254.紙漉き
木琴のように木材を打ち付けあう音が響く暗室。
俺はそこで紙漉きをしていた。
何故こうなっているかと言えば、当然転職クエストで指定されたクエストだからだ。
素材採集のクエストを終えた次の日。
ログインしてすぐに司書ギルドへ向かった俺を出迎えたのは、満面の笑みを浮かべた支部長だった。
何か言う前に支部長は俺をギルドから連れ出す。
案内されたのは司書ギルド支部より二回りほど大きな建物だった。
俺が呆気に取られていると、支部長はようやく口を開く。
「待っていたんだ! 君には君が採集してくれた素材の実験を手伝ってほしいんだよ!」
目の前の建物は素材の特性や利用法を研究する実験場だった。
各地から集められた素材をインクや紙などに加工してどのような反応を示すか調査している場所。
事故やトラブルは日常茶飯事のようで、管理している本に影響が出ないように建物を分けているという。
先日俺が持ち込んだ素材もここへ運び込まれたはずだ。
支部長に手を引かれて建物に入った俺は、そのまま暗幕で囲われた一画に引きずり込まれた。
こうして今に至る。
俺が持ってきた素材は既に紙の原料と化しており、様々な色の泥のような物がきれいに並べられていた。
それらを支部長が連れてきた作業員と一緒に漉いていく。
素人仕事で良いのかとも思うが、実験用の為おおざっぱで良いとの事。
むしろ斑があった方が、違う反応が出る場合があるので都合がよいそうだ。
暗室で作業しているのも、きれいな紙を作るより光による素材の変質を気にしての事だという。
逆にいえば、丁寧にやる必要のない単純作業のため誰もやりたがらない。
俺についてくれる作業員も報酬が良いからやっているだけで、好きでやっているわけではないという。
昔、紙を漉いているだけで飢餓状態になる素材に当たった事があるらしい。
……そんな経験をしてなおも続けているのは、むしろこの作業が好きなのではと思わなくもない。
≪熟練度が一定に達したため、スキル「植物知識」がレベルアップしました。≫
≪習得度が一定に達したため、スキル「薬学」を習得しました。≫
≪クエスト報酬としてスキル「薬学」にアーツ「製紙」が発現しました。≫
用意されていた原料を全て漉いたところで、クエストクリアとなった。
正直、かなり雑な作業になったのは否めない。
それでもかなりの量があったので、ログイン時間の半分は経過しただろう。
余りに単調な作業だったので途中から作業員との雑談も増え、今まで紙にした素材の質問をしていたら「植物知識」のスキルがレベルアップしたほどだ。
そして、作業完了の報告をしたところで「薬学」スキルを獲得して特殊アーツと思われる「製紙」を手に入れた。
はたして製紙は「薬学」スキルの範囲なのだろうか?
原材料を混ぜる行為が調薬扱いなのか、もしくは化学反応のようなもので生成できる紙があるのかもしれない。
「お疲れ様! じゃあ次だね!」
「はい?」
司書ギルドで報酬を受け取ったところで、再び支部長に連れ去られる形で支部の奥の部屋へ向かう。
次に頼まれたのは情報の整理だった。
先ほど俺が作ったような紙がどんな反応を示したかを書きなぐった資料やメモを見やすいようにまとめる。
実験結果を紙の成分や厚さ、インクの量や濃度などの状況別に振り分け、それらを見直しやすいように索引を作る。
今回は研究助手という青年にサポートしてもらう。
特に殴り書きの内容は専門用語のオンパレードで書かれており、自分だけわかっていれば良いと言わんばかりの単語の羅列なので専門家のアドバイスは必須である。
魔物の国で資料をまとめた時とは比較にならないほどの難易度だ。
それこそアールヴ皇国の時のような翻訳をやっている気分になる。
とはいえ、研究助手さんの的確なアドバイスにより手探り感はない。
≪熟練度が一定に達したため、スキル「植物知識」がレベルアップしました。≫
≪熟練度が一定に達したため、スキル「気候知識」がレベルアップしました。≫
≪熟練度が一定に達したため、スキル「医療知識」がレベルアップしました。≫
実験結果だけでなく素材の植生についても整理していたためか、「気候知識」スキルがレベルアップした。
……「医療知識」スキルがレベルアップした事については何も見なかった事にする。
というか、俺もこのサンプル? に名を連ねる可能性があったのか。
異様に報酬が高くかつ不人気なクエストになるのも当然だ。
俺の体には何ともなかったので、ただ高い報酬をもらった事を喜ぶことにしよう。
「いやー。助かったよ。溜まったクエストをかなり消化する事が出来た。もちろん転職クエストに必要なクエストでもある。修復にも使われる材質の知識が身についたはずだ。じゃあ、次の支部でも頑張ってね! ……あぁ、次の支部までの道中でこなすクエストはこれね!」
そう言っていくつかの紙束を渡して手を振る支部長。
その後ろで申し訳なさそうに頭を下げている職員一同。
短い付き合いになったが、常にハイテンションでせっかちな性格の支部長はトラブルメーカー気質なのだろう。
俺も一日様子を見ていなければ、部外者を追い出したい人にしか見えなかったはずだ。
俺は苦笑しながら司書ギルドを後にする。
……………………。
一度ログアウトした後、再びログインした俺はマイエリアにやってきていた。
俺のマイエリアは第一回イベントの時に降雪にしたままである。
その一画。ため池の近くをハーメルの「泥術」とエラゼムに採掘セットのシャベルを使って耕してもらう。
ある程度、土を掘り返したところでアイテムボックスからメディティアで購入しておいた肥料を取り出す。
先ほど均した場所に振りまき、シャベルで軽くかき混ぜていく。
大体馴染んだところで、取り出すのは2種類の若木。
今回行うのは植林だ。
主な目的は従魔達の食料の確保である。
ハーメルの好物であるエイコンの苗木はどこでも手に入ったのでいつでも自家生産できたのだが、片手間で拾う分で賄えていた。
問題は肉・魚を主食にするメンバー。
自ら獲りにいったり、可食アイテムをドロップするモンスターを乱獲したり。
一番簡単なのは店で売っている物を購入する事だが、いずれも選んでも金か時間を取られる。
これからも従魔が増える可能性を考えると、ある程度負担を軽減したい。
そこで医学の国メディティアまでの道中にある奇妙な植物群の中で解決策になりそうな植物を育ててみる事にしたのだ。
最初に植えるのはエイコンの若木。
俺の身長程の大きさがあるそれをため池と反対側の辺りに植える。
この木は生命力が強く植えておけば勝手に育つそうなので、倒れないようにだけ注意しておく。
エイコンの若木を植え終わったところで、今回植林をしようと思い立った理由である植物に視線を向ける。
イケツリ
水辺に自生し、根を起点に弧を描くように水中に樹頭と枝を突っ込む。
その先から下向きに大きな花を咲かせる様から「水中のシャンデリア」と呼ばれている。
マイエリアもしくはマイルームに必要設備を設置すれば育成も可能。
アイテムの説明としてはこれだけだが、所有している植物図鑑で調べると面白い特性を持っていた。
この植物、虫ではなく魚に受粉してもらうらしい。
しかも花の咲いている近辺を魚の棲みやすい環境に作り替える作用があるという。
すぐとはいかないが、イケツリが成長したら川魚でも放流してみようと思っている。
うまくいけばカレルやジェイミーの腹の足しにはなるだろう。
一通りの作業を終えた俺は従魔達に若木の事を説明してからログアウトする。




