第一話 味噌カツ。
誰かの声がする。
《市内で……きた…発事件………査を……》
俺は目を瞑り、うつ伏せで布団に横たわりながら無心で声に耳を傾ける。
昨日の夜に消し忘れたテレビの音だと分かるまで時間はかからなかった。
「うぅ〜。朝か…。」
今日は報告書の制作をする。その後は特に予定も入っておらず、比較的ゆったりとした1日だ。
のっそりと起き上がり、ズルズルという効果音が似合う歩き方をし、コーヒーの準備をする。
タバコに火をつけ煙を吐きながらテレビの音量を上げた。
一昨日の爆破事件のニュースがやっていた。
一昨日の段階では原因が分かっていなかった様だが、昨日今日の間にどうも人の手で起こされた爆発じゃないかという説が有力になったようだ。
「爆弾ねぇ。いっその事、この腐った日本の法律を作った政治家の家でも爆破してくれないかねぇ。」
お湯の沸いたヤカンを手に取り、マグカップに注ぐ。
パソコンの電源を入れる。その間にもう一度テレビに目をやると名古屋のご当地料理店の紹介が始まっていた。
(良いなぁ。昼飯はここに行くか?)
俺はタバコの煙を吐き出しながら携帯のマップで場所を調べた。
「こちらが調査報告書になります。」
俺は、目の前に座る白髪混じりの男に書類を渡す。
「結論から言いますと、他の男性との接触はありました。」
「…妻は浮気をしていたという事ですか?」
40歳のこの男は今回の依頼者で、8つも年下の奥さんの浮気調査を依頼してきた。
男の顔は少し疲れている様に見える。
人を疑うというのは疲れるものだ。無理はない。
「断定は致しかねます。しかし、弁護士さんに相談して頂ければ、充分な証拠として使えます。」
探偵はあくまで調査が仕事だ。
決めつける事はしない。
いや、しないほうがいいと言うところか。
「分かりました。ありがとうございます。また、今日中に残りの金額お振り込みさせていただきます。」
「承知しました。一応、この名刺を…。」
俺は知り合いの弁護士の名刺を渡す。
「私の知り合いの方です。この報告書を持っていくと話が早いと思いますので、良かったら。」
「色々とすみません。ありがとうございます。」
「複雑な心境だと思いますが、どうか気を保って下さい。それでは失礼します。」
俺は席を立ち、喫茶店を後にした。
先ほどまでの神妙な顔つきを解いて、車に乗り込みタバコに火をつけ、鼻歌を歌いながら車を走らせる。
仕事は仕事。プライベートはプライベートだ。
「さて、飯だ飯。朝テレビで見た店は〜…と。」
俺はハンドルを切り大通りに出た。
名古屋の街は平日だと言うのに車通りが多く、なかなか走りづらい。
報告書の完成を依頼人に告げたところ、今日はたまたま休みの様だったので、急遽会うことになった。
おかげで昼は食べそびれて、すでに時刻は14時を回っていた。
「お、ここだな?」
目的の店を見つけて、俺は一度通り過ぎて駐車場を探す。
「んだよ。コインパーキングしかねぇじゃねぇか。」
仕方なく1回800円のパーキングに車を停めて歩いて店の中に入った。
中区栄町にある、定食屋に入り味噌カツ定食を頼んだ。
定食屋の中に備え付けられたテレビでは、また一昨日の爆破事件のニュースが流れていた。
「しばらくはこの話題で持ちきりだな。」
タバコを取り出したが、灰皿が無いので禁煙だと気づき、すぐにポケットにしまった。
店を出て、車を取りに行く。
(テレビで紹介された割には普通だったな。)
俺は何故か上から目線で料理を評価しながら車に乗り込んだ。
ふと、爆破事件の現場が気になり調べてみる。
すると意外と近くにある事がわかった。
俺は現場に車を走らせた。
今回の爆破事件は、栄町にある観覧車。スカイボート付近のコンビニのゴミ箱。
幸いにも死者は出ていないが、重症者3名。軽傷者8名のなかなかの大事件だ。
スカイボートの前を通り過ぎて、左折。
右手の建物の角にあるコンビニが、大きなブルーシートで覆われて、キープアウトのテープが張り巡らされていた。
(まだ、調査中か。しかし派手に壊れた様だな。)
まだ断定は出来ないが、もしこれが故意に起こされた事件ならかなり悪質なものだ。
「ま、俺には関係ねぇけどな。」
野次馬も終わったので、俺は車を犬山方面へと走らせた。
国道41号線を小牧方面に走らせ、犬山市の看板が出てくる。
犬山市。
国宝《犬山城》
日本最古とされる木造天守が当時の姿のまま残っており、建築や歴史の価値が非常に高い。
犬山城の南側には城下町があり、そこでは食べ歩きができる事で有名だ。
休日には多くの人で賑わう。
俺はその城下町を少し外れた場所にあるボロアパート兼事務所に住んでいる。
正直なところ、ガキの頃から見て育ってきた国宝には何の有り難みも感じない。
まだ、行きつけのガールズバーのほうが俺にとって価値がある場所だ。
(そう言えば最近行ってないな。今日の夜ぐらい飲みに行こうか。)
俺は家に帰りガールズバーの出勤情報を携帯で調べて、目当ての女の子がいるかどうかを確認した後に、布団に横になる。
時刻は16時54分。
探偵は不規則だ。そろそろ下っ腹が出てきたので運動しないとな。そう考えながら布団の上で寝転がり、いつの間にか夢の中へ落ちていくのだった。




