第三話 荊の鳥籠へ
王宮へ向かう馬車の中、ロザリーは窓の外を眺めていた。荷物を持たせて先に王宮へ向かわせたリコとメリッサは、すでに与えられた部屋の支度を始めている頃だろう。
真正面に視線を移せば、世界一嫌いな姉、アデライードが澄ました顔で読書をしている。ロザリーは一ヶ月前の王命に心底呆れていた。
「え、お父様……。なんとおっしゃいましたの?」
「お城ぉ!? なんで王命なんてかかるの!?」
ほぼ同時に姉妹が声を重ねる。
そのあまりの温度差に、アルベリックは頭を抱えた。特にロザリーは心底嫌そうな顔をしていた。「そうだよな、ロザリー嫌だよな」とアルフォンスが、娘に同情するように肩を落とした。
「私ならわかりますが、ロザリーには務まらないでしょう!?」
「アデラ、落ち着いて」
「リック兄様もどういうことですの?」
咳払いをしたアルベリックが簡潔に述べる。
「アデラは王太子妃候補として、ロザリーには第二王子妃候補として赴くことになった。どうも数が少しばかり多いから、他に側室も選ばれるかもしれない」
「第二王子ってだれだっけ?」
「二学年下にいたエミール殿下でしょう」
「えー、覚えてない」
「あんた、年下まで男漁りするわりに覚えてないは無理あるでしょうが」
「向こうが寄ってくるだけですぅ〜。モテないものね、お姉様」
姉妹の応戦にどんどん話がズレていく。
「……お前たち、話を聞いているか?」
アルベリックの低い声に、二人は揃って父へと視線を戻した。
「聞いてますわ」
「聞いてるよぉ」
「なら、なぜ第二王子の話から男遊びの話になるんだ……」
またもや、アルベリックは頭を抱えた。
(お兄様ったら将来禿げるの早そうね)
全く、原因を作る張本人はのんきなものだった。
「いつから行くんですの?」
ロザリーは弾んだ声で尋ねる。
「……一ヶ月後だ」
「なに馬鹿なことをおっしゃってるんですか!!」
普通なら数ヶ月はかかるはずの準備期間を、一ヶ月で済ませろというのだ。アデライードの怒りが部屋中に響き渡ったのは、いうまでもない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
王城に到着し、ロザリーはリコとメリッサに出迎えられた。そのまま後宮に案内され、王太子宮側の通路には複数人の見慣れた顔ぶれが待っていた。アデライードのメイドたちだ。
「ロザリー、家のメイド連れてこなかったの?」
「必要ないもの。それに二人ともメイド教育はしてあるからいらないし。はい、これお姉様に餞別♡」
ロザリーはリコから受け取った紙をアデライードに押し付ける。怪訝そうな顔をした姉はため息をつき、一言も発さずに王太子宮へ歩いていった。
メイド服とは形ばかりの男装メイドのリコが頭を掻く。
「数時間後には王の間で謁見会だってよ」
「早速仕事ね。わたしを美しく着飾ってね」
「おー、任しとけ」
「あれロザリー、後夜祭のネックレスは返したの……?」
「あれねー、いつのまにか回収されちゃったの。だから、それ以上のものをお父様におねだりして買ってもらったのよ。つけるの楽しみだわ♪」
相変わらずの姉妹の攻防に、リコとメリッサは顔を見合わせて苦笑した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――煌びやかなシャンデリアの下、王の間では、厳かな謁見が執り行われた。召集された令嬢たちは二つに分かれ、前列の二人を筆頭に後ろに何人かが連なる。
玉座には中年の王と王妃が鎮座し、左右に青年が一人ずつ立っていた。
「皆の者、この度は王太子――レオンハルト、第二王子――エミールの正妃候補に来てくれて感謝する」
王の隣には年若い青年が精悍とした佇まいで立ち、白金の長髪を後ろで束ねている。意志の強そうな青紫の瞳を向け、礼をとる令嬢たちを眺めていた。彼がおそらく王太子、レオンハルトだろう。
「ランカステル家のベアトリーチェ嬢、ヴァロワール家のアデライード嬢を含め、九人お越しいただいた。それぞれ、不便にならぬよう対応する」
(ランカステル家ねぇ、王妃様のご実家とも結びつきが強い公爵家……)
腰まで流れる淡い金髪、光の加減で薔薇色を帯びる紫の瞳。ベアトリーチェは、一際目を惹く美しい女性だった。周囲の令嬢が静かにざわめくのも無理もなかった。
続いて、王自ら第二王子であるエミールの話に進む。
王妃の隣に立つ、淡い金髪に色素の薄い藤紫の瞳をした彼は柔和な笑みを浮かべている。まだ少年らしさが残り、母性本能をくすぐる可愛さがある。
「第二王子のエミールはまだ十六歳と年若い。正妃にこだわる必要はない。側妃でもよいから一人は娶ってほしいと考え、この場を設けた。集まった八人にはあまり気負いせず、リラックスして過ごしていただきたい」
王太子の妃候補者たちの名前は紹介されたが、第二王子の妃候補者たちの名前が呼ばれることはなかった。それでも前列にいたヴァロワール家のロザリーの背中には、複数人の視線が注がれていた。
(めんどくさいったらありゃしないわね。にしても、お姉様ったら勝てるのかしら)
そんなロザリーの心情を知ってか知らずか、アデライードは無表情を崩さず、王太子の妃候補者たちとともに静かに頭を下げた。




