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チョコレート帝国後継者戦争-5人の後継者候補と6番目の席-  作者: 牛熊


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2.商品開発-4

「やれやれ、ワットの奴め。流石に生産ラインの立ち上げはあちらが上か」


レナード・ローチ、ハムズスイーツ社取締役にしてHSノース社社長の男性は冷静にそう呟きながら、何かを確かめるように『サンド』のパッケージを撫でた。


彼とワットはハムズスイーツ社の創設以来の付き合いである。


この動きには驚かされたが、予想通りでもあった。



「少し焦りすぎな気もするが...。ハーヴィーの娘を警戒したか?まあ、あのケーキを見せつけられては黙っていられないか」


後継者レースの宣言から1ヶ月半後。


ケリーたちが競争相手の商品に驚いているのと同様に、レナードも同じものを目にしていた。


だが、彼の反応はケリーたちとは違っていた。



「少し出遅れたが巻き返せる」


その言葉に合わせたように、彼の執務室に副社長が入ってくる。


その手には高級そうな箱が握られていた。



「失礼します。試作品が完成しました。ご確認よろしくお願いします」


「おお、待っていたぞ。さて、仕上がりはどうだ?」


レナードが待ちきれないといった様子で箱を開くと、中には酒樽を模した小さなチョコレートが型にはめ込まれ、丁寧に並べられていた。



「まずはスタンダードなものからいこう」


チョコレートを1つ手に取り、口の中に放り込むと、噛んだ瞬間、中から刺激的な液体と共に甘い香りが溢れ出た。


砂糖を加えて粘度を高めて味を調整し、アルコール度数を調整した芳醇な香りが漂うウイスキーである。


彼が開発したのはチョコレートに酒を詰め込んだものだった。



「うむ、まさにリトルカスク(小さな酒樽)の名に相応しい。よくやってくれた」


レナードの笑みにつられ、副社長も思わず笑みを浮かべた。


彼も試食済みで問題はないと理解しているが、最終責任者の一言はそれほどまでに重い。



「ありがとうございます。細い酒瓶型ではなく、太い酒樽型にしたことで、懸念だった外殻の造形も安定させることができました。試作時の検証では、不良品による廃棄率の低下も期待通りです」


「工場の手配は?」


「そちらも問題なく。工程と言っても、チョコレートを型に注いで固め、酒を注いだら砂糖を振りかけて膜を作る。最後にチョコレートで蓋をして完成。これなら量産も簡単なものです」


「よろしい。では、後は売るだけだな。価格のシミュレーション結果は?」


レナードの言葉に副社長はすぐさま反応し、手元に控えていた書類を渡す。



「はい、本商品は富裕層向けですから、5個入り1箱5000リル程度であれば問題ないかと。安くすると贈答品には不適切ですから、オリジナルより値上げしても文句は言われません。箱の装飾にも力を入れましたので、物珍しさで興味を引くこともできます」


「私は財務担当という立場上、権力者や富裕層とよく会う。だが、自社製品を手土産にしても『甘い物は食べない。酒にしてくれ』と言われることがあった。これで手土産に困ることも減るな。最終的な利益率はどうだ?」


レナードの言葉に、副社長は「抜かり無し」と言いたげに胸を張った。



「酒は高価ですが、空洞になった分だけ材料費が減りますから、利益率は変わりません。酒を飲めない層向けに、アルコールを飛ばし、フレーバーを強化した商品も用意してあります」


「個人的にはアルコールの刺激も楽しんでほしいところだが...。まあ、そこは致し方ない。この商品でハムズスイーツ社のハイブランド戦略を進めよう」


2人は満足気に頷く。


富裕層で話題になれば、大衆も興味を持つに違いない。


レナードの目標は、唯一無二のチョコレートメーカーという名を確かなものにすること。


後継者レースだけではなく、その先を見据えた商品として納得のいく出来栄えだった。



「それにしても、このような商品をどうやって思いついたのでしょうか?」


「切っ掛けはハーヴィーの娘だ。彼女のケーキに使われていたラム酒とコアントロー。チョコレートによく合っていたのを見て、『これだ!』と思ってね」


そう言ってレナードはリトルカスクをもう1つ摘む。


レナードは社内の人間なら誰もが知る酒好きだった。


そこで、知り合いの酒飲みたちに話を持ちかけ、チョコレートを摘みながら様々な酒を試してみたところ、


―――全員がハマった。

―――即座に部下に「これが欲しい」と指示を出した。



(チョコレートの甘さと濃厚さが、アルコールの刺激とよく合っていた。口の中で香りが混じり合い、複雑に絡み合うのも良い。組み合わせを考えればキリがなく、酒飲みほどそういう細かい話に食いついてくる)


世間では酒のツマミと言えば、ナッツやジャーキーといった塩辛いものが定番。


「酒に甘いものを合わせる」と言えば、「気持ち悪い」と言われるだろうが、そんな固定観念はどこかへ吹き飛んでいた。



「ケーキですか。焼き菓子にラム酒を染み込ませたものは知っていますが、チョコレートと合うとは知りませんでした。彼女もよく試そうと思いましたね」


「言われてみれば単純な話で、まだ誰も試していなかっただけとも言える。だが、チョコレートが新しい菓子だという点を踏まえても評価すべきだ」


そう言いながらレナードはケリーについて思案し始める。



(本人は分かってやったのか?結果だけ見れば、世間の固定観念を蹴飛ばし、成果を上げたことになる)


レナードの知る人間の中で、そういった奇想天外なことをしでかすのは1人しかいなかった。


創業者ダグラスである。



(彼と同じように、彼女も周囲が理解できない世界に足を踏み入れるタイプか?ダグラスもたびたび意味の分からない施策を進めていたが、後になればそれは全て正しかった。しかし、彼女はダグラスではない)


ケリーは別の分野から来た人間なので、ハムズスイーツ社の人間のような固定観念がない。


(発想力は魅力だ。しかし、組織の枠に収まる人間かどうか。その懸念が拭えない)


将来を危惧して眉をひそめるレナードだが、副社長の言葉で現実に引き戻された。



「それで、ラインナップは予定通りでよろしいでしょうか?」


「ああ、今のラインナップで問題ない。可能ならバリエーションを増やしたいところだが」


「初期段階では製造ラインの多様化は難しいですね...。試作品の小ロットが限界です」


「それで十分だ。数が少ないとなれば、好事家はなおさら飛びついてくる」



レナードは菓子作りの素人だが、酒好きの彼が拘ったおかげで商品のバリエーションは豊富だった。


試作品を食べた相手も、


「さくらんぼの香りが漂うキルシェは最高だ!」


「いやいや、リンゴの爽やかな香りが鼻をくすぐるカルヴァドスこそレギュラー商品に入れるべき!」


「大人なら深みのある甘い香りのラムだろう!これを売らないのは世界の損失だ!」


「レモンの香りが鮮烈なリモンチェッロを使うべきだ!誰が買うのかだと?私が全部買うに決まっている!」


と、喧嘩を始めるほどだった。



(本音ではレギュラー商品はもっと増やしたかったが...。商品の多様化は負荷が大きい)


泣く泣く諦めたが、代わりに評価用と称して、小ロットの試作品を用意させている。


これは一部の客にだけ試作品として提供することで、富裕層での評価を高める狙いもあった。


そして、それは彼の最終的な目標の布石でもあった。



「ついでだ。この先の話もしておこう」


「この先ですか?競争に勝った後の話を?」


「うむ。私の最終的な目標は『チョコレート産業の川上を押さえる』ことにある。端的に言うなら、安価なチョコレートを原料として他社に販売することで、市場を独占する」


レナードの言葉を聞いて、副社長は歓声を上げた。



「それは素晴らしい考えです。市場を棲み分けつつ、他社から利益を吸い上げる。我々だけが悠々自適にやっていけるでしょう」


「そうだ。そのためには権力者や他社の重役との付き合いが必要になる。リトルカスクにはその一端を担ってもらう」


レナードは頷きつつ、内心では別のことを考えていた。


やることは同じだが、本来の目標は今口にしたことではない。



(不味いチョコレートを排除したい。ダグラスの猿真似にして出来損ない。そんなものがチョコレートの名を冠することが許せない)


ダグラスはチョコレートを、ブランドの象徴として広める努力を積み上げてきた。


創業以来の付き合いであるレナードには、今もその姿が目に焼き付いている。


レナードにとって、チョコレートとは長年の友人の作品にして、我が子のように思っている大切な商品である。



(それを金目当ての輩に踏みにじられるのは耐え難い)


これはレナードの執着でもあった。


(だが、そんなことを口外すれば反感を買う。そこは上手くやらねばならんな)


手段はどうあれ、結果が望み通りになるなら構わない。


レナードは自分にそう言い聞かせ、リトルカスクの発売に向けて指示を出した。



**********



『サンド』の発売から半月後、ケリーたちの前には再び新商品が鎮座していた。


「だっ、かっ、らっ!なんでこんな短期間に発売できるのよ!」


私は手をワナワナとさせて怒りを露わにする。


この間、試行錯誤を繰り返し、ようやくトンネルの先が見え始めた気がしたところでこれだ。


だが、父はいつも通り落ち着いた様子で箱を取り上げた。



「レナードが発売したのは『リトルカスク』。一部の富裕層に先行販売したことで、上手く話題にもなっているらしい。見た目の愛らしさにも注目が集まっている」


父の言葉に頷きながら、リオはリトルカスクを1つ摘む。


そして、口に入れた瞬間、いつもの笑顔を見せた。



「噛んだ瞬間に中から液体が溢れてくる。この感覚が新鮮で面白いね。バリエーションも豊富だから、リピーターも多いんじゃないかな?」


父も同じように1つ食べ、感心したように声を漏らした。



「酒好きは当然として、飲めない層からも評判がいい。欠点と言えば、チョコレートが溶けた時に中身が漏れ出すことくらいか。その分だけ物流や販売所での温度管理に注意しないといけないが、贈答品ならそれくらい許されるだろう」


「ううっ...」


私は粗探しをしようといくつか口にしたが、出てきたのはうめき声だけだった。



「商品としては単純。それでいて、チョコレートの濃厚な味わいと、お酒の芳醇な香りと刺激が上手く噛み合っている。ケーキとお酒の組み合わせは鉄板だけど、こうも見事にやり返されるなんて。しかも、製造工程は至って簡単。これが経験の差か...」


私は悔しそうに顔を歪めるが、父は「まだ勝負は決まっていない」と言い出した。



「酒好きや富裕層を取り込んだのはいいが、やはりこの価格帯だと気軽には買えない。皆が酒の香りを好むわけでもない。存外、市場規模は大きくないはずだ。リオ、いくらだと見積もる?」


父に言われ、リオは「ふむ」と腕を組み頭の中で算盤を弾く。



「そうですね...年間100億リルくらいでしょうか?贈答品市場では、ヒット商品でもそのあたりで頭打ちになるケースが多いです。『毎回同じ。皆と同じ』とならないよう、選択肢から外されるせいもあります」


100億の売上と言えば、企業として胸を張れる規模。


それを「頭打ち」と呼ぶのはおかしな話だ。


しかし、既に私の感覚も麻痺し始めていて、違和感を覚えなくなっていた。



「そうだな。涼しい北部ならともかく、南部では更に売り辛いとなればなおさらだ。早い段階で伸び悩む。私はそう見ている。それに、リトルカスクは良いヒントをくれた」


そう言って父はリトルカスクを指差す。



「チョコレートの中に酒を詰め込んでいいなら、他の食材でもいいはずだ。それこそ、万人受けするようなものでもな」


「ああっ、なるほど!大きな市場を狙えば、リトルカスクよりも売上を立てやすくなりますね」


リオはポンッと手を打ち、「何がいいかな?」と思案し始める。


私も父の言葉をきっかけに何かが閃きそうだった。



(主張の強いもの同士を上手く合わせれば、相乗効果でよりユニークな魅力を生み出すことができる)


リトルカスクはチョコレートの濃厚な味わいとお酒の刺激を上手く掛け合わせていた。


(お菓子を食べたという満足感。これがあるかないかでリピート率は大きく変わる)


サンドを食べた時の満足度は大したもので、物足りないという不満は出てこなかった。


(つまり、この2つの要素を兼ね備えれば間違いなく売れる)


後はどう仕上げるかだけだ。



「勝機が見えてきたわ」


知らず知らずのうちに私の口元は笑みを浮かべていた。


それから半月後。


遂に私たちの商品が完成した。


私たちの目の前に置かれているそれは、手のひらサイズの細長いチョコレートの棒。


ナイフで2つに割ると、サクッという小気味よい音が響く。



「うん、仕上がりは上々ね」


私は断面を見て満足した。


棒の外側はチョコレートとパフの層、中はキャラメルとナッツが詰まっている。


私はそれを掴み、声高らかに宣言した。



「この『ミックスバー』で勝つ!先行逃げ切りなんて許さないわ!」


「ミックスバー?」


「様々な食材を混ぜ込んでいるからその名前にしたのか?」


リオと父の疑問に対し、私は胸を張って答える。


「分かりやすいでしょ?」


しかし、2人の反応はいまいちだった。



「...うーん、分かりやすいのは美点だけど」


「もう少しロマンティックな名前でもいいんじゃないか?」


「うるさい!商品名は短く分かりやすくって、クリーヴが言ってたわよ!?」


私はクリーヴを指差し主張するが、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。



「いいから生産の手配をしなさい!注目を集めて手に取ってもらえば、後は味で勝負できるのよ!」


私は3人を追い出すように背中を押した。



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