第一話 悪役令嬢の日常
ロザリーが公爵家の正式な娘となってから、一年が経とうとしていた。
「なんであなたは簡単な仕事さえできないのかしら? もういらないわ、私の係から外してちょうだい」
「そ、そんな、アデライード様! どうかお許しを!」
懇願するメイドの顔に、淹れたての紅茶が容赦なく浴びせられた。
「熱っ!」
メイドが細い悲鳴を上げ、アデライードから目を逸らした。急に伸びた背丈は、少女を少しばかり大人びて見せていた。アデライードは冷たい灰青色の瞳でメイドを見下ろす。
「出ていってくださる?」
有無を言わせぬ声音に押され、他のメイドが気の毒そうに彼女の腕を掴み、部屋から連れ出した。しばらくして嗚咽が扉からも漏れてきたが、アデライードは平然とお茶のやり直しを求めた。
その一部始終を、廊下を歩いていたロザリーが眺めていた。人形のように愛らしい顔には、柔和な笑みが浮かんでいる。
「あらまた、お姉様ったらクビになさったの? 何度目かしら、役立たずを当てがわれてばかりで可哀想ね」
そう独り言を呟きながら、ロザリーは後ろをつくメイドへ目線を向ける。ロザリーの琥珀色の瞳が、怯えて肩を震わせるメイドたちを静かに捉えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
十二歳になったロザリーは、一学年上の兄と同じ学園へ、アデライードとともに通うことになった。アデライードとは同学年だったけれど、クラスは別々になった。視界に映る邪魔者がいなくなったロザリーは、最初こそそれを喜んでいた。
しかし――最初の試験で、ロザリーはアデライードに敗れ三位になった。同じ家庭教師のもと、作法も勉学も優秀で、比べようがないほど拮抗していたロザリーを待っていたのは、残酷な数字だった。
その頂点にはアデライードが君臨していた。
「すごいわね……、三位以内に名前があるなんてさすがヴァロワール家の姉妹ね」
「アデライード様ってあのとっつきにくい美少女の……」
「それに比べたらロザリンド様は話しやすいわ」
周囲の声など気にすることもなく、張り出された順位に唖然とし、ロザリーは両腕で教材を強く抱きしめた。
幾度も試験を重ねるうち、いつしかロザリーも、教科によっては一位を取るようになった。両親に褒められるたび、アデライードが悔しそうに顔を歪めるたび、ロザリーは密かな愉悦を覚えるようになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
十八歳になり、学園で最終学年を迎えた。
学年が上がるにつれ、家同士の付き合いも増えていった。その中からロザリーが選んだ数人の令嬢を取り巻きとし、今では優雅に昼休みのお茶会を楽しむのが日課となっていた。
傍目には、可憐な花々を従えた美少女の優雅な茶会にしか見えない。
だが、東屋の外には数人の女生徒が集まり、なにやら騒いでいる。人だかりの中央では、一人の少女が泣きじゃくっていた。その友人らしき女生徒が、ロザリーに向かって何やら声を荒らげている。
「ちょっとロザリー! あなた、シエナの婚約者を誘惑なんてどういうこと!?」
「シエナの挨拶も無視するようになったのよ!」
周囲を囲むロザリーの取り巻きが、あちこちで忍び笑いを漏らす。ロザリーはコップを机に静かに置き、シエナたちへ目を向けた。
友人に背中を撫でられながら、シエナは焦茶色の瞳を涙で濡らしていた。泣き腫らした顔を見れば、婚約者の心がすっかりロザリーに傾いてしまったようにも見える。
ロザリーは「困ったわ」と眉尻を下げ、いかにも心外だと言わんばかりの愛らしい笑みを浮かべた。そのまま、取り巻きへ視線を向ける。
「あら、わたしはヴァンに物を落としたわって話しかけただけよ。なにもしていないわよね。むしろウザくてしょうがないのよ、毎日デートに誘ってきて……ねぇ?」
「そうそう。ロザリーは勉強に忙しいのに、わざわざこちらのクラスに熱心に通われてて」
「伯爵ごときがロザリーを口説こうだなんて、お笑い者にしかなりませんのにね」
伯爵家を格下と見る露骨な言葉に居たたまれなくなったのか、シエナはその場から逃げるように立ち去った。友人が「最低!」と罵声をぶつけ、嵐のように過ぎ去っていく。
その場を傍観していた生徒たちがざわめいた。
「またロザリンド様、男女関係?」
「去年はもっと酷かったらしいよ。上級生の婚約者を奪ったって噂もあるし……」
「下級生には第二王子殿下がいらっしゃるから、そこまで手を伸ばさなければいいけど」
すっかり、ロザリーには悪評が定着していた。けれど、本人は気にするどころか、それを面白がっていた。
退屈だけはしない。そう思えば、悪評も悪くない。
憂鬱といえば、最終学年に至ってアデライードと同じクラスになったことだけだ。
そう、何故か姉妹揃って同じクラスになってしまったのである。そもそも、姉妹揃って学年上位を競うほどの成績を収めていた。だからなのか、アデライードは何かにつけてロザリーに突っかかるようになった。
ロザリーも応戦して歯向かうものだから、クラスメイトたちは次第に二人から距離を置くようになった。




