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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第三章 ろくにん
108/137

27命の大賢者パメルクルス

 白い靄のような霧が晴れた。

 と思った時には、ユディとリコリネは、元居た場所、すなわち、果ての大陸にある塔の前に立っていた。

 戻ってきた、と頭が判断するよりも早く、甲高い声が歓喜に震えながら飛び込んでくる。


「ご主人サマ、リコリネ~~!」


 妖精が、泣きべそをかきながら、ぴゃーっと一直線に飛んでくる。

 ユディは慌てて両手で受け止めた。


「リルハープ! 大袈裟だなあ、ほら、ちゃんと無事に帰って来ただろ?」


「うう~~っ、遅すぎます~~っ!」


 妖精は、ユディの首につかまるように抱き着いてきた。

 リコリネは微笑まし気にそれを見守りながらも、首を傾げる。


「遅い…でしょうか。私の中では数時間程度しか経っていない感じなのですが、違いますか?」


 リコリネの問いかけに、静観していた命の大賢者パメルクルスが、ゆったりと一歩前に出てきた。


「実はにゃあ、あれから数日経っておるにゃん」


「どどうしました!? どうしました!!!?」


 ユディが狼狽している。


「にゃあにゃあ。この数日、にゃあはリルハープからにゃー達の旅の話を聞いて過ごして来たにゃあ。ユディよ、にゃーはニャンニャが好きで、こういう喋り方をしたら喜ぶと言われてにゃあ。今リクエストに必死に応えておるのにゃ」


「こらクソ妖精!!?」


 ユディは思わずリルハープをキュッと絞める。

 リルハープはグエっと声を上げた。

 リコリネも困惑気味だ。


「パメルクルス殿、気が散るので元に戻していただけると大変助かります」


「うむうむ、そうかの。そういうわけで、おぬしらの名前も勝手に聞いておいたのでな。そこは事後承諾ですまぬ」


「あれっ、名乗ってませんでしたっけ? すみません、タイミングを逃してしまって…」


「いやいや、わしが下手だったんじゃよ。おぬしらより前に来た三組みの旅人などとも、名乗り合いはしかったからの。人と喋ること自体が久しぶり過ぎて、話のタイミングがよう掴めんでな。詫びとして、わしのことはパメと呼ぶがよい」


「ペットの名前のようで気が引けますね……善処します」


 リコリネが難儀している。

 ユディも申し訳なさそうにする。


「パメさん、すみませんでした。リルハープは悪戯が好きで…」


「ほっほ、わかっておるよ。しかし、こうして霧の中に向かった者を見送ったのは初めてじゃからな。まさか外と時間の流れが違うとは思わなんだ。わしもまだまだ知らぬことがあるんじゃな。リルハープを不安がらせた罰として、この悪戯程度可愛いものじゃ。さて、ユディや。そしてリコリネや」


 パメルクルスは、急に表情を引き締める。

 ユディとリコリネも、釣られるように背筋を伸ばした。


「何を見て来たか…という問いは酷じゃな。よって、おぬしらの中で印象に残った単語を並べてみるがいい」


 リルハープは、興味深げにパタパタと飛んで、改めてユディの肩に座る。

 ユディとリコリネは、しばしの思案を経て、口を開いた。


「…氷期。ウチュウセン。まだまだこの世界は広い。カミサマ。同じメロディの子守歌」

「黒髪黒目の民族。ブンカサイ。タマシイ。ジョウブツ。オバケ」


 並べられた言葉の群れに、パメルクルスはふむふむと頷いた。


「うむうむ、よし、わしが見たものと大きな違いは無いようじゃな。えらく発達した文明を見てきたわけじゃ」


 大賢者のまとめに、ユディとリコリネは真剣に頷いた。


「さて、体感的に数時間という話じゃったな。ではまだ余力があるじゃろう。ついてまいれ。見せたいものがある。道すがら話そう」


 パメルクルスはそう告げると、背を向けて歩き出す。

 ユディとリコリネは、一度お互いの顔を見合わせると、すぐに大賢者の後ろをついていく。

 大賢者は、鈴のついた杖をリンリンと突きながら、ゆったりと話し始めた。


「まずは昔話をしようか。…わしは、竜の民と呼ばれる一族でな。ユディからすれば複雑な心境になるやもしれぬが、竜の民は、モノノリュウの友じゃった」


「え……」


 ユディは驚いてパメルクルスの後姿を見る。

 大賢者は構わず話し続けた。


「モノノリュウは優しい竜でな。自分が眠っている間も我々の助けになりたいという願いから、自らの夢を物に宿らせる、物借りという存在を生み出すほどじゃった。わしらはモノノリュウが大好きで、モノノリュウもわしらを好いてくれておった。わしらは、互いに寄り添いながら生きていたよ。怒りや憎しみもない世界で、ただただ幸せじゃった。現状で満足しておったため、今ほど文明も発達せず、原始的な暮らしじゃったがの」


「…確かに複雑ですが。納得はできます。いびつな夢だけではなく、その『優しい夢』という存在も、僕らはこの旅で見てきましたから」


 ユディの答えに、パメルクルスは少しうつむいた。


「…そうらしいの。リルハープから聞いておるよ。あの優しさは、千年経った今も竜の片隅に残っておるのかと…。不覚にも泣きそうになったわい」


 一度言葉を詰まらせるパメルクルスに、ユディは何も言えなくなった。

 やがて進む先に、巨大な何かが衝突したような、抉れた地面が見受けられるようになった。

 その抉れた跡は、引きずられるようにずっと先に続いていた。

 パメルクルスは話し始める。


「ある日のことじゃった。大気が震え、南の方から巨大な質量の物体が落ちてくるのが見えた。それは一つの街のように大きく、爆炎を噴き上げながら落ちてくる。何やら推進力があるらしく、真下に落ちるのではなく、ナナメの角度で落ちるのじゃなあ、と思ったのを覚えておるよ。あまりのことに、そんな間抜けな感想しか抱けずにおった」


 進むにつれ、大きな建物のような塊が見えてきた。

 それは、抉れた地面の先、岬の突端辺りで制止している。


「その物体は、すでに大破していたようでな。ぽろぽろと、色々なものを各大陸に撒いて落としながら、ここに着陸した。いや、着陸と言っていいものかどうか。まあ凄まじい爆音と衝撃じゃったな。落ちる間際、『耳を塞ぎ、口を開いて建物の中へと非難せよ』と、わしは咄嗟に叫んでおった。あと一歩遅かったら、無事でおれたかどうか…」


 ようやく、その大きな建物の前へとたどり着いた。

 表面はとても丈夫な金属に見えたが、高温で少し溶けたような跡がある。

 ユディは、息をのんだ。


「これ…まさか…。ウチュウセン?」


 なぜか、強くそう思う。

 サヤのあの笑顔が浮かんだ。

 パメルクルスは、静かに頷く。


「そうじゃ。中に居たものは全滅じゃろうな」


 そう言って、パメルクルスは建物の中を覗き込む。

 ユディたちも、一緒に覗き込んだ。

 まだまだ壊れ切っていない部分が、暗がりを作っている。

 周囲を見渡して、リコリネは首を傾げた。


「……ここは、ひょっとして。トレジャーハンターのヒズレイシー殿が言っていた建物ではないでしょうか?」


「えっ、ヒズレイシーさんって、あの同じ顔ばかりの集落の?」


 リコリネの言葉に、ユディは驚いて隣を見る。

 パメルクルスが頷いた。


「うむうむ、リルハープから聞いておるよ。キョウキを避けるために崖を登って侵入したそうじゃな。なかなかやりおる、してやられたわい。人間の英知を感じる出来事じゃな」


 パメルクルスは怒るでもなく、笑っていた。


「ですが、よその文明の品を持ち出したために、あんなことになるとは~~。やはり手に余るものを得ると、身を滅ぼしてしまうのでしょうね~~」


 リルハープがしみじみと言っている。

 パメルクルスは、何か思うところがあるのだろう、複雑な顔をしていた。


「まあ、それでじゃな。平和なこの空に、この物体が落ちてきたわけじゃ。モノノリュウはわしらに言った。様子を見てくるから、近づいてはいけないよ…と。ところが、待てど暮らせど、モノノリュウは竜の民の元へ帰っては来んかった。痺れを切らしたわしらは、結局ここへと来たわけじゃ。するとそこに居たのは、光る球体を頭上に浮かべたモノノリュウの姿じゃった」


 パメルクルスは、懐かしむように目を細めた。


「光る球体は、小さな光る粒をどんどんと吸収するように大きくなっていく。モノノリュウはわしらに言った。『これは、違う空からやってきた者達だ。彼らは、精霊の祝福を受けていないどころか、精霊の存在すら知らない。そのため、我々の空に交わらず、生命の循環がされない。水に御影石を入れても、石は自然と溶けたりしないように、この者達の命は、溶けずに残ってしまうんだ』」


 パメルクルスは、振り返って、先程まで居た塔の方角を見る。


「『そして、この者達の空では、タマシイという概念があり、それはレイコンとなって世界に影響を及ぼせるのだと言う。肉体を持たぬ精霊が活動できるこの空では、同じく肉体を持たぬこのタマシイたちが、何らかの形での働きかけができてしまうだろう。今、わたしが頭上に集めているのが、そのタマシイというものだ。彼らは、なぜ自分の命が潰えたのかが理解できないことに怒り、憎しみ、猛っている』」


「オバケ…ですね」


 リコリネが、ぽつりとつぶやく。

 パメルクルスは首肯した。


「『竜の民よ。わたしはこれから、この者達のタマシイを、すべてこの身に閉じ込めよう。そして、お願いだ。わたしをこのタマシイたちごと、滅ぼしてほしい。わたしはいつまでこのタマシイを閉じておけるかわからないからだ。このままでは平和なこの空に、怒りや憎しみという概念が染み出し、君たちは傷つき倒れてしまうだろう。それを防ぐためには、わたしを滅ぼすしかない。いいね、約束だ。約束だよ』」


 シャン、とパメルクルスは、鈴を飾る杖を突いた。


「モノノリュウは、よほど焦っておったのじゃろうな。一方的に約束を告げ、そして光る球体を吸収し、飛び去って行った。やがて、この大陸の上に、二つ目の大きな月が浮かんだ。モノノリュウが身を丸め、迷えるタマシイたちをまぁるく閉じ込めたものじゃった。わしらは混乱する頭で、まずは塔を作ることにした。モノノリュウとの約束を果たすにしても、説得をするにもしても、あの空まで行かなければならぬからの」


「…ですが、モノノリュウは、まだ生きています」


 リコリネが静かに告げる。

 パメルクルスは、つらそうに顔を歪めた。


「わしらは、モノノリュウの友じゃ。大好きな彼が、どうして誰の責任でもないことで命を散らさねばならんのか。皮肉にも、それまで争いを知らなかった民たちが……二つに割れた。片方は、モノノリュウの約束を果たそうと主張する派閥。もう片方は、モノノリュウの延命を主張する派閥」


 ユディたちは、話に聞き入っている。

 しかしスケールが大きすぎて、ほとんど想像もできない内容だった。


「話し合いは、塔が完成しても決着することがなかった。塔を登っても、モノノリュウは既に、内側にあるタマシイたちと共に深い眠りの中におり、うんともすんとも返事はない。やがて延命を主張する派閥が、モノノリュウの眠りを分析した。モノノリュウは、眠りの中でタマシイを浄化しようとしているのではないか…と」


 パメルクルスは、もう一度ウチュウセンの方を振り返る。


「じゃが、この大きさの船じゃ。何千万人と人が乗っていたじゃろう。タマシイの鎮魂をするとして、一体何千年の時がかかるかもわからん。結果として…この空で、初めての争いが起きた。誰もが戦いのために精霊の祝福を使った。悲しい光景じゃったよ。わしは大賢者として中立を申し出、その結果がどうであろうと、この命をかけて責任を持つと告げた」


「…延命派が勝利してしまったのですね~~…」


 リルハープの呟きに、パメルクルスはうむと頷く。


「その通りじゃ。そもそも、モノノリュウの願いを叶えるために彼の命を絶つことを、誰も心の中では良しとしてはおらんかったでな。自らの意思に反する戦いに勝てる道理はない。そして竜の民は二つに分かれた。片方は、約束の民。戦に負けてモノノリュウの命を絶つことはできんかったが、せめてモノノリュウとの約束を胸の内に留めおくことを、約束の民は誓った」


「あ…それでパメさんは最初に僕を、約束の民と言ったんですね?」


「うむうむ。そして、リルハープから聞いておる。約束の民に会うたそうじゃな。すっかり変質した約束を守っておるとは、哀れなものじゃ。おそらく、良心の呵責に耐え兼ねて、真実は曲げられ、それらしい逸話とすり替えられて伝わってしもうたんじゃな」


「そんな…。じゃあ、ヒニアたちがやっている儀式は、全然意味がない…?」


「いいえ、主。ヒニア殿も仰っておりました。世界のどこかで約束が破られる瞬間がある限り、自分たちだけは約束を守り続けると。あの祈りの一途さに意味がないとは、私には思えません」


「そう…だね。そうだ。僕もそれを信じるよ」


 リコリネの言葉に、ユディは頷いた。

 パメルクルスは、その様子にふっと笑う。


「…そしてもう片方は、子守歌の民。竜の夢を守るため、物借り…いや、今ではモノオモイと呼ばれておるのじゃったな。音精霊の力を使い、モノオモイを竜の夢に還し続けることを目的とした民じゃ。浄化された夢を還すことで、いつか竜の苦しみが終わると信じてそうした。ユディや、おそらくおぬしの里が、これに当たるのじゃろう。やはり約束の民と同じく、事実は歪んで伝わっておるようじゃがな」


 ユディは、こくりと同意する。

 パメルクルスは、一度迷うようにユディを見た。


「さて、ここにきて重大な話をせねばならん。ユディよ、おぬしの里は、モノノリュウに滅ぼされたそうじゃな。それは確かか?」


「はい、間違いありません。あやふやな記憶の中で、それだけは確信が持てるんです」


「うむ…。まあ、なぜ今になっておぬしの里が狙われたのか、などの不明点は置いておこう。じゃがな、断言しよう。モノノリュウは、あの塔の上から、動いてはおらぬ。この千年の間、ずっとじゃ」


「! そんなはずはありません! そうだ、でも目が覚めたことはあるんじゃないですか?」


「ある。わしが知る限りでは、三度。それも、すべて昔の話ではない。確たる年代はわからんが、わしの感覚ではここ百年の間、つまり最近じゃ。ここを訪れた三組みの旅人が、塔を登った後のことじゃ。それでもなお、竜はあの塔から動いてはおらん」


「…???」


 ユディは、わけがわからないとハテナを浮かべた。

 パメルクルスは、構わずに話し続ける。


「さておき。子守歌の民の話に戻ろうかの。子守歌の民の勝利で、すべては丸く収まったかのように思えた。彼らの誤算は、タマシイが、この空に与える影響の強さを認識できなかったことにあった。違う空の世界は、こちらの空にどんどんと染み出し、そしてそれに最も影響を受けはじめたのが、肉体を持たぬ精霊じゃった」


 パメルクルスは、リルハープに目を向ける。


「それにいち早く気付いたのは、妖精の女王じゃ。妖精は、精霊と人を繋ぐ存在でな。このままでは、精霊に出た影響が、妖精を通して人間にまで届いてしまうと、女王は結界を作り、その中に閉じこもることにした。ちょうどこの大陸を離れる準備をしていた子守歌の民と共に、硬の大陸へと旅立ってな。しかし年月が経つにつれ、青い空の世界は染み出し、人々にも憎しみや怒りの感情が芽生えていった」


 パメルクルスは、少しの間だけ目を閉じた。


「じゃが…。考えてみればそれは、なるべくしてなった結果でしかないんじゃよ。モノノリュウが、自らの命ごと滅ぼせと、そう言った時に気づくべきじゃった。彼は水面に投げ込まれた石そのものを消そうとした。そこから広がる波紋が消せぬとわかっていたからじゃ。あれは焦りから生まれた結論ではなかった。考えに考えて、それしかないと出した結論じゃった。なぜなら彼も、わしらのことが大好きだったからじゃ。わしらを置いて、果てたくなど無かったはずじゃ」


 リルハープは、元気づけるように、パメルクルスの肩に乗りに行った。

 パメルクルスは、片手で愛し気に妖精を撫でる。


「しかし、時すでに遅しでな。今更、争いでついた決着をなかったことにはできぬ。わしは中立を貫いた責任をもって、簡単にモノノリュウに近づくものが現れぬよう、この大陸を閉じた。わしは『精霊の愛し子』と言われるほどに精霊の祝福の量が多くてな。キョウキという疑似生命体を生み出し、大陸中にばらまいたわけじゃ。約束の民は、命の大賢者が狂乱したと吹聴し、誰もこの大陸に近づかぬようにした」


「えっ、あれは疑似生命体の一種だったんですか? 僕が見たのは、光に溶けて消えてしまうほどにか弱い存在でした」


 ユディの言葉に、パメルクルスは笑う。


「ほっほ、わしの力の凄さが伝わるじゃろう。おそらくおぬしが見たものは、かなり薄まった生命じゃな。過去に誰かが生み出した疑似生命体を、培養でもしたんじゃろう。1を100に分割して使用しているのじゃから、弱くて当然じゃわな」


 ユディはギジーのことを懐かしく思い出す。

 リコリネは、独自の考察をするように、ふむと唸った。


「…なるほど。パメ殿が、命の精霊の祝福の量の大半を占めているので、リソースが足りず、この世界には滅多に命の精霊の祝福を持った子が産まれなくなったのかもしれませんね」


「うむうむ? 面白い意見じゃの、リコリネや。おぬしは学者に向いているのやもしれぬ。全身鎧の学者など、斬新じゃな」


「大賢者にお褒め頂けるとは、この上ない名誉ですね、嬉しく思います」


「じゃがわしの考察も捨てたものではないぞ! わしとてこの千年、無為に過ごしてきたわけではない。あの霧の中に潜って、何度も青い空の世界の者達と接触を果たしてきたのじゃからな! 天啓どころではないぞ、直に聞いてきたわけじゃ!」


「あ、そこ対抗心を持つんですね?」


 張り合う大賢者を、ユディは意外そうに見ている。


「そもそも、あの霧は何なのですか~~?」


 リルハープの問いかけに、パメルクルスは勿体ぶるような仕草をする。


「うむうむ。あれは、塔の上から少しずつ赤い空が染み出してきた頃じゃった。今ほど濃くはないが、塔の周辺に霧が漂うようになってな。わしは好奇心の赴くままに入って行ったわけじゃ。最初は驚いたとも。しかしすぐに、モノノリュウが吸収したはずのタマシイたちが染み出しているのじゃとわかった」


「じゃあやっぱり、あの子はもう、死んでしまっているんですね…」


 ユディの脳裏に、楽しそうに語るサヤの姿が浮かぶ。

 思い出す、などという言葉を使うほど過去の話ではない、あの光景。


「うむ…悲しい話じゃがな。そう、なぜか悲しいと感じる。かつてのわしには、怒りや憎しみなどの感情がまだ芽生えてはおらんかったが、それでも、この落下物さえなければ、この大陸やモノノリュウがあんな風になることはなかったのに…という気持ちくらいはあった。かつては病気などもなかったが、徐々にそういった報告が見られるようになってきたことを思うと、あの船にウイルスだか細菌だかがあったのじゃろう。ウイルスという概念もあの船と一緒に来たんじゃろうが、まさに百害あって一利なしじゃ」


 パメルクルスは、複雑な表情をしている。


「皮肉にも、この空で起こっている現象を、あちらの空で明確に言い表す言葉がある。『外来種による侵略』じゃ。これは、あちらの空でも悪しきものとして認識されておる。じゃが…わしが交流をしてきた彼らは、…便宜上、あの黒髪黒目の民族を、『黒の民』と名付けたのじゃがな。黒の民は、とても内側に負の感情が存在しとるとは思えんほど、優しげで、楽しげで、未来だけを夢見る、純粋な者達ばかりじゃった」


 パメルクルスの言葉に、リコリネが同意する。


「はい、同感です。好感を抱くに値する方でした」


「うむうむ。おそらく、負の感情はすべてモノノリュウが引き受け、彼らには安寧を与えたのじゃろう。わしも最初の内は、研究者として真相を知りたいという欲のままに、黒の民と話をしておった。どうも彼らが一番楽しかった頃を、ずっと繰り返していたようでな。じゃが、わしという異物と話すことで、歯車が噛み合わぬ小さな違和感に気づき、自らの状況に気づいて消えていく。あれをジョウブツというのやもしれん。わしは考えた。こうしてわしが彼らをジョウブツさせていけば、少しでもモノノリュウの負担が減るのではないかと」


「何千万のタマシイと語らう気だったんですか…!?」


 驚いたように言うユディに、結局大賢者は首を振った。


「いや…。結果的には、ようできんかったわ。時間はほとんど無限にあるし、根気もやる気もあった。じゃが、ダメじゃった。わしは、思った以上に人恋しくなっておったようでな。サクラはわしと友達になってくれると言って消えた。ヤマネはコウジという名で、病院などでは、やまねこおじさん、の発音で呼びだされて困るのが持ちネタじゃと笑っておった」


 パメルクルスは、知らず知らずのうちに拳を握り締める。


「サナエはユウエンチで一緒に遊んでくれた。タカハシはデパートという施設を楽しそうに案内してくれた。アキラはわしの頬にキスをして消えた。出会いと別れが百を数えた頃に、わしの心はもう、耐えられんようになっておった。たった百なのに…じゃ。みんな、自分に何が起こったかもわかっておらんようじゃった。だからこそ、あんなに無邪気に笑って…」


 パメルクルスは、物憂げにため息をついた。


「おそらく、わしの時が止められておるのも原因じゃろう。わしの感性はあの頃のまま老いることなく、みずみずしく、老成もせんわけじゃ。少しの言動に一喜一憂してしまう。彼らが孤独だったことも、逆に辛かった。何千万というタマシイが集まり、空を照らす月明かりになるほど輝いておるのに、彼らはすべて一人じゃった。隣に自分の仲間が居ることに気づきもせんでな」


「確かに…。私が出会ったスギタ殿も、たくさんの人影に囲まれておりながらも、一人でした。思い出というものは、真の意味で、他者の入る余地がないという話なのかもしれません。思い出すのは、あくまで本人ですからね」


 リコリネが納得したように、顔に影の入った人々のことを思い出している。


「うむ…。なぜ、黒の民が死ななければならんかったのか。縁もゆかりもない彼らに、幸せに生きていてほしかったと願い続ける日々は、ほんに辛いものじゃったよ。行かないでくれと、何度叫んだか」


 パメルクルスの声が震えていることに、ユディは気づいた。

 今のパメルクルスは、泣きたいのを我慢している少女のように見える。

 ひょっとすると、精一杯大人ぶっているだけで、ユディが思っているよりも若くして、彼女は時を止められてしまったのかもしれない。


 パメルクルスは、気を取り直すように顔を上げた。


「しかし、結局は人恋しさに耐えきれんでな。やはり何度かあの霧の中にはちょこちょこと入って行ったよ。おかげで、船の墜落原因もわかった。わかったからといって、なんの意味もないのじゃがな」


「まあ~~、一体何が原因だったのですか~~?」


 リルハープが、遠慮がちに聞く。


「原因は、先程話題に出たヒズレイシーが持ち出した装置じゃ。一人の科学者が、好奇心のままにあれを使ってな。青い空の世界では、倫理に抵触するからという理由でやれんかった実験を、空の向こうではたくさん研究することができたわけじゃ。彼奴の名は、サトウトシオ。ドクター・シュガー・アンド・ソルトと呼べと言っておった。たった一人、そうした身勝手なものが混じるだけで、何千万が犠牲になるとは皮肉なものじゃな」


「そんな…」


 何に憤っていいかもわからず、ユディは複雑な表情だ。

 パメルクルスは、ふっと笑った。


「まあ、おぬしの旅とは関係のない話じゃからの。詳しいことは省こう。ただ、どうひっくり返っても、カミという存在だけはようわからんかったな。カミを信じていないと言うておった者も居たが、信じていないと言うからには、カミという概念自体は認識しとるわけじゃ。認識しとるのに、知覚した試しがないと言う。あれがわかれば、タマシイを安寧の地に導けるかと思ったんじゃがな」


「やはり、精霊様とは大きく違った存在なのですね」


 リコリネの言葉に、パメルクルスは頷いた。


「うむうむ。果ては、テンゴクとジゴクという場所に連れて行ってもらえるという話も出てきてな。全員に死後の世界がある、という概念があるにも関わらず、そこに行く方法を誰も知らんわけじゃ。もはやカミとは一種の偶像か何かではないかと疑っておるよ。偶像をあそこまで信じられるのも、不思議な話じゃが」


「架空の存在ということですか~~。リルちゃんからすると、死んだ人たちを放置している、無責任な存在のようにしか感じられませんね~~、ぷんぷん~~っ」


「うむ…。まあ、以上がわしの研究の成果じゃ。どうじゃな、今この空で何が起きているか、わかってもらえたかの?」


 パメルクルスの問いかけに、ユディたちは表情を硬くして頷いた。

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