第10章 第4話 黒の世界樹
「馬鹿な、死にぞこないの剣が、こんな――」
神の大振りの一撃を回避し、距離を取ったジークは、両手で構えていた剣から右手のみを解放する。
そしてわずかに引くように、一気に魔法の印を描く。『白の世界樹』ではない。
木の根を模したような姿の印――『黒の世界樹』。
「馬鹿な!」
回避行動も間に合わず、放たれた黒い炎は神の左の肩を焦がす。
「なぜだ――、なぜ、貴様がそれを!」
黒い肩口を抑えるでもなく、前傾姿勢で、喘ぐように神は吠える。
「――全ては、貴様の思い上がりが招いたことだ」
ジークの言葉に、ロキの眉尻が跳ね上がった。
「貴様は二つに分かれた『黒の世界樹』の、力を宿したロシェを利用し、シアルヴィさんに殺害させた。
そして直後にシアルヴィさんをも殺め、残されていた欠片を奪取し、その全てを、自らが継承したと思い込んだ」
神の両目が大きく震える。
「だが、それが大きな誤算だ。
シアルヴィさんも、ロシェも、最期まで『世界樹』を自分の中で守り通した。命が果てるその瞬間まで、貴様などに、渡したりなどしなかったんだ!」
宿す者の死によって、その最も近しい者へと、継承される『黒の世界樹』。
神が、印を描く『魔法』を使っていれば気づかれていた可能性はあった。
しかし、自身の力に溺れ、人の『魔法』を使わなかった事実。それこそが神の最大の誤算だった。
「そして、気づいているか。俺は先に『白の世界樹』を宿していた。この意味がわかるか」
「まさか!」
「――力よ!」
神の体を中心に、根を持った、巨樹の形に光が溢れる。
ジークの幾度も振るった剣、その意図は単純に斬撃ではない。
彼は剣を使い、神へと直接、『世界樹』の印を書き込んでいた。
『白の世界樹』のみの時とは比較にならない。
枯れかけたはずの世界樹からは、及びもつかない金の光が、神の体を芯に弾ける。
ロキの悲鳴が大きく響き、しかし堕ちても流石は神――
彼は魔法を振り払おうと、その両腕を頭上で交差し、その一瞬、胸へと剣が突き立てられる。
――ジーク。
突きは浅く、腕の一撃で弾かれるが、剣は魔法を一部、吸収している。
同時に小さな破裂を残し、ジークの体が再度瓦礫の床を転がる。
「ジーク!」
声を上げるアーサーの背後で、ロシェが静かにジークを指さす。
ジークが剣へと一瞥をやる。
先程聞いた破裂音を、確かめるように。
柄の宝石は色を変えず、黒真珠色の表面を裂き、内側には、翡翠色の光沢がわずかに覗く。
ジークは再び右手で『世界樹』を描く。
もはや『白』でも『黒』でもない。
先程神に描き込んだものと同じ、枝葉も根もある、『真の世界樹』。
『白』の時とも、『黒』の時とも違う、生命そのものを持っていかれるような力に、彼の体が大きく揺らめく。
――まだ、倒れるわけには
吐き出される鉄の味とともに、それでも一瞬意識を失う。わずかに前傾したその肩が、アーサーによって支えられる。
――少しは、俺にも手伝わせろ
アーサーは一度ジークへと視線を合わせ、最大威力で魔法を唱える。
生命の印――回復魔法。
みせたことのないその魔法に、ジークの両目が大きくなる。
――情けないよな
――あの時ほど、自分の愚かさを呪ったことはないというのに
――俺はまた、闇へ飲まれるところだった――
その思いを、唇の動きでジークへと伝え、アーサーは生命の韻を紡ぎ続ける。
「『真の世界樹』――」
ジークの右手の印に気づいたロキの表情が露骨に変わる。
『白』と『黒』の力の融合。
生と死が混じり合った、生命の根源。
「ふざけるな!『生命』風情が!」
ロキが両手を天へと上げる。
その先に、恒星のような球体が瞬きの間に形成され、まばゆいほどの光を放つ。
印を宿した右手を軸に、再びジークは剣を構える。剣身に、二色の光が螺旋を描く。
「これで——最期だ――!」
ロシェの両手が、大上段から振り下ろされた。




