第二話 鋼の腐れ縁。
「アンタ久しぶりね。最近来なかったから死んだかと思ってたわ。」
「毒が強すぎるよママ。」
ここは駅裏のガールズバー。
俺の居住地から、二駅ほど離れた場所にある。
平日で客入りが少なく、
俺は贅沢にもママと女の子2人が接客してくれている。
「いやぁ、しかしなに。両手に華とはこの事か!ハハハ!」
若い女の子に両側を挟まれると言うのはいい気分だ。
「今日は1人なの?」
「まぁね。仕事が早く片付いたから、少しの間暇になりそうなんだ。」
「今回はツケにしないわよ。」
「分かってますって〜。怖いなぁ…。」
俺は何度かここのお店でツケ払いをしている。
昔からの知り合いというのもあるが、俺にだけはツケを回収する事の出来るカードをママは持っている。
「最近、先輩は?来てる?」
ここのケツモチをやっている反社会勢力のお方。
俺の暴走族時代(パシリ時代)の先輩である。
ゴリラの様な筋骨隆々とした体格に、長身の短髪。
鬼の様な形相で、先輩が歩くだけで人々が避けて道が出来るほどの威圧感を持つ人だ。
いつか、休日の犬山城下町を歩かせてみたいと思う。
「昨日来てたよ?でもその前は2ヶ月ぐらい来てなかったかな?」
「そうか。」
この先輩とは腐れ縁で、俺のいく先々に現れる。
俺は出来れば会いたく無いのだが、そういう運命なのだろうか。逃げられそうにない。
「あの人ちょっと前に名古屋でキャバクラか何かお店持ったでしょ?そっちの方で結構忙しいみたいね。」
ママはそう言ってタバコに火をつけて、灰皿の角で火種を丸く整えた。
「へぇ。そうなんだ。ちょっと前って?どれぐらい?」
俺もタバコに火をつける。
「去年の春頃じゃなかったかしら?」
「一年ちょっとか。」
子供の頃の感覚はどこへ行ったのか。
1、2年前は俺たちにとっては最近なのだ。
(ちょうどあの事件の時ぐらいか。)
俺は前回の半グレ組織の事件を思い返していた。
良く生きていたなと自分でも思う。
俺は命の危険を思い出して身震いした。
「なに?寒い?冷房切ろうか?」
ママは俺の顔を覗き込み聞いた。
「いえ、こっちの話です。ご心配なく。」
何故だか改まった態度で俺は返した。
カランカランカラン。
入り口の扉が音をたてて開いた。
一瞬、ビクッとして扉の方を見る。
後輩と、その後輩。マッシュルームヘアをした、通称 《マッシュ》が入ってきた。
「何だよ。お前らかよ。先輩かと思ったぜ。」
俺は深い深呼吸をして安堵した。
「居ると思ったよ。どうせ暇だろうからな。」
後輩は俺にそう声をかけて隣に来た。
俺の両側に座っていた女の子たちは立ち上がり、
おしぼりを取りにカウンターの奥へ消える。
「あぁ〜あ。両手に華が…。」
「何だそれ?」
席が空いたので、右から順に、
後輩、マッシュの順に座った。
「何だよ。お前らも暇なのか?仕事しろ仕事。」
俺はタバコの火を消して、ビールを飲みながら言った。
「なら、仕事くれよ。ジムの方もしばらく試合もなにも無いから熱入らなくてな。」
コイツは俺の中学時代の後輩。
格闘技ジムの選手兼トレーナーだ。
トレーナーというより、補佐か。
腕っぷしはかなり強く、あのゴリラ先輩にも体重の軽さ以外は褒められていた。
「僕はちゃんと仕事してますよ〜。」
コイツはマッシュ。後輩の後輩。
きのこ頭。ナヨナヨ。そのくせ無駄に美人の彼女が居る。むかつく。
女の子2人が戻ってきて、後輩とマッシュにおしぼりを渡す。注文を聞いて、再び奥に消えた。
「アンタ、名古屋の爆破事件の関わってないの?」
突然ママが俺に聞いてきた。
「は?俺?関わってないよ。あのね、探偵は警察じゃないの。」
「推理とか出来るなら聞きたかったけど残念ね。」
「そんな映画や漫画みたいな事しないよ。」
俺はタバコに火をつける。
「あのぉ〜。その事でちょっとご相談が…。」
声の方に目を配ると、マッシュが申し訳なさそうな顔をして小さく手を挙げていた。
「お前の依頼は碌なもんじゃないから受けねぇよ!」
俺は以前、このキノコ頭のせいで死にかけている。
「そんなぁ〜。彼女が困ってるんですよ。」
「爆破事件と彼女とお前が何の関係があるんだよ。」
俺は煙を吐きながら言った。
「実は彼女、あの日近くを歩いていたんです。飼っている犬の散歩をしてたみたいで…。」
「で?犬が爆弾でも咥えてきたのか?」
「いや、そうじゃなくてですね、爆発音に驚いて犬が逃げちゃったらしくて。」
「お前、まさかその犬探せって言うつもりじゃねぇだろうな?」
「………。」
マッシュは黙り込んだ。
隣で後輩が腕を組みながら鼻でフッと笑う。
「そのまさか、みたいだな。」
「張り紙でも貼っとけ!ボケ!何でペット探偵なんかやらなくちゃいけないんだよ!俺以外の所で頼みな!」
俺は乱暴に吐き捨てた。どうもこのキノコ頭を見ていると腹が立つ。
「まぁ、最後まで聞いてみろよ。」
後輩が俺に言った。
「何だ?なんか含みのある言い方するな。」
俺は後輩の方を見て言ってから、
マッシュの方を見て顎で続けろと促した。
「それで、彼女がお店のオーナー?の人?ですかね。に相談したら、探偵さんの名刺をくれたみたいで…。」
マッシュは、俺の名刺を取り出してカウンターの上に出した。
「俺の?」
俺は、コイツに名刺をやった事は無い。
マッシュの彼女は一度だけ仕事で関わった事があるが、オーナーなんて………。
「おま、お、おま、おま、お前。コレ……。」
俺は青ざめた。
「まぁ、そういうこった。受けるしか無さそうだな。」
後輩は片眉を上げて、半笑いで俺に言った。
この名刺を渡したのは、例のゴリラ先輩だ。
マッシュの彼女は、マッシュに内緒で掛け持ちのバイトをしている。そのバイト先のお店のオーナー。もとい、ケツモチが先輩なのだ。
俺がコイツの依頼で死にかけた理由もそこにある。
俺は力が抜けて、額をカウンターにぶつける様にうつ伏せになった。
時刻は23時14分。
この腐れ縁はいつになったら切れるのでしょうか。
とりあえず神様が居るなら一度、ぶん殴っておかないと気が済まない中年不良探偵は今年で36歳だ。




