第10章 第2話 絶望
「――愚かな。創造神に楯突こうなど。貴様らは舞台に上がる資格すらない」
空洞になった石の山を冷たい風が吹き抜けていく。
先程まで残っていた壁もこの一撃で破壊尽くされ、世界樹の根と、頑丈な柱の数本だけが白い荒野に残っている。
「――逃げていたか」
ロキの視線が空に浮く白い翼の影を捉える。
「たかが羽虫が――」
掌を下に、伸ばした右手が振り下ろされ、鈍い音とともに白い塊が、一気に大地に墜落する。
「――ッ!」
腕の中にアーサーを抱え、肩から叩きつけた全身には激しい痛みが宿っている。
さらにその背の片方の翼は、いびつな形で、背後に向かってねじ曲がっていた。
「――ふざけるな」
言葉を吐くだけで、肩から胸まで痛みが貫く。
それでもジークは顔を上げ、ロキを正面からまっすぐ見据える。
「貴様のやったことは、創造などではない。世界樹の作ったこの世界に、魂の眠るこの世界に、天上を夢見た自分の幻想を描いただけだ」
「――ほう」
ロキは両目を大きくする。
「世界樹からその記憶を得たか。哀れな駒よ。
貴様も気づけ。貴様らも所詮世界樹に、そして天上の神に利用されているだけだということに」
「――哀れなのはお前だ。世界樹を枯らそうとも、世界を崩壊させようとも、天上の神はお前を相手にしたりはしない。
生命を弄び続けたお前は、もはや神でもなんでもない」
「――小賢しい!」
ジークが悲鳴とともに肩を抑える。
「こちらの翼も折る。根元からだ!」
触れられていない。
しかし翼を掴み引きちぎるような力に、それでも全身をバネと使い、ジークは跳ぶ。
剣を抜き、振り下ろされる攻撃に、ロキは動じず、印のない術を彼へと放つ。
一撃、二撃。
ジークの剣が術を切り裂き、吸収する。
そしてロキへと肉薄し、しかし神はただ拳で、先に打ち付けたジークの肩を、力任せに殴りつけた。
悲鳴にもならない、潰れるような声とともにジークは飛ばされ、彼の名を呼ぶ声が残る。
「ジーク!」
アーサーの振った視線の先、術を構えるロキが映り、彼はとっさに印を描くとともに友へと駆け寄る。
韻は間に合わない。
それでもわずかながら勢いを殺せた術が彼らを飲み込み、ばらばらに飛ばされた二人が、それぞれ大地に打ち付けられる。
「――脆い」
ロキの声が冷たく響く。
「脆い。脆い、脆い」
アーサーが屈辱を込めた目でロキを見上げる。
「これなら、あの『紅い死神』一人のほうがよほど恐ろしかったぞ」
「『死神』――シアルヴィ――? 嘘だろ、あいつ、こんな奴と?」
再び神がにたりと笑い、振った右手に合わせるように、衝撃波が再び二人を飛ばす。
魔力の波が瓦礫を巻き込み、崩落した壁と重なったアーサーが、どうにかジークを視界に捉える。
「ジーク――」
うつ伏せに倒れたその背中では、力なく、羽毛が風に揺らされている。
「待ってろ、今、回復魔法を――」
しかし、友へと伸ばした彼の右手は突如として神の足へと踏みつけられる。
「ああッ!」
指骨に感じる軋みと痛みに、アーサーの口から悲鳴が漏れる。
ロキが嘲りに似た笑みを浮かべ、しかし直後、感じた気配に振り返った、神の背後に剣が迫る。
「邪魔だ!」
神の右手で剣を逸らされ、それでも指を振ったジークの魔法が、神の足元に蔦を生み出す。
「無駄だ!」
魔法は薄氷のように容易に割れ、だが振り下ろされた神の足は、直後立ち上がった厚い氷に覆われていく。
アーサーの右手には氷の印。
ロキの肩が一瞬跳ね、しかし足元のアーサーを掴み上げると、神はそのまま、体勢の崩れたジークへ向かって投げつけていた。
互いにぶつかり、弾かれ、数度転がったジークが先に顔を上げる。
「――アーサー!」
友に迫る巨大火球。
折れた翼。
間に合わない、そんな可能性は最初からなかった。
「――ジーク!」
アーサーの叫びが悲痛に上がる。
火球は、アーサーの目の前で友を飲み込み、彼を柱へ叩きつけた。
そのまま床へと落ちたジークの背からは翼が消え、そして全く動かなくなる。
「――ジーク、嘘だろ?」
アーサーの声が虚しく響く。
「――さあ」
背後からかかるのはロキの声だった。
「あとは、お前だけだ」




