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ミッキーの最期

更新が遅れましたが、今話で最終話になります。

 おらは妖精大女王のミレーヌの擬態であるミレー少年と一緒に森の中を旅していた。

「ねえ、ミッキー。

 とっても心根の優しい女の子がいるんだけど、付き合ってみる気はないかい?」

「どういう子だよ、それ?

お前の知り合いか?」

「いや、僕はその子のことをよく知ってるんだけど向こうは僕のことは知らない」

「じゃあ、やめとくよ。ほら手元にも薬草があるぞ。

 手を休めないでくれよ」

「とっても良い子なんだけどね。残念だな」

 ミレーはそれっきり黙ってしまってからしばらく薬草を集めていたけど、急に変な声を出した。

「うぎゃっ、ああ……ああ、なんてこと」

 そして顔を見るとクシャクシャな顔をしている。

 えっ、泣いている? 何故だ?

「どうした、ミレー。草で指でも切ったのか?

 あっ、でも傷薬はいらないんだったっけか。

 すぐ傷が塞がってしまうんだものな」

「そうそう、なんでもないんだよ。ごめんね」

「そろそろ休憩でもするか」

「うん、ところで」

「今度はなに? さっきの子のことか?」

「いや、さっきの子はもう……。

 というよりとっても美人で教養があって素晴らしい女の子がいるんだ。

 良いところの令嬢でね」

「ちょい待った。お前もたいがい気が多いなぁ。

 さっきの子はどうしたんだよ。

 おらが嫌だって言ったから、もう違う子を推すのか?

 っていうか何故良家の令嬢をおらに世話しようとするんだよ。

 身分が違いすぎるだろう」

「いや、身分が違っても大いに可能性があるんだ。きっと向こうも」

「やめとくよ。育った環境も違うしね。

 話が合わないと思う。

 昼はパンと干し肉で良いかな?」

「うん……残念だな」

 そして干し肉を噛んでいるうちにミレーは急にまた変な声を出して、目に涙をためて唸った。

「うぐっ、うううう……」

「ミレー、お前はいい加減にしろよ。

 どうしておらと一緒に薬草を採ったりしてるときに、途中で急に変な声を出して泣き出したり苦しんだりするんだ?

 そして今もまた食べてる最中に」

「な……なんでもないよ。ちょっと干し肉をいっぺんに食べようとして喉に詰まっただけだから」

「そうか、じゃあ、水を飲めよ」

「う、うん」

 だが様子がおかしい。

 水を飲んだ後ため息をついたりして元気がない。

 おらはとうとう降参することにした。

 天使のような美少年が悩み苦しむところは見たくない。

「わかったよ。その最初の子と後のご令嬢の両方とも紹介してくれよ。

 そして、一緒に食事でもしようぜ。

 ちょうどおらとお前で男二人だし、向こうも女の子二人だ。

 付き合うとかじゃなくって、楽しく語らって友達になりゃ良いじゃないか。

 だから機嫌をなおせよ」

 するとミレーは大きく目を見開いてじっとおらを見ながら大粒の涙をポロポロと流した。

「だ……駄目なんだよ、もう。

 もう手遅れなんだ。

 最初の子は村娘で、村を襲った盗賊から父親を庇おうとして斧で体を縦に切り裂かれたんだ」

「えっ? 何故助けてやらなかったんだよ。

 ミレー、お前ならできただろう?

 おらも一緒に行って、盗賊どもを全滅してやっても良かったし」

「駄目なんだ。助けた後どうするんだよ? 

 君の奥さんにするっていうなら引き続き面倒みれるけど、そんなわけにはいかないんだ。

 助けて知り合って情が通えば最後まで面倒をみなきゃいけなくなる。

 そんな人間が増えれば守り切れなくなってしまうから」

「もしかして良家の令嬢というのも、もう死んでしまったのか」

「うん、よその国の貴族の令嬢だけれど、悪い貴族の計略にかかって民衆の敵のレッテルを貼られ一族もろとも吊るし首にされたところだよ。

 その子だけでも助けてやりたかったのにできなかった」

「もしかして、そういうのは日常的に世界のどこかで起きているのか?」

「起きてるよ。今回はたまたま重なったけれど、一時間に一回くらいの割合だね。

 でもそれは政情が不安定な都市部とか、治安の悪い郡部を選んでいるから、しかも死なせたくない善良な者にのみ絞って監視してるから、実際の数の一割くらいかもしれないんだ」

「ということは一時間に十回くらいあっても不思議はないんだな」

「ああ、それも盗賊に殺されたり陰謀や策略によって殺される人間の数に限って言えばということだよ。

 残念ながら戦争で巻き込まれて死ぬ者のは数に入ってないんだ。

 まあ、どっちにしろ、助けてやることはできないから同じことだけどね」

「ミレー、ちょっと待てよ。お前には善良な人間の心が分かるんだろう?」

「うん、不幸なことに分かってしまうんだ。

 そしてその人たちが理不尽な暴力で命を無残に奪われるのを指を咥えて見ていることしかできないんだよ」

「ミレー、お前言ったことがあるよな。

 デビアン空間というのがあって、そこには誰も侵入することはできない場所だって」

「うん、僕と僕が許可したもの以外は出入りできない場所だよ」

「そこは広いのか?」

「今のところは高級貴族の所有地くらいの広さだけれど、中に住む人間が増えればいくらでもそれに合わせて広げることができる……あっ」

「そうだよ、そこに助けた人間を住まわせれば良いじゃないか」

「でも、食料や物資はどうするんだい? その人たちをただで飼っておくようなことはできないよ」

「その通りさ。だったら働かせれば良いじゃないか」

「どうやって? デビアン空間には資源もないし産業もない。無理だよ」

「ミレーは空間魔術を得意とするんだろう?

 だったら、そのデビアン空間に出入り口をあちこちに作るんだよ。

 ミレーが許可した人間だけが出入りできるような出入り口をね。

 そうすれば資材とか物資は自由に運び込めるだろう?」

「……」

「まだ迷ってるのか?

 よく言うだろう、案ずるより産むがやすしってな。

 救いたい命があるなら、これから助けに行こうぜ。

 おらも手伝うよ。人助けは気持ちの良いもんだ。

 そして助けた人間をデビアン空間に連れて行き、そこで生活できるようにすれば良いだろう」

「ユートピアだ。

 今度からデビアン空間をユートピアと言う名前にして、そこに皆を匿(かくま)うんだ」

「ああ、なんでも良い。

 それで救いたい人間を救いに行こうじゃないか。

 その後のことはその後のことでなんとかなるっ」

 おらはグズグズ悩んでいるミレーに発破をかけて出動させた。

 けれどもミレーは慎重だった。

 人助けをするにもタイミングを計っているんだ。

「だってね、まだまだなんとかなるって思ってるときに助けても感謝されるどころか、余計なことをしたと逆に恨まれる恐れがあるんだよ。

 こんなことはしたくないけれど、助けるなら絶体絶命に追い詰められたときの瞬間を狙わなければ駄目なんだ。

 特に家族や一族がまだ生きているときに助けても、何故家族を見捨てて自分だけを助けたと逆恨みされる。

 人助けするにも演出がいる。

 それこそ残酷な演出がいるんだよ。

 そして迫害者を排除するのも最小限にしなきゃいけない。

 できれば殺さずにおければ良いと思ってる。

 悪いやつほど自分で手を下さずに配下を使って殺害しようとするんだ。

 だからただ命令されて動いているだけの人間を殺す必要なんてないと思うから」


 万事ミレーの考えはこうなんだ。

 どんなに善良な人々であっても、殺害されるということは歴史上の運命でそうなるということだから、救うとしても最小限の人数に留めるという考えなんだ。

 そして敵対勢力もできるだけ傷つけずに放置するしかないのだという。

 彼らを一人でも殺せば必ず恨みを買い、報復して来る。

 そうすると断ち切ることのできない憎しみの連鎖がが延々と続くことになるのだという。

 ミレーは過去にそういう争いの歴史を数多く学んで来たらしい。

 

 

 馬車が急に止まったのでサリーナは、何事かと思った。

 すると護衛の傭兵たちが荒々しく馬車のドアを開け放ち、サリーナの襟首を掴んで引きずり出した。

「きゃぁぁぁ」

「騒ぐんじゃねえ。奥様がお前を殺せと命令なさったんだ。

 だが折角器量よく育ったお嬢様だ。

 死んでもらう前に俺たちに味見させてもらおうか」

「や…やめて……ください」

「ほらみんなで押さえておけ。

一番乗りは俺がする」

 サリーナは他の護衛たちに持ち上げられ両腕や両足を抑えられる。

 ビリビリッとドレスが破かれる。

 あっという間に下着姿にされ、それも剥ぎ取られる。

「やめてください。お願いですっ」

 彼らは本来は自分の護衛の筈なのに、何故こんな惨いことをするのかセリーナには理解できなかった。

 舌を噛もうとする前に口に自分が身に着けていた下着を突っ込まれてそれもできない。

 もう駄目だと思ったとき、白い霧がもくもくと辺りに立ち込め、護衛たちの姿さえ見えなくなった。

 ゴンッ、ドスッ。

 鈍い音が立て続けに起きて、体が突然解放され地面に落ちた。


 すると一瞬で霧が晴れて青い草の上に自分が倒れていたのに気づく。

「娘さん、服を着るのだ」

 少年の声がしてそっちを見ると、不気味な精霊面を被った人物が立っていた。

 でもどう見ても自分と変わらぬ年若い少年のようだと知ると、急に全裸の自分が恥ずかしくなった。

「そこに粗末だが着替えがある。

 少し消えているから服を着ると良い」

 ふと足もとを見ると畳んだ衣服が置いてあった。

 顔を上げるともう精霊面の少年の姿はない。

 たった今護衛たちに襲われ乱暴されてから殺されるところだったのに何が起きたかよく分からない。

 だがどうやら助かったようだ。

 しかも神秘的な力によって、あの場所からここまで一瞬のうちに運ばれた。

 サリーナは服を着ると辺りを見回しながら声をかけた。

「あのう、精霊面のお方様、服を着ました。

 助けて下さってありがとうございます」

 すると突然目の前に精霊面の少年と、恐ろし気な狂戦士の面を被った少年が現れた。

「娘さん、たまたま通りがかったら男たちに襲われていたので、やむなくここまで瞬間移動させた。

 だがどうやら同じ馬車に乗っていた従者は喉を掻き切られて死んでしまったようだ。

 従者は間に合わなかったようだ。

 すまん。

 私には命の危機に救いを求める者の声が聞こえる。

 その者が純粋に心が善良で罪なき者なら助けるようにしている。

 だがその後は知らぬ。

 その後はなんとかこのユートピアの地で生き延びることを考えるのだ。

 後から同じように命を救われた者がこの地に来るだろう。

 その者たちと手を組んでこの地を平和な村にするのだ。

 とりあえずはこの先にわが屋敷がある。

 そこを訪ねて保護を求めると良い。

 ではさらばじゃ」

「あのう、お名前をっ。

 私はセリーナと言います。

 セリーナ・ロックブルと言います」

「知っている。私は精霊、こっちは狂戦士と憶えておくが良い。

 それ以上のこと知る必要がない」

 そう言うと、二人の仮面の少年たちの姿は消えた。


 セリーナは継母に言いつけられて馬車で町まで使いに行くところだったのだ。

 珍しく護衛たちまでつけてくれて送り出されたが、まさか殺されるとは思わなかった。

 やがて精霊面が指さした方向を歩いて行くと大きなお屋敷に辿り着いた。

 玄関のノッカーを叩くと、ドアが開き中から初老の執事が現れた。

「いらっしゃいまし、セリーナさま。

 私はこの屋敷の執事のニコラスと申します。

 お待ちしておりました。

 さあ、どうぞ中へ」

 セリーナはほっとして体から力が抜ける思いだった。

 もう安心だ。



 それから間もなく次々と色々な人たちが精霊に保護されてやって来た。

 ドワーフの国からは鍛冶工として名高い職人の一族が十数人もやって来た。

 彼らはライバルの職人に妬まれ、あらぬ罪を着せられ自分たちの作品も奪われて処刑されるところを全員救われたのだ。

 あわや打ち首になるところを処刑場に白い霧が立ち込め視界が閉ざされたと思ったら、ここに来ていたという。

 まさに超常的な空間魔術の力で救われたということだ。



 

 おらはセリーナが裸にひん剥かれるまで救おうとしなかったミレーの判断を冷酷だと思った。

 事実セリーナに忠実だった従者の青年は真っ先に殺されている。

 彼も善良な青年だった筈だ。

 そしておらはあの護衛たちを一人残らず首を切り飛ばしてやりたかったが、頭や腹を殴って気絶するだけですませたことに不満があった。

 だけどミレーは殺してはいけないと言う。

 そういうときのミレーはおらの弟というより、おらの上司か師匠のようだから変な気持ちだ。

 おらはミレーの言葉に従ったが、やはりミレーは冷酷な人間だと思うことに変わりはなかった。

 けれどもきっとミレーが正しいのだろうということは分かっている。

 分かっているけど、納得できないって感じだ。

 


 セリーナは来る人来る人に話を聞き、どんな事情で命の危険にさらされたのかを教えてもらった。

 すると共通点は彼らが善良で罪なきにも拘らず、ある時は理不尽に暴力を振るわれ、ある時には言われのない冤罪を着せられて一族を皆殺しにされるとかいう運命をたどった者ばかりだったのだ。

 しかも、親しい家族はすでに殺され、自分の身も風前の灯の時に救われていることを知る。

 そのことを疑問に思っていると、彼女の前に精霊面の少年が現れた。

「セリーナよ。お前が私たちの行いに疑問を持っていることは知っている。

 されど、私が行えるのは最低限の救済なのだ。

 そしてギリギリのところでしか救いに駆けつけることができない事情があるのだ。

 だから救えなかった命のことをあれこれほじくり返すのではなく、助かった命をこれからどう生かすのか考えるようにするのだ。

 それでなければ、お前の命を救った意味がなくなる」

「わかりました。精霊様。もう詮索することはやめます」


 ある程度の時期は執事のニコラスが部屋を割り当ててくれ、食事の用意もしてくれた。

 けれど、ある日ニコラスは避難民全員を集め、説明した。

「私はここの精霊館の執事であると同時に、ニコラス商会の会長です。

 あなたたちにはこれから家を建てて自分たちの集落を作ってもらいます。

 畑を耕し、鉄を精錬し農具を作って貰います。

 そしてここユートピアの村を本拠地にして、世界中の色々な場所に行き、自由に仕事をしてもらうことになります。

 けれどもあなたたちは追われる身、ここから出るときは慎重に行動してもらうことになります」


 それからニコラスは世界各国にあるニコラス商会の支店に繋がる亜空間の出入り口があることを教えた。

 

 セリーナは貴族にはもどれないので、姓を捨ててただのセリーナとして商人をすることにした。

 ドワーフの職人たちは鍛冶場を作って作った物をニコラス商会に納めることにした。

 もともと才能があり真面目な者たちばかりだったので、みなそれぞれ自分に合った仕事を始めるようになり、ユートピアの住人は活気づいて行ったのだ。

 その中でセリーナは周囲から頼られてみんなのまとめ役になって行ったのだ。

 もともと彼女は伯爵家の令嬢であり、領地経営のことなど多くを学んでいたせいで、皆に乞われてユートピアの初代村長になったときにも少しも慌てずにすべてをそつなくこなしたのだった。



 ある日おらは驚いた。

 ミレーが寝癖のついた髪の毛で起きて来たのだ。

 そして手足に虫に食われた痕(あと)を沢山作っているのだ。

 妖精のミレーには今までそういうことはなかった。

 おらは虫除けの薬草を体に擦りこんだりするが、ミレーは自分でハーブの香りを体から出して虫を追い払ったりする。

 まして虫の食い痕のように体に傷跡が残ることはない。

 髪の毛もどんなに寝起きのままだとしても髪がはねていることなど一度もなかった。

 櫛やブラシで整えなくてもミレーの髪はいつも整っていて、風が吹かなくても緩やかに波立つ美しい髪だったのだ。

 顔や衣服もいつも綺麗で埃や泥がついたことがない。

 水を頭から被せられても、水ははじき飛んで少しも濡れない不思議な体なのだ。

 だが今のミレーは埃っぽく、髪の毛も顔もなんとなく薄汚れている。

「ミレー、いったいどうしたんだ?」

「それは私が説明するわ、ミッキー」

 振り返るとなんとそこには嘗ての妖精女王ミレーヌが立っていた。

「えっ、これはどういう?」

「そのミレーは家族が欲しくてミッキーから離れたがらないミレーだよ。

 私は神スライムの分裂繁殖の方法で、自分からその分身を作ったの。

 でも彼は色々な面で私の能力を受け継いでいない。

 世界の知識もないし、世界を見渡す目も耳もない。

 そして傷ついても回復する力もない。

 ごくごく人間的な部分を集めて作った私の分身。

 でもあなたのことを兄と慕い、家族として愛する気持ちは誰にも負けない。

 そしてこれは言わなければいけないけれど、彼は少女の心のまま少年の肉体を持っているけれど、正確に言えば肉体的には男性でも女性でもない。

 女性を好きになることもなければ孕ませることもできない。

 かといって男性に身を捧げることもできない。

 さらに寿命はあるけれど、肉体的に成長することはない。

 あなたは彼を弟として扱うけれど、そのうち息子として、そして孫として扱うことになるでしょう。

 そしてあなたの命が尽きるときが来れば彼の命も尽きます。

 どうか彼を連れて旅に出てください。

 私にはユートピアを育てて行き、やがては大きな国にしなければいけないのです。

 ミッキー、あなたのお陰で自分の生きる道が見いだせました。

 感謝します。

 そしてミレーを連れて行ってくれるのなら、ニコラス協会に頼って下されば、いつでも援助します。

 どうかお申し出ください」

 おらはミレーヌを睨みつけた。

 彼女はとってもひどいことをしたんだ。

 家族を切り捨てるどころか、自分自身を切り捨てたんだ。

 上澄みの綺麗なところだけ自分が持って行って、残りかすの……自分にとっては足枷(あしかせ)にしかならない部分を切り捨てたんだ。

「ミレーヌ、おらはお前を見損なったぞ。

 ニコラス商会に頼ってくれだと?

 誰がそんなところに頼るものかっ。

 おらはミレーを連れて行く。

 それにしても男でも女でもない体で成長もできないなんて、なんて残酷なことをするんだっ。

 おらはきっと命が尽きるまでミレーと旅を続けることだろうな。

 お前はきっと、おらたちが年取ったら安住の地を与えれば良いだろうと思ってるんだろう?

 それがユートピアだとしてもお断りだ。

 おらはミレーと一緒に一生旅をつづけるんだ。

 そしてお前とも永遠にお別れだ。

 もう会うことはないだろう。

 そしておらのことを監視することも許さない。

 お前も二度と顔を見せるなっ」

「待って、ミッキーさん、違うの。お願いだから話を聞いてっ」

「聞く耳は持たない。

 おい、ミレー行くぞっ。

 おらに付いて来い」


 おらはこうしてミレーヌと決別した。

 哀れなミレーを連れていつまで続くかは分からない旅に向かって歩き出したんだ。








 それから七十年の月日が経った。

 儂(わし)はひ孫のミレーを連れて旅をしていたが、ほぼ世界中を何周も歩き通した。

 一所(ひとところ)に長くいればいつまでも成長しないミレーが奇異な目で見られる。

 また同じ年の少女がどんどん成長して行く姿を見ることは少女の心を持つミレーにとって残酷なことなのだ。

 同じ年ごろの少年たちもどんな目でミレーを見るのかと思えばそれは儂(わし)には耐えがたいことだ。

 ミレーは姿形が成長しないだけでなく、心も成長しなかった。

 いつまでも少女のように愛らしく、少年のように清らかだった。

 けれども妖精の呪われた体を持ち同時に人間の弱い体も持っていたのだ。

 ケガをしたり病気になったときは魔薬草から作った特別のポーションを与えて回復させた。

 

 けれども儂はもうミレーヌを守れなくなって来た。

 かつて電光石火の早業でどんな攻撃も跳ね返した儂の体力も筋力も衰え、普通の傭兵や兵士たちに囲まれればもう対抗できなくなっていたのだ。

 今、儂を囲んでいるのはさる貴族の私兵たちだ。

 その貴族は儂が特別なポーションを使ってミレーヌを治療したことをどこからか嗅ぎつけ、儂を捕らえて薬を作らせる為に幽閉しようとしていたのだ。

 そうなれば儂とミレーの人生はそこで終わる。

 儂はミレーに言った。

「ミレー、これまでだ。

 儂はこれから死ぬ。お前も一緒だ。

 奴らはお前を人質にして儂にポーションを作らせる気だ。

 だからお前には悪いが儂は死ぬ。

 お前を残してはいけないから、ちょうど良い。

 ミレーヌは儂が死ぬとき、お前の命も尽きると言ってた。

 それだけは良いことをしてくれたと思うよ」

「ミッキー、死なないで。戦うと切られて痛いよ。

 苦しんで死んでもらいたくない。

 それに僕は分かるんだ。あの人たちの考えていることを。

 きっとミッキーは殺されずに長い間拷問をしてポーションの秘密を全部白状するまで続ける積りだから」

「大丈夫だ。儂のポーションの作り方はお前も知ってるから、どっちが生きていても碌な目には合わない。

 実は楽に死ねる方法があるんだ」

 そう言って儂は兵たちの後ろにいる貴族の顔を真っ直ぐ見つけた。

 相手はカワーディス子爵だ。

「おい、旅の薬師のミッキーとやら、大人しく降参しろ。

 お前の作っているポーションはわが子爵家の秘伝のレシピが盗まれたものだ。

 この泥棒め。大人しく捕まって盗んだ秘伝のレシピを白状すれば命だけは取らずにおいてやる」

「はっはっは、言うに事欠いて自分が泥棒のくせに人を盗人呼ばわりとは片腹痛いわ。

 カワーディス子爵よ、よく聞け。

 儂を生け捕りにすることは不可能だ。

 まして間違えて儂を殺すことができたとしても、儂の持っている収納空間は中に入っている数千ものポーションを吐き出すことはないのだ。

 そのまま持ち主なしの亜空間として高次元の空間をさまよい続けることだろう。

 おっと、言っておくが儂が死んだとしてもこの孫が儂の収納空間を引き継ぐと思っていても無駄だ。

 残念ながら儂が死ぬと同時に孫も死ぬ運命にある。

 だからお前は永遠に儂のポーションを手に入れることはできないのだ。

 ただの一本もポーションの瓶を手に入れることは無理なんだ」

「おのれ、さすがに嘗て疾風の殺人薬師と二つ名を持っていただけある。

 それなりの自信があるのだろう。

 だが、どこまでお前の腕が通用するかな。

 吾輩の私兵は最強の傭兵団なのだ。

 あっという間に生け捕りにしてくれるわ」

「おっと、慌てるな。良いことを教えてやろう。

 儂は昔ある魔法契約をしたのだ。これを破ったらその場で心臓が止まることになっている。

 それはある秘密を口にしたら命が尽きるという契約だ。

 教えてやろう。

 儂は嘗てある上位貴族の令嬢に靴紐を結んでもらったことがある」

「何を言ってる、名前も爵位も知らぬそんな女の秘密を言ったぐらいで死ぬなんて魔法契約があるはずが……おい、どうした?」


 そのときは儂の心臓が確実に止まっていた。

 そして倒れた後は意識が消えた。

 儂は間違いなくここで命が尽きたのだ。

 そしてミレーの命も……。




 僕は常日頃からミッキーに聞かされていた。

 ミッキーの命が尽きるときに、僕の命も尽きると。

 でも僕は死ななかった。

 それどころか、胸の奥が熱くなって、体に変化が起きた。

 力が全身に漲って来る。

 いったい何が起きているんだ?

 その時、頭の中に声が聞こえた。

 これは確か妖精大女王ミレーヌの声だ。

 七十年ぶりに聞く声だが、何故か僕にはすぐに分かった。

『ミレー、あなたは私の分身ではなく私が密かに作ったホムンクルスです。成長しないのはそのせいです。

 でも特別な魔術で私の心を私の体細胞と一緒にコピーして植え付けたのです。

 あなたの体は私と同じ材料でできているので、本来は傷をつけてもすぐに回復する体なのです。

 でも人間に近くしてミッキーに守ってもらうためにその回復力を封印してます。

 そして定期的に病気になったりしてミッキーの世話になるようにしたのです。

 私の代わりに愛されること、それがあなたの役割なのです。

 家族の愛に飢えていた私の心はそのまま私にもあります。

 でもミッキーにはそのすべてをあなたに移したと嘘を言いました。

 私の心はあなたの心と繋がっていて、ミッキーと一緒に過ごすあなたの心と常に共にありました。

 もう一つ、ミッキーが死ぬときにあなたも死ぬというのは嘘です。

 ミッキーは死ねばあなたを守る者がいなくなるので、あなたは自分で自分を守らなくてはいけない。

 だからミッキーの死と同時にあなたの胸に埋め込んだ二つの魔石が発動するようにしておいたのです。

 その魔石は嘗ての私の使用人のホムンクルス、ザックとカネの魔石です。

 その人格はもはや再現されませんが、ザックの素早い運動神経とカネの怪力を受け継いでいます。

 さあ、そこから脱出しなさい』


 僕は辺りを見回した。

 子爵が僕を見て叫んだ。

「な……なんだ。ミッキーの奴嘘を言ってたな。

 奴のひ孫は一緒に死んではいないぞ。

 さあ、みんなその小僧を捕まえろっ」

 その声と同時に僕は動いた。

 周りの兵士たちの動きがなんだかやけにのろい。

 僕は素早く動き包囲網を破るために兵士たちの一角を突き飛ばした。

 すると一度に数人の兵士が重なり合って数メートルも飛んで行った。

 僕はそのまま走ったが、兵士たちはのろのろとしていつまでも追いつけずにどんどん距離が離れて行く。

 僕は瞬間見知らぬ所に現れた。

 目の前に立っているのは七十年前に見たミレーヌだった。

「ここはユートピア国です。

 善良な真面目な者たちが集まって平和に過ごす理想郷です。

 さあ、ここで静かに過ごすと良いでしょう」

 だが僕は首を振った。

「いえ、僕はもう自我を持ったホムンクルスです。

 僕はミッキーの心を引き継いで旅を続けます。

 もしあなたの心が僕と繋がっているのなら、僕をここに繋ぎとめておく意味がないでしょう。

 さようなら、そしてここから僕を出して下さい」


 こうして僕は自分の旅を続けることにした。

 僕は性を持たないホムンクルスだ。カネやザックのように男女の性を持たない。

 それなのに心だけ少女の心を持っている。

 そして少年の心も。

 少女のように愛らしく少年のように清らかに、僕はこれからも生きて行くだろう。

 いつの間にか埃だらけだった僕の体は綺麗になっていた。

 ぼさぼさだった髪の毛も艶々してふんわりと風になびいた。

 ミレーヌの心をコピーしているせいか、僕には人の善意や悪意がなんとなくわかる。

 だからこれからは騙されずに、良い人々と巡り合えるようにして行こうと思う。 

今までご愛読下さいましてありがとうございました。

なお、途中で出て来た妖精女王のミレーヌですが、

拙作『田舎娘ミレーヌ』の主人公ミレーヌのその後の姿です。

よろしければそっちの方も呼んでいただければと思っています。

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