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石井一久物語  作者: 水前寺鯉太郎
1年生編

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17/48

鳳凰の剛腕対魂のエース

 準決勝、第一試合。

 アイビースタジアムの電光掲示板に刻まれたその並びに、五万人の観衆から地鳴りのようなどよめきが漏れた。

【宮崎日大:先発・黒木】

【鳳凰大附属:先発・黒田】

「……キャプテン。あっちのピッチャー、名前に『ジョニー』って付いてますよ。ハーフですか? それとも僕と同じで、神様から名前をレンタルしてるんですか?」

 ベンチでバニラアイスの蓋の裏を丁寧に舐めていた一久が、無邪気に首をかしげる。

「バカ言え! 向こうは本物の『魂のエース』だ。……一久、今日はお前の出番はないかもしれんぞ。黒田が、お前のナックルでバグった日大の計算を、力で粉砕する予定だ」

 マウンドに上がった鳳凰大の剛腕・黒田は、一久とは対照的な「威圧感の塊」だった。

 初球、百四十六キロのストレート。ミットを爆破せんばかりの快音が、球場全体の緊張感を極限まで引き上げる。

 だが、宮崎日大の三番・牧は、微動だにせずその暴威を見送った。

(……鳳凰大。名前だけのハッタリチームかと思ったが、この黒田という男、本物だ。だが――「本物」なら、俺たちの敵ではない)

 試合は、灼熱の投手戦となった。ジョニー黒木の、一球ごとに命を削るような気迫の投球。その「熱」に鳳凰大打線は沈黙し、空振りを喫するたびに魂まで削り取られていく。対する黒田も、落差の激しいスプリットを武器に、日大の重量級クリーンアップに真っ向から立ち向かった。

 しかし五回裏。ついに日大の「最凶の三連星」が牙を剥いた。

 三番・牧が、黒田の百四十キロのスプリットを、力ずくでバックスクリーン方向へ押し戻してツーベース。続く四番・川上が、一久がベンチで「あの人の構え、教科書みたいで綺麗ですね……」とうっとり見惚れている間に、レフトスタンド最上段へ弾丸ライナーを叩き込んだ。さらに五番・小久保が、芸術的なフォロースルーで右中間を切り裂く。

 鳳凰大、二点ビハインド。

 汗まみれでベンチに戻った黒田の肩を、一久が冷たいタオルを持って叩きに行った。

「黒田さん。あの小久保って人、打った後の形が完璧すぎて、放送席の木佐さんがうっとりしてましたよ。……僕たちのマウンドで、他所の男にえくぼを見せるような真似をさせるなんて、万死に値しますね」

「……お前の励まし方は根本的に狂っているが、確かに、無性に腹が立ってきたな」

 黒田の瞳に、再び獰猛な闘志が宿った。

 その時。放送席から、少し上ずった木佐綾子の声がスタジアムに響いた。

『宮崎日大、一点追加。依然として、ジョニー黒木くんの、圧倒的な快投が続いています……!』

 一久は、自分の名前が呼ばれない、耐え難い寂しさにグラブを握りしめた。

(……僕が投げないと、彼女は僕の名前を呼んでくれない。あのアナウンスの主役は、僕のはずなのに)

 ベンチの端。稲尾和久が、西日に目を細めてニヤリと笑った。

「……一久くん。黒田の『剛』が日大を熱くさせた。なら、君の『柔』がそれを一瞬で凍りつかせる番だ。ジョニーの魂を、君の天然で溶かしてきなさい」

 一久は、ゆっくりと立ち上がった。

 鳳凰大附属、逆襲の兆し。

 「名前だけの男」が、恋という名の不純なガソリンを脳に詰め込んで、マウンドへ向かう。

 ジョニー黒木の熱風と、石井一久の冷気が激突する時、準決勝は誰も予想し得なかった混沌の極致へと、加速していく。

「……キャプテン、とりあえずジョニーさんのサイン、後でもらってきてください」

「投げてから言え!」

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