都市内の仕事を切り上げて
相変わらず地味に日常が進行します。
クリスは女性用バックパックを背負って息を弾ませている。
「私の荷物に比べて、師匠のは大量にありますね。
かなり重い筈なのに全然ふらふらしてない。す……すごいですね」
「女性用は三十キロだけど、男性用は六十キロなんだ。
普通おらのような子供は女性用でも重いから少なめに荷物を入れるんだけど、おらは男性用でバックパックじゃなくって背負子を使うんだ。
そしておらはこの背負子にときどき八十キロくらいは積み込む。
その分謝礼は増えるからね」
「わたしの区域はこのブロックだけだよね」
「初心者は狭い範囲にして体の負担を軽くしてるんだ。
そして安全な地域だけにね。
重い荷物を持って長距離を歩けば疲れるし、危険だからね。
その分謝礼は少ないけどこつこつやればお金は溜まるよ」
「納得いかないのは軽い手紙類でも重い荷物でもあまり料金に差がないってことだよね」
「手紙類は内容によっては貴重だからね。
大事な書類が入っているかもしれない。
一方重い荷物でも中身が芋などの場合もあるしね。
一応重さによって料金は大雑把に分けられているけれどね」
「だから、みんな手紙を運びたがるのか。
だけど腹が立つよね。
上級配達員だと手紙だけしか運ばないし、手間もかからないし。
中級だと手紙や荷物が混ざるけど、わたしたちは初級だから荷物ばかりでしょう?
全然割に合わないよ。」
「それは仕方ない。それが下積みというものだろう?」
おらはそう言いながらクリスの配達区域を一緒に廻ってあげている。
今日のおらは七十キロの荷物を背負子に積んで歩いていて、もちろん体重の倍以上だ。
だから重心が上にならないようにお辞儀姿勢で歩いてるんだ。
そうしないと後方または前方に転んでしまうからだ。
「ねえ、ミッキーじゃなかった。
師匠、バックパックは肩が痛くなるよ」
「仕方ないなぁ。
それじゃあ、頭の上に載せてみたらどうだろう?」
「えっ、頭の上に?」
「姿勢を真っ直ぐにして、頭のてっぺんに載せて手で支えるんだよ。やってごらん」
「本当だこれなら苦しくない」
「じゃあ、それで行ってみようね」
クリスの分担区域が終わったのでおらは自分の分を配ることにした。
「えっ、師匠はこれから配るの?
そんな重い物背負って一緒に廻らなくても良かったんじゃない?」
「うん、おらはまだ駆け出しだから、足腰を鍛えるために背負ってるんだよ。
だから気にしないで。
先に帰っていて良いよ」
クリスをさっさと帰すと、今度はいよいよおらの本領発揮だ。
おらは都内の全区域の荷物だ。
先輩たちは重い荷物から先に下せるように配達順路に合わせて荷物を選ぶ。
つまり配達屋に近い所で重い荷物の配達を下ろせるように先に選ぶのだ。
もちろん遠い所に運ぶ物はなるべく軽いものを選ぶのだ。
おらの所に残ってるのは遠い所の重い荷物と近場の数多い軽い荷物だ。
そのうちの近場の軽い荷物を選んでクリスに担がせ、先に終わらせた。
そしておらはいつも残り物を全部選んで配達する。
本当なら各自が配達区域を決めておけば良いのだろうが、それだと荷物の量に変動があるので、都合が悪いらしい。
おらは決まった順路で都内全区域を廻る。
但し人通りの少ない所や路地を縫うように走るんだ。
治安の悪い裏通りなんかも通るのは、その方が近いからだ。
譬えて言うと、縦横無尽に走る都内の大道小路の全てを一筆書きで書けるように、無駄に重複することがないようには通るんだ。
そして配達場所が密な所は普通に歩くけれど、間隔が長いときは一気に走って時間短縮をする。
それこそ重い背負子を背負っていても風のように走り、肉眼では見えないようなスピードになっていると思う。
だからおらは先輩たちが一日がかりで配達する荷物も、二三時間で終わってしまうのだ。
そうやって戻ると後から入った荷物を任されることがある。
そうすると稼ぎが何倍にもなるのだ。
解体部に行かない日や解体が早めに終わったときなど、店ではおらが来るのを待ち構えていて、どーんと大荷物を持たされることが殆どだ。
それも先輩たちが嫌って残して行った遠方の重い荷物が殆どなのだ。
あるとき上級配達員が大怪我をして戻って来た。
そのときおらはクリスの配達を手伝って、その後自分の分八十キロほどの荷物を配り終えて戻って来た所だった。
「何があったんですか、親方?」
「ああ、ミッキーか。頼まれてくれ。特別手当をはずむから」
親方は血だらけになって寝ている上級配達員の方をちらっと見てから言った。
「今回は重要な手紙があったので、護衛をつけて配って貰ったんだが、襲われたんだ。
護衛はなんとか彼を逃してくれたがやられたらしい。
いやいやお前なら顔を知られてないから届けられると思う。
襲った者たちの狙いは領主に届ける手紙だが、それは奪われていない。
ほかの手紙と一緒に配達を頼めないか?」
「おらで良いのですか?
おらは初級配達員でいきなり上級の仕事は」
「初級だからかえって気づかれないんだ。
それにお前は配達の足が速い。
万が一襲われても逃げきれるだろう。
お前しか頼めないんだ。
頼むっ」
「分かりました。
やります。
で何といえば」
「緊急配達だと言って持って行け。
必ず領主の家は執事に渡すことだ。
重要だから侍女や他の使用人に渡しては駄目だ。
敵方の手の者が潜入している場合もあるからな」
「それじゃあ、バックパックを……結構入ってますね」
「配達し始めて間もなく襲われたからな。
四半分も配ってない。
赤い封筒が例の手紙だ。
それを一番先に配ってくれ」
でもおらはその通りにしなかった。その他の手紙を先に配ることにしたんだ。
おらは手紙の住所を調べて、自分の配達順路に合わせて並べ替えた。
若干荷物配達の順路と違う感じだったが、それを頭に入れると一気に走った。
手紙なぞ何通あっても重さはたかが知れている。
だからおらの足は普段の何倍も速かった。
すれ違った通行人はたぶん風が吹き過ぎて行ったと思ったことだろう。
そして気づいたときは残り赤い封筒一通だけになっていた。
領主の屋敷に近づくと怪しい連中が周囲を見張っている。
正門から入るのは彼らに捕まるリスクがある。
おらは門から離れた所で高さ二メートルほどもある石塀に向かって走って行き、そのまま塀の壁を駆け登った。
中に入るとゲートウエイに向かって走り玄関まで辿り着くとノッカーを叩いた。
けれど門番たちが不法侵入したおらに気づき走って来る。
それに呼応して兵士たちもやって来た。
危機一髪のところドアに現れた初老の紳士におらは言った・
「緊急配達です。執事さんですか?」
あいてが頷いたので、おらは赤い封筒を渡す。
「中に入って待っていなさい」
ドアの中に入れてくれたので、おらは門番や兵士に捕まらなくて済んだみたいだ。
「旦那様がお呼びだ。ついて来なさい」
やがて執事さんはおらをここの貴族様の所に連れて行った。
「領主のネバーランド子爵だ」
「ははーーー」
「顔をあげろ。そんなに畏まらなくても良い。
何故初級配達員の腕章をしているお前がこの手紙を届けた?」
それでおらは見聞きしたことを全部話した。
「ほう、お前はうちの石塀を駆け登って越えて来たのか。
威勢のいい奴だ。度胸もある。
ちょっと待て」
子爵は執事に耳打ちすると、またおらに話しかけた。
「今お前に特別に褒美を用意させる。
それと外でお前を見張ってる奴らは兵士が捕まえるので安心しろ」
やがて執事が金の袋を持って来ておらに渡した。
ずっしり重い。中を見ると金貨が入っていた。
「配達屋の親父も無茶をするなあ。
お前の命よりも手紙を大事にしたということだ。
だが恨むな。配達屋と言っても信用商売だ。
信用を貫くためにお前の命を懸けた仕事に期待したってことだ。
それはお前の命の代金だと思ってとっておけ。
それから付いて来い」
おらは領主様の後をついて行くと、庭に数人の男たちが縛られて固められていた。
「こいつらか?
屋敷の周りにいたのは」
「はい、それでしかたなく塀を越えて入りました」
「どうせ雇い主が誰かも分からないで仕事を引き受けて来たんだろう。
だから拷問しても何も出て来ない」
と言ったかと思うと領主さまはさっと手を払った。
彼らは兵士たちに引っ立てられてどこかへ連れて行かれる。
「あいつらは労役奴隷に売り飛ばされる。
代金は今のお前がもらった額くらいにはなるだろう。
だから気にせずに使え。
配達屋の親父に言うなよ。
上前をはねられるからな。
はっはっはっは」
なんとも豪快な領主さまだった。
おらは執事に門まで見送られ、その後も安全に配達屋の店舗まで戻ることができた。
もちろん忠告通り金貨のことは口を閉ざしていたが、領主さまのいうようにはすぐには使わなかった。
すぐに使えば金が入ったと周りに分かるからだ。
おらは村にいたときと同じようにこの金貨は分からない所に隠した。
どうも栗鼠と同じように物を埋める癖がおらにはあるようだ。
おらはナンシーさんやネルさんからも借りを作りたくないので、わずかでも家賃と食事代を納めている。
そして割と都市の郊外の廃屋同然の家を安い値段で買って、少しずつ修理してたんだが、今度そこに移ることにしたんだ。
ちょうど解体部や配達屋との契約期間が終わった頃のことだった。
「ミッキー君、どうして出て行くの? 一緒にずっと住んでいようよ」
ナンシーさんの妹のメグさんが口をとがらせて抗議して来る。
でもいくら離れとはいえ、食事などは一緒だし、おらはこのままだとずるずるここに住み込んでしまいそうなので、出て行きたいんだ。
それに都外に出てクエストをやれば薬草採取などもして、薬草を干したりポーションを作ったりするので、煙も立つし匂いも籠る。
たまには魔獣を持ち帰って解体するかもしれない。
そうなると郊外のこの家の方が場所も広いし、気兼ねなく作業ができる。
そう言って納得してもらった。
もとよりナンシーさんの方はおらの薬師として腕も期待して
出て行くことに反対はしなかった。
クリスの方は三か月間おらの仕事を共にしたお陰で、だいぶ考え方が変わったみたいだ。
少なくても偉ぶったところがなくなったし、地道に働くことの大切さを知ってくれたようだ。
その意味で彼女をおらに預けたナンシーさんの狙いは成功したといえる。
さていよいよおらは都市内のことがすっかり頭に入ったので、雑役は一時やめて都市外に行くことに決めた。
続きます。




