3.生産と物流-1
「ミックスバーを5本売ってくれ!」
「こっちは10本だ!」
「品切れ?じゃあ、どこの店なら売ってるんだ!?」
「買えなかったら子供から嫌われちまう!」
店主1人だけの小さな小売店に客が押し寄せ、喧騒が絶えない。
ケリーは少し離れた場所からそんな光景を眺めていた。
「ひとまず大成功って様子ね」
ミックスバーの発売から2週間が経過。
私とリオは現場調査のために、あちこちを見て回る日々を送ってきた。
そして、この光景を前にようやく一安心できた。
「そうだね。他の街の小売店も似たようなものだと、報告が上がってるよ。現場からはケリーを褒める声もね」
隣に立つリオも、抱えた書類を眺めながら満足そうに頷く。
それはミックスバーに対する消費者たちからのコメントをまとめたもの。
商品の発売後、リオは正式に私の支援役を務めることになり、私は彼を通して報告を受けることが増えた。
だから、このようなやり取りも慣れたものだ。
「パフのサクッとした軽い食感、ナッツのゴリゴリした固い歯ごたえ、キャラメルのねっとりとした感覚。この組み合わせが堪らねえ」
「甘い!甘い!とにかく甘い!これを食えば疲れなんて吹っ飛んじまう!」
「暴力的な味わいだ!まるで口の中でゴリラ同士が殴り合ってるみたいだぜ!」
(狙い通りとはいえ、ここまで上手くいくと笑いが込み上げて来るわね)
私は緩みそうになる口元を抑えようとしたが上手くいかず、モニョモニョとする。
ザックリ言ってしまえば、「とにかく衝撃を受けた」という感じのコメントばかりである。
(菓子職人としてこれほど気持ちいい瞬間はないわ!もう、最高!)
目の前では子供たちが買ったばかりのミックスバーにかじりつき、歓声を上げている。
思わず踊り出したくなるが、ここは街の往来。
警察は呼ばれたくないので我慢した。
「報告書に目を通したけど、パフやナッツの食感を評価してる人が多いね。チョコレートは歯ごたえがないから、こういう組み合わせには向いているかもしれない」
「量をかさましできるし、咀嚼回数が増えるから食事としての満足度も高まる。期待通りの反応だけど、意外と成人男性の購入も多いのね。どうして?」
子供のお土産なら分かるが、朝の通勤途中で買う客も多いとの報告があり、想定外の買われ方に私は困惑していた。
「仕事が忙しい人だと推測してる。普通の食事が1000リルとして、ミックスバー2つで1000リルと同じ。サッと食べれて腹持ちがいい。外に買いに行く手間も省けるから、選択肢としては有りだね」
「甘い物がランチ代わりでいいの?サンドイッチとかじゃなくて?」
「『考えるのが面倒だから、これでいいか』って雑に済ませようとしてるんじゃない?実際、ウチの社員でも似たようなことを言っている人はいる。それに、甘いものが好きな男性は結構いるよ」
「ふーん。リトルカスクと違って、子供から大人まで、学校や職場でも食べられるってのは大きいわね」
念入りに検討したにも関わらず、予想外の層に売れる。
(そういうこともあるのね。事業の運営って難しいわ...)
ミックスバーはとにかく満足度と強烈な個性を目指した商品。
『ベストではなくとも、オンリーワン』が合言葉だ。
意外な潜在ユーザーは他にもいるかもしれない。
「サンドとリトルカスクからコンセプトを拝借したけど、今頃他の取締役たちは悔しがってるかしら?」
「かもね。さて、オフィスに戻ろう。打ち合わせの時間だ」
「分かったわ」
リオの言葉に頷き、車のドアを開けて入り込む。
「打ち合わせって何を話すの?」
車に揺られながらリオを見る。
そこにはいつもの人懐っこい笑みが浮かんでいる。
「新商品が成功となればやることは決まってる。次は生産と物流の話だよ」
**********
オフィスに着くと、父とクリーヴが何やら話をしていた。
後ろのボードには様々な数字が書き込まれ、時折そちらを指差しながら議論している。
「お疲れ様。何の話をしてるの?」
「戻ってきたのか。原価の話をしていたところだ。少し問題があってね」
「原価?」
そう言われて私は「はて?」とボードに目を向けた。
「原材料のパフは普通の小麦。キャラメルは砂糖とクリームの塊。ナッツはありふれたピーナッツ。どれも安いものばかりよね?」
「そうだ。高いチョコレートも表面のコーティングだけで、しかもオリジナルと違って少し質を落としている。その分だけ安くなっているという認識は間違っていない」
「そうよね」
父に言われて私は「うんうん」と頷く。
(チョコレートの質を落としたのは安くしたいからだけじゃない。オリジナルの上品さだと、キャラメルに負けると判断したのよね。だから、香りを荒々しくして、砂糖を多めに加えた)
しかし、そうなると話が分からない。
「じゃあ、何が問題なの?」
「製造工程の問題だ」
私の疑問にクリーヴが答えた。
その顔はいつもにも増して険しい。
(私は工場での生産は素人だから、そのあたりは彼に丸投げになってる。つまり、現場から何か指摘が出てるのね)
嫌な予感がしたが、さりとて逃げ出すわけにもいかない。
覚悟を決めてクリーヴに向き合う。
「ミックスバーは製造工程が複雑だ。ナッツを砕いて、空気と共にキャラメルに混ぜ込む。そして、パフをまとわせて固め、最後にチョコレートでコーティング。均一に仕上げようとすると手間がかかり、その分だけコストがかさむ。現場ではそこに苦慮している」
「原価と言っても、材料だけではなく、人件費がかかる。広く言うなら工場を動かす各種費用もだ」
「ああ、そっちの話ね...」
クリーヴと父に説明され、ようやく合点がいった。
「工程を簡略化する?撹拌の時間を減らしたり」
とりあえず思いつきを口にするが、クリーヴは首を横に振った。
「安易に手間を減らせば、その分だけ出荷前の検品で廃棄率が上がり、評判も悪くなる。ナッツがろくに入っていなければ、間違いなくクレームが来る」
「まあ、そうよね...。ハムズスイーツ社は今までどうやってきたの?」
「上手くやってきた」
「いや、そんな適当な...」
呆れ果てるが、クリーヴの表情は真剣そのものだった。
彼に首肯するように、父が口を開く。
「事実だ。創業者ダグラスが解決策を考え、取締役のワットがそれを実現させる。彼の商品の質が安定しているのは、過去の経験から何をすればいいのか理解しているからだろう」
「つまり?」
「試行錯誤するしかない」
父の言葉に、その場にいる全員がため息をついた。
「こればかりは仕方ない。それよりも、出荷量に希望はあるのか?」
「作れるだけ!」
父の問いに私は端的に答えた。
作った分だけ売れるのだ。
なら、作れるだけ作るに決まっている。
「現状だと手配できるのは2ロットくらいかな。ミックスバーは製造工数が多いから、増産が軌道に乗るまで時間がかかりそうだ。そちらは私とクリーヴで対応しよう」
(2ロット?)
聞き慣れない単位に首を傾げる。
とはいえ、広く売ることを考えれば、いくらなんでも2000本というのは少なすぎる。
「2万個?まあ、それくらいあれば十分かしら」
「20万個だ。それも毎月。ハムズスイーツ社では、1ロットは10万個だと覚えておくように」
横から差し込まれたクリーヴの言葉を聞き、私は唖然とした。
しかし、父もクリーヴも「当然だ」という顔をしている。
「会社の売上を考えてみなさい。ミックスバーの単価は500リルなのだから、20万個売っても1億リルにしかならない。それに対してハムズスイーツ社の売上は5000億リル。微々たるものだよ」
「これからは生産量を増やすための仕事が始まる。配送するための準備もだ。休んでいる暇はない」
「嘘でしょ...。ケーキ屋なら1日100個も売れたら大騒ぎよ」
父とクリーヴの言葉に、私は再び何も言えなくなった。
街のケーキ屋とは規模が違うことを理解していたはずだが、それでも実際の数字を目の当たりにすると衝撃を受ける。
(そういえば、発売日には営業員にミックスバーを持たせて、往来で通行人を捕まえて試食させてた。ああいう宣伝の仕方も知らなかったわ)
クリーヴの発案だが、このキャンペーンがあったことで一気に話題になったのも事実だった。
(大多数に向けて、どうやって商品を認識してもらうか。このあたりも街のケーキ屋とは違う)
「美味しい菓子を作って売ること」と「事業を運営する」ことの違い。
(こういうのも楽しいわね...)
それを理解した瞬間、私は自然と笑みを浮かべていた。
そして、父の背後にあるボードの内容を理解しようと目を凝らす。
そんな私の心境の変化に気がついたのか、父の目は少し優しげだった。
(もしかしたら、父さんもこういうことを経験してきたのかしら?)
親の背を見て育つ家庭があるなら、事業を共にして育つ家庭があってもいい。
私はそんなことを考えていた。




