鳳凰の剛腕対魂のエース
準決勝、第一試合。
アイビースタジアムの電光掲示板に刻まれたその並びに、五万人の観衆から地鳴りのようなどよめきが漏れた。
【宮崎日大:先発・黒木】
【鳳凰大附属:先発・黒田】
「……キャプテン。あっちのピッチャー、名前に『ジョニー』って付いてますよ。ハーフですか? それとも僕と同じで、神様から名前をレンタルしてるんですか?」
ベンチでバニラアイスの蓋の裏を丁寧に舐めていた一久が、無邪気に首をかしげる。
「バカ言え! 向こうは本物の『魂のエース』だ。……一久、今日はお前の出番はないかもしれんぞ。黒田が、お前のナックルでバグった日大の計算を、力で粉砕する予定だ」
マウンドに上がった鳳凰大の剛腕・黒田は、一久とは対照的な「威圧感の塊」だった。
初球、百四十六キロのストレート。ミットを爆破せんばかりの快音が、球場全体の緊張感を極限まで引き上げる。
だが、宮崎日大の三番・牧は、微動だにせずその暴威を見送った。
(……鳳凰大。名前だけのハッタリチームかと思ったが、この黒田という男、本物だ。だが――「本物」なら、俺たちの敵ではない)
試合は、灼熱の投手戦となった。ジョニー黒木の、一球ごとに命を削るような気迫の投球。その「熱」に鳳凰大打線は沈黙し、空振りを喫するたびに魂まで削り取られていく。対する黒田も、落差の激しいスプリットを武器に、日大の重量級クリーンアップに真っ向から立ち向かった。
しかし五回裏。ついに日大の「最凶の三連星」が牙を剥いた。
三番・牧が、黒田の百四十キロのスプリットを、力ずくでバックスクリーン方向へ押し戻してツーベース。続く四番・川上が、一久がベンチで「あの人の構え、教科書みたいで綺麗ですね……」とうっとり見惚れている間に、レフトスタンド最上段へ弾丸ライナーを叩き込んだ。さらに五番・小久保が、芸術的なフォロースルーで右中間を切り裂く。
鳳凰大、二点ビハインド。
汗まみれでベンチに戻った黒田の肩を、一久が冷たいタオルを持って叩きに行った。
「黒田さん。あの小久保って人、打った後の形が完璧すぎて、放送席の木佐さんがうっとりしてましたよ。……僕たちのマウンドで、他所の男にえくぼを見せるような真似をさせるなんて、万死に値しますね」
「……お前の励まし方は根本的に狂っているが、確かに、無性に腹が立ってきたな」
黒田の瞳に、再び獰猛な闘志が宿った。
その時。放送席から、少し上ずった木佐綾子の声がスタジアムに響いた。
『宮崎日大、一点追加。依然として、ジョニー黒木くんの、圧倒的な快投が続いています……!』
一久は、自分の名前が呼ばれない、耐え難い寂しさにグラブを握りしめた。
(……僕が投げないと、彼女は僕の名前を呼んでくれない。あのアナウンスの主役は、僕のはずなのに)
ベンチの端。稲尾和久が、西日に目を細めてニヤリと笑った。
「……一久くん。黒田の『剛』が日大を熱くさせた。なら、君の『柔』がそれを一瞬で凍りつかせる番だ。ジョニーの魂を、君の天然で溶かしてきなさい」
一久は、ゆっくりと立ち上がった。
鳳凰大附属、逆襲の兆し。
「名前だけの男」が、恋という名の不純なガソリンを脳に詰め込んで、マウンドへ向かう。
ジョニー黒木の熱風と、石井一久の冷気が激突する時、準決勝は誰も予想し得なかった混沌の極致へと、加速していく。
「……キャプテン、とりあえずジョニーさんのサイン、後でもらってきてください」
「投げてから言え!」




