべてその言葉で一掃されていくようだった。


「すごい……」


 ユディは、無自覚に呟いていた。


「すごい…リコリネ。リコリネは、なんてすごいんだろう」


 バカみたいに、同じことばかりを呟く。

 リコリネは、不思議そうにしている。


 ユディは立ち上がる。

 気分はとても晴れやかで、迷いなく赤い空を見上げた。


「リコリネ、希望をありがとう。君こそが、僕の希望だ」


   オオオオオオオオオオオオ―――ッ!!


 ユディの言葉に、モノノリュウの雄たけびが被さる。

 ビリビリと大気ごと肌が震える。

 半透明のユディアールが、怒りに染まった瞳を向けて来た。


「くそっ、なんでだよ、ユディエル! なんで…どうして、そっち側に行くんだよ! そうじゃないだろ!? そっちに行ったって、辛くて苦しいばっかりなのに!」


 ユディアールは癇癪を起こしたように地団駄を踏むが、半透明な姿ではこちらの世界に干渉ができないらしく、何の音もしない。


「イジメられる前にイジメるんだよ!! そっちにいたら、オレがオマエをイジメちゃうだろ!」


「違う、ディアール! 世界はそんな風にできてない! どうしてそんなに分けたがるんだ! 道を尋ねたら教えてくれる人だっている! 買い物をしたら、オマケをしてくれることだってあった! 笑顔を向けたら、笑顔を返してくれた人だって、たくさん居ただろ! そんな小さな幸せを大事に思ってるモノたちもいるから、僕は今、君に取り込まれずにここに居るんだ! どうして悪い方ばっかり見るんだ、そんなの、何も見てないのと一緒だろ!」


「だから、なんだよ! 自慢かよ、そうかよ! オレたちにはもう、そっち側の風景なんて、暗がりから眺める他所の家の明かりと変わらないのに! おかしいだろ、だってオレたちは、死ぬために生まれてきたようなもんじゃん!! 大人しく自殺してろって言うのかよ! 生かしておいても害悪な連中だっているのに、なんでオレたちがそのために死ななきゃなんないんだ!」


「違う! 死ぬのは誰だって同じだ、でも、生きてたじゃないか、僕たちは! あの旅を無かったことにするのかよ!」


「だまれ!!!」


 ユディアールのあまりの剣幕に、ユディは一瞬口を閉じた。

 ユディアールは急に、何かに怯えるようにぐしゃぐしゃと両手で髪の毛を掻く。


「だっ、黙れ、黙れ、黙れ!! ユディエル、オマエが何と言おうと、オマエはこっち側なんだ!」


「ちがう!!!」


 今度は、ユディが強く反論した。

 一瞬、ユディアールが怯む。


「僕は…。僕は、ユディエルじゃない。キオだ! 姉さんがつけてくれた名前だ! 例えこの身が人間じゃなくても、そのことで忌み嫌われようと、僕の心は人間なんだ!! 僕は、そっち側には戻らない!」


 リコリネも、トビークレイも、固唾を飲んで二人のやり取りを見守っている。

 ユディは…いや、キオは、ハアハアと息を荒くした後。

 ふ、っと気が抜けたように笑った。


「誰かと、こんなに激しいケンカしたのって、初めてだよ、ディアール」


 ユディアールは、呆けたような顔で、キオの笑顔を見る。

 それから少しだけ、憑き物が落ちたような顔で、笑い返した。


「バカだな~、オマエはほんと。生意気だし」


「ディアールが我儘なだけだろ?」


「あ~あ。中途半端な希望を得ちゃってさ。いいよ、それごと粉々に打ち砕いてやるからさ~。マジで後悔するぜ?」


「しないよ」


「するって。だって……」


 ユディアールはまた、邪悪な笑顔を浮かべる。

 彼が目を向けたのは、リコリネとトビークレイだ。


「だって、オマエの弱点って、わかってるもんね~!」


「!」


 場の全員が、緊迫したように武器を持ち、構えなおした。

 モノノリュウは、気を取り直すように、バサリと矢の刺さった翼を広げる。

 が、今度は飛び上がる様子はない。


「ハハハッ、ハハハハハハ!!! バカな人間たちだ! ちょっとは優勢を味わえて嬉しかったかよ! わ・ざ・と・だ・よ! 希望を持たせてから叩き落す方が、ダメージがでかいからな~! 一方でオレは無傷です~、残念でした~!」


 ユディアールは、べろべろばあ、とやっている。

 トビークレイは顔をゆがめた。


「ぬかせ。だったら音を上げるまで矢を叩き込むだけだ!」


「主はお下がりください、トビー殿、助太刀いたします!」


「大丈夫だ、僕も戦う!」


 キオは細剣を抜き放ち、二人に並んだ。

 その様子を見て、ユディアールは本当に楽しげに笑い転げる。


「マヌケ~っ、それが間違えてるってことだよ! オマエたちの相手がなんなのか、ほんとにわかって無いなんてね~!」


   バシュッ!


 トビークレイは構わずに、牽制のように一矢を撃った。

 それは、モノノリュウの眉間めがけて、一直線に飛んで行く。


 が、―――唐突に、空中でピタリと矢が止まる。


「…!?」


 トビークレイだけでなく、リコリネも、キオも、驚いたようにそれを見た。

 ユディアールは、ますます笑みを深める。


「バカだな~、オレたちは、モノでできてるのに! つまり、武器や防具だって、モノなのさ。モノでモノを倒すなんて、ナンセンスなことこの上ないね!」


「! トビー、逃げろ!」


 瞬時に理解したキオは、トビークレイに体当たりするように突き飛ばした。


   バシュッ!


 先程までトビークレイが居た場所に、反転して飛んできた矢が刺さる。

 トビークレイはしりもちをつきながら、驚いたように矢が刺さった地面を見た。

 すぐに、キオを睨み上げる。


「よ、余計な事、するなよ!!」


 キオは、ちょっと困ったように笑ってから、すぐにモノノリュウと対峙する。

 ユディアールは、にやにやと、いやらしい笑顔を浮かべていた。


「ハハハッ、ハハハハハハ!!! 理解したかよ! さあ、ここからはオレの一方的な蹂躙がはっじまっるよ~!」


「くっ、こんなことが…! どうすれば…!!」


 リコリネが、攻めあぐねるように、金棒を握ることすら躊躇している。

 ユディアールは、トドメとばかりに、ス、と人間たちを指さした。


「こんなこともできるんだぜ……それ!」


 パチンとユディアールは指を鳴らす。

 その瞬間。


   バカンッ!!


 トビークレイのクロスボウが中央から割れ、キオの細剣も折れ、さらにはリコリネの装備のすべてが壊れた。


「なっ…!?」


 全員が、同じように驚いて、はじけた自分の武器を見る。

 キオは咄嗟にリコリネに目を向けた。


「リコリネ、もういい、逃―――…!!」




 時間が止まったように感じた。

 それほどまでの衝撃だった。


 リコリネの纏っていた全身鎧が、自ら弾け飛ぶように取れていった。

 剥き出しになる華奢な体。

 薄い服。

 リコリネのフルフェイスが中央から割れ、ふわりと長い髪が舞う。

 スローモーションのような光景。


 長い黒髪。

 驚いたように見開かれた、切れ長の黒目。

 耳元に、蝶の耳飾りはない。


 あれ、この子、見たことがあるな…、とキオは妙にのんびりと思った。

 確かあの時、リコリネと一緒に居た子だ。

 硬の港町で、使者としてやってきた、アイネクライネという娘さん。

 あの子だ、というのはわかるし、ハッキリと思い出せる。

 だが、キオの口は、まったく別の言葉を発した。


「え……だれ……?」


 カランカラン、と、地面にリコリネの全身鎧の破片が散らばる。

 アイネクライネは、ぺたりと剥き出しの頬に触れた。


「―――ッッ!!」


 その時キオは、人間が本当に絶望する瞬間、というものを初めて見た。

 息をのむアイネクライネが浮かべたのは、そんな表情だった。

 フルフェイスの中は、そんなにも表情豊かだった。


 だがキオの口は、そんなことなどお構いなしに、勝手に動く。


「リコリネは……どこ?」


 もうどこにも、キラキラが見つからない。

 そこには、昏くて赤い空だけがあり、ごうごうと風が吹いていた。

<第三章・完>



【次回更新日】


トラブルがなければ、春過ぎに予定しています。

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