第四話 首の皮一枚。
警察の取り調べは酷く横暴だった。
俺の言い分は都合のいい様に改変され、態度の悪さは誇張された調書が出来上がっていく。
「ちょっと待ってくれって!だからわざとじゃないの!つまづいた拍子に足踏んじゃっただけだから!」
必死に弁解する俺を流す様に、取調官は呟く。
「反省の色は無し。つまづいたフリをして足を踏んだとも取れるな。職務質問に応じた態度も悪く、まるで早く逃げたそうな感じだったそうじゃないか。」
「職務質問なんて、誰でも面倒くさいもんだろ!?特に俺は仕事中だったんだよ!」
「裏路地でタバコを吹かすのが仕事?それとも、女の子に声をかける事か?」
「あ、いや、タバコはスンマセン…。我慢出来なくて。女の子に声を掛けたのは、依頼者が若い女性で、その、女性同士なら何か既視感とか覚えてて記憶に残ってる可能性があるかなって…。」
「対象は犬であって、女性を探してる訳では無いのでは?男の人でも良かったと思うが。」
「いやいや、男の人にも声掛けてますって!たまたま通報したのが女性の人だったってだけでしょうに!」
埒が明かない。
このまま、公務執行妨害の自称探偵ナンパ野郎になってしまう事を覚悟し始めたその時。
「失礼します。彼は不審な人物ではありません。
スカイボート周辺に居た目撃者の証言が取れました。」
女の刑事が入ってきた。
「証言が正しい根拠は?」
取調官は突っかかる。
「防犯カメラにも、怪しい動きは無く、彼の証言と一致しております。探偵業も事実確認が取れています。これ以上は不当な取り調べ、軟禁に該当しますが?」
女性の刑事はどうやら俺の味方らしい。
「チッ。」
取調官は舌打ちをしてパソコンを閉じ席を立つ。
「そういう事だ。次から不審な行動を慎めよ。早く帰れ。」
そう捨て台詞を吐いて出て行った。
「はぁ!?勝手に疑っておいてっ…!こっ…このっ!…っ!」
俺は頭に来たが、警察と喧嘩してもいい事が無いという事を充分に味わったので堪える事にした。
「ごめんね。今、爆破事件の事で全体がピリピリしてるの。」
女刑事は俺にそう言って荷物を返してくれた。
「ったく。もういいよ。俺も変態自称探偵のレッテルを背負う羽目にならなかっただけ…。」
しかし、あの若い警官と年配の警官。取調官はいつか必ず痛い目を見せてやると誓った。
「態度を改めるよう、私からも言っておくわ。
ところで久しぶりね。中学校以来?誰か分かる?」
女刑事は、俺の前の椅子に腰掛けて、自分を指差して言った。
「は?俺に警察の知り合いは居ないと思うが…。」
(いや、待て。コイツ今、中学校以来って言ったな?)
俺は女刑事の顔をじーっと見つめて、頭の中にある同級生の顔を当てはめていった。
「ん?あ、え?花ちゃん?」
3年生の時に同じクラスだった、
山川花。
陸上部の短距離走選手で、何度も表彰されていた事がフラッシュバックした。
「当たり〜。名前見てビックリしたよ。探偵やってるんだね?」
花ちゃんは俺に笑いかけながら前のめりになった。
「いや、俺もまさかこんな所で同級生に遭遇するなんて…。」
夢と現実の狭間にいるような感覚が身体の中を渦巻いていた。早い話、驚いていた。
「とりあえず、ここ出よっか?」
俺と花ちゃんは警察署の外に出た。
まさかの再開に先程までの怒りは完全に俺の中から消えていた。短い誓いである。
「誰か迎えに来るの?」
花ちゃんは俺に聞く。
「あぁ、さっきここ出る前にトイレ行ったタイミングで1人迎え寄越したよ。」
俺は後輩に電話して軽く事情を説明して迎えに来てもらう事にした。
「すぐ来れる?良かったら私今日もう上がりだから送ってくよ?」
「いや、そこまでお世話になったら面目無いよ。ありがとう。」
俺達は後輩が来るまで少し思い出話をしながら近況などを話し合った。
「あー!そう言えば学級委員長やってた阿部くん覚えてる?」
花ちゃんからまた懐かしい名前が出てきた。
「阿部?豊の事?」
俺の仲の良かった同級生
阿部豊。
素行の悪い俺にも分け隔てなく接してきたいい奴だ。
「そうそう!阿部君ね、今、科学者?って言うのかな?なんかすごい所の大学で教授やりながらいろんな研究してるんだよ。」
「そうなのか?凄いなアイツ。さすが学級委員長だな。元気してると良いな。」
「元気よ?私達ずっと連絡取ってるもの。」
「え?そうなの?」
「そうよ?むしろ連絡取れないのあなたぐらいよ?」
花ちゃんは腰に手を当てて少しだけ呆れ顔で言った。
「まぁ、同級生の連絡先なんかとっくの昔に消えちゃったからなぁ…。」
「同窓会も来なかったし。」
「は?え?同窓会あったの!?」
「え?それも知らないの?去年の5月ぐらいだったかな?やったんだよ?連絡来てない?」
「去年の5月?」
俺は記憶を辿る。
半グレに潜入して、先輩にしばかれて携帯が壊れた瞬間があった。修理に出した時にデータが消える可能性があると伝えられていたが俺は了承した。
万が一そのタイミングで連絡があったとすれば……。そして、データが飛んだとすれば……。
「あぁ!え!ちょっ…あえぇ〜……。」
手を口元や、顔の周りでわちゃわちゃさせる俺の顔は、眉毛が八の字になり、今にも泣きそうな表情でとても情け無かっただろう。
俺は膝から崩れ落ちた。
「ちょっと?大丈夫?」
花ちゃんが俺の背中に手を当てる。
「なんでいつもいつも…俺は…。」
そうして項垂れているところに後輩が到着した。
「人使い荒いなぁ…。ん?あ?え?…何してんの?」
膝をつき頭を抱える俺を見て全く状況が理解できない後輩は戸惑っている。
「あ、あぁ、知り合いの方?」
花ちゃんはそうして後輩を見た。
すると。
「あら?花先輩?」
後輩が口を開く。
「ん?あー!あんた!陸上部の!」
俺は顔を上げて力無く聞いた。
「何?2人とも…知り合い?」
「俺の陸上部の時の先輩だよ。唯一足の速さで勝てなかった人。」
後輩が答える。
「やだ〜!あんた達一緒に働いてたの!?凄い偶然〜!」
俺とは対極的に花ちゃんはとてもテンションが上がっていて、楽しそうだ。
時刻は19時16分。
肌寒い夜が俺の心の傷に追い打ちをかける。
同窓会には行きたかった中年の不良探偵である。




