↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
織田信長、令和の日本で天下統一~47都道府県が戦国時代に!?天下を獲る~  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/25

EP 9

 三国同盟の代償

 名古屋城本丸御殿・上洛殿の金箔の障壁画が、にわかに殺気立った冷気を孕んで光を失ったように見えた。

「……静岡の軍勢の指揮権を、この信長に預ける気はない、だと?」

 信長の低く地を這うような声音が、広間に重く響き渡った。

 先ほどまで「天下統一の順番を変え、生活を優先する」という大方針に合意し、和やかな空気が満ちていたはずの場が、一瞬にして凍てついた戦場へと逆戻りした。

 対面に座る徳川家康は、その丸顔から温和な笑みを完全に消し去り、三河武士の棟梁たる冷徹な瞳で信長を見据えていた。

「いかにも。一歩たりとも譲れぬ一線にございます、信長公」

「戯言を抜かすな、竹千代!」

 信長は机の縁を鷲掴みにし、身を乗り出した。

「同盟を結びながら、有事の際の指揮系統が別々であって何とする! 敵が攻め寄せてきた時、あるいは東海道を塞ぐ不届き者を討つ時、誰が全軍に号令を下すのだ! かつての織田・徳川連合軍と同じく、この信長が総大将として采配を振るうのが筋であろうが!」

 戦国乱世、姉川の戦いにおいても、長篠の戦いにおいても、織田と徳川の連合軍を束ねていたのは信長の大局的な号令であった。軍事同盟である以上、誰かが最高司令官として全軍を一元的に動かさねば、合戦で勝てるはずがない――それが信長にとって疑う余地のない真理だった。

 しかし、家康は首を微動だにさせず、鋼のように硬い声で拒絶した。

「筋などではございませぬ。それは信長公にとって都合のよい『主従の残滓』に過ぎませぬ」

「何だと……!?」

「静岡県に駐屯する自衛官も警察官も、全員が静岡に生まれ育ち、静岡の家族を守るために銃を握っている者たちです。その指揮権を愛知に差し出せばどうなるか。……もし愛知の領土を守るため、あるいは信長公の野望のために、静岡の部隊が捨て駒として最前線に突撃させられ、壊滅した時、私は静岡の民に対して何と申し開きをすればよいのですか!」

 家康の小粒な瞳に、烈々たる炎が宿った。

「私はもう、駿府の民を裏切ることはできぬ。かつて三方ヶ原で多くの家臣の命を散らせ、武田の猛威に怯えながら苦渋を舐めたあの屈辱を、二度と繰り返す気は毛頭ございませぬ。……自衛隊の最高指揮権は、静岡県知事たる徳川家康が握り続ける。これだけは、たとえ同盟が破談になろうとも絶対に譲りませぬぞ!」

 家康の激しい気迫。

 普段の温厚さの底に眠る、絶対に他者に首根っこを預けないという冷酷なまでの自立心であった。

 信長の奥歯がギリと鳴る。

 生活やインフラの協力には手を取り合えても、最後に「武力」という国家の究極の骨格に触れた瞬間、主権の壁が屹立する。

「……トウドウ」

 信長は怒りを押し殺し、背後に控える軍事補佐官を振り返った。

「貴様はどう見る。軍人の目から見て、指揮権が統合されておらぬ同盟軍など、実戦で使い物になるのか」

 信長に問われた藤堂直人は、バインダーを抱えたまま一歩進み出た。その端正な顔立ちには、極めて慎重な光が湛えられていた。

「恐れながら申し上げます、信長公。純粋な軍事ドクトリンの観点から言えば、統一された統合司令部(ジョイント・コマンド)が存在しない多国籍軍は、指揮統制の遅延や同士討ちのリスクを常に抱えることになります」

「ほら見ろ! トウドウもそう申しておるではないか!」

 信長が勝ち誇ったように叫びかけたが、藤堂は静かに言葉を続けた。

「……しかし、信長公。現代における国家間の軍事同盟とは、必ずしも一方が他方の軍隊を直率することを意味しません」

「……何?」

「かつて存在した日米安全保障条約、あるいは北大西洋条約機構(NATO)の例をご覧ください」

 藤堂は淀みなく、現代の防衛制度の現実を説き始めた。

「たとえば自衛隊と米軍は強固な同盟関係にありましたが、米軍の司令官が自衛隊に直接命令を下す権限は持っていませんでした。自衛隊の指揮権は常に日本の内閣総理大臣にあり、両軍は【同盟調整メカニズム】という協議機関を通じて、作戦目標や役割分担をすり合わせていたのです。NATOにおいても、各加盟国が自国の軍事指揮権を完全に手放したわけではありません」

 藤堂の言葉に、産業政策補佐官の井川澪がすかさず追従した。

「信長様。企業同士のアライアンス(提携)でも同じです。資本提携を結んだからといって、相手企業の取締役会を解散させて自社の社長が直接命令を下せば、それは提携ではなく【敵対的買収】です。相手の社員は反発し、技術の流出を恐れてサボタージュを起こします。現代の組織を動かすのは、単一の独裁的命令ではなく、合意に基づいた【共同意思決定のルール】なのです」

「共同意思決定……」

 信長は腕を組み、低く唸った。

 頭では理解できつつあった。

 だが、信長の骨の髄に刻まれた戦国大名としての本能が、激しく抵抗していた。

 愛知の七百四十万の国力と、世界一の工業地帯を手に入れながら、隣国の軍隊を己の意のままに動かすことができない。

 もしこの条件を呑めば、信長は「東海道同盟軍の絶対的総大将」にはなれないのだ。他県へ進軍するにも、作戦を展開するにも、いちいち家康や道三の顔色を窺い、協議を重ねて合意を取り付けねばならなくなる。

(……これが、同盟の代償というものか)

 信長の胸に、熱い苦渋が広がった。

 かつての信長であれば、耐えられなかったであろう。

 気に入らぬ者は武力で叩き潰し、従わぬ者は焼き払い、すべてを己の命令一下に平伏させることこそが「天下布武」であったはずだ。

 だが、令和の現実はそれを許さない。

 無理に指揮権を奪おうとすれば、静岡との同盟は水泡に帰し、日本坂トンネルを越えて届くはずの貴重な物資も、東名・新東名の道も、再び硬く閉ざされてしまうのだ。

 信長は目を閉じ、じっと考え込んだ。

 上洛殿を、張り詰めた沈黙が支配する。

 家康は動かず、信長の決断を待っている。

 数分後。

 信長はゆっくりと目を開けた。

 その瞳の奥にあった激昂は消え去り、冷徹無比な天下人の光が宿っていた。

「……よい」

 信長の口から、短く重い言葉が落ちた。

「指揮権の統合は断念する。愛知、岐阜、静岡の三県は、各自の自衛隊および警察部隊の最高指揮権をそれぞれ保持せよ」

「信長公……!」

 家康の表情が、目に見えて緩んだ。

 だが、信長は鋭い眼光を家康に向け、人差し指を突きつけた。

「――ただしだ、竹千代。指揮系統がバラバラのままでは、有事に同士討ちを起こす。それだけは絶対に防がねばならん。……澪、トウドウ。落としどころの条文を作れ」

「了解いたしました」

 澪と藤堂が手際よくタブレットを操作し、新たな防衛条項を策定していった。

 数分後、大スクリーンに映し出されたのは、現代の多国籍軍の知恵を取り入れた【東海道安全保障共同調整制度】の枠組みであった。

「条文を読み上げます」

 藤堂が凛とした声で告げた。

「一、愛知、岐阜、静岡の三県は、それぞれの領土内における防衛警備および治安維持の単独指揮権を保持する。自国防衛のための緊急即応行動は、各県知事の判断において即時発令できるものとする。

 二、三県境を越える部隊の展開、ならびに他県に対する一切の越境軍事行動は、三県知事および防衛幹部で構成される【東海道安全保障評議会】における【全会一致の合意】を必須とする。一県でも反対した作戦行動に、同盟の名を用いることは断じて許されない。

 三、平時における事故防止および防空監視のため、小牧、岐阜、浜松の各航空基地、ならびに守山、春日井、富士の各駐屯地を結ぶ【統合暗号データリンクおよび連絡将校団】を常設し、二十四時間の情報共有を義務付ける」

 読み終えた藤堂が、家康を見た。

「家康公。この条文であれば、静岡の部隊が愛知の都合で勝手に前線へ駆り出されることは法的に完全に防げます。いかがでしょうか」

 家康は目を細め、スクリーンの条文を一文字ずつ噛みしめるように眺めた。

 全会一致の原則。

 静岡が「否」と言えば、信長は同盟軍を一歩も動かせない。

 愛知の暴走を縛る、完璧な安全弁であった。

「……異論ございませぬ」

 家康は深く頷き、信長に向かって両手を畳についた。

「信長公。貴公がこれほどの軍事的制約を呑んでくださるとは、夢にも思っておりませんでした。……軍を己の意のままに動かせぬ苦痛、天下を志す武将にとっていかばかりか、察するに余りあります。その代償を支払ってなお、中部の平和と民の生活を選んでくださった貴公の度量……心底より敬服いたします」

「ふん。貴様におだてられても嬉しくはないわ」

 信長は自嘲気味に鼻を鳴らした。

「軍を自由に動かせぬ代償は大きい。だがな、竹千代。この信長の手足が縛られたとしても――我が愛知の車輪と、美濃の翼と、駿河の道が繋がる利益の方が、遥かに大きいわ!」

 信長の言葉は、強がりではなかった。

 軍事的な覇権を諦めた代わりに、手に入れた果実はあまりにも巨大だったのだ。

 澪が画面を切り替えた。

「協定締結による経済・物流効果の最終試算です」

 スクリーンに映し出されたのは、愛知・岐阜・静岡を結ぶ巨大な産業循環図であった。

「まず、日本坂トンネルの応急開通と今回の防衛・通行協定により、東名・新東名高速道路の安全通行枠が本日付で正式に確立されます。愛知県の豊田から、静岡県の浜松・富士を経由し、東京方面へ向かう長距離トラックの通行遅延はゼロになります」

 さらに澪は、資材の循環を指し示した。

「静岡県からは、小型二輪車、軽トラックの足回り部品、発電機用エンジン、そして温暖な気候で育まれた冬野菜や海産物が愛知・岐阜へ定時供給されます。愛知からは、月間四千キロリットルの優先燃料と、豊田の再生工場で削り出した重機・車両の補修部品が静岡へ送られます。岐阜からは各務原の超精密加工枠と木材・水源が提供され、さらに西の三重県からは四日市の石油化学素材と半導体薬品が、伊勢湾の航路を通じて静岡と愛知へ滞りなく流れ込みます」

「生活の現場も劇的に改善します!」

 内政補佐官の水野志保が、満面の笑みで言葉を継いだ。

「愛知、岐阜、静岡の基幹病院を結ぶ【広域医療救護協定】が発効し、県境を越える救急車の通行許可手続きが完全に撤廃されました! 重症患者の受け入れや、輸血用血液パックの相互融通がリアルタイムで行われます! さらに、静岡の富士川周波数変換所と愛知の火力発電所の電力協調制御が始まったことで、名古屋市内および浜松市内の計画停電の懸念は完全に解消されました!」

 愛知の車輪。

 岐阜の翼。

 三重の化学。

 そして、静岡の道と食料。

 軍事的な主導権を誰一人として独占しない代わりに、四つの県が互いの生命線をがっちりと結びつけ、日本列島の中央に、海外からの輸入が途絶した状況下で唯一自立稼働できる【中部巨大経済圏】が完成したのだ。

 信長はその図を見つめ、静かに息を吐いた。

 己が総大将として君臨する帝国ではない。

 しかし、誰も飢えず、誰も孤立せず、すべての歯車が滑らかに噛み合って回り続ける、強固無比な社会の城がそこにあった。

「……よし!」

 信長は万年筆を手に取り、机の上に広げられた純白の協定書――『東海道相互不可侵ならびに経済・生活保全協定』に向き合った。

 迷いのない筆致で、「愛知県知事 織田信長」と署名を刻み込む。

 家康もまた、穏やかな微笑みを浮かべながら、その隣に「静岡県知事 徳川家康」と力強く署名した。

 二人が顔を見合わせ、がっしりと右手を握り合った。

 かつての戦国乱世、清洲城で結ばれた盟約から数百年。

 令和の名古屋城において、織田信長と徳川家康は、主従でも従属でもない、真の【対等な同盟者】として再び手を結んだのである。

 広間にいた藤堂、澪、志保、そして本多が、一斉に立ち上がって惜しみない拍手を送った。

 調印式が終わり、安堵と達成感の余韻が上洛殿を満たしていた。

 信長が茶をすすりながら一息ついた、その時であった。

「……信長公」

 家康が改まった面持ちで、膝を進めてきた。

 その丸顔には、先ほどまでの調印の喜びとは異なる、極めて重く、張り詰めた緊張の色が浮かんでいた。

「何だ、竹千代。まだ何か注文でもあるのか」

 信長が訝しげに眉を上げると、家康は傍らに置いてあった黒革の頑丈なアタッシュケースを引き寄せた。

 カチャリ、と二つのダイヤルロックが外される。

 中から取り出されたのは、分厚い紙のファイルと、数枚の暗号化された光ディスクであった。表紙には、静岡県警察本部警備部および自衛隊情報保全隊の極秘指定印が押されている。

「これをお納めください」

 家康は両手でファイルを押しいただき、信長の眼前に差し出した。

「これは……何だ?」

「我が静岡県が、東海道の関所と情報通信網を駆使して収集してまいりました――【全国四十七都道府県・戦国諸侯動向調査報告書】にございます」

「全国の……諸侯の動向だと?」

 信長の眼光が鋭く跳ね上がった。

 家康は小粒な瞳を据え、低く、押し殺した声で告げた。

「信長公。我らが中部の生活を繋ぎ、制度を固めている間にも……日ノ本は、立ち止まってはおりませぬ」

 家康の指先が、ファイルの目次をめくった。そこに並ぶ名を見るだけで、信長の背筋に冷たい粟が走った。

「北の山梨では、武田信玄公が山岳防衛を固めつつ、深刻な燃料不足にあえぎ、猛烈な勢いで外部への進出を企図しております。その隣、信濃の真田昌幸公は、長野の精密機械と水力を盾に、諸国を天秤にかける怪しい動きを見せている。……そして何より、越後です」

 家康の声音が、ひときわ重くなった。

「新潟県の上杉謙信公が……国内唯一の大規模な石油・天然ガス田の管理権を掌握し、それを武器とした空前絶後の【資源交易制度】を、日本海側から全国に向けて発表いたしました」

「謙信が……油の交易を?」

「はい。さらに西では、大阪の豊臣秀吉公が、近畿の商業と金融を束ね、独自の巨大経済圏を打ち立てようとしております」

 家康は信長を真っ直ぐに見つめ、静かに、しかし恐るべき現実を告げた。

「信長公。中部の足元は固まりました。……しかし、天下の荒波はここからが本番にございますぞ」

 東海道の平穏の扉が開いたまさにその向こうから。

 資源と油を巡る、戦国最強の英傑たちとの新たな戦乱の風が、猛烈な唸りを上げて吹き込もうとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。