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織田信長、令和の日本で天下統一~47都道府県が戦国時代に!?天下を獲る~  作者: 月神世一


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22/25

EP 7

 家康、名古屋に入る

 東名高速・日本坂トンネルの崩落現場に、愛知と岐阜の連合支援隊が奇跡の風穴を開けてから、丸一日が過ぎていた。

 二〇二七年、冬晴れの冷涼な朝。

 名古屋城本丸御殿の前庭に、静岡県警の白黒パトカーに先導された一台の濃紺の大型セダンが、滑るように滑り込んできた。

 車列の到着を告げる警笛が短く鳴る。

 御殿の式台には、黒革のマントを風に揺らす信長が、両腕を組んで仁王立ちしていた。左右には、陸上自衛隊の藤堂直人、産業政策補佐官の井川澪、そして内政補佐官の水野志保が、それぞれ静かに控えている。

 セダンの後部座席のドアが開き、一人の男がゆったりとした仕草で降り立った。

 年の頃は五十代の半ば。

 仕立てのよい無地のダークスーツに身を包んでいるが、その体躯は横幅が広く、まるで丸太のように頑強だった。丸顔に刻まれた穏やかな皺の奥で、小粒ながらも底知れぬ深みをたたえた瞳が、静かに光っている。

 徳川家康。

 かつて幼少期に尾張で人質として信長と出会い、桶狭間ののちに二十年に及ぶ清洲同盟を貫き、最後には江戸幕府二百六十年の泰平を開いた男が、いま令和の名古屋の土を踏んでいた。

 信長と家康。

 二人の視線が、数間の距離を隔てて音もなく交錯した。

 本能寺の変から数百年。歴史の荒波を越え、異なる時代を駆け抜けた二人の巨星の再会であった。

 張り詰める空気。藤堂たちが思わず息を呑む中、先に口を開いたのは家康だった。

「……お久しゅうございますな、信長公」

 温厚で、耳に心地よい低音。

 家康は歩み寄り、信長の目前で立ち止まると、腰を折って深々と頭を下げた。

「このたびは、我が静岡の窮状を見かね、日本坂トンネルならびに富士川へ、至宝たる重機部隊と工兵隊を差し向けていただき、心底より感謝申し上げます。……信長公の迅速な差配がなければ、我が領民と東海道の道は、今頃冷たい泥の底に沈んでおりました」

 一切の虚飾のない、真摯な謝意だった。

 信長は喉の奥を鳴らし、ふっと不敵に口角を吊り上げた。

「礼などよいわ、竹千代」

 懐かしい幼名で呼びかけると、家康の眉がピクリと動いた。

「道が塞がれば、愛知の車輪も東へ進めず困るのだ。わしは我が国の利のために工兵を走らせたに過ぎん。……それにしても、見違えたぞ。三河で泥にまみれておった頃の青二才が、いつの間にか天下の主の面構えになりおってからに」

「お戯れを。私など、いつまで経っても信長公の背中を追う身にございますよ」

 家康は丸顔を綻ばせ、小さく頭をかいた。

 かつての戦国時代と変わらぬ、従順で人当たりのよい笑顔。

 だが、信長はその笑顔の裏に潜む、冷徹無比な計算と強固な自立心を、先日の外交交渉を通じて痛いほど知っていた。

「狸め。相変わらず愛想だけは天下一品よな」

 信長は踵を返し、御殿の奥を顎でしゃくった。

「上がれ。冷茶で歓待するほど尾張は貧しくないぞ。美濃から届いたばかりの茶と、豊田の美味い菓子を食わせてやる」

 名古屋城本丸御殿・上洛殿。

 金箔の障壁画が眩い光を放つ広間に、信長と家康が向かい合って座した。

 脇には藤堂、澪、志保、そして静岡県知事特命秘書の本多が控えている。

 運ばれてきた温かい抹茶を一口すすり、家康はほっと息を吐き出した。

「結構なお点前にございます。……それにしても、名古屋の街を見渡してまいりましたが、見事な活気に満ちておりますな。木曽川の関所が開いて以来、美濃の木材や農産物と、尾張の工業部品がまるで一つの生き物の血管のように行き交っておる。信長公が敷かれた【相互補完の道】、遠く駿河の地から感服しつつ拝見しておりました」

「ふん。だが、その血管も、貴様が東海道の喉元を押さえておるおかげで、東へは一滴も流れなんだがな」

 信長が皮肉混じりに笑うと、家康は苦笑いを浮かべた。

「それについては、先ほども詫びを入れた通りにございます。……しかし信長公、私とて意地悪で門を閉ざしていたわけではありませぬ。現代の日本という国を知れば知るほど……背筋が寒くなるような【脆さ】に気づかされたからにございます」

「……脆さ、だと?」

 信長が目を細めた。

 家康は湯呑みを静かに置き、居住まいを正した。その瞳から柔和な光が消え、冷徹な統治者の眼差しが露わになる。

「はい。戦国再臨の直後、私は静岡に残された膨大な書物を読み漁りました。かつて我らが命を削って奪い合ったこの日ノ本が、いかにして豊かになり、そして今、いかなる絶海の孤島に突き落とされたのかを」

 家康は指を一本立てた。

「現代日本は、外から運ばれてくる黒い油と、輸入される食料がなければ、三月と命を保てぬ張り子の虎でした。空飛ぶ鉄の鳥も、地を駆ける鉄の輿も、すべては海の外から届く血肉によって動いていたのです。……それが突如として断たれた。信長公、この災厄の本質は、ただ幕府や政府が消えたことではございませぬ。日ノ本という巨大な身体の【呼吸器】が、外から完全に塞がれたことにあるのです」

 家康の言葉に、産業政策補佐官の澪が深く頷いた。

「家康公の仰る通りです。愛知も当初、自前の工業力で何でもできると過信し、危うく自壊しかけました」

「であろうな、澪殿」

 家康は澪に向かって穏やかに微笑み、再び信長を見据えた。

「だからこそ、私は静岡において、派手な新車の製造を禁じ、身の丈に合った軽トラックと小型二輪車、そして農業機械の延命に全力を注ぎました。東海道の関所を厳しく縛ったのも、自国の限られた油と舗装を守り抜くための、やむにやまれぬ自衛策だったのです。……信長公。私は、貴公と争う気など毛頭ございませぬ。願うのはただ一つ、この令和の飢餓の海の中で、民を飢えさせず、百年先まで領国を維持するための【制度】を築くことにございます」

 家康の語る「制度」。

 それは、目先の勝利や版図の拡大ではなく、資源のない日本列島でいかにして社会を延命させるかという、気の遠くなるような持久の思想であった。

「……竹千代」

 信長は腕を組み、低く唸った。

「貴様の言いたいことはよく分かった。石橋を叩き、民の握り飯を数え、百年先を見据える。相変わらずの手堅さよ。……だがな」

 信長は身を乗り出し、鋭い眼光で家康を射すくめた。

「手堅いだけでは、この乱世は生き残れんぞ」

「ほう……?」

「愛知と岐阜が結び、伊勢湾の化学が繋がり、いま静岡と道が通じた。中部の四国が手を取り合えば、食料も、油も、機械も、互いに融通し合って自立できる巨大な産業の核ができる。……ならば、次は何をなすべきだ?」

 信長は立ち上がり、黒革のマントを大きく広げて見せた。

「躊躇うな! この中部の強固な結束を足がかりに、一気に東国と西国へ号令をかけるのだ! 東海道を駆け抜けて関東の北条を呑み、中央道を越えて甲斐・信濃を従え、西は近畿の秀吉と直談判に及ぶ! わしが先頭に立ち、電光石火の勢いで四十七か国をまとめ上げるのだ! 四年……いや、五年もあれば、この令和の天下布武を成し遂げてみせるわ!」

 上洛殿を揺るがす、覇王の豪放磊落な進軍宣言。

 かつて桶狭間から疾風怒濤の勢いで上洛を果たし、天下を席巻した織田信長の、天賦の推進力が炸裂していた。

 だが――。

 その熱気に対し、家康は眉一つ動かさなかった。

 むしろ、深く溜息を吐き出し、静かに首を横に振った。

「……信長公。それは、あまりに拙速にございます」

「何だと?」

 信長の眉間に深い影が落ちた。

「拙速だと? 好機を逃さず畳み掛けるのが戦の常道であろうが!」

「戦ならば、それで勝てましょう」

 家康の声は、どこまでも平坦で、それゆえに重かった。

「しかし、今我らが相手にしているのは、敵の軍勢ではございませぬ。【時間】と【減衰】という名の見えざる敵です」

 家康は立ち上がり、信長の前に進み出た。

「五年で天下をまとめると仰いましたな。では信長公、その五年の間に、全国を駆け巡るトラックの燃料はどこから湧いて出るのですか? 東国へ号令をかけ、各地の諸侯と膝を突き合わせるために走らせる車両のタイヤや、すり減るアスファルトの補修材は、誰が工面するのですか?」

「それは……中部の四国で生産と修理を循環させれば――」

「循環などいたしませぬ!」

 家康が一喝した。

 普段の温厚さをかなぐり捨てた、三河武士の頭領としての気迫が広間を圧する。

「愛知の工場も、四日市のコンビナートも、国内に残されたわずかな原材料を切り崩して食いつないでいるに過ぎませぬ! 他県へ軍や特使を送り込み、政治的な主導権を握ろうと背伸びをすれば、その摩擦と移動だけで貴重な資源は猛烈な勢いで浪費されます! 五年で形ばかりの天下統一を成し遂げたとして……その時、日ノ本の工場はすべて焼き付き、油は干上がり、残るのは餓死寸前の四十七の廃墟ですぞ! そんな天下を手に入れて、何の意味があるのですか!」

「…………っ!」

 信長は息を詰まらせた。

 家康の舌鋒は、信長の野望の急所を容赦なく抉り抜いていた。

「私が提案したいのは、信長公の仰るような短期の武威による統合ではございませぬ」

 家康は懐から、一通の分厚い文書を取り出した。

 表紙には『東海道広域インフラ相互保全ならびに長期循環構想』と記されている。

「十年、二十年……いや、我らが骨となった後、数十年先までを見据えた【経済の地下茎】を張り巡らせることです」

 家康は淀みなく言葉を重ねた。

「まず愛知、岐阜、静岡、三重の四県において、余剰な軍備や無駄な移動を徹底的に削ぎ落とす。高速道路の補修、電力の融通、農業用水の確保、そして工作機械の保守技術を完全に標準化し、誰が統治者であっても揺るがぬ【生活の共同体】を完成させるのです。その盤石な基盤を東海道に築き、その実利を隣国へと少しずつ滲み出させていく。……力で急がず、相手が『中部の輪に入らねば損をする』と自ら頭を下げてくるのを、じっと待つべきなのです」

「待てだと……!?」

 信長は拳を握りしめ、机を激しく叩いた。

「二十年も三十年も待っておれるか! そんな悠長な真似をしておれば、全国の諸侯は自国の殻に閉じこもり、疑心暗鬼で県境を閉ざし、孤立した地方から次々と飢えて死んでいくではないか! 誰かが強烈な力で風穴を開け、引きずり出さねば、日ノ本全体が緩やかに腐り落ちるのだぞ!」

「腐らせぬための制度だと申しておるのです!」

「その制度を作る前に民が力尽きるわ!」

 二人の巨星の思想が、真っ向から激突した。

 電光石火の突破力で時代を切り拓こうとする信長と、徹底した持久と忍耐で盤石の土台を固めようとする家康。

 どちらも間違ってはいない。どちらも民を生かし、国を治めんとする至高の情熱から発せられた言葉だった。だからこそ、議論は一歩も引かぬ修羅場と化していた。

 広間を重苦しい沈黙が覆い尽くす。

 藤堂も、澪も、志保も、この二人の英傑の魂のぶつかり合いの前に、言葉を挟むことすらできなかった。

 信長は荒い息を吐きながら、家康を睨みつけた。

 家康もまた、一切目を逸らさず、信長の猛烈な視線を受け止めている。

 一分、二分――。

 永遠にも思える静寂が流れた。

 やがて。

「……ふう」

 家康が小さく息を吐き出し、張り詰めていた肩の力をふっと抜いた。

 畳の上に正座し直すと、冷めかけた抹茶を手に取り、喉を潤す。

「……相変わらず、信長公の炎のような気迫には敵いませぬな。少々、熱くなりすぎました」

「ふん。貴様こそ、昔と違って少しも引かぬではないか。老獪な狸親父めが」

 信長もまた、マントを払って玉座へと腰を落ち着けた。怒気は収まっていたが、その瞳には依然として譲らぬ光が宿っている。

「竹千代。貴様の理屈は分かった。だが、わしの性分として、目の前にある乱世を指をくわえて何十年も眺めていることなどできんぞ」

「ええ、重々承知しております。信長公に『じっと待て』と申すのは、魚に木登りを命じるようなもの」

 家康は苦笑いを浮かべ、茶碗を置いた。

 そして――。

 家康の小粒な瞳が、悪戯っぽく、しかし底知れぬ深謀遠慮を孕んで細められた。

「……ならば、信長公」

「何だ」

 家康は上体を微かに信長へと傾け、静かに、しかし講堂の空気を一変させるような一言を放った。

「――天下統一の【順番】を、変えてみてはどうですか」

「……何だと?」

 信長が眉を跳ね上げた。

 天下統一の順番を変える――その言葉の真意を測りかね、上洛殿の全員が息を呑んで家康の口元を凝視した。

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