琥珀色の閃光
延長十二回表。阪神甲子園球場。
カクテル光線が琥珀色の夕闇を切り裂き、白い熱気が選手たちの吐息となって宙に舞う。
十一回裏、鳳凰大附属が掴みかけた「サヨナラ」という名の歓喜は、ライト定位置から放たれた鈴木一朗の、重力への反逆――「レーザービーム」によって無惨に、しかしあまりにも美しく粉砕された。
「……黒田さん。あの人、やっぱり魔法使いですよ。僕の『ナックル』が空気を攪乱する嘘なら、あの人の『返球』は、この球場の空間そのものを定規で測って書き換えてる。……僕の計算機、さっきの送球で煙を吹いて壊れちゃいましたよ」
一久がマウンドで、熱を帯びた左腕をだらりと下げながら、他人事のように呟く。
「一久、壊れたなら新しく作り直せ! アイツの右腕が『光』なら、お前の左腕は、すべてを飲み込む『闇』だ。……さあ、その『魔法』に、引導を渡してこい」
十二回表、無死。マウンドに立つ一久の前に、運命の悪戯か、あるいは野球の神様の差し金か、先ほど絶望を見せつけた背番号「8」、鈴木一朗が悠然と足を踏み入れた。
ベンチの端。稲尾和久がレジ袋から、凶器のように白く凍りついた「不屈の(自称)」あずきバーを取り出した。
「……ふふ。一久くん。天才が『守り』で神話を見せたなら、君は『攻め』の投球で、その神話を書き換える権利がある」
稲尾は、そのカチカチの氷を噛み砕き、静かに命じた。
「君の指先を、そのあずきバーのように硬く、冷たく研ぎ澄ませなさい。……一朗くんという『未来』に、君の『不純な今』を投げ返すんだ」
一久は、あずきバーで冷やした指先を、ボールの縫い目に深く、深く沈めた。
感覚は、もうない。だが、その「無」の感覚こそが、今の彼には最高の武器だった。
(……一朗さん。あなたのレーザービームは、真っ直ぐすぎて眩しかった。……だから僕は、一番汚くて、一番不透明な、光さえ届かない『底』の球を投げますよ)
木佐綾子が、実況席でマイクを握りしめた。
『……延長十二回。甲子園は今、理屈を超えた二人の怪物のための、聖域と化しています。……石井一久くん、第一球……投げました!』
一久の体が一回転するほど激しく捻られ、放たれた白球。
それは、鈴木一朗の「予言」を嘲笑うように、空気の層を不規則に蹴飛ばしながら、捕手・河西のミットへと、呪いのように吸い込まれていく。
一久の「嘘」と、一朗の「真実」。
甲子園の夕闇の中で、最後のアウトを巡る、美しくも残酷な「魔法の解体」が始まった。
一久の瞳に、バニラアイスよりも甘く、そして毒々しい、勝利への渇望が宿った。




