2.商品開発-3
「新商品を考えろ!?俺は工場担当上がりだぞ!商品開発なんかできねえよっ!」
後継者レース宣言の直後。
オフィスに戻ってきたワット・アリンガムは自分の机を力いっぱい叩き、叫び声を上げた。
彼の前に立つ副社長も、神妙そうな顔つきで頷いている。
「ですねぇ。旦那も俺たちも、機械いじりが得意な現場主義者。工場を作れって言われりゃ朝飯前ですが...」
「作業服着て機械と格闘してる方がよっぽど楽だぜ」
ワットたちの自信は自惚れではない。
ハムズスイーツ社の初めての工場を作ったのは彼。
創業者ダグラスの要望を実現し、工場の建設ノウハウを積み上げてきたのも彼とHSセントラル社の部下たちだ。
「他の取締役たちもだが、俺たちは商品を作って、運んで、売るってことには慣れてる。だがな、新商品を開発したことなんてねえ。八方塞がりだぜ」
「そういや、聞いたことなかったんですが、今まで新商品を作ろうって話はなかったんですかい?30年も事業をやっていれば、誰かが言い出しそうですが」
「なかったんだな、これが。馬鹿みてえな話だが」
訝しむ副社長を前に、ワットは両手を上げた。
「ダグラスのレシピが完璧過ぎたのが悪い。手を入れる余地がねえんだから、わざわざ劣化版を売ろうとする馬鹿はいねえよ」
「てことは?」
「今まで会社が取り組んできたのは、材料の品質確認や製造工程の安定ってところだ。だから、新商品の研究ノウハウってもんがねえんだよ」
副社長の脳内で、今しがた聞いた説明といくつかの知識が繋がり合い、「ははあ」と手をポンと叩いた。
「あー、競合他社が出してるチョコレートは品質が悪い。今のままでも負けねえんだから、急いで新商品を研究開発する必要に乏しかったってことですかい」
「そういうこった。作った分だけ売れるんだから、生産数増やすことに力入れろってろって話になるわな」
「つまり?」
「新商品を思いつかねえのは俺のせいじゃねえ!」
ワットは立ち上がって頭をかきむしる。
彼が述べた長所と短所は、まさしくハムズスイーツ社全体を象徴していた。
「旦那は社長になりたいんですか?『面倒だからやりたくねえっ』て言いそうですけど」
「そりゃ、おめえ、俺にだってやってみたいことの1つだってあるからな。社長にならなくともやれる気はするが、なった方が話が早えとなりゃ道は1つだろ」
「ほー、具体的には?」
副社長はワットがそんなことを考えているとは知らず、興味深そうに尋ねた。
ワットは両手を大きく広げ、声高に叫ぶ。
「工場の改良だよ!技術の進歩に合わせ、この先食品業界は工業化が進むに違いねえ。俺の予想じゃ、ほぼ機械だけで動く時代もそう遠くねえな」
「えー、そりゃ言いすぎじゃ?人間じゃなきゃできない工程だって山程ありますぜ?現に、うちの工場だって手作業の工程は結構残ってますし」
「そういうのも全部機械でできるようになるんだよ!だから、技術革新と設備投資で、安く大量に質の良い商品を提供する!これが俺の目指す会社の在り方だ!」
「おー、よく分かんねえけど、凄いっすね」
副社長はパチパチと拍手する。
そして、問題点を口にした。
「でも、それじゃ今の商品が効率良く作れるだけっすよね?新商品はどうするんすか?」
副社長に痛いところを指摘され、ワットは気まずそうに後頭部を掻いた。
「俺はダグラスじゃねえんだ。あんな御大層な菓子なんて作れねえよ」
「俺たちが思いつく菓子なんて、母ちゃんが作った雑な焼き菓子くらいですわ」
「...どうすっかな?」
「...どうしやすかね?」
2人の視線が絡み合い、そして何もない宙へと向けられる。
「.....とりあえず、一発ぶん殴ってから考えよう」
「そうっすね」
「となると、どうやるかだが...」
そう呟きながらワットは机の上に置かれた皿へと視線を移す。
そこにあったのは、ケリーが手土産として渡したケーキだった。
「おい、こいつを見てどう思った?」
「そりゃ、『宣戦布告』ってやつかと」
「だよなぁ...」
2人はケーキを眺めながら唸り声を上げる。
ケーキの表面はチョコレートに覆われ、中はスポンジにゼラチン、ビスケットの3層構造。
ゼラチンはラム酒に漬け込まれたドライフルーツを固めたもので、香りも良く、甘さもチョコレートの味わいを邪魔しない程度。
ビスケットはコアントローを染み込ませ、柔らかくした上で、味と香りを強化している。
総じてバランスが良く、なにより「新商品の開発競争が始まる前」にこんなものを差し出して来たのが問題だった。
「ハーヴィーは新商品の開発レースになると分かっていたのか?」
ワットはイラつきを隠せず、足をタンタンと踏み鳴らす。
「あの野郎は普段はボーっとしてるくせに、こういう時だけはタイミングがいいんだよな。いつも必要な人材が手元にいやがる。まるでダグラスのようだぜ。あいつも未来が分かってるように手を打ってたもんだ」
「ハーヴィーの旦那は人望に厚い。あそこの副社長も、他社で権力争いに負けて、追い出されたところを拾われた1人でしょう?そりゃあもう必死に働きますわ。重役たちも一枚岩で、調子こいて旦那を追い落とそうとした奴らを容赦なく排除しますしね」
副社長の言葉に、ワットは納得できないとばかりに口元を歪める。
「だからって、『生き別れの娘です。有望なパティシエです』って、流石におかしくねえか?」
「世の中そんなもんっすよ。で、そのパティシエ様の手土産。現場担当者としてはどう評価しました?」
副社長が真剣な目をした瞬間、悪態をついていたワットの表情も真面目なものへと切り替わった。
「いかにも街のケーキ屋って品で、大量生産は無理だ。だが、要所では参考になる。試作に遅れを取っていると認めるべきだな。今頃、他の奴らも愕然としてんだろ」
「工場の知識を得れば、いずれ俺たちの優位もなくなりそうですね。時間をかけると不利になるってことは」
「やっぱりスタートダッシュで勝負するしかねえだろ。後はその優位をどれだけ守れるかだ」
ワットは拳を手のひらに打ちつけながら、キッパリといい切った。
彼が得意なのは工場の建設。
それを活かして商品展開のスピードで戦う、という意思表示である。
そして、副社長もその考えに同意し、頷いた。
そうなると、問題なのは何を作るか。
「難しい話は無しだ。もっと単純にやるぞ」
「どうやるんですか?」
「人間、生きてりゃ腹が減る。安く腹一杯になるなら客はつく。これでいくぞ!」
**********
ワット陣営が動いたのは、後継者争いが発表されてから僅か1ヶ月半後のことだった。
その間、工場見学や商品の研究に勤しんでいたケリーは、ワットが新商品を発売したとの知らせを聞いて悲鳴を上げた。
「嘘でしょ!?こんな短期間で?」
だが、目の前にはリオが持ってきた実物が存在している。
半信半疑で手にとって眺めてみると、2枚のビスケットがピッタリとくっついていた。
「チョコレートでクッキーをくっつけた?これなら多少溶けても気にならないわね」
「商品名は『サンド』。見てのとおりだな。5個入りで300リルか。子供のおやつとしては量も価格も悪くない」
父はパッケージと実物を交互に見比べている。
『腹ペコかい!?』
パッケージに書かれた文字は、これ以上ないほどターゲットが分かりやすい。
そして、父はクッキーを一口かじった。
「クッキーには刻んだドライフルーツも練り込んであるな。安いクッキーでかさ増ししているから満足度もあるし、利益率も悪くない。ハイブランド市場とは逆の、大衆向け市場を狙った商品だ」
父は冷静に商品を分析しているが、私は一口かじるなり顔をしかめた。
「......クッキーの主張が強すぎてチョコレートの良さが台無し。これなら他社の安物でも一緒じゃない。チョコレートの滑らかさも失われてる」
「ふむ、言われてみれば確かに。接着用に凝固剤でも入れたかな?オリジナルを期待して食べるとがっかりする味だ」
父と私は厳し目の採点を下す。
だが、リオの意見は違うようだ。
「そうかな?食べていると、チョコレートの香りがちゃんと口の中に広がる。雰囲気を味わいたい人ならこれで十分じゃない?」
「口に入れた瞬間だけ、それっぽければいいってこと?」
「そういうこと。細かいことを気にせず、気軽に食べられるのも重要だよ。違いに拘る人はオリジナルのチョコレートを食べるだろうし。むしろ、『あのハイブランドがお手頃に!』って考える人もいるよ」
「うーん、そういう考え方もあるのね...。私なら、もっと薄くサクサクとしたラングドシャを使うけど...。いや、それだと出荷中に割れるか」
私はサンドを睨みつけながら、眉間に皺を寄せる。
(消費者によって『美味しい』の基準が違う。安っぽさも武器になるなら、商品として立派に成り立つのね)
クッキーのしっかりとした食感は、「食べた」という満足感を残してくれる。
勉強になるなと思いつつ、今度は違うところが気になった。
「それにしても、開発から発売までの期間が短すぎない?」
「恐らく工場を転用したのだろう」
「転用?」
なにそれ?と思いながら父の顔を見る。
「ワットの管理下にある工場や、建設中の工場の一部をこの商品の製造に振り分けたんだ。この商品はクッキーにチョコレートを塗って、挟んで終わり。工程的には単純そのものだから、対応する機械を製造しているメーカーもあるだろう」
「似たような商品向けに作られた機械を持ってきて、既存の工場に組み込んだってこと?それにしても早すぎない?」
「そこが彼の腕の見せどころだ。商品のレシピにも迷いがない。スピード勝負だな。とはいえ、製造量はまだ少ないはず。本格的な生産は工場が拡大してからだ」
父にそう言われても実感が湧かなかった。
工場は見学させて貰ったが、あんな機械の山を効率的に設置する作業が簡単なわけがない。
(それに、実際に物を置くとなれば想定外の事態も起きるはず。...でも、やったわけよね)
出来なかったのなら、今手元に商品があるはずがない。
(これが経験の差か...)
積み上げた年月はそう簡単に覆せない。
気がつけば唇を噛み締めていた。
「ふむ、総括すると、大衆向け市場を狙った商品としては悪くない。だが、競合との衝突が激しく、今の業績を大きく成長させるには物足りないといったところかな?」
父がそうまとめたのに対し、リオも頷きながら補足する。
「バリエーションを増やしていけば売上を伸ばせそうですね。ドライフルーツを変えるなり、紅茶やハーブを使うなり、選択肢はいくらでもあります」
「食事の代替という市場は存外大きい。最終的には年間50億リルくらいはいけるか?だが、これだけでは足りない。評価は次の手次第だな」
「そうですね」
「いや、ちょっと...」
何気なく話す2人を前に、私は絶句した。
(50億ってそんな簡単なものじゃなくない...?そこらの中小企業1社分の売上よ?)
住んでいる世界が違う。
この会社で働いていると、自分の常識が壊されいくのが恐ろしくなってきた。
普通の会社なら功績としては十分過ぎるが、それでもラモーナの出した条件には足りないのだ。
(でも、こんなことで怯んでられないのよ!)
敵に先手を取られた。
なら、相手から学ばなければやり返せない。
私はサンドを掴んで口に放り込み、何かヒントは無いかとボリボリと食べ始めた。




