第二話 別離する姉妹の運命
チャイムが鳴り、退屈な授業が終わる。担当の先生が教室を出ていくのを見届け、ロザリーは小欠伸をして背伸びした。
「ロザリー、次の授業で私当てられるんだよー。ノート見せて」
「リコ、お金取られるわよ」
「えぇ、もちろん取るわ」
「うわ、困ってる親友にひど。なーんてね、ほい」
赤みのある濃い栗色の髪を肩口でざっくり一つにまとめ、濃い緑の瞳と両頬のそばかすが特徴的な少女――リコだ。その隣では、絶世の絵画とも囁かれる美少女、ヴァレンシアがリコの手元を覗き込んでいる。
リコが差し出したコインを、ロザリーは受け取った。
「しょぼいわね」
「笑うなよ、ヴァレンシア。おいこらロザリー」
確認したロザリーは鼻で笑い、やれやれと呆れてノートをリコに渡した。これでは飲み物が一本買える程度の金額だ。
リコが「ありがとう」と嬉々として書き写す。ノートを写しただけで、説明までできるのだろうか。もっとも、運が良ければ答えだけ求められて、解き方まで説明しろとは言われない。
すべては先生の御心のままに。
「ちょっと、そこのあなた。ミハルさんだったかしら、異性に馴れ馴れしすぎよ」
その声にクラスは一斉に静まり返り、空気が張り詰めた。幼少期からうんざりするくらい、聞き覚えのある声主はアデライードだ。
(お姉様ったら、よく注意するわね。あの男爵令嬢も可哀想に――って、これはさすがに目に余るわね)
ロザリーは、縮こまるミハルの隣にいる侯爵子へ目を向けた。確か、彼には婚約者がいるはずだ。にもかかわらず、ミハルは制服越しとはいえ、その腕に思いきり手を添えていた。
「馴れ馴れしくしたわけじゃ……。夜行祭のアクセサリーを取り扱ってるお店を案内してもらえるか、聞いてみただけで……」
「この方は侯爵家の子息で、夜行祭では婚約者をエスコートする立場なのよ。案内できるわけないでしょう。他の方に伺えばよろしいのではなくて?」
「お姉様ったら教えてあげるなんて優し〜い。どんくさい子にはルールなんてあってないようなものだからぁ」
「男爵令嬢じゃねぇ」
「二人ともこれくらいにしなさいよ。ミハルさんがかわいそうよ」
ロザリーの取り巻きにまで嫌味を言われ、ミハルはますます顔を赤らめる。彼女は小さく謝ると、そそくさと席に戻った。
アデライードはため息をつくと、珍しくロザリーの席へ歩み寄ってきた。
「あら、何か御用かしら。お姉様」
「あんたに姉と呼ばれる筋合いはないわ」
すれ違いざま、アデライードが低く囁いた。ロザリーは一瞬、肩を揺らして固まる。完全に聞こえていた取り巻きが若干青ざめた。
「えっと、ロザリー大丈夫?」
「……夜行祭は覚えてなさいよ……」
「あ、いつものロザリーだわ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一ヶ月が経った。卒業まで残り僅かとなり、最終学年最後の行事――夜行祭が始まった。
「お菓子が美味しい……」
「飲み物も美味しいぜ。ここ、社交界でも使われる場所らしいぞ。兄貴たちがたまに参加してるんだってよ」
「貴方たち、そんな壁の花になってないで、どなたかと踊ってきたら?」
他の令息と踊り終えたロザリーは、三人の取り巻きの元へ戻ってきた。深い夜を映した青の布地に、琥珀色の細やかなアラベスク模様が裾を広げて煌めく。漆黒の髪は緩やかなウェーブに巻き、真珠の首飾りが一際美しい容貌を引き立てていた。
「ロザリー、ご機嫌に踊ってるけどよ。笑顔がこわいよ」
「なにか嬉しいことでもあったの?」
薄紫の落ち着いたドレス姿のヴァレンシアが小首を傾げると、ロザリーは恍惚とした笑顔になった。
取り巻きたちが瞬時に引いたのはいうまでもない。
「わかる? あのね、お姉様のドレスをボロボロにしといたの。今頃、慌ててるはずよ」
「そういえば、姿を見かけないな」
「学園一を争うほどの美少女が来ないとなると、流石に誰かに気づかれちゃわないですか……?」
「はぁ、お姉様はそんな美しくないわよ。口の利き方に気をつけなさいよ、メリッサ」
くすんだ金茶の柔らかなウェーブの髪を一つに結んだメリッサは、少し垂れ目な深い青緑の瞳を憂いに曇らせた。少し苛立ちを感じた途端、ヴァレンシアとリコが固まる。
「――まあ。随分と楽しそうね、ロザリー」
背後から聞こえた声に、ロザリーの笑顔がぴたりと止まった。
――いつから、そこにいたのだろう。
黒髪をハーフアップにしたアデライードが、優雅に立っていた。月明かりのグラデーションを描いたような夜空の青のドレスには、縫い取られた灰銀の花弁が、揺れるたびに光を受けて煌めいている。
隙を見せない微笑を湛え、この世のものとは思えないほどの美貌に、全員が釘付けになる。
「あ、あらお姉様。随分と遅かったのね。ドレスが入らなかったのかしら」
「子猫がイタズラしたようで手間取ったのよ。んじゃ、私は向こうに行くわ」
「えぇ……」
ロザリーはぎこちなく笑みを返し、去っていくアデライードの背中を呆然と見送った。
「ドレス着てたな」
「濃い紫だったのに……! 嵌められたわ!」
「今回はあちら様が一枚上手だったわね。よしよし。落ち着きなさいな」
「わたしは馬じゃなくてよ!」
「じゃじゃ馬ですよ、よしよし」
「ちょっとメリッサ。頭、撫でるんじゃないわよ」
離れた場所で、アデライードはやや騒がしい一同を振り返った。ロザリーは片手の皿に大盛りのお菓子を寄せている。
アデライードの両隣には、長身の男子生徒がタキシード姿で控えている。片方は飲み物を、もう片方はケーキを手にしていた。
「ご苦労様ね、ラビ、ローウェン」
「いや、どうなるかと思いました。ロザリンド様も手強い」
「せっかくドレスは囮だったのにまさかでしたね」
予め、ロザリーが夜行祭のドレスに何か仕掛けてくることは、手に取るように分かっていた。だからこそ、最悪の事態に備えて、本命のドレスはラビとローウェンに預けておいた。
予想外だったのは、ロザリーが今身につけている真珠の首飾りだ。一見すると装飾のないシンプルな品だが、目利きの商人なら最高級品だと一目で見抜くだろう。どうやって見つけたのか――アデライードには見当もつかなかった。
「上手く隠したはずなのよ、予備よりアレがよかったのに」
ノンアルコールのワインを一口呑み、ふと生徒会メンバーがバルコニーにいるのが目に入った。
「アデライード様?」
「ちょっとラビ、ローウェン。人が来ないように見張っててくださる?」
「あ、はい」
生徒会メンバーは、なにやら夜行祭の後片付けや施錠について話し合っているようだった。仕事熱心なのは結構なことだと、アデライードは一瞬だけ感心した。だが、すぐに足を向ける。
「ねぇ、生徒会の皆さん。貴重品やドレスの警備をお願いしたはずだけど、どうなってるのかしら? 何のために一箇所に集めたと思っていらっしゃるの?」
夜行祭では、生徒たちが持ち込んだ貴重品や予備の衣装などを、生徒会が一箇所に集めて管理する決まりになっていた。
「えっあっ」
「すみません……。こいつ、ロザリンド様にお願いされてて」
「あっまて」
その後、こめかみに青筋が浮かんだアデライードの怒号がバルコニーに響き渡ったのはいうまでもない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
卒業から幾ばくか経ち、枝に葉が芽吹き、蕾が膨らみ始めた頃。
ロザリーとアデライードは、父に呼ばれて執務室に集まった。父の見習いとして登城している兄のアルベリックがいることに、驚きを隠せなかった。
それ以上に、父の口から告げられた言葉に、二人は目を見開いた。
「我が娘たち。王太子と第二王子、それぞれの正妃候補として最終候補者に選ばれた。――これは王命である」




