2.商品開発-4
「やれやれ、ワットの奴め。流石に生産ラインの立ち上げはあちらが上か」
レナード・ローチ、ハムズスイーツ社取締役にしてHSノース社社長の男性は冷静にそう呟きながら、何かを確かめるように『サンド』のパッケージを撫でた。
彼とワットはハムズスイーツ社の創設以来の付き合いである。
この動きには驚かされたが、予想通りでもあった。
「少し焦りすぎな気もするが...。ハーヴィーの娘を警戒したか?まあ、あのケーキを見せつけられては黙っていられないか」
後継者レースの宣言から1ヶ月半後。
ケリーたちが競争相手の商品に驚いているのと同様に、レナードも同じものを目にしていた。
だが、彼の反応はケリーたちとは違っていた。
「少し出遅れたが巻き返せる」
その言葉に合わせたように、彼の執務室に副社長が入ってくる。
その手には高級そうな箱が握られていた。
「失礼します。試作品が完成しました。ご確認よろしくお願いします」
「おお、待っていたぞ。さて、仕上がりはどうだ?」
レナードが待ちきれないといった様子で箱を開くと、中には酒樽を模した小さなチョコレートが型にはめ込まれ、丁寧に並べられていた。
「まずはスタンダードなものからいこう」
チョコレートを1つ手に取り、口の中に放り込むと、噛んだ瞬間、中から刺激的な液体と共に甘い香りが溢れ出た。
砂糖を加えて粘度を高めて味を調整し、アルコール度数を調整した芳醇な香りが漂うウイスキーである。
彼が開発したのはチョコレートに酒を詰め込んだものだった。
「うむ、まさにリトルカスク(小さな酒樽)の名に相応しい。よくやってくれた」
レナードの笑みにつられ、副社長も思わず笑みを浮かべた。
彼も試食済みで問題はないと理解しているが、最終責任者の一言はそれほどまでに重い。
「ありがとうございます。細い酒瓶型ではなく、太い酒樽型にしたことで、懸念だった外殻の造形も安定させることができました。試作時の検証では、不良品による廃棄率の低下も期待通りです」
「工場の手配は?」
「そちらも問題なく。工程と言っても、チョコレートを型に注いで固め、酒を注いだら砂糖を振りかけて膜を作る。最後にチョコレートで蓋をして完成。これなら量産も簡単なものです」
「よろしい。では、後は売るだけだな。価格のシミュレーション結果は?」
レナードの言葉に副社長はすぐさま反応し、手元に控えていた書類を渡す。
「はい、本商品は富裕層向けですから、5個入り1箱5000リル程度であれば問題ないかと。安くすると贈答品には不適切ですから、オリジナルより値上げしても文句は言われません。箱の装飾にも力を入れましたので、物珍しさで興味を引くこともできます」
「私は財務担当という立場上、権力者や富裕層とよく会う。だが、自社製品を手土産にしても『甘い物は食べない。酒にしてくれ』と言われることがあった。これで手土産に困ることも減るな。最終的な利益率はどうだ?」
レナードの言葉に、副社長は「抜かり無し」と言いたげに胸を張った。
「酒は高価ですが、空洞になった分だけ材料費が減りますから、利益率は変わりません。酒を飲めない層向けに、アルコールを飛ばし、フレーバーを強化した商品も用意してあります」
「個人的にはアルコールの刺激も楽しんでほしいところだが...。まあ、そこは致し方ない。この商品でハムズスイーツ社のハイブランド戦略を進めよう」
2人は満足気に頷く。
富裕層で話題になれば、大衆も興味を持つに違いない。
レナードの目標は、唯一無二のチョコレートメーカーという名を確かなものにすること。
後継者レースだけではなく、その先を見据えた商品として納得のいく出来栄えだった。
「それにしても、このような商品をどうやって思いついたのでしょうか?」
「切っ掛けはハーヴィーの娘だ。彼女のケーキに使われていたラム酒とコアントロー。チョコレートによく合っていたのを見て、『これだ!』と思ってね」
そう言ってレナードはリトルカスクをもう1つ摘む。
レナードは社内の人間なら誰もが知る酒好きだった。
そこで、知り合いの酒飲みたちに話を持ちかけ、チョコレートを摘みながら様々な酒を試してみたところ、
―――全員がハマった。
―――即座に部下に「これが欲しい」と指示を出した。
(チョコレートの甘さと濃厚さが、アルコールの刺激とよく合っていた。口の中で香りが混じり合い、複雑に絡み合うのも良い。組み合わせを考えればキリがなく、酒飲みほどそういう細かい話に食いついてくる)
世間では酒のツマミと言えば、ナッツやジャーキーといった塩辛いものが定番。
「酒に甘いものを合わせる」と言えば、「気持ち悪い」と言われるだろうが、そんな固定観念はどこかへ吹き飛んでいた。
「ケーキですか。焼き菓子にラム酒を染み込ませたものは知っていますが、チョコレートと合うとは知りませんでした。彼女もよく試そうと思いましたね」
「言われてみれば単純な話で、まだ誰も試していなかっただけとも言える。だが、チョコレートが新しい菓子だという点を踏まえても評価すべきだ」
そう言いながらレナードはケリーについて思案し始める。
(本人は分かってやったのか?結果だけ見れば、世間の固定観念を蹴飛ばし、成果を上げたことになる)
レナードの知る人間の中で、そういった奇想天外なことをしでかすのは1人しかいなかった。
創業者ダグラスである。
(彼と同じように、彼女も周囲が理解できない世界に足を踏み入れるタイプか?ダグラスもたびたび意味の分からない施策を進めていたが、後になればそれは全て正しかった。しかし、彼女はダグラスではない)
ケリーは別の分野から来た人間なので、ハムズスイーツ社の人間のような固定観念がない。
(発想力は魅力だ。しかし、組織の枠に収まる人間かどうか。その懸念が拭えない)
将来を危惧して眉をひそめるレナードだが、副社長の言葉で現実に引き戻された。
「それで、ラインナップは予定通りでよろしいでしょうか?」
「ああ、今のラインナップで問題ない。可能ならバリエーションを増やしたいところだが」
「初期段階では製造ラインの多様化は難しいですね...。試作品の小ロットが限界です」
「それで十分だ。数が少ないとなれば、好事家はなおさら飛びついてくる」
レナードは菓子作りの素人だが、酒好きの彼が拘ったおかげで商品のバリエーションは豊富だった。
試作品を食べた相手も、
「さくらんぼの香りが漂うキルシェは最高だ!」
「いやいや、リンゴの爽やかな香りが鼻をくすぐるカルヴァドスこそレギュラー商品に入れるべき!」
「大人なら深みのある甘い香りのラムだろう!これを売らないのは世界の損失だ!」
「レモンの香りが鮮烈なリモンチェッロを使うべきだ!誰が買うのかだと?私が全部買うに決まっている!」
と、喧嘩を始めるほどだった。
(本音ではレギュラー商品はもっと増やしたかったが...。商品の多様化は負荷が大きい)
泣く泣く諦めたが、代わりに評価用と称して、小ロットの試作品を用意させている。
これは一部の客にだけ試作品として提供することで、富裕層での評価を高める狙いもあった。
そして、それは彼の最終的な目標の布石でもあった。
「ついでだ。この先の話もしておこう」
「この先ですか?競争に勝った後の話を?」
「うむ。私の最終的な目標は『チョコレート産業の川上を押さえる』ことにある。端的に言うなら、安価なチョコレートを原料として他社に販売することで、市場を独占する」
レナードの言葉を聞いて、副社長は歓声を上げた。
「それは素晴らしい考えです。市場を棲み分けつつ、他社から利益を吸い上げる。我々だけが悠々自適にやっていけるでしょう」
「そうだ。そのためには権力者や他社の重役との付き合いが必要になる。リトルカスクにはその一端を担ってもらう」
レナードは頷きつつ、内心では別のことを考えていた。
やることは同じだが、本来の目標は今口にしたことではない。
(不味いチョコレートを排除したい。ダグラスの猿真似にして出来損ない。そんなものがチョコレートの名を冠することが許せない)
ダグラスはチョコレートを、ブランドの象徴として広める努力を積み上げてきた。
創業以来の付き合いであるレナードには、今もその姿が目に焼き付いている。
レナードにとって、チョコレートとは長年の友人の作品にして、我が子のように思っている大切な商品である。
(それを金目当ての輩に踏みにじられるのは耐え難い)
これはレナードの執着でもあった。
(だが、そんなことを口外すれば反感を買う。そこは上手くやらねばならんな)
手段はどうあれ、結果が望み通りになるなら構わない。
レナードは自分にそう言い聞かせ、リトルカスクの発売に向けて指示を出した。
**********
『サンド』の発売から半月後、ケリーたちの前には再び新商品が鎮座していた。
「だっ、かっ、らっ!なんでこんな短期間に発売できるのよ!」
私は手をワナワナとさせて怒りを露わにする。
この間、試行錯誤を繰り返し、ようやくトンネルの先が見え始めた気がしたところでこれだ。
だが、父はいつも通り落ち着いた様子で箱を取り上げた。
「レナードが発売したのは『リトルカスク』。一部の富裕層に先行販売したことで、上手く話題にもなっているらしい。見た目の愛らしさにも注目が集まっている」
父の言葉に頷きながら、リオはリトルカスクを1つ摘む。
そして、口に入れた瞬間、いつもの笑顔を見せた。
「噛んだ瞬間に中から液体が溢れてくる。この感覚が新鮮で面白いね。バリエーションも豊富だから、リピーターも多いんじゃないかな?」
父も同じように1つ食べ、感心したように声を漏らした。
「酒好きは当然として、飲めない層からも評判がいい。欠点と言えば、チョコレートが溶けた時に中身が漏れ出すことくらいか。その分だけ物流や販売所での温度管理に注意しないといけないが、贈答品ならそれくらい許されるだろう」
「ううっ...」
私は粗探しをしようといくつか口にしたが、出てきたのはうめき声だけだった。
「商品としては単純。それでいて、チョコレートの濃厚な味わいと、お酒の芳醇な香りと刺激が上手く噛み合っている。ケーキとお酒の組み合わせは鉄板だけど、こうも見事にやり返されるなんて。しかも、製造工程は至って簡単。これが経験の差か...」
私は悔しそうに顔を歪めるが、父は「まだ勝負は決まっていない」と言い出した。
「酒好きや富裕層を取り込んだのはいいが、やはりこの価格帯だと気軽には買えない。皆が酒の香りを好むわけでもない。存外、市場規模は大きくないはずだ。リオ、いくらだと見積もる?」
父に言われ、リオは「ふむ」と腕を組み頭の中で算盤を弾く。
「そうですね...年間100億リルくらいでしょうか?贈答品市場では、ヒット商品でもそのあたりで頭打ちになるケースが多いです。『毎回同じ。皆と同じ』とならないよう、選択肢から外されるせいもあります」
100億の売上と言えば、企業として胸を張れる規模。
それを「頭打ち」と呼ぶのはおかしな話だ。
しかし、既に私の感覚も麻痺し始めていて、違和感を覚えなくなっていた。
「そうだな。涼しい北部ならともかく、南部では更に売り辛いとなればなおさらだ。早い段階で伸び悩む。私はそう見ている。それに、リトルカスクは良いヒントをくれた」
そう言って父はリトルカスクを指差す。
「チョコレートの中に酒を詰め込んでいいなら、他の食材でもいいはずだ。それこそ、万人受けするようなものでもな」
「ああっ、なるほど!大きな市場を狙えば、リトルカスクよりも売上を立てやすくなりますね」
リオはポンッと手を打ち、「何がいいかな?」と思案し始める。
私も父の言葉をきっかけに何かが閃きそうだった。
(主張の強いもの同士を上手く合わせれば、相乗効果でよりユニークな魅力を生み出すことができる)
リトルカスクはチョコレートの濃厚な味わいとお酒の刺激を上手く掛け合わせていた。
(お菓子を食べたという満足感。これがあるかないかでリピート率は大きく変わる)
サンドを食べた時の満足度は大したもので、物足りないという不満は出てこなかった。
(つまり、この2つの要素を兼ね備えれば間違いなく売れる)
後はどう仕上げるかだけだ。
「勝機が見えてきたわ」
知らず知らずのうちに私の口元は笑みを浮かべていた。
それから半月後。
遂に私たちの商品が完成した。
私たちの目の前に置かれているそれは、手のひらサイズの細長いチョコレートの棒。
ナイフで2つに割ると、サクッという小気味よい音が響く。
「うん、仕上がりは上々ね」
私は断面を見て満足した。
棒の外側はチョコレートとパフの層、中はキャラメルとナッツが詰まっている。
私はそれを掴み、声高らかに宣言した。
「この『ミックスバー』で勝つ!先行逃げ切りなんて許さないわ!」
「ミックスバー?」
「様々な食材を混ぜ込んでいるからその名前にしたのか?」
リオと父の疑問に対し、私は胸を張って答える。
「分かりやすいでしょ?」
しかし、2人の反応はいまいちだった。
「...うーん、分かりやすいのは美点だけど」
「もう少しロマンティックな名前でもいいんじゃないか?」
「うるさい!商品名は短く分かりやすくって、クリーヴが言ってたわよ!?」
私はクリーヴを指差し主張するが、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「いいから生産の手配をしなさい!注目を集めて手に取ってもらえば、後は味で勝負できるのよ!」
私は3人を追い出すように背中を押した。




