Episode2:終わりを迎えた死にたがり少女は召喚される
「お目覚めですか、聖女様」
「………………………は?」
(………セイジョサマ?)
聞こえてきた言葉が衝撃的すぎて、頭が上手く働かなかった。暫くして復活した瞬間、頭の中に思いついた結論は二つ。一つ、この男がおかしい。二つ、私がおかしい。この二択しかない。
(……と言うか、明らかな女子高生を『聖女様』と呼ぶ男なんておかしいに決まってる。絶対宗教を齧ってんだろ)
困惑している私を置いて、男はペラペラと何かを喋っている。エスペランサ王国がどうたらこうたら。人間の価値が最底辺やら、聖女様が人間だから国は大混乱やら。
(………そもそも此処って何処。誘拐?)
明らかに今の私は死んだ魚のような目をしていただろう。それに気が付いたのか、男は話すのを辞めて気まずそうに私を見ていた。
「……因みに、聖女様は今何処まで把握されて………」
「そうですね、身投げをしていた筈が目を覚ますと此処にいました」
なるべく明るく振る舞おうとニッコリとした笑みを浮かべる。男は何処かほっとした顔をして「そうですか〜」と言うと、笑いかけ──────顔を真っ青にした。
「……………エッ、身投げ?」
「??えぇ、身投げです」
「「…………」」
暫く私と男は顔を見合わせる。ニコニコと頑張って笑顔を浮かべる私と、更に顔を真っ青にしていく男。男はすぅ、と息を吸い込むと鼓膜が破れそうな程に大きな声で叫んだ。
「ティオ・サールスぅぅぅぅ!!!!」
「っ!!………え、なに…こわ……」
(……人の名前、かな…?いや、普通に怖い……誰だよ、ティオ・サールス…)
数分後、慌てた足音を立てて肩くらいまで髪を伸ばした金髪の男が牢屋に入ってきた。金髪の男は呆れた顔で、顔を真っ青にしている男を見た後、私を見つめる。ニッコリと笑みを浮かべた私を見て、金髪の男は微かに目を見開いた後ため息をついた。
「ユイ、大体のことは分かりました。…が、大きな声で私を呼び寄せるのは辞めていただきたいと言ったばかりですよね?」
「いや、ティオ先生!!それどころじゃないんですって!!この子、マジでヤバいですよ?!召喚される前、身投げしたって言ってたし!!」
「……身投げ?……あぁ、だから召喚された時にずぶ濡れだったんですか。見せてください」
そう言って、金髪の男は私の服を脱がせて打撲痕やらを見ていく。私の身体を見て金髪の男とユイと呼ばれていた男は微かに目を見開いた。
(………あぁ、そう言えば。私は綺麗な身体じゃ無かったな)
「申し訳ありません、見苦しいものを見せてしまって」
「……いえ、謝らないでください。聖女様」
「……………」
(…………この男もかよ…!!)
何故この二人はただの女子高生を聖女様と言っているんだろう、と疑問に思いながらも変にそこを突くと更に面倒なことになりそうなので、大人しくする。だが、怪訝そうな顔をしていたようで金髪の男とユイと呼ばれていた男は苦笑いをしていた。
手当てを受けながら、今度こそ真面目に説明を聞く。二人の話によれば、この世界は私からすれば『異世界』と呼ばれる世界であること。この世界には聖女と呼ばれる存在が度々召喚されること。そして、多種多様な生き物が存在するこの世界では『人間』の価値は最底辺であること。
(………嘘、にしては…作り込まれてる。それに、こんな嘘をつく理由はない)
包帯を巻かれた手のひらをグッパグッパと動かしながら、説明を自分なりに噛み砕き、考え込む。
(…………まぁ、何らかの目的のために無差別で人を攫った、とかならまた別だろうけど)
そこまで考えて私はふと、手を止めて二人を見つめる。
「………なら、何で助けたんですか。ユイさんは人間だから…でしょうけど。ティオさんは人間じゃないですよね?」
その瞬間、空気が凍りつき静まり返った。ティオさんもユイさんも目を見開いて固まり、その姿がどうにも面白くて笑ってしまった。笑い過ぎて出た涙を拭いながら、面白さに悶えているとティオさんの声が聞こえた。
「…………何故、人ではないと…?」
静かに問われたその言葉に、私は笑いを抑えながら答えた。
「んふっ……えぇ?簡単ですよ、そんなの。瞳孔の形が人とは違うんだもん。種族までは分からないけれど、猫みたいな瞳孔してるから……猫…虎、いや…ライオンとか?そこら辺かな?」
「……………嘘だろ…」
(………………あれ?何か空気がおかしい…?)
段々と硬くなっていく空気に段々と私の笑い声が止まっていく。だが、何故こんなにも空気がおかしいのか分からずに首を傾げていると、ティオさんは口を開いて戸惑ったように話し出した。
「……貴女が、初めてです」
「……え?」
「私の事を初対面で、"人ではない"と見抜いたのは…貴女が初めてですよ、聖女様」
「…………………エッ、嘘……」
素っ頓狂な声が出た自覚はある。けれど、心底驚いてしまった。だって、こんなにも────『わかりやすい』姿をしているのに。目の瞳孔も人とは違うし、爪の形だって、人とは違う。それなのに誰も気が付かなかったなんて。
(………この世界の生き物って、割と目が節穴なんじゃ………)
ユイさんは顎に手を当てて、興味深そうに私を見つめティオさんは、少し警戒したように私を見つめながら私を置いて会話をし始めた。
「歴代の聖女様でも、気が付いた人は居なかったのに……」
「……えぇ、王族の方々でも…あの王でさえ初対面では私の種族を見抜けなかったのに…人間が特別なんでしょうか?」
「………いや、恐らくは……」
そこで言葉を区切ると、ユイさんは私からティオさんに視線を移す。
「…この聖女様が、特別なんでしょう。人間の俺も初対面ではティオさんの正体を見抜けなかった。……『真実を見抜く目』。予言にあった聖女様と、この聖女様は恐らく…」
「………同じ目を持っている、と?」
(…………何の話をしているんだろう)
きょとんとする私を見て、二人は言葉を濁して誤魔化すとユイさんは「そんな事より!」と大声を上げた。
「わっ、…なんですか、ユイさん」
「まずいですよ、聖女様もうすぐ処刑されます!!!」
「……はぁっ?!?!」
(………なんて???処刑???何で?!)
困惑する私を置いて、ユイさんはわぁわぁと慌て、ティオさんは顎に手を当て考え込む。
「……あぁ、そう言えば…聖女とは神秘的な存在と人々には認知されてますから。人間の聖女なんて、この世界の者たちが認めるはずがない」
「存在が罪だとでも?!人間のことを何だと思ってんだよ、この世界の生き物はっ!!」
「まぁ私達のような人外の多くは、人間の事を特別な力もない無能な存在と思っていますからね……私の場合、母が人間なので人間は思ってるよりも弱くはないと知っているのですが……」
「無能て!!」
「ティオ先生、どうします?逃がしたりしたいですけど……仮にも聖女様だからな、この人……多分、牢から一歩でも出ると他にも看守が飛んできますよ」
「??他にも…?…此処に看守が居るんですか?」
私の発言に、ティオさんとユイさんはお互いに顔を見合わせて頭を抱えていた。
「あー……あのな、聖女様…」
「ユイ、貴方…自分の役職を話していなかったんですか…?」
「聖女様の身投げの話で全部吹っ飛んだ」
「…あぁ、なるほど……」
そして二人は私に向き直ると、ユイさんは気まずそうに口を開いた。
「……俺だよ、看守」
「……………エッ」
「……元々皇子様から下った命は聖女様が逃げないよう見張ることだったんだが…あまりにも聖女様が起きないから死んだと思って…」
(…………看守???この男が???えっ、明らかに細くてヒョロいこの人が??看守????いや、確かに鎧は着てるけど…)
私の目の前に居るユイさんは、明らかに細かった。細い腕に、ぶかぶかの洋服。頬もこけていて見るからに痩せていた。この身体で、体力が要るだろう看守の仕事が出来るとは到底思えない。そこまで考えて、私は先程聞かされた話を思い出した。
──────この世界じゃ、人間の価値は最底辺なんだよ。1日に一度、飯が食えれば御の字。この世界じゃ人間は『奴隷』に過ぎない。
(……………つまり、『人間』だから?)
そこまで考えて、私はユイさんを見つめる。きっと、とても酷い顔をしていたのだろう。だってユイさんもティオさんも、何処か怯えた顔をしている。
(……あぁ、嫌だな。こんな世界)
思い出すのは、元の世界で私が生きていた地獄のような日々。搾取され続けた日常。それから逃げ出したくて、幸せになるために海の底で眠ったはずなのに。
(………この世界も、元の世界も…何も変わらない。強者が搾取し、弱者が搾取される。弱肉強食の世界。……あぁ、そうだろう。それが世の理だよ。…でも)
「………あまりにも、理不尽でしょ」
(あぁ、本当に腹が立つ。何故『人間』と言うだけで搾取される?豚や牛のように食べるわけでもなく、ただ理由もなく虐げられる?あぁ、本当に────)
──────この世界は、理不尽だ。
そこに、救済は無かった。
そこに、悪意も善意も無かった。
ただ、私のなかにあったのは燃えるような怒りだけ。理不尽のなかで生きて、幸せになるために死んだはずなのに、こんな理不尽な世界へと私を送り込んだ『誰か』への。
人が人らしく扱われない事への、どうしようもないほどの怒り。ただそれだけ。けれど、私を突き動かすには…たったそれだけで充分だった。
「…………ねぇ、どうしたら全員をぶん殴られる?」
どうしようもないほどの怒りを抑えながら、私は出来る限りの柔らかい笑みを浮かべた。




