3.生産と物流-2
クリーヴから製造工程の問題を指摘されてから数週間後。
ケリーとリオは工場にかかりっきりになっていた。
「うーん、混ざり具合がいまいちね...。キャラメルの撹拌用機械って、もっと出力を上げられないの?キャラメルの固さに対して、混ぜる力が弱いのよ」
私の目の前ではナッツとキャラメルを混ぜるための機械が、グルグルと稼働している。
だが、隅の方ではナッツが固まったままだ。
(これじゃ、混ざるまで時間がかかり過ぎるし、質が安定しないのも当然ね)
目の錯覚かと仕事で寝不足の目を擦るが、ナッツの塊が消えてくれるようなことはない。
私の疑問に対し、リオと工場長は揃って首を横に振った。
「これ以上は無理だね。今が最大出力。機械そのものを入れ替えるしかない」
「メーカーが提供している商品の中では、これが1番です。これ以上となると、オーダーメイドになるので費用がかさみますよ」
「どれくらい?少しくらいなら色を付けてもいいけど」
私の期待するような視線を受け、工場長が「そうですね...」と腕を組んで思案する。
「恐らくですが、出力を20%上げると、コストが100%上がります」
「嘘でしょ!?」
20%くらいまでならなんとか、と思っていたところにとんでもない数字が出来て仰天した。
しかし、工場長は「まあ、こんなものですよ」と諦観の表情を浮かべている。
「出力を上げるにはエンジンを入れ替えることになります。その出力に耐えられるだけに強度や構造を持たせるためには、各種部品も上位のものに入れ替えることになるので」
「耐久性を高めるために、機械の材料も質の良いものを使わないといけない。定期メンテナンスで部品入れ替えも増える。安く済ませたいなら技術の進歩を待つしかないよ」
「リオさんの言う通りです。今の機械も昔に比べれば、随分と安くなったんですよ。最先端の機械はいつも高いってやつです」
「ぐぬぬ...」
私は苦し紛れに地団駄を踏む。
しかし、そんなことをしても何も解決などしない。
(コストが100%上がるとなれば、赤字にはならないけど利益が大きく削られる。それじゃ意味がないでしょ)
金を出して問題を解決するのは分かりやすく、いかにも資本主義的なやり方だ。
しかし、利益率を削るということは、何十年も経てばとんでもない差額を失う諸刃の刃だった。
(私も知識がついてきたから分かるけど、こんな話を持っていったら、クリーヴがまたしかめっ面をするに決まってるわ。今回の後継者レースでは利益性も重視されるんだから)
利益率が半分なら、同じ利益を出すためには2倍の売上が必要になる。
ラモーナたちはそのような問題を見逃すほど甘くはなく、自然と評価も厳しくなるに違いない。
これでは父を勝たせることなどできはしないと、頭を抱えたくなった。
(工程には注意したつもりだったけど、まさかこんなことになるだなんて。これ、完全に商品コンセプトの問題よね?)
ミックスバーの魅力はその複雑な構造にあるが、それが足を引っ張る要因でもあった。
その点で言えば、ワットが開発したサンドも、レナードが開発したリトルカスクも製造工程は複雑ではない。
(あの2人も他のアイデアはあったけど、製造の問題を避けようとしたとか?なんにせよ、商品が人気でも量産に問題があるんじゃ意味がないわ)
私は視野が狭く商品のことだけを考え、生産面への配慮に欠けていた。
「あー、自分の間抜け具合に腹が立つわ。それと設備投資の額の大きさにもね」
工場の機械は高い。
何千万、何億リルという、気が遠くなるような金が軽く飛んでいく。
(街のケーキ屋では一生お目にかかることがない数字...。冷静になると怖くなってきたわ。こんな額を突っ込むとか正気じゃいられないわよね)
工場の機械は高く、商品が売れなかった時にはそっくりそのまま損失になる。
大勝負に出た会社があっさり倒産した話が多いのも、事情を知れば至極当たり前だった。
「休憩にしようか」
リオが唐突なことを言い出した。
何事かと思ったが、機械を前にして悶絶している私を見るに見かねたのか。
「...そうね。工場長さんもお忙しい中、時間を取らせてごめんなさい」
「いえいえ、これも仕事ですので」
私とリオは工場長に断りを入れ、作業用にと用意された部屋へと向かった。
**********
ケリーらがいなくなったのを見計らい、残された工場長に若い工員が話しかける。
「お疲れっす。偉い人に付き合わされて、おやっさんも大変っすね」
工場長は鼻を鳴らし、応えた。
「なあに、これで俺たちの仕事が楽になるなら、喜んでやるさ」
ケリーたちに対する余所行きの顔とは違い、普段の砕けた雰囲気が露わになっていた。
その様子に若い工員は軽く目を見開く。
「へー、日頃厳しいおやっさんがそう言うなんて。あの嬢ちゃん、結構当たりですか?」
「親の七光り採用って聞いた時は心配したものだが、意外とちゃんとしている。お前も覚えておけ。現場に顔を出して、泥臭い仕事から逃げ出さない人間は信頼できるってな」
工場長の言葉に若い工員は「うんうん」と頷いた。
「口だけ野郎よりも、手を動かす野郎の方がマシですからね。末は社長って話も、案外馬鹿にならねえのかな?」
「なんだそれは?初耳だぞ」
聞き捨てならない言葉に工場長は顔をしかめ、問いただした。
「いや、どこにでもあるような噂話ってやつですよ。社長もそこそこいい歳ですし。2代目とは言わなくても、3代目くらいなら芽がないわけじゃないでしょ?」
工員は慌てて言い訳するが、工場長の顔は厳しいままだった。
「下手なことを言うな。勘違いする馬鹿が出てくる」
「へいへい。でも、今抱えてる問題ってどうにかなるんすか?正直、かなりきつそうですけど」
「......お前の言う通りだ。現場の俺たちが思いつくような案は既にやった後だ。問題の解決には金をかけるしかないが、不良品率と天秤にかければ『やらない方がマシ』って判断になるだろう」
工場長の顔が苦虫を噛み潰したようになる。
普段は頼りになるはずの経験と知識が、今回ばかりは良い回答を出してくれないのだ。
「現場の人間としては品質を諦めるようなことはしたくないが...。棒状に固める工程などにも問題はある。いちいち機械を入れ替えてたら儲けは吹き飛ぶし、なにより生産数がいつまで経っても増やせん」
「工場の拡張もやんなきゃいけないっすからね。多少問題はあっても、安定してる工程と機械を採用するに決まってる」
工場長と若い工員の顔に同情の色が浮かんだ。
自分たちの立場にではない、ケリーらに対してだ。
「コストに甘くなったらその会社は終わりだ。そういう意味じゃ、あの嬢ちゃんの努力は無駄なんだが...。駄目だと検証するのも仕事の内だからな」
「でも、努力が報われねぇ、評価されねぇってのは、ちょいと頂けねぇ話っすね」
「とはいえ、俺たちにできるのは改善案に手を貸すこと。それと、何かあったら手助けしてやるくらいだな」
「そうっすね」
2人は目を合わせ、しかと頷き合う。
ケリーは問題解決という成果を上げられていなかった。
だが、その努力を評価する者は確かに存在した。
**********
用意された部屋でリオと2人、コーヒーとチョコレートを摘んでいると、ふいに弱音が漏れた。
「ミックスバーは失敗作だったかも...」
「商品としては成功しているよ。製造工程に問題のない商品の方が珍しいくらいさ。ちゃんと利益が出てるんだから、胸を張っていい」
「いや、でも」
リオがフォローしてくれるが、頭のどこかで「商品設計時に避けられた問題では?」という疑念がいつまでもちらつく。
そんな私を見かねたのか、リオが唐突に話を振ってきた。
「ケリーはどうしてパティシエの道を選んだの?」
「急にどうしたの?面接でもやりたいの?」
「いやね、そういえば聞いたことがなかったなって。君がお菓子作りにのめり込んだきっかけを」
「そうだった?でも、そんなに大した話じゃないわよ」
「いいんだよ。相互理解というのは小さなことから始まるものさ。で、何があったの?」
珍しくリオが引かないのを見て、何かあるのかと訝しむ。
だが、悪意のようなものは感じられなかった。
(近所で飼われていた犬も、散歩に連れて行けとねだる時にこんな顔だった気がする)
いわゆる、純粋な好奇心というやつだろうか。
別段隠すようなことでもないので、「まあいいか」と答えることにした。
「幼い頃に、母さんに焼き菓子を作ってもらったのがきっかけ。子供って甘いものを食べてるだけで幸せに感じるでしょ?だから、甘いものが幸福な家庭の象徴みたいに感じたのよ」
「でも、自分が食べるだけならパティシエになる必要はないよね?なんで、他の人にお菓子を届けたいって決めたの?」
リオに指摘され、思わず何も言えなくなった。
自分でもそこまで真面目に考えたことがなかったのだ。
(言われてみればその通りね...。勢いだけで決めたのは否定できないけど、それにしては我ながら我慢強く挑戦してきたわけだし)
答えが見出せず腕を組みながら唸っていると、リオが「例えばだけど」と口を開く。
「何かを求めてたとか?身近に無かったもの、手に入らなかったものを求めて、って人は多いよ」
その言葉を聞いた瞬間、自分の中で何かがストンと腑に落ちた。
「...父がいなかった。その欠けた幸せの代替品だった。って、ことかしら?」
「ああ、なるほど。その可能性は高そうだね」
リオは感慨深げに頷いているが、言った自分は恥ずかしさで赤面していた。
(今まで気がつかないわけよね。父と会わなかったら意識することすらないんだから)
父恋しさだったとは我ながら恥ずかしい。
リオに見られぬよう顔を伏せて手を当てると、手のひらから熱い感覚が伝わってきた。
そして、深呼吸して気分を落ち着けると、今度は父のことが思い浮かんでくる。
『血の繋がっている他人』が、いつの間にか随分と身近な存在になっていた。
(そういえば、最近は目標が変わってきてる気がするわ。これも父の影響かしら?)
『より多くの人にお菓子を』という目標を捨てたわけではない。
だが、『お菓子産業で事業を運営する』ことの優先度が高くなっている気がする。
(後継者レースが終わった時、私の目標はどうなっているのかしら?)
父は『世界中にチョコレートを届けたいんだ』と言っていた。
他の取締役たちも何かしらの目標があるに違いない。
(父を勝たせる。それが終わったら、その先は?私には何が残っている?)
動揺に震える指先をカップに向けながら、そんなことをぼんやりと考えるが、すぐには答えが見つからなさそうだ。
そして、そんな私の姿を見ながら、リオはいつも以上に楽しげにニコニコとしていた。
その目の色は普段とは少し違い、私個人が面白くて仕方ないと言いたげだった。
**********
HSサウス社のドアをくぐる足取りは非常に重かった。
「はぁ...、駄目でしたって報告するのは気分が重いわね」
「まあまあ、そんなに落ち込まないで。全部が上手くいくなんて誰も思ってないよ」
落ち込む私をリオが慰めてくれる。
だが、この仕事に携わってからの初めての明確な失敗となれば、そう簡単に気分が晴れるわけがなかった。
『こんなこともありますよ。いや、こんなことの方が多いものです』
工場長はそう言ってくれたが、事実は1つである。
製造工程には問題が残り、製造量を増やす案も見つからなかった。
結局、私とリオは1ヶ月かけて工程の問題に取り組んだが失敗に終わったのだ。
「―――というわけで、失敗に終わりました...」
父とクリーヴを前に報告を済ませた私は、これから浴びるであろう叱責に身構えた。
しかし、父の口から出た言葉は全くの想定外のものだった。
「そうか、それなら仕方ないな。では、製造量を増やす手段は別に進めている手段でなんとかすることにしよう」
「......それだけ?」
「それ以上何を言う必要があるんだ?」
「いや、ほら、『真面目に仕事したのか!』とか、『処罰を与える』とか言わないの?」
私の腰の引けた言葉に父は唖然とし、代わりにクリーヴがため息をつきながら口を挟んできた。
「では、お前はサボっていたのか?」
「そんなことはないけど...」
私が否定するのを見て、クリーヴは「そうだろうな」とあっさり引き下がる。
「報告書を見る限り問題はない。工場関係者からの連絡との齟齬もない。やることはやった、それでも駄目だった。ならば咎める理由はどこにもない」
そこまでハッキリ言われてしまうと、逆にこちらが申し訳なくなってきた。
人間は責められた方が気分が楽になることもあるのだ。
何も言えずにいる私に代わり、リオが話を進めていく。
「社長、別の手段と言いますと?やはり議題に上がっていた買収でしょうか?」
「そうだ。似たような商品を製造しているメーカーを買収し、彼らの工場を転用する。1から工場を建設するより早く、それなりに経験のある工員も確保できる」
「その口ぶりですと、候補リストは出来上がってるようですね」
「既に交渉中だ。そちらはクリーヴが担当している。詳細は彼から説明してもらおう」
私を置き去りに、3人は次の話題へと進んでいった。
ビジネス関係者としての経験の差か、リオは多少のことでは動揺などしないし、頭の切り替えが異様に早い。
(こういう時、本当に強いわね...。私も見習わないと)
顔をペチペチ叩いて気を入れ直し、遅ればせながら会話に参加する。
「あの、買収って会社を買うってことよね?そんな簡単に売ってくれるものなの?」
私もクリーヴの報告書には目を通していたが、街のケーキ屋で買収などという言葉は聞いたこともないし、選択肢に上がることはもっとない。
そんな私の初心者じみた質問に対し、クリーヴは馬鹿にすることなくいつも通りの調子で答えてくれた。
「時と相手と場合による」
「それって、結構成り行き任せってこと?大金が動く話なのに?」
「そうだ。社長が株を持つオーナー企業となれば、社長の気分次第であっさり決まったりする。価格が高すぎることがあれば、安すぎることもある」
「...結構適当なのね」
「そんなものだ。だから、良い会社を安く買おうと血眼になっている」
てっきり難しい計算方法や交渉手順があるのかと思っていたが、肩透かしの回答に呆気に取られた。
(そもそも、問題を解決するために会社を買うって発想が意味分からないんだけど。ショッピングにしてはいかつすぎるでしょ)
この場で買収という言葉に驚いているのは自分1人だけ。
(自分のケーキ屋を買いたいって人が現れたらどうする?......駄目、何をすればいいのかすら分からないわ)
考えるための知識や経験が足りなさ過ぎる。
つくづく、彼らとは常識や住んでいる世界が違うのだと痛感させられた。




