2.商品開発-2
「あー、疲れた...」
ケリーはオフィスへと戻るなり、自分の席で机に突っ伏した。
父とカフェで話をした後、父の住む街へと慌ただしく引っ越しし。
慣れない街で入社の準備に駆けずり回ったかと思えば、取締役たちが集まる会議の場で後継者レースの発表。
ハムズスイーツ社の南部を担当する子会社にして、父が社長を務めるHSサウス社のオフィスへと戻った時点で、体力と気力の限界を迎えた。
しかし、父とリオが会議室に向かうのが目に入る。
(休むことを知らないの?これが一流ってこと?)
商品開発に役立たないなら、自分の存在価値など吹き飛んでしまう。
体を引きずるようにして会議室へと向かうと、ちょうどそこに1人の男性が駆け寄ってきた。
「社長、お疲れ様です。会議はどうでした?」
「おおっ、クリーヴ。君も出張から戻ってきたところか。疲れているところ済まないが、重要な話があるから参加して貰ってもいいか?」
「もちろんです」
「では、会議室へ。それと、君にはまだ紹介していなかったな。こちらが私の娘、ケリーだ。彼女には新商品の開発に携わってもらう。ケリー、こちらがクリーヴ・ネルソン。HSサウスの取締役副社長だ」
父に促され、おずおずと前に出る。
一見すると、クリーヴは厳しそうな雰囲気をまとった人だった。
「よろしくお願いします。ケリーと呼んでください」
とりあえず握手をと手を差し出す。
「よろしく。私はクリーヴ。何でも聞いてくれ」
クリーヴも頷いて握手を返してくれる。
だが、その目は笑っていない。
(おっ、久々に味わうこの感覚は...。新人パティシエの頃を思い出すわね)
肉親のハーヴィーや、空気が緩々のリオとは雰囲気が違う。
表面上は取り繕っているが、こちらを警戒し、値踏みする視線を隠そうともしない。
(目つきが鋭く、眉間に力が入っている。バセンジーみたい。まあ、公平に判断してくれるならいいか)
恐らく彼が会社の引き締め役なのだろう。
媚びるつもりはないが、彼に認められなければこの先やっていないと覚悟を決める。
全員が席についたところで父が口火を切った。
「では、説明しよう。端的に言えば、次期社長を決めるための後継者レースが始まった。我々の目標は魅力的な新商品を開発し、十分な売上利益を立てられる事業を構築することになる」
「まさかそんな話だとは...。しかも、新商品ではなく、事業ですか。なんとも厄介な」
クリーヴも予想外だったのか、驚きの表情を浮かべる。
だが、すぐに短いやり取りで状況を把握し、会社としての方針を手際良くまとめていく。
「あのー、申し訳ないんですが、質問してもよろしいでしょうか?商品の開発と事業の構築って、どういった違いが?」
気まずい空気に負けそうになりながらも、必死に手を上げて質問した。
彼らとは会社経営に関する知識や経験が段違いなのだ。
ここで基本的な部分を確認しておかねば話についていけない。
「そのあたりの教育がまだだったな。会社のビジネスを知らなくては、話についてこれないだろう。しかし、どこから説明したものか...」
父は申し訳なさそうに頭を掻いた。
見かねたリオが口を挟む。
「お菓子を作って売るのは街のケーキ屋と同じだよ。ただ、製造工程や規模が別物。作るにしても、運ぶにしても、手間と制限がある。その中で、儲けを最大化しなければならないんだ」
「はぁ...」
説明を聞いても、いまいち理解が及ばない。
(街のケーキ屋と何が違うの?)
工場生産と言われても、機械やら人やらが流れ作業で何かしているイメージしかない。
(ちゃちゃっと作って売るだけなら、そんなに面倒な話ではないと思うんだけど)
頭を悩ませていると、今度はクリーヴが口を開いた。
「まずは話を切り分けた方がいい。新商品の案を出してみてくれ。それを踏まえた上で説明した方が実感が湧くだろう」
「そうですね」
その提案に頷き、思案する。
新商品と言われてまず思い浮かぶのは、前職で作ってきたケーキたちだ。
(ケーキに盛り込まれた要素を切り出してみよう)
指折り数え、いくつかを口に出す。
「デコレーションに拘りたい。渦を巻いたり、花弁を模したり。お菓子は見た目が命よ」
「不可能だ。工場では単純作業しかできない。高い技術力を求められる工程は再現できない」
「お菓子と相性抜群なのはフルーツ!生の新鮮なフルーツを使うのは?」
「却下だ。日持ちしない食材は使えない」
「生クリームのようにフワフワな食感を売りに!」
「無理だ。輸送中に振動でグチャグチャになる」
打てば響く鐘のように、クリーヴは私の提案全てに駄目出しした。
私は両手をワナワナと震わせ、クリーヴに噛みつく。
「あれも駄目、これも駄目!なんでこんなに制約が多いの!?」
私の悲鳴を前にしてもクリーヴは動じない。
「それが街のケーキ屋と、工場での大量生産の違いだ。商品を製造して、その日、その場で売るわけではない。特に、製造から販売まで数週間以上かかる点がな」
そこに父がとどめを刺してきた。
「付け加えるなら、新商品には原価率や工場の建設費用を抑えることも求められる。売れても儲からなければ意味がないからね。『安く、簡単で、美味しく』が最低条件だ」
「住んでる世界がちがーう!」
思わず天を仰いで絶叫した。
こっちは街のケーキ屋で、手作り菓子の世界で育ったのだ。
分担して作業を進めることはあれど手作業前提で、技術力を持った者しかいない。
(工場生産を前提とした商品開発なんてやったことないわよ!)
これまで培ってきた経験が全く通用しない。
そして、ボコボコにへこまされたことで、ハムズスイーツ社の商品がいかに優れているのかを理解できた。
「チョコレートの味が良いのは当然。適度に固いから崩れたりせず、それなりに日持ちもする。製造工程も単純作業の積み重ね。いやぁ、よくできてるわ。ここまで来るのは大変だったんでしょ?」
私は手放しで褒め称えるが、父はあっさり首を横に振った。
「いや、そうでもない。製造工程は全て創業者のダグラスが決めたからね。私たちは彼の指示を実現するために努力しただけだ」
「はぁ?こんな面倒で難しいことを1人で考えたの?ダグラスさんってどんな人よ」
耳を疑うような答えを聞いて、私は眉間に皺を寄せる。
「何でもできる人だった。商品の開発、工場の設計、販売網と物流の構築。財務や投資の話、ブランドの確立に宣伝広告もだ」
「全部じゃない。呆れた。そんな人がいたなんて信じられない」
「全くだ」
父は昔を懐かしむような表情を浮かべた。
私がまだ疑惑の目を向けていると、リオが尊敬の色を目に浮かべながら補足する。
「本当だよ。だから、社員はダグラスさんを崇めているんだ。ただ、彼の抜けた穴が大きすぎて、埋められないのが問題でもある」
「なるほど。そういえば、ハムズスイーツ社の売上ってどれくらい?外部には非公開だけど、今なら教えてもらえるわよね?」
とりあえず規模感だけでも分かれば、なんとなくイメージがつきそうな気がした。
リオは父とクリーヴに目を合わせ、2人が頷くのを確認してから口を開く。
「去年の売上は5000億リルだよ。子会社全てを含めての数字でね」
「は!?」
リオの言葉を聞いて、私は顎が外れそうなほど驚いた。
「ちょ、ちょっと待って。普通の人の生涯賃金が4億リルくらいよね?つまり、毎年1250人分の生涯賃金を稼いでるってこと?」
「営業利益率は25%だから、その計算でいくなら250人分が利益として計上されることになるね」
「ごめん。自分で例えておいてなんだけど、よく分からないわ」
私たちの間の抜けたやり取りを見て、クリーヴは呆れ果て、堪らず口を挟んできた。
「ケリー。我が社のチョコレートは1個500リルだ。まとめ売りの分もあるが、単純計算で言えば毎年10億個売っていることになる」
「じゅ、10億!?大陸中の人間が買ってるの?」
今度こそ開いた口が閉まらなくなった。
頭の中で、チョコレートの雪崩に押し潰される自分が思い浮かぶ。
(ようやく言っていることが理解できた。話が噛み合わないわけだわ...)
力なく背もたれに寄り掛かり、ズルズルと滑り落ちそうになる。
「おおお...」
言葉にならない声が漏れる。
そして、創業者ダグラスが尊敬される理由も理解できた。
(たった30年でそんな大企業を1から作り上げたの?)
HSサウス社の下にも子会社は多数存在する。
その姿はまさに大陸に根を張った大樹さながら。
ダグラスはまさしく怪物だった。
「とりあえず、基本的な話は理解できたようだな。教育は後日改めて行う。今日のところはここまでで十分だ。何か聞いておきたいことはあるか?」
呆然とする私にクリーヴが問いかけてくる。
正直、衝撃で頭が回らない。
それでも、1つ確認し損ねていたことを思い出した。
「父さんは社長になったら何を目標にするの?それに合わせたお菓子の方がいいわよね」
どうせ難しいなら、いっそのこと理想形を求めた方が気が楽だ。
私の質問を聞いて、父は少し恥ずかしそうに答えた。
「世界中にチョコレートを届けたいんだ」
「世界?売りたいなら、売ればいいじゃない」
「チョコレートは暑さに弱く、遠くへと運べば劣化する。海を超えるとなればなおさらだ」
「ああ、品質に拘りがあるからできないってことね」
私はふむふむと頷く。
新商品を考えるなら、この課題はいつか鍵になりそうだ。
「このHSサウスの担当って大陸の南よね?他の取締役はどうなの?」
今度はリオに尋ねる。
彼は父の補佐だから知っていそうだが、どの程度頼れるのか確認しておきたい。
「そうだよ。他の取締役たちもそれぞれ地域が割り当てられ、その範囲内であれば自由な権限が認められている。さながら、中世の貴族のようにね。僕らの住むテシトリラ大陸は広大だから、分割統治する必要があったんだ」
その説明を聞いて、私は子会社を作った理由が納得できた。
本社は大陸中央にあるが、今の規模では監視の目が行き届かない。
だから、ダグラスはこのような管理制度を導入したのだろう。
だが、物事には有利不利が存在する。
「ハズレくじじゃない!暑い地域を担当してれば、他の地域に売上で負けるのは当然でしょ!」
大陸は北と南で気温差がある。
寒い地域ならまだしも、暑い地域はチョコレートを売るには不利だ。
しかし、父の考えは私とは違った。
「そうだ。しかし、『この地域は暑いからチョコレートを届けられません』、と言って終わらせるのはあまりにも悲しい。素晴らしい商品はより多くの人の手に届けられるべきだ」
「それは分かるけど...。何か手はないの?」
「暑さの克服、つまり冷蔵技術の発展が必要だ。発送から小売店での保管まで、一貫した温度管理の実現。それを目指し、電機メーカーなどと議論を重ねている」
「じゃあ、それがあればもっと売りやすく!」
「残念だが、実現するまでにはもうしばらくかかるだろう」
明るい未来が見えたかと思ったが、あっさり否定されて私は意気消沈した。
とはいえ、父の知らなかった一面を知れたのはありがたかった。
(子供のような夢だけど、案外世界を変える経営者とはそんなものなのかもしれない)
父との距離が少しだけ近づいた気がした。
「それにしても、制約だらけの中で新商品の開発なんてできるのかしら?他の取締役も同じ状況よね」
こうなって来ると、有望な新規事業を作れるかというより、まともな新商品を作れるのかすら怪しい。
「ふむ、1番最初に商品を出しそうなのはワットかな。工場の立ち上げは彼が1番得意としている」
「ワット?」
話の流れ的に取締役の1人だろうが、名前と顔がまだ一致しておらず首を傾げた。
「ワット・アリンガム。50歳過ぎの男性で、ほら、小柄で小太りの彼だ」
「ああ、あのブルドッグみたいな人。ふてぶてしそうな」
「ブルドッグ?」
私の説明を聞いて父はキョトンとした。
リオは手を叩いて笑い、クリーヴは頭痛を堪えるかのように頭に手を当てている。
「似てるでしょ?」
「いやまあ、似ているかどうかで言われれば...。じゃあ、私はどうなんだ?」
「キャバリア。顔つきがそっくりよね」
「リオとクリーヴは?」
「ゴールデンレトリバーとバセンジー。こっちもピッタリでしょ?」
父はなんとも言えないような表情を浮かべる。
例えに納得できなかったのか。
それとも娘が他の取締役に失礼なことを言わずに済んだことを、今更ながら神に感謝しているのだろうか。
「レナード・ローチはどうだ?最も上座に座っていた背の高い男性。ワットと同じくらいの歳だ。彼が実質的なナンバー2だ」
「厳しい顔つきでシュッとしてる人よね。ドーベルマン」
「うーん、ブルドッグよりはマシかな...。では、エイモス・ベルハウスは?兄弟で取締役を担っている兄の方。ワットたちより10歳くらい若く、闘争心に溢れた顔つきをしている」
「ピットブルテリア」
「...弟のブランディン・ベルハウス。兄とは違って穏やかな顔つきの」
「バセットハウンド」
「.........」
父が腕を組んで悩み始める。
そこに、リオが楽しげな様子で口を挟んできた。
「ケリーはどんな犬なの?」
「私?」
そう言われて思案するが、自分のことだとなかなかパッと出てこない。
「どう思う?」
聞き返す私に対し、3人は同じ単語を発した。
『ポメラニアン』
「小柄なのに、相手を恐れず吠えかかるあたりがソックリだね」
「親としてはもう少し落ち着いて欲しいところだ」
「忠告だが、その調子だといつか痛い目に遭うぞ」
「.........」
私は口元を引きつらせ、不満を露わにした。




