↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
織田信長、令和の日本で天下統一~47都道府県が戦国時代に!?天下を獲る~  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/26

EP 8

 天下統一は、まず生活から

「天下統一の……順番を変える、だと?」

 信長の低く唸るような声が、名古屋城本丸御殿・上洛殿の格天井に吸い込まれていった。

 金箔の障壁画に囲まれた広間の中央で、向かい合う織田信長と徳川家康。脇に控える井川澪、藤堂直人、水野志保、そして静岡県特使の本多も、息を呑んで家康の次の言葉を待っていた。

 家康は膝の上に両手を置き、穏やかな笑みを崩さぬまま、静かに言葉を継いだ。

「いかにも。順番を変えるのです、信長公」

「戯言を抜かすな、竹千代。天下統一に順番も何もあろうか。旗を掲げ、軍を整え、四隣を威圧し、従わぬ者を叩き伏せて城を奪う。政治の主導権を握ってこそ、その後に民を従わせ、生活を差配できるのではないか」

「それは、かつての戦国乱世のやり方にございます」

 家康は首を横に振った。

「あの時代は、土地を奪えばそこに田畑があり、民が米を作っておりました。城を落とせば米蔵があり、刀と槍さえあれば兵は戦えました。……しかし、この令和の世は真逆です。どれほど強大な軍勢で他県の境を越えようと、そこにあるのは米蔵ではなく、油が切れれば止まる巨大な機械と、電気が消えれば餓死する無数の民だけです」

 家康は身を乗り出し、小粒な瞳を爛々と光らせた。

「信長公。貴公が目指しておられるのは【政治支配が先で、生活は後】という道です。まず己の武威と主導権を認めさせ、四十七か国を従属させ、その後に天下の差配を整えようとしておられる。……だが、それをやれば、途中で必ず息切れを起こしますぞ」

「息切れだと?」

「ええ。政治の主導権を争い、誰が上か下かを決める協議をしている間にも、各地の発電所は油を失い、病院の薬は尽き、民の握り飯は消えていくのです。主導権争いという名の摩擦熱だけで、この国の残されたわずかな命脈は焼き尽くされてしまう」

 家康は人差し指をピンと立て、信長の胸元を指し示した。

「逆になさるべきです。【生活が先で、政治支配は最後】にするのです」

「生活が、先……」

「そうです。愛知、岐阜、静岡、そして三重。中部の国々が手を取り合うにあたり、誰が盟主か、誰が上に立つかなどという政治の序列は、一旦すべて棚上げにするのです。まず何よりも先に――四県の民が生きていくための【通商・医療・電力・道路の相互保全協定】を、完全に対等な立場で完成させるのでございます」

 上洛殿が水を打ったように静まり返った。

 信長は腕を組み、顎を引いて沈思黙考した。

 家康の提案。その表面的な美しさと合理性は、痛いほど理解できた。

 だが――信長の頭の中で、戦国を生き抜いた覇王としての冷徹な勘が、警鐘を激しく乱打していた。

(……待て)

 信長は奥歯を噛み締めた。

(政治支配を後回しにし、生活のインフラだけを先に繋ぐ……? それは、わしの力を弱めることではないのか?)

 そうだ。

 もし愛知の強大な工業力や道路を他県に開放し、対等な立場で電気や医療、物資を分け与えてしまえばどうなるか。

 他県は愛知に従う必要がなくなる。信長の号令に服さずとも、自分たちの生活と産業を維持できてしまうのだ。

 信長が持つ最大の武器――「七百四十万の人口と、日ノ本一の大工業地帯」という圧倒的なカードが、ただの公共インフラとして消費され、他県を屈服させるための梃子(てこ)にならなくなってしまうではないか。

「……竹千代」

 信長の喉から、低く鋭い唸り声が漏れた。

「美味い話の裏に、毒を忍ばせたな。……政治支配を棚上げにし、生活の枠組みだけを先に固めるなど、この信長の手足をもぐ謀略ではないのか」

「謀略などと、滅相もございませぬ」

「ほざけ! 愛知の工業と道路を無条件で分け与えれば、静岡も三重も、我が織田家の風下に立つ理由がなくなるではないか! わしが天下布武を掲げ、日ノ本を一つに束ねようとする覇気が、ただの生温い助け合いの寄り合い所帯に骨抜きにされてしまうわ!」

 信長の一喝に、上洛殿の空気がピリリと張り詰めた。

 かつての信長であれば、ここで机を蹴り倒し、交渉を打ち切って兵を繰り出していたところだった。

 しかし――。

「信長様。感情論で拒絶する前に、この数字をご覧ください」

 静かに、だが鋼のように硬い声で割って入ったのは、産業政策補佐官の井川澪だった。

 澪は眼鏡のブリッジを指先で押し上げると、手元のタブレットから広間の大型ディスプレイへ、巨大なネットワーク図を投影した。

「家康公の仰る【生活先行の枠組み】――産業の観点から試算いたしました。結論から申し上げます。これを拒否することは、愛知にとっても自殺行為です」

「何だと、澪?」

「画面をご覧ください。これが、愛知・岐阜・三重・静岡の【中四州インフラ相互依存マップ】です」

 澪の指先が画面をなぞると、四つの県を網の目のように結ぶ無数の光の線が浮かび上がった。

「まず、電力です。愛知県内には碧南などの巨大な火力発電所がありますが、他県からの送電が途絶したことで、周波数の安定維持が極めて困難になっています。静岡県富士川を境に東日本と西日本の周波数(五十ヘルツと六十ヘルツ)が分かれていることはご存じでしょう。静岡県内にある新清水などの周波数変換所と送電網が愛知と完全に同調してくれなければ、愛知の電力網はいつ大停電を起こしてもおかしくないのです」

「電力が……静岡に握られておるのか」

「電力だけではありません」

 澪は画面を切り替えた。

「三重県・四日市からは、プラスチック、合成ゴム、半導体用特殊薬品。岐阜県・各務原からは、航空機用特殊軽合金と五軸精密放電加工。静岡県からは、小型二輪、軽トラ、発電機用汎用エンジン、そして東名・新東名を通る関東からの物資。……そして我が愛知からは、豊田の自動車再生部品、特殊鋼、工作機械、そして名古屋港の備蓄燃料です」

 澪は信長を真っ直ぐに見据えた。

「信長様。あなたは『愛知の工業力で他県を屈服させる』と考えておられますが、それは完全な錯覚です。愛知は、四日市の化学がなければゴムタイヤ一つ作れず、各務原の加工がなければエンジンの噴射ポンプを直せず、静岡の道が開かなければ東国の資源に触れることすらできません。……この四つの県は、誰かが誰かを支配する関係ではなく、どれか一つが欠けても全員が即死する【運命共同体】なのです」

「う……」

 信長は言葉を詰まらせた。

 さらに、内政補佐官の水野志保が、胸元の名札を握りしめながら一歩進み出た。

「信長公。生活の現場からも、お願いがございます」

「志保……」

「家康公の仰る通り、まず生活のルールを最優先で結んでください! 今、愛知の病院だけでなく、岐阜や三重、静岡の病院でも、いつ停電するか、いつ薬が届かなくなるかという恐怖で、医師も患者も毎日怯えているんです!」

 志保の瞳に、真摯な涙が滲んでいた。

「誰が一番偉いか、誰が天下の主導権を握るか……そんな政治の駆け引きで数ヶ月もいがみ合っている間に、救えるはずの命が何千、何万と消えていきます! 医療物資の融通、救急車の県境フリーパス、電力の相互融通、水道用水の保全――これらを【政治の争いから完全に切り離された絶対不可侵のルール】として先に固めることこそが、民にとって最大の救いなんです!」

 志保は信長に向かって両手を合わせた。

「民を飢えさせず、民の命を救う道を開いた時……人々は誰に感謝すると思いますか? その道を切り拓いた、あなた様です! 力でねじ伏せて奪った天下より、生活を守るために制度を作った信長公こそを、人々は真の天下人と認めるはずです!」

「軍事の観点からも、志保補佐官に全面的に同意いたします」

 今度は、陸上自衛隊の藤堂直人が重厚な声で続いた。

「信長公。兵站の安定なき軍事作戦は、単なる集団自殺です。静岡、三重、岐阜との間に、生活と物流の完全な安全回廊が確立されていなければ、我々自衛隊は県境の警戒監視にすべての燃料と兵力をすり潰され、他県からの侵略に対処する即応能力を失います。……生活インフラを先に繋ぐことは、愛知の防衛力を弱めるのではなく、後方を盤石にして足元を固めるための最高の防壁となるのです」

 三人の補佐官の言葉。

 産業の澪。内政の志保。軍事の藤堂。

 それぞれが専門の立場から、寸分の狂いもなく同じ結論を信長に突きつけていた。

 信長は目を閉じ、深く、長く息を吸い込んだ。

 胸の奥で、カッカと燃え盛っていた戦国武将の業火のような覇気が、静まり返っていくのを感じた。

 ――産業の相互依存を知った今、拒否する合理的な理由はどこにもない。

 脳裏に去来したのは、かつて本能寺の業火の中で燃え尽きた己の過去だった。

 武力で圧倒し、城を奪い、敵を屈服させ、恐怖で天下を縛ろうとした織田信長。

 だが、その強大な軍事力も、足元の家臣や民の不満、そして見えざる流通の綻びによって、最後には一瞬で瓦解したのではなかったか。

 この令和の世に蘇り、信長は何を学んできたのか。

 戦車は燃料がなければただの鉄の箱。

 自動車は三万点の部品が揃わねば走らない。

 病院で救われた少女の笑顔。

 過ちを認めて道三と頭を下げ合った夜。

 そして、泥まみれになって日本坂トンネルを掘り抜いた職人たちの姿。

 すべてが、信長に同じ教訓を教えてくれていた。

(……天下とは、力で従わせるものではない)

 信長の唇が、自嘲気味に、しかし誇らしく吊り上がった。

(民が明日を生きられる仕組みを作ること……それこそが、令和の世における真の天下布武ではないか)

 信長はゆっくりと目を開いた。

 その瞳の奥には、一片の迷いも曇りもなかった。

 信長は上座から身を起こし、正面に座る家康を真っ直ぐに見据えた。

「……竹千代」

「はっ」

「貴様の勝ちだ」

 信長の口から出た言葉に、上洛殿の全員が息を呑んだ。

 家康もまた、わずかに目を見張り、次いで居住まいを正した。

「わしの負けを認めよう。政治の主導権争いなど、腹の足しにもならんわ。……貴様の言う通り、天下統一の順番を変える」

 信長は胸を張り、上洛殿に響き渡る声で堂々と宣言した。

「愛知、岐阜、静岡、そして三重! 中部の国々において、政治的な上下や従属は一切問わぬ! まず民の命を救い、車を走らせ、電気を灯し、米を届けるための【広域通商・医療・インフラ相互保全協定】を結ぶ! 生活が先だ! 天下布武の旗は、民が腹を満たした後に掲げればよかろう!」

「信長公……!」

 家康の丸顔が、感極まったように紅潮した。

 膝を突き、深々と頭を畳に擦りつける。

「我が無礼な物言いを受け入れ、これほどの大英断を下してくださるとは……! さすがは織田信長公。貴公の器量の広さ、遠く駿河の海より遥かに深く、富士の峰より高くございます!」

「ふん、お世辞は聞き飽きたわ」

 信長は豪快に笑い、手を振った。

「澪! 志保! 直ちに家康の持参した草案を精査し、愛知・岐阜・静岡、そして三重の四県が調印できる最終協定書を作成せよ! 一分の滞りもなく、現場の血が通う本物の盟約書をな!」

「はいっ!」

 澪と志保が、晴れやかな笑顔で即座に端末を叩き始めた。

 広間を包む、温かな安堵と希望の熱気。

 戦国乱世を駆け抜けた二人の英傑が、数百年を越えて手を取り合い、令和の日本に最初の強固な「生活の共同体」を打ち立てようとしていた。

 ――しかし。

 歴史の歯車は、そう簡単に平穏を許しはしなかった。

 協定書の各条文の読み合わせが進み、通商、医療、電力、道路維持に関する条項が次々と合意に達していく中。

 末尾の【安全保障および防衛協力】の項目に差し掛かったその瞬間であった。

「……お待ちください」

 静岡県特使の本多が、協定書の条文を指差しながら、険しい表情で声を上げた。

 藤堂直人もまた、バインダーの記載を見つめ、眉根を寄せて息を詰まらせていた。

「どうした、トウドウ、本多。防衛の条文に何か不服でもあるのか」

 信長が怪訝そうに問うと、本多は家康に視線を送り、静かに口を開いた。

「信長公。生活とインフラの協力には全面的に合意いたしました。……しかし、この第七条【有事における自衛隊部隊の共同運用および統合指揮】に関する記載についてでございます」

 家康もまた、先ほどまでの感涙の表情をスッと引き締め、静かに信長を見据えた。

「信長公。生活は共に支え合いますが……我が静岡県の自衛隊、ならびに警察の指揮権を、愛知県や織田家に預ける気は毛頭ございませぬぞ」

「……何だと?」

 信長の眼光が、再び鋭く跳ね上がった。

 民生とインフラの合意という大きな山を越えたまさにその足元で。

 軍事の独立と指揮権を巡る、同盟の根底を揺るがす最後の難題が、冷酷な牙を剥いて立ち塞がろうとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。