第七話 魔神降臨
「うおぉぉらぁ!」
名古屋市栄町のとある裏路地では時代遅れの乱闘が行われている。
誰がそんな馬鹿みたいな事するかって?
聞いて驚け。今年36歳の中年不良探偵だ。
「くらえ!」
俺は足元に転がっていた生ゴミの入ったゴミ袋を振り回して、黒服の顔面にぶち当てた。
中身が散乱して飛び散り、少しだけ俺にも跳ね返ってきた。
「くっさぁ!」
「おえっ!」
「うぷっ!」
そんな情けない声が聞こえる。
狭い裏路地の中を暴れ回る俺達は、まるで子供の喧嘩のように掴んで引っ張ってをしていた。
ふと後輩の方を見ると、こんな狭い場所だというのに完璧な立ち回りで黒服を1人ハイキックで倒した所だった。
「お前、世界取れるよ。」
俺はそう声を掛ける。
そして、足元に落ちていたバケツを拾い、黒服の1人に被せる。
ビチャビチャ!っと得体の知れない中身が地面に流れながら悪臭を放つ。
「ぐわ〜!なんだこれ!オエっ!」
そう悶絶する黒服に向かって、バケツの上から角材でフルスイングした。
金属製のバケツだったようで、そのまま形が変わり、頭から外せなくなっていた。
後輩はすでにもう1人を倒していた。
残った1人は、こちらを見て固まっている。
店長の姿は無い。
「あれ?店長みたいな奴どこ行った?」
俺は残った1人に聞いた。
「さ、さぁ…。どっか行っちゃいましたね。俺、探して来ますよ!」
そう言って走り出したそいつの襟を掴み投げ倒した。
「良いわけねぇだろ。」
最後の黒服に戦う意志が無かったので、俺はそいつをパンツ一丁にして正座させた。
「とりあえず、なんで俺達を尾けていて襲ったのか聞こうか。」
角材を片手に、もう片方の手のひらに軽くポンポンと振り下ろしながら聞く。
「いや、あのですね、どうやら勘違いみたいで…。」
「勘違い?お前ら思考回路どうなってんだ?」
俺は角材を振り上げた。
「いや!ほんと!スンマセン!お店の子がストーカー被害に遭っていて、失礼ですけど背格好が一致していたのでつい!」
黒服は土下座しながら言った。
「はぁ。もう良いよ。さっさと帰れ。」
俺は角材を捨てた。
「すみませんでした!」
そう言って黒服が立ち上がった。
「あのバケツが取れない奴も連れてってやれ。」
後輩が指差した方には、俺の被せたバケツが取れなくて右往左往している黒服が居た。
「わかりました!」
黒服は、バケツマンの手を取り大通りへ消えた。
俺たちも後を追うようにして大通りへ出る。
「俺、もう四十路に片足突っ込んでるんだぞ?いつまでこんな事やるんだよ。」
そう言って肩を落とす。
「こんなこと言うのもアレだけど、さっきのあんたが1番らしかったぜ。」
少し笑いながら後輩が返した。
「まぁ良いや。帰ろうぜ。」
そう言って一歩踏み出した時。
「居ました!アイツらです!」
少し遠くの方から声がした。
声の方に目をやると、さっきの店長が戻って来ていた。
どうやら助っ人を呼んだみたいだった。
「も〜〜!次から次へと!」
これ以上面倒ごとに巻き込まれてたまるか!
そう思い、
俺達が走って逃げようとした時、見知った姿が目に入った。
「ち、ちょ、ちょっと待て!逃げたら死ぬ!」
俺は急いで後輩を制して止めた。
頭の中はパニック状態だった。
(マジかよ!なんでいつもいつも!腐れ縁か…。言い訳どうしよう。通じるかな?やっぱり逃げるか?逃げた後の方が面倒か?まだ俺達って分かってないんじゃ…。いや、いずれバレる。時間の問題だ。あぁ神様。俺なんも悪い事してねぇじゃん!)
脳内にこれらの考えが一気に流れ込んできた。
あの店長が助っ人で呼んだ人物は、俺達のよく知る男。出来れば2度と関わりたく無い男。歩く暴力装置。人間核爆弾。
「先輩だ……。」
190センチは超えているであろう身長。
鋭い眼光は睨みつけられただけで怪我をしそうなほどで、
分厚い胸板に、出雲大社の巨大しめ縄を思わせるような絞り込まれた、それでいてぶっとい両腕。
丸太のような脚。歩くだけで人混みが掻き分けられて、俺達に向かって一本の道が出来た。
威圧感で喉が詰まる。
「覚悟決めろよ…。」
俺は後輩にそう声をかけた。
後輩は、返事こそはしなかったものの、
緊張の中で、出来るだけ肩の力を抜き、瞬時に対応出来るようにしていた。
「元気だなぁオイ!どこのどいつだぁ?テメェら!ガハハハハハ!!」
ジャケットを脱ぎ捨てて、Tシャツになった先輩は腕をぐるぐると回しながら嬉しそうに近づいて来た。
両腕から覗く刺青がマジで怖い。
俺達は言葉を発することが出来ずにいた。
しかし……。
「ん?……んあ?…何してんだ?お前ら?」
意外な事に先輩は俺たちを見て止まった。
思っていたよりも冷静だったようだ。
俺はそのまま尻餅をついた。
「死んだと思ったぁ〜…。」
ため息混じりにそう放ち、緊張が解けた。
「腕っぷしの強いストーカーが居るって聞いて飛んできたのにお前らかよ。どう言う事だこりゃ?」
先輩は店長の方をギロリと睨む。
店長は何故、自分の方に矛先が向いたのか分からずに焦っていた。
「とりあえず、お疲れ様です。事情話しますんで、場所移しませんか?」
俺はそう言って立ちあがろうとしたが、
「アレ?立てない。」
脚に力が入らない。
「ん?」
後輩が俺を見た。
「ちょっ、腰抜けたみたい。手、手ぇ貸して!」
中年にもなって腰を抜かす醜態を晒したのは名古屋市は栄町。
後輩に肩を借りながら起き上がり、先輩の後に続く俺は生まれたての子鹿の様な足取りである。
時刻は22時55分。
今日は色んな出来事が起きすぎた。




