28モノガリのユディ
「命の精霊、コリネイリの祝福を―――!」
命の大賢者パメルクルスは、再度祝福の力を使い、歩き疲れただろうユディたちを癒した。
そして、シャン、と鈴を飾った杖を鳴らす。
「本当に、このまま塔に乗り込むのかの?」
パメルクルスは、目の前の塔を見上げる。
ユディは頷いた。
「はい。この勢いのまま行きたいんです。色々と話を聞いて、モノノリュウに対する気持ちに変化がありました。戦いになるのかどうかはわかりませんが、せめて話だけでも聞きたいんです。すべての答えは、モノノリュウが持っているような気がして…。とはいえ、パメさんのおかげで色々なことがわかりましたので、最後の答え合わせという感じですが」
「うむうむ?」
「なぜ、モノガリの里が隠れ里だったのか、という部分です。モノノリュウの存在を、人類の敵のように大っぴらに言いふらしてしまえば、退治に出る人がいるから、隠したんだろうなあ…とか。もうモノノリュウと仲が良かったという部分は、里の中のどの記録にも残っていないのでしょうが、竜に味方したいという思いだけは残っていたのだと思います」
「そうか…。すべてが無くなってしまったわけではないんじゃな。……。のう、ユディや。おぬしらが今日、わしに与えた気持ちの大きさを、本当にわかっておるのか?」
「と、いいますと?」
リコリネがフルフェイスを傾ける。
大賢者は、ため息をついた。
「…おぬしらは、この千年のうちで、ようやくわしと語らってくれた、生身の者達じゃ。長く会話ができるという、ただそれだけのことで、わしの心がどれほど踊ったか。つまり、おぬしらも他の三組みの旅人と同じく、この塔を登って帰ってこなんだら…と思うとな」
「まあ~~っ、パメルクルスは思った以上に寂しがりさんですね~~っ。ですが、いいですよ~~、もうちょっとご主人サマを着実に追い詰めてくださいね~~、絶対帰ってくるっていう気にさせてください~~!」
「追い詰めたつもりはなかったんじゃがな…」
しゅんとしているパメルクルスに、ユディは慌てた。
「パメさんすみません、ちゃんとわかってますから! 心配してくれてるんですよね!?」
「うむ…。モノノリュウはもう、かつての優しい竜ではなくなっている可能性が高い。身の内にあふれるほどの怒りと憎しみに突き動かされ、一体おぬしらにどんな仕打ちをするか。じゃが、事情を思えば行くなとも言えぬ。ただただ、無事に帰ってきてほしいんじゃよ」
「大丈夫ですよ、パメ殿。私たちも死ぬために向かうのではないのですから。望む未来を手にするために行くのです。ついでにこの空に起きている異変をなんとかできればいいなとは思ってはいますが」
リコリネの言葉に、パメルクルスは微笑んだ。
「ほっほ、そっちがついでか。ならば安心じゃな。危なくなったらすぐに逃げかえってくるがよいわ、どんな傷でも癒してやろう」
「心強いですね~~、リコリネは無茶ばかりするので困りものですが、これなら安心です~~」
「いつもご心配をおかけしてしまい、面目次第もございません……」
リルハープの言葉に、今度はリコリネがしゅんとする。
ユディが軽くリルハープを小突いた。
「こらこら、全方位に攻撃しない」
「ほっほ、よいよい。妖精は悪戯好きじゃが、同時に臆病でもある。リルハープなりに緊張をしておるのじゃろう。なんなら、今回もわしと共に留守番をするかの?」
手を差し伸べて来たパメルクルスから逃げるように、リルハープはぎゅっとユディにしがみつく。
「い、いやです~~っ、一緒に行くんです~~!」
「…ふふ。リルハープ殿、普通はこういった時にこそ言い訳を用意するものですが、そこは素直に言うのですね」
リコリネが微笑ましそうに言い、ユディも頷いた。
「そうそう、自分が居ないと僕が可哀想だからーとか言われるかと思ったのに」
「ほっほ、仲が良いの。妬けるわい」
「きーーっ、リルちゃんをからかう暇があるなら、とっとと行きますよ~~!」
リルハープはべしべしとユディを叩く。
ユディは笑いながら、はいはいと言っている。
ふと、その光景を見ていたパメルクルスは、訝し気な顔をする。
それにいち早く気付いたのは、リコリネだった。
「パメ殿、どうかなさいましたか?」
「いや…。今の仲睦まじいやり取りを見て、思い出したことがある。三組み目の旅人、つまり、ひとつ前にこの大陸を訪れた若者たちの話じゃ」
全員、不思議そうに大賢者の方を見た。
「そやつらは、二人の男でな。互いに悪口を言い合いながらも、信頼を置いとるのがよう伝わってきた。大柄な男の方は礼儀正しく、飄々とした青年の方は、そやつを守るかのように、わしを疑ってきた。青年がさっさと塔の方へ向かうのを見て、大柄な男の方は、『申し訳ないが、先を急がせてもらう』と一礼をして去って行った」
そして、パメルクルスは何故かユディの方を見て来た。
「その時に男が発した言葉が問題でな。『おい、ユディ』と、青年の方をそう呼んだ記憶がある。おぬしの名を最初に聞いた時、どこかで聞き覚えがある名じゃと思ったのは、そういうことじゃったわけじゃ」
「!!」
ユディたちは、さっと表情をこわばらせた。
「ディアールとシグさんだ! でも、なんでこんなところに!?」
「こんなところとはご挨拶じゃな?(びきびき)」
「すみません、つい!!?」
「冗談じゃ」
「いま冗談挟む場面でした!?」
「すまんすまん、どうやら人と話さずにおったから、空気を読む能力も劣化しておるようじゃ」
「かつては空気を読めていたような言い方ですね、面白いです」
「リコリネのそういう悪気のないところ、リルちゃんは好きですよ~~っ」
ユディとパメルクルスのやり取りも気にせず、リコリネはマイペースに考えこんでいる。
「そもそもパメ殿がおっしゃるように、この大陸は意図的に閉じられた場所として完成しているはずです。我々は用があってこちらへ参ったので、すっかりと失念しておりましたが、三組みもの旅人が、一体何をしにここに来たのでしょう? モノノリュウの存在など、主のように何らかの因縁でもないと、気づかずに過ごしていそうですが」
「リルちゃんは、誰も塔を降りてこなかった方が気になっています~~。ユディアールもシグナディルも、ひょっとすると、もう……」
ユディは、ハッと口をつぐんだ。
リコリネは、心配そうにユディを眺めている。
「……冷たい言い方になってしまいますが。事前に知れて、ある意味良かったと、前向きに考えましょう。土壇場でこのことを知れば、少なからず主は平静ではいられませんでしたからね」
「それは……、………」
ユディは同意をしたかったが、言葉の上ではできずにいた。
本当に冷たい言い方だと、一瞬そう感じたからだ。
リコリネだって、あの二人と仲良くしていたはずなのに。
だが、じっくりと吟味して、リコリネが一番に自分のことを考えてくれているからだと、なんとかその結論に行きつく。
「……やはり、少し休憩していくかの?」
パメルクルスが、遠慮がちに引き留めに来る。
ユディは、全てを振り払うように、少し乱暴に首を振った。
「いえ、行きます。ここで足踏みをすると、いつまでたっても進めないような気がするので」
「…すみません、主。私のためですよね。私の元に、また余計な天啓が降ってくる前に済ませようと、焦ってしまっているのではないですか?」
「いや、違うよリコリネ。どの道行かなければならないんだから、早くても遅くてもそう違いはないよ」
リコリネとユディのやり取りに、パメルクルスは小首をかしげる。
「うむうむ? まあ、よいか。焦ることができるのも、生者の特権じゃからの。では、わしは見送ろう。いっておいで、ユディ、リコリネ、リルハープ。帰りを待っておるよ。ずっとずっと、待っておるよ」
大賢者は、少し悲しそうに笑った。
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塔は、果てしなく高い、というわけではなかった。
かなり簡素な作りで、とにかく空に近づくための手段として作られたと、容易にわかる作りだった。
各階を繋ぐ階段だけがあり、他に何もないのだ。
ユディは定期的にリコリネが疲れていないかと確認しながら、ガランとした塔を着実に登っていく。
大分上まで来たなと、体感としても実感としても思った頃だった。
明らかに、他の階とは違う場所に出た。
まるで待機スペースのように、色々と物品が置かれている。
おそらく、モノノリュウと語らおうとした竜の民たちが、しばらくここで寝泊まりをしていたのだろう。
塔は思ったより丈夫で、風を通さないためか、風化は思ったよりも激しくはなかった。
食料が入っていたであろう木箱は空で、そして誰かが休憩した後がある。
ディアールとシグさんだ…と、ユディは思った。
ずっとキョウキと戦いながらここまで来たのだとしたら、ここしか休憩を取る場所はない。
「主、大丈夫ですか? おそらくこの上に、モノノリュウが居ると思われますが」
リコリネが、そっと顔を覗き込んでくる。
ユディは返事の代わりに、肩に乗っているリルハープに目を向けた。
「リルハープ、僕の胸ポケットへ」
「……わかりました~~…」
妖精は、いつものようにストンとユディの胸ポケットに入る。
ユディは、天井を見上げた。
「居るね、この上に。ずっと感じていた気配だ。遠くからでも、ずっと。そういえばディアールも、この感覚がわかってるみたいだった。何か意味があるのかもしれない。けど、答えはもう、足を踏み出した先にしかないし、ここでじっと考える必要もない」
「……どこまでも、お供します」
リコリネは、万感を込めてそう告げた。
ユディは静かに頷き、そして足を踏み出す。
「ありがとう、リコリネ、リルハープ。行こう」
旅の果てに辿り着いたそこは、あまりにも寂しい場所だった。
塔のてっぺん、屋上とも言える場所には、何もない。
いや、戦いに抉れた跡と、吹きすさぶ風ばかりがある。
殺風景という言葉は、このためにあるのではないかと思えるほどだ。
ただ、はるか先の頭上に、炯炯と光り輝く月がある。
それは、今まで見てきたどの角度よりも、大きく、近く見えた。
実際にそれは、ほど近かった。
手を伸ばせば届くのではないかと錯覚するほどに、大きな大きなまぁるい光。
だが、赤い空に浮かぶ月の、何と不気味なことか。
三人は、自然と押し黙って空を見上げた。
だが、ユディだけは、違う理由で黙っていた。
そんなはずはない、とユディはきつく自分を否定する。
この感情。
こんな感情が、来るわけがない。
これは、一度体験したことがある気持ちだ。
香りの村で、蜃気香の日を迎えたあの時。
あの時、一瞬、何もかもがわからなくなるくらいに激しい感情が訪れた。
まさに今、あれが来ている。
「! 主、どうしましたか!?」
リコリネが、おろおろとユディを覗き込む。
その反応に、ユディの方が驚いてしまった。
いつの間にか、ユディは泣いていた。
慌てて乱暴に顔をぬぐう。
「な、なんでもない、ちょっと、いろいろ、思い出してただけで…! リコリネ、準備はいいね?」
「私は構いませんが…」
「モノノリュウーーー!! 降りて来い、モノノリュウ!」
ユディは、空に向けて叫び声をあげる。
声は、赤い空に吸い込まれるように消えていく。
リコリネも、固唾を飲んで空を見上げる。
シンとした時間が流れた。
やがて。
ズズ、と大気が震え始める。
その時、リコリネは今更理解した。
なぜ、塔の下に居る大賢者パメルクルスが、竜の目覚めを知ることができたのか。
今、まさに、果ての大陸中の空気が振動を始めた。
それほどまでに、竜の存在が与える影響は大きいのだ。
バサリ、と、はるか上空に居るはずの竜の、翼を広げる音がここまで届く。
竜は、丸まっている姿勢をやめた。
竜というシールがぺりりと剥がれてしまったかのように、丸い月だけが、静かに上空に残っている。
竜は、羽ばたきもしていないのに、どっしりと宙に浮いている。
翼を広げ、大の字になってこちらを見下ろし始めるシルエットが見えた。
―――竜には、左腕がなかった。
遠目からでも、それははっきりとわかる。
そして、ユディの心の中は、ある思いではちきれんばかりになっていた。
ああ、帰ってきた!
ついに、ここに、かえってきた!
なんとか、必死にその気持ちを押し込めようとする。
だが、懐かしいと思う気持ちを、無理やり抑え込める人間なんて、存在するのだろうか。
そんなはずはない、と何度も思う。
いつの間にか、それは声に出ていたらしく、リコリネが心配そうに何かを言っている。
まだ、竜は上空に居る。
そんなに長い時間が立っていない証拠だ。
だがユディには、この時間が途方もなく焦れたものに感じた。
ユディは泣きながら、空に手を伸ばそうとする。
その時だった。
バンッ!!
背後の扉が開かれた。
塔を登って、誰かが出てきたのだろう。
ユディたちは、驚いてそちらを振り向く。
大柄な体躯。
伸ばした前髪。
つがえたクロスボウ。
あの男だ。
「死ねええええっ、ユディイイイイイイ!!」
憎しみを隠そうともしない、低く太い声。
(少なくとも、何かに追われたり、予想外の襲撃を受けた時に取り乱したり…っていうことだけは、絶対にしないようにしようと思っているよ)
なぜか、ユディの脳裏に、ギュギュに向けて告げた言葉がよみがえる。
その決意を、ユディの頭はめまぐるしくやり遂げた。
この男が、何故ここに?
そうか、船に密航してたんだ!
じゃあ、あの時、シュレイザの船から何かが落ちて見えたのは、この男?
ずっと後をつけてきて、襲撃の機会をうかがっていた?
そもそも彼は何者だ?
リコリネは、何かの間違いで追ってきていると言っていた。
だが、確かに今、名を呼ばれた。
間違いなく、この男は僕を狙っている。
なぜ?
わからない、敵かどうかがわからない。
敵だったら、ぐちゃぐちゃにしてやれるのに!
バシュッ!!
男は、ユディに向けて、クロスボウの矢を放つ。
混乱の中で、ユディの思考はめまぐるしく動いた。
が、それに体がついて行かない。
そもそも、今はモノノリュウに集中したいのに!
咄嗟に動いたのは片手だけで、せめてリルハープの居る胸ポケットだけは庇った。
ほとんど同じ状態で、真逆の動きをしたのがリコリネだった。
彼女は、考えるよりも先に体を動かす。
ユディの瞳に、全身鎧の背中が映る。
ユディと男の間に、リコリネは無理やり体を滑り込ませた。
―――ガキン!!
リコリネは、金棒を抜く暇もなく、ガントレットで鉄の矢を無理やり弾き飛ばした。
片手に痺れが残る。
間に合った。
間一髪だった興奮と怒りが、リコリネを叫ばせる。
「やめろトビークレイ!!」
―――。
………。
………?
「え……?」
凍り付いたような静寂の中で、ユディは、思わず聞き返す。
「……ッ!!」
リコリネの背が、硬直していた。
全身で、しまった、と言ってる。
「…リコリネ、トビーって?」
「……、……。………」
「何言ってるんだ、トビーは、まだ小さな男の子だよ?」
「黙れ!!!」
混乱しているユディに、男は苛立ちを隠さずに怒声を浴びせた。
「黙れ、黙れ黙れ、まだ言うか!! あの時の姿、あの時の声、あの時のままで!! なにがモノガリだ!! 騙しやがって、騙しやがって、裏切者!! お前こそが、…お前こそが、モノオモイだったくせに!!!」
………。
「は……。……僕が、モノオモイ……?」
前髪の隙間から、憎しみに満ちた男の視線が向けられる。
男が狂っているわけではないのは、目を見ればわかる。
どくん、どくんと、耳鳴りのように、自分の心臓の音が聞こえる。
血の気が引いていくのがわかる。
その時、まったく予期していなかった声が響き渡った。
「オレたちがモノオモイ? そんなチンケなものと一緒にしてほしくないね~!」
バサッ。
羽ばたきの音が続く。
ドスン、と、塔の屋上に、モノノリュウが舞い降りた。
ユディは、信じられないものを見るかのように、モノノリュウの巨躯を見上げる。
それは、何千、何万のモノが寄せ集まって、竜の姿を形作っている生物だった。
一つ一つのモノは、とても大事に使われたとわかるくらい、使い古されているのが見て取れる。
目もなく顔も表情もないその姿は、シルエットだけのキョウキと、ある意味似ていた。
だが、口だけはぱっくりと大きく、綺麗に揃った牙が見える。
リコリネも、トビークレイと呼ばれた男も、モノノリュウを前にして武器を構える。
「あ~あ、だから言っただろユディ、こんなところまで来るなんて、バカだな~! せっかくオレが最後の力を振り絞って、引き返せって言ったのにさ~」
「その声……ディアール…? え……どうして…??」
「にゃはは~、ここまで来たからには容赦しないぜ! 心も体も、ズッタズタのケチョンケチョンにしてやるよ!」
ふわりと、なぜか半透明のユディアールの姿が、モノノリュウの前に浮かび上がった。
トビークレイが、ユディを指さしながら、モノノリュウを憎々しげに見上げる。
「そいつがモノオモイじゃなければ、何だというんだ!」
その問いを聞くと、ユディアールは楽しそうに、琥珀色の瞳を細めてユディを見る。
かつては澄んでいたその色は、今では何か別の感情に濁っていた。
「おいおいユディエル・ノガード! 本当は、最初から、ぜーんぶわかっていたハズだよね? 最初から、答えはオマエの目の前に用意されていたのに、目を向けなかっただけでさ!」
「力の精霊、ゴルドヴァの祝福を―――!」
リコリネが、会話を遮るかのように叫んだ。
「ハアアアアアアッ!」
ドゴンッ!!
間髪入れずに、リコリネは金棒を振るって、モノノリュウへと一撃を放った。
しかしリコリネの大きさでは、大きな竜の足にやっと届くくらいで、一撃も、表面を削り取る程度のものでしかなかった。
竜を形作る一つ一つは、ただのモノのはずなのに。
やはりモノオモイと同じく、尋常ならざる力で顕現した生き物だと、リコリネは体感で知る。
ユディアールは、けろっとしたまま、ただユディだけを見ている。
ユディは、リコリネの声すら、遠くの出来事のように感じた。
「ノガード…?」
「あ~あ、せっかく凝った名前考えたのに、忘れてるんだもんな~! ま、結局その辺を覚えてたのはアーシェムだけだったらしいし、オレも人のこと言えないんだけどね。でも、仕方ないか。だって…」
ユディアールは、かつての陽気な姿が嘘のように、邪悪な笑顔を浮かべた。
「だって、その精霊の祝福の量の多さ。すべてがあやふやになるくらい、記憶も力も、たくさんたくさん吸収したんだろ? なあユディエル! 一体、受肉のために何人の人間を使ったのさ?」
「主! 主、聞く耳を持ってはいけません!!」
リコリネの声が、周囲の音が、遠のいていく。
(うわあ、父さん、母さん、ありがとう!)
記憶の奥底に、ぱちんと泡がはじけるように、姉の弾んだ声が響く。
(こういうの欲しかったの、可愛い! 嬉しい、最高の誕生日プレゼント! 絶対大事にするね!)
まだ幼かったころの声。
いつも声しか思い出せない姉。
(よーし、今日からアタシがお姉ちゃんだよ! おまえの名前はね、人形だから、キオ! ピノッキオの、キオだよ! キオ、アタシの弟! 毎日絵本を読んであげるね!)
いつも一緒に居た姉。
物狩りの修行の時も、寝るときも、壁にもたれるように置かれて、傍に居た。
(キオ、村を出るの、いよいよ明日だね。もちろん一緒に連れて行くよ。外の世界でも、ずっとずっと、一緒だからね! よし、今日でピノッキオの絵本を読んであげるのも最後だよ。あーあ、キオが本当に人間になったらいいのになあ…)
「……おもいだした………」
ユディは、震える声で、ぺたりと自分の頬を触る。
道理で、女に間違われ続けたわけだ。
この顔は…。
「この顔は……姉さんの顔だ……」
「ハハハッ、ハハハハッ!! ほらほらユディエル~、あとちょっとだ! あとちょっとで、全部がわかる! 目を背けるなよ! 最初からわかっていたはずだ、最初から!」
ユディアールは、狂ったように笑っている。
トビークレイは、戸惑うように、場の状況を見ている。
リコリネは、必死で何かを叫びながら、モノノリュウに立ち向かっている。
ユディはぼんやりと、どこかを見つめたまま、動かない。
頭の中だけが、忙しく動いていた。
「さいしょから……」
(モノというのは、持ち主のことが大好きなんです)
(僕は、人間が好きなんだ。好きってことは、強いよ)
(人間はね、ものを食べたり、夜に眠ったりしないと死んでしまうんだ)
(最近わかってきたんだけど、僕は短時間の睡眠だけで動けるみたいなんだ)
(ユディエル殿。貴殿のそれは、本名ではないのか?)
(竜の夢が物に宿り、その存在を借り受けることを、『物借り』と称しておった)
(僕は、ユディ。モノガリのユディ)
(僕の居た里は、モノノリュウに滅ぼされた)
なぜかモノノリュウの居る場所がわかる。
モノオモイの気配も。
竜の夢に還そうとすると、モノたちの記憶が流れ込んできて。
なぜ?
左腕だけがない竜。
僕よりも成長したトビー。
塔を登った、三組みの旅人。
四組み目の自分。
自分以外、誰も居なくなった故郷。
なぜ、僕だけが助かった?
ユディアールは、とどめを刺すかのように、大事に、大事に、発音する。
「なあ、ユディエル。アーシェたちも、オマエを待ってるぜ。最初からわかっていたはずだ。オレとオマエは、『ゆー・でー・いー』なんだから」
ユディアールが口にした言葉が、頭とは別の場所で理解ができる。
それは、あるふぁべっと…だ。
青い空の世界の言葉。
遠くて近い世界に感じる。
思えば、昔ライサス先生が受けていた本の解読依頼も、その文字列だった気がする。
ウチュウセンから零れ落ちたのだろうか。
どうして、それがわかるのだろうか。
わからないままに、ただ、ユディはぼんやりと言葉を繰り返す。
「……ゆー、でー、いー……」
………。
UDE。
「う……」
ユディの顔が歪む。
ユディアールの顔が、狂喜に歪んだ。
「うわあぁあああぁああああ!!?!!?!!?」
ユディはガクンと膝をつき、頭を抱えてただ叫ぶ。
「ハハハッ、ハハハハハハ!!! そうさユディ、オレたちはNOGARD! つまり、オレたちこそがDragonだったんだよ! ああ、おかえり、左腕! さあ、この空のすべてを、滅ぼしに行こう!!」




