3.生産と物流-3
ケリーとリオがいつものように工場へと赴くと、その場は珍しく騒然としていた。
「何かあったの?」
また製造工程で問題でも起きたのかと戦々恐々としながら、私は近くにいた工員に話しかけた。
工場に通い詰めていたおかげか、彼は私の顔を覚えており、一目見るなり緊張を解いた。
「ああ、あんたか。街の小売店に客が押しかけて、店主と口喧嘩になっているらしい。ウチの配送車も騒動に巻き込まれて帰ってこれないままだ」
「なんでそんなことになってるのよ!?」
製造の問題が出たかと思えば、今度は物流の問題。
世の中から厄介事が尽きることはないのだろうかと、思わず叫び声を上げた。
「ミックスバーはいつも品切れだから、裏に在庫を隠して、贔屓の客だけに売ってるんじゃないかって疑ってるんだよ」
「そんなわけ...」
私は馬鹿な話だと一笑に付そうとしたが、リオが真剣な顔をしているのを見て止めた。
「...あるの?そんなことが?」
「ないとは言えないね。いつだってたちの悪い人間はいるものさ」
その言葉に工員も苦々しい顔をして頷く。
「小銭欲しさにってやつだよ。勝手にセット販売にして、余計な商品を買わせようとしてる店だってある。そいつらからすれば、『商品を売ってるのは間違いないんだから、文句を言われる筋合いはない』って考えてやがるんだ」
工員は吐き捨てるように言い、苛立ちを抑えるように頭をガシガシと掻いた。
「配送に遅れも出てる。下手すりゃ怪我人だって出るぞ。どうしたものかね...」
私は慌てて周囲を見渡す。
誰もが対応に追われて走り回っており、倉庫の隅にはミックスバーの箱詰めが山積みで放置されていた。
「リオ、あの箱を車に積んで!私たちで現場に届けるわよ!」
商品が無いと騒ぐなら、商品を届けてやればいい。
そう考え、私は迷わず箱を抱え上げたが、リオと工員は慌てて止めようとしてくる。
「あれは配送先が決まってる商品だ。勝手に持ち出せば在庫が足りなくなる」
「そうだ、流石にそりゃ不味い!」
そんな2人に対し、私は苛立ちから声を荒げた。
「怪我人が出る前にトラックを助け出さなきゃ!どうせ配送するトラックは足りないし、すぐには戻ってこない。私たちがこれを運んでも、その間に在庫は補充される。順番が前後するだけなら問題ないでしょ」
私も自分の行動が問題なのは承知している。
しかし、怪我人や店に被害でも出れば一大事だ。
いやそれだけではない。
そんなことになれば、商品ブランドに致命的なダメージを受けてしまう。
(不謹慎だなんだと、好き勝手言う人間は必ず出てくる。付け入る隙を生むわけにはいかないでしょ!)
ミックスバーを売る行為そのものに難癖をつけられれば、父が後継者レースに勝つ可能性は限りなく0に近づく。
それだけは避けなければならなかった。
「いやいや、それが問題なんだよ。配送順番は契約に従って管理本部が決めている。現場が勝手に変えていいものじゃない」
「その配送順番を守るためにトラックが必要なんじゃない!」
私とリオが言い合っていると、騒ぎを聞きつけた工場長が駆け寄ってきた。
「おいおい、こっちまで叫ぶ声が聞こえたぞ。勝手に商品を持ち出そうとしてるのか?」
「いいところに!私たちが揉めてる現場に在庫を持っていくのよ。商品が届けば、巻き込まれてるウチのトラックも解放されるでしょ?」
私の言葉を聞いて工場長は状況を理解したのか、顔を歪めてしばし思案した後、書類を抱えた工員に話しかける。
「......問題の小売店だが、既に契約分は納品済みなのか?」
工員は書類に目を落として指でなぞり、素早く確認を済ませ答えた。
「はい、現地にいるトラックに積まれていた分で全部です」
「管理本部は何と言っている?」
「警察を呼ぶから待機しろと。ただ、警察は別件の事故で人手が足りていない模様。到着には時間がかかる見込みです」
その回答を聞き、工場長が「ううむ」と唸り声を上げた。
「...間に合わんな。契約以上の納品と、納品順番の逸脱。ロット管理も無視か。救出目的とはいえ、始末書は覚悟しなければならんな」
「......いいんですか?」
工員が顔を寄せて小声で囁く。
工場長のやろうとしていることの意味を、彼は重々承知しているようだった。
「よくはない。普通なら絶対に認めん。だが、ウチの部下を助けようとしてるんだ。その手助けを断るわけにはいかんだろ」
そう言われて工員はハァと大きくため息をつき、覚悟を決めたように頷いた。
「開いた穴を埋める手配をします。あれくらいなら出荷調整分でまかなうことができるはずです」
「すまんな。おい、お前ら、積み込む手伝いをしてやれ!」
工場長の鶴の一声により、周囲にいた工員たちがミックスバーの箱をあっという間にリオの車に積み込んでいく。
「はぁ、こうなったら仕方ないか...。僕も一緒に叱られるよ」
リオはこれ以上止めても無駄だと諦めたような表情を浮かべ、運転席へと座った。
「ありがとう工場長!お礼はまた改めてするわ!」
私は助手席に乗り込み、窓から顔を出して工場長に礼を言った。
「礼はいいから行ってくれ!部下を頼むぞ。それと怪我だけはしないでくれ!」
「善処するわ!」
私の返事と同時に、後部座席を箱で山積みにした車は発進した。
**********
しばらく車を走らせると、目的の小売店が遠くに見えてきた。
店主1人で捌くような小さな路面店。
どこにでもある一般的な小売店だが、それを分厚く囲うように人々が集まって押し合い、怒号が飛び交っている。
彼らや野次馬のせいで店の前は人や車が通れず、次第に渋滞が広がっていくという悪循環が生まれていた。
まさに一触即発の事態だった。
「ミックスバーを持ってきたわ!買いたいなら道を開けなさい!道を開けろ!ぶっとばすわよっ!」
「ケリー!窓から顔を出すのは止めてくれ!怪我でもされたらそれこそ大問題だ!」
喉が裂けんばかりに大声を張り上げると、人混みが左右に分かれ、そこにリオがすかさず車をねじ込んでいく。
そんなことを繰り返していると、店の前でトラックが立ち往生しているのが目に入ってきた。
HSサウス社のロゴが描かれたトラックの周囲には人が群がり、逃さないぞと言わんばかりの有様だった。
「トラックから離れなさい!商品はこっちよ!」
私の言葉に従うようにリオがクラクションを鳴らしながら、車を突っ込ませてトラックに横付ける。
そんな私たちの姿に気がつき、HSサウス社の制服を着た配送員2人が慌てて駆け寄ってきた。
「助かりました!」
「いつあいつらに襲われるかと冷や冷やしてたぜ!って、あんた社長の!?こんな危ねえ場所に女が来るんじゃねえよ!」
「いいから!商品を下ろして、店に運び込んで!」
私の指示に2人は不思議そうに顔を見合わせるが、迷っている暇は無いとすぐに行動へと移ってくれた。
私は商品を彼らに任せて周囲を見回すと、少し離れたところに目当ての人間を見つけた。
「ミックスバーを売れよ!隠してるんだろ!」
「だから、在庫がねえって言ってんだろ!このボケが!」
胸ぐらを掴み合って叫んでいる男性2人。
あの片割れが店長だろう。
「あなたが店長ね!在庫を持ってきたから、これでなんとかしなさい!」
私は男性を引っ張り、耳元で叫ぶ。
「はいはい、貴方も落ち着いて」
残りの男性をリオが羽交い締めにして引き離すと、店長は息を荒げながらこちらを向く。
「あんたは誰だ?工場の関係者か?」
「そうよ。在庫持ってきたから、これでなんとかして。これ以上の補充はないわよ!」
「マジで在庫があるのか?分かった!危ねえからあんたは下がってな!オラオラ、道を開けろ!」
店主は邪魔な客を押しのけながら、店のカウンターへと突撃していく。
そして、店主の姿を見るや否や、客たちがカウンターに殺到し始める。
中には「やっぱりあるんじゃねえか!」と、文句を言い続けている者もいた。
「はぁ、これで何とかなったかしら」
私は群衆に押されるように隅の方に流れ、そこでようやく一息ついた。
「怪我はない?」
そこに背後からリオがヌッと現れ、ふらつく私の肩を抱えてくれたが、その顔は疲労感がにじみ出ていた。
(背後にいたってことは、私を群衆から守っていた?)
肩を掴む力は強いが、不思議と嫌な気分はしなかった。
彼の表情はボディーガード役として苦労したせいかと思い、ここまで付き合ってくれた礼を言おうと振り返る。
しかし、リオの視線が店と群衆に向いているのを見て、彼の苦労がまだ終わっていないのだと悟る。
「大変なのはこれからだよ」
「なんでよ?トラックは上手く逃げ出せたみたいだし、一段落でしょ?」
私は道の外れを指さす。
そこには群衆から逃げ出したトラックがおり、配送員の1人が窓から手を振っている。
(在庫を下ろした後、タイミングを見計らって逃げ出してくれたみたいね。周りを見て判断してくれて助かるわ)
私は手を振り返しながら、指示を出さずとも機敏に動いてくれる人材のありがたさを噛み締める。
だが、リオの目は険しいままだ。
「目の前の問題は解決できた。配送員も無事助け出すことができた。でも、それ以上の問題が残っている」
リオの表情と言葉を受け、私も少しずつ事態が飲み込めてきた。
なるほど、どうやら私のやったことは想像以上に問題だったらしい。
「...具体的には?」
恐る恐るリオに尋ねるが、その顔にいつもの笑顔が浮かぶことはなかった。
彼のそんな深刻そうな顔は初めてだった。
「契約違反に指揮系統の無視。今回ばかりは叱られるのは避けられないよ」




