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たくさんのおみやげ  作者: 朝山 みどり


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9/11

09 ミッキーと庭

リビングの隅、犬の寝床の横に腰を下ろす。

「覚えてるか?」


犬は目を閉じたまま、微かに耳を動かした。

「公園で遊んだこと。お前、子どもみたいに駆け回ってたよな」

春先の公園。桜の花びらが舞う中、犬は夢中になって走り回っていた。

俺がボールを投げると、勢いよく追いかけ、誇らしげに持って帰ってきた。

あの時の尻尾の振り方は、今でもよく覚えている。

「それから、犬の温泉。何度も行ったな。覚えてるか?」

透は少しだけ笑う。

温泉の湯に浸かる犬は、最初は戸惑っていた。でも、しばらくすると気持ちよさそうに目を細め、湯の中でゆっくりと落ち着いていった。

タオルで拭いたとき、ふわふわになった毛。香る湯の匂い。


犬は、庭を見ている。あそこに行きたいのか?


庭の桜の木の下、ミッキーは静かに横たわっている。

俺を見上げる目が優しい。


風が吹くたび、ひらひらと舞い落ちる花びらが、やわらかく地面を彩っていく。

犬はそれをじっと見つめていた。

かつて、この場所で跳ね回っていた。

花びらを追いかけて、夢中で飛び跳ねた。

口に加えて、得意げに俺の方へ駆け寄って来た。

今はもう跳ねない。

ただ、目で追いながら、穏やかに尻尾を振っている。

俺はそっとそばに座り込んだ。


桜は、今年も美しく咲いている。

柏の木は、まだ枯葉がついている。命を繋ぐ木だ。


「ミッキー、今年の桜も綺麗だな」

犬は、ほんのわずか、尻尾を振る速さを強めた。


休み明けに出勤すると声をかけられた。


「三日も休むなんて珍しいですね、部長。家族旅行ですか?」

軽い調子の声だった。

俺は書類を整理しながら、ほんの少しだけ手を止める。

「まあ、そんなところだな」

社員は笑ってうなずき、席へ戻っていく。


家族旅行。そう言われて、思い浮かぶのは、庭の隅で静かに横たわっていた犬の姿だった。

三日間、有給を使って、ただそばにいた。話をして、背を撫でて、静かに時間を過ごした。

社員が言う「家族旅行」とは違うかもしれない。

でも、俺にとって、あれが最後の家族旅行だった。



俺は、静かに骨壺を仏壇に置いた。

手の平に収まる小さな壺。


中には、ミッキーの骨が収められている。

三日間、ずっとそばにいた。

背を撫でながら、思い出話をした。始めて会った日。公園で遊んだこと。温泉に行ったこと。

犬は目を閉じて、ただ聞いていた。


そして、最後の瞬間。

桜の木に風が吹いた。ひらりと舞う花びらを、犬は静かに目で追っていた。

それが、跳ねることは出来ない。だが目も輝きはあの時のままだった。

俺は、深く息を吐く。

仏壇には、家族の写真。そしてミッキーの骨壺。

俺はそっと手を合わせた。

「ありがとうな」

風が、微かに頬を撫でた。妻の手のようだった。



誤字、脱字を教えていただきありがとうございます。

とても助かっております。


いつも読んでいただきありがとうございます!

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