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チョコレート帝国後継者戦争-5人の後継者候補と6番目の席-  作者: 牛熊


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2/21

2.商品開発-1

唯一の家族だった母が死んでから10日後のことだ。


身寄りも資産もない、20歳の女性の前に裕福そうな人間が現れ、「私はお前の父だ」と言い出す。


アパートのドアにかけられたネームプレートには「ケリー・ターナー」と書かれており、別人と間違えた可能性は限りなく低い。


この状況を前に、私は酷く冷めていた。



(新手の詐欺かしら?それとも絵本や三文芝居?ここからご令嬢として人生を駆け上がるってこと?......ないわね)


そんな考えが頭を過ぎり、鼻で笑い飛ばす。


目の前に立つ2人は見るからに高そうなスーツを着ている。


自分はブラウスとロングスカート。


それなりに綺麗な庶民相応の品だが、並んで立てば見劣りした。



「ごめんなさい、もう一度お名前を伺っても?」


「私はハーヴィー・タリントン。後ろにいるのは私の部下のリオ・スコールズ。これが離婚証明書と身分証明書だ」


(準備のよろしいことで)


あちらも信じて貰えるとは思っていなかっただろう。


渡された書類に目を通すと、確かに母の名前と今しがた知った男性の名前が記されていた。



(詐欺ならもっとお金のある家を狙うか。なら、この人は本当に父なのでしょうね)


改めて2人に視線を向ける。


ハーヴィーは柔和で人柄も良さそうだが、正直あまり冴えない。


一方、リオは顔立ちが整った背の高い若い男性で、常に楽しげな笑みを浮かべている。



(犬のキャバリアとゴールデンレトリバーに似てるわね)


そんな失礼なことを考えていると、ハーヴィーがアパートの外を指さす。


「見知らぬ人物を家に招き入れたくないだろう。近くのカフェで話をしないか?」


相手が分別のつく人間であることが分かり、少しだけ安堵した。



「いいわね。支度をするから少し待って頂ける?」


「もちろんだ。待つのには慣れているよ」


ドアを閉め、一度大きく息を吐いて、なんとか気持ちを落ち着ける。



「......母さん、こういう大事な話はちゃんとしてよね。てっきり父さんは死んだものとばかり思ってたわ」


出会い頭に「えっ、生きてたの?」と言い出さなかった自分を褒めたかった。



**********



双方が安心できる店ということで、ガラス窓から通りが見えるカフェを選んだ。


「マスター、奥のテーブルを使いたいんだけどいいかしら?人数分のコーヒーもよろしく」


「もちろんだ」


カフェのマスターは鷹揚に頷くが、自分の後ろに着いてくる男性2人を見て、小声で話しかけてきた。



「......まともな相手か?」


「あら、保護者みたいね」


「お前が小さい頃から知ってるからな」


「心配してくれてありがとう。でも、分が悪いわね。相手は父らしいわよ」


面食らって困惑するマスターを置いて、奥の席へと進む。


背後ではマスターが、「血よりも濃い絆ってやつがあるんだぜ」と、2人に対抗心を燃やしているのが聞こえた。



(悪い人じゃないんだけどね...)


呆れながら席に座り、父に向かい合って改めて容姿を観察する。


良く言えば人が良さそうだが、悪く言えば薄ぼんやりしている。



(うーん、あの母さんが選んだ相手とは思えない。優しくて威勢の良い人だったけど、勝ち気で喧嘩っ早いところがあったし。付き合ってるところが思い浮かべられないわ)


母と瓜二つだと評される自分が言うのだから間違いはないはずだ。


母の男を見る目はひん曲がっていたのか?


それとも恋は人を盲目にさせるのか?



「母さんのことはどうやって知ったの?」


「知り合いが教えてくれたんだ。葬儀に間に合わなくてすまない」


「気にしないで。周囲の人たちが助けてくれたから」


父はごく自然に頭を下げた。


演技ではなく本心なのだろうが、どこまで踏み込んでいいのか分からず、距離感がいまいち掴めない。



「これに見覚えはある?」


こんな時のためにと、わざわざ持ち出してきた小さな箱を父へと渡す。


中に入っていたのは母の形見の指輪で、それを見た父が目を見開いた。


「これは...私たちの婚約指輪だ。同じものを私も持っている。処分しなかったんだな」


そう言って父は感慨深そうに指輪を見つめる。



(ふむ、互いに婚約指輪を残しているってことは、一応愛情はあったのかしら?母さんは直情的な性格だったし、その場の勢いだけで離婚したのかも)


似た性格の自分も同じような失敗をしないよう、注意しようと心に刻む。


そこに、マスターが紅茶とクッキーを持ってきてくれた。


ミルクを少し入れて喉を潤し、クッキーを齧る。



(パティシエになろうって思ったのは、母さんがクッキーを焼いてくれたのがきっかけだったのよね)


あの日から、甘い菓子の味は自分にとって幸福な家庭の象徴になったのだ。


もう焼いてもらえない母の味を思い出しながら、父が落ち着くまでしばし待つ。



「私のことも説明しておいた方がいいわよね。仕事はパティシエ。こう見えても色々と賞を取ってる若手有望株よ。将来の夢は自分の店を持って、多くの家庭に美味しいお菓子を届けること。今は開業資金を稼いでる真っ最中」


「パティシエで賞を取っていたことは知っている。今はどこの店で働いているんだ?」


「近くのケーキ屋で働いていたんだけど、オーナーが体力の限界ってことで休業になったの。だから、次の職場を探しているところ」


「ふむ、そうだったのか」


父とリオが目を合わせて頷く。


どうやら彼らにとって都合の良い展開だったらしい。



「こちらからも質問だけど、会うのを決めたのはどうして?何か要望でもあったの?」


「墓参りと挨拶が目的だが、それ以外にもある。これまでお前たちから逃げていたのだから、『今まで会いにこなかったくせに』と言われても仕方ない。だから、どうするかはお前次第だ。いくつか選択肢を提示するから選んでくれ」


父は隣に座るリオへと視線を向ける。



「こちらをどうぞ」


心得ているとばかりに、リオは紙袋から豪奢な箱を取り出し、テーブルの上に置いた。


気まずい家庭の場に居合わせてるにも関わらず、声は落ち着き払っていて、所作も美しい。



(なんというか、上にも下にも好かれるタイプっぽいわね。察しと人当たりが良くて、命令にも忠実。弱点とかないのかしら?)


楽しそうに側に控える彼が、尻尾を振って命令を待つ犬のように見えてきた。


箱の表面に視線を向けると、そこには上品なデザインのブランド名が描かれている。


有名な菓子メーカーのやつだ。



(高級品を手土産にするあたり、懐は暖かそうね)


黙って眺めていると、父は箱の中から3つの包みを取り出した。


そして、赤、青、黄の包みを私の前に置きながら話し始める。



「1つ目の選択肢は私と関係を持たないこと。嫌なら今日が顔を合わせる最後の日だ」


「そこまで言う気はないわ。好きとは言えないけど、今のところ嫌いとも言えないから」


私の返事を聞いて、父は少し嬉しそうに顔をほころばせた。


父は赤の包みを摘み、箱へと戻す。



「そうか。2つ目は適度に連絡を取り続け、生活の支援を受けること。財産の生前分与だと思ってくれ。ただし仕事や生活の場に関しては自分でどうにかする」


「この街に住みながらってこと?」


「自由にして構わないが、私は別の街に住んでいるから頻繁に会うことは難しくなる。電話は家にあるか?」


「そんな高級品なんてないわよ。というか、そっちの家にはあるのね...」


「では、郵便や電報での連絡が主体になるな」


「うーん、悪くはないけど...。支援して貰うにしては他人行儀というか、申し訳ないわね」


私の反応を見て、父は青の包みを置いたままにした。



「では、3つ目だ。私の住んでいる街に来て、私の仕事を手伝って貰う」


「あら、仕事の斡旋もしてくれるってこと?至れり尽くせりね」


「仕事の説明はこの場でもできるが、現場を見ないことには判断できないだろう。一度見てから決めてもいい」


「じゃあ、3番にするわ」


「いいのか?もう少し考えてもいいぞ」


「いいのよ。こういうのはやってみないと分からないもの。迷うより行動!」



母が生きていれば同じことを言って、背中を張り倒したに違いない。


父は苦笑し、「そういうところは母親そっくりだな」と呟いた。


そして、「味見してくれ」と黄色の包みを渡してきた。



「味見?まあいいけど」


意図が分からず、言われるまま包みを開けると黒い塊が顔を出す。


口に放り込むと塊は溶け、濃厚な甘さとコク、魅了されるような香りが広がった。


完璧なバランスの上になりたつ味は、何度食べても衝撃を受ける。


しばらくの間、何も言えなくなった。




「流石、ハムズスイーツ社のチョコレート。よく出来てるわ。以前と味も変わらず、品質が保たれてる。持ち運びしても劣化してないのは、箱にも工夫があるのかしら?」


「知っていたのか」


「私はパティシエよ?菓子業界のハイブランドを知らないわけないでしょ。で、これがどうしたの?」


「それを売る手伝いをしてほしい」


「チョコレートを?父さんはそこの従業員ってこと?」



ハムズスイーツ社と言えば押しも押されぬ大企業。


そこの従業員なら懐が暖かいのも当然。


だが、入社試験に受かる自信はなかった。



「従業員…。いや、正確には違うな」


(なんだ従業員じゃないのか。せいぜい取引があるってくらいかしら?それならなんとかなるかな?)


安堵したところ、衝撃的な言葉が飛び出してきた。



「役員は従業員扱いではないからな」


「……役員?えーと、役員というと…」


思わず現実逃避を始めるが、父の言葉が逃げ道を塞ぐ。



「取締役だ。といっても、5人もいる中の1人でしかない。会社の将来を考え、新商品を開発したいと思っていてね。このリオと一緒にその手伝いをしてほしい」


大したものではないと父は言うが、私は呆然として何も言えなくなった。


押しも押されぬ大企業の取締役。


時期を考えれば、母と別れた後に出世したことになる。




(......まさかご令嬢になる展開が正解だとは。実感は湧かないけど、母さんの男を見る目は正しかったようね)


そんな有名ブランドで上手くやっていけるか不安になる。


だが、威勢のいいことを言った後だけに撤回もできない。


口内のチョコレートは、気づかぬ内に溶けて消え失せていた。



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