8.規律と責任-5
「クソったれ!」
ハムズスイーツ社取締役の1人、エイモスは苛立ちを拳に乗せ、机へと叩きつけた。
ドンという音が執務室に響き、彼の前に並んでいた社員たちが悲鳴を漏らす。
情けない彼らを見て、エイモスの苛立ちはますます悪化した。
「おいっ!報告はどうなってんだ!?さっさと言え!」
「は、はい...」
今にも噛みつきかねないエイモスの剣幕に押され、黒髪の男性は腰が引けたまま、緊張の手汗で濡れた書類を読み上げる。
「HSウェスト社の新商品、チョコパケットですが......発売以来売上は好調そのもの。店頭に並ぶや否や即完売です」
黒髪の男性は言葉を切り、エイモスをチラリと見た。
彼の癇癪が爆発していないことに胸をなで下ろし、報告を続ける。
「それに対し、当社の売上は頭打ちになりつつあります。チョコパケットを切っ掛けに、HSウェスト社の商品が棚を奪っていることが原因です。......何かご質問は?」
「質問は、だと?」
エイモスはユラリと立ち上がると、黒髪の男性に近づき胸ぐらを掴んだ。
「肝心なことが抜けてんだろうが!新商品の製法はどうしたんだよ、製法は!それが分からなきゃ戦いにならねえって言っただろうが!」
鼓膜を破らんばかりの叫び声と共に、エイモスの煮えたぎるような怒りが威圧感として放たれる。
大声で部屋がビリビリと揺れ、その場にいる者たちが再び悲鳴をこぼした。
「...そ、それは」
「分かったのか!それともテメエが間抜けなのか、どっちだ!?」
「こ、工場に機械を納品した会社の後をつけました!エレンモールディングという会社で、押出機を製造しているところです。商品と合わせて考えると、恐らくフレークを加工する特注品を開発したと思われます!」
「押出機だぁ?」
部下の報告を受け、エイモスの頭の中で歯車が回り始める。
「で、その押出機は買えたのか?」
「いえ、特注品なので、販売には共同開発者の許可が必要でして...」
「許可が下りるわけねえだろボケッ!じゃあ、押出機の詳細は把握できたのか!?」
エイモスが頭突きをせんばかりに顔を寄せると、黒髪の男性は「ひええ」と悲鳴を上げた。
エイモスに答えたのは別の金髪の男性だった。
「押出機の詳細ですが、非開示だと言われました。特許が出願されていないか調べましたが、こちらもそれらしきものはなし。恐らく核心的な部分は隠し、周辺特許を抑えようとしているのかと」
「利口なこった。そういうところは頭が周りやがる」
エイモスは舌打ちし、掴んでいた黒髪の男性を手放した。
(あの特殊な形状のフレーク。どうやって作ったのかと思えば、特注の製造機器を開発したのか。......あいつがそんなことを思いつくタマか?)
彼の知るブランディンは堅実な仕事は得意だが、創造的な仕事は不得手だった。
だから、仲違いした後も互いに生み出す商品に大差はなく、違いがあってもすぐに真似することができたのだ。
そこに革新的な商品が突如現れたのは、いくらなんでも異常過ぎた。
(開発したのは別の奴だ。どこのどいつだか知らねえが余計なことをしやがって)
エイモスの確信に近い推理は的を射ていた。
だが、彼にはそれ以上の情報がない。
それが怒りに火を注ぐ。
「おい、チョコパケットの開発者は分かったのか?」
エイモスが並ぶ部下をジロリと睨む。
長い髪を後頭部で結い上げた女性社員が震える声で答えた。
「そ、それが、調べてもチームで開発したとしか...」
「その開発チームのリーダーは誰かって聞いてんだよ!中途入社なら的は絞れるだろうが!」
「社内でも隠しているようです!それに、業績拡大に合わせて採用を増やしています!特定するのは困難です!」
女性は恐怖で足をガクガク震えさせながらも、ヤケクソになって大声で言い返した。
その威勢の良さにエイモスは気分を良くし、少しだけ溜飲を下げた。
「特注品の仕様が分からねえなら、その製造メーカーと新しい押出機を考えろ!新しい商品のアイデアを募り、片っ端から試していけ!」
エイモスはその場に並ぶ全員を睨みつけ、声高に叫ぶ。
「テメエら気合を入れろ!ここで引いたら終わりだと思え!」
「「「はいっ!」」」
エイモスの号令に社員たちは大声で叫び返し、その勢いのまま部屋を飛び出していった。
執務室に残ったエイモスはふらつきながら椅子にドカッと体を預け、天井を仰いだ。
その姿は弱々しく、先ほどまで社員を詰めていた人物と同じとは思えない。
「状況は最悪だ...」
ブランディンというバランサーを欠いた今、HSイースト社は坂から転がり落ちる石のようだった。
社内不和は限界に達し、乾ききった土壁のように組織が崩れていく。
何をやっても上手くいかない。
今まで効果を上げていた全てが逆効果に終わる。
転落を止めようにも、掴む命綱すら見当たらなかった。
エイモスは自分の隣に視線を向ける。
こんな時いつも頼りになる弟の姿はない。
絶望的な状況の中、エイモスはただ1人で苦悩していた。
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エイモスに追い出された後、2人の男性社員がため息をつきながら歩いていた。
エイモスに叱責されたばかりの黒髪の男性と、金髪の男性である。
2人の顔は暗く目は濁り、戦場最前線の兵士もかくやと言わんばかりに精神がすり減っていた。
「...大口契約に失敗した奴がいただろ?よく表彰されてた奴だ。あいつ、クビになったぜ」
金髪の男性がボソリと呟く。
黒髪の男性は彼の方を見る元気すらなく、声だけで反応した。
「社長と同じくらいの背丈の奴か?元から見込みが無かったのに?ノルマを達成できなきゃクビ。達成してもやらかせばクビ。嫌になるぜ。社長も変わっちまったな」
「工場でも立ち上げが遅れて担当者がクビ。胃をやられて病院送りになった奴もいる。ブランディンさんが抜けてからずっとこの調子だ」
2人の間に沈黙が流れた。
しばらくして、黒髪の男性は金髪の男性の方を向き、輝きのない目で見た。
「お前、転職するつもりだろ?」
「...バレてたか」
言った方も、言われた方も悪びれる様子はない。
もう限界だ。
2人の考えはその点で一致しており、頭の中にあるのはいかにしてこの会社から逃げ出すかしかなかった。
「いい会社あるのか?教えろよ」
「いい会社だと?ここより酷えとこの方が珍しいだろ」
金髪の男性は舌打ちしながら廊下の壁を蹴った。
「そりゃ、そうだ」
黒髪の男性の乾いた笑い声が響いた。
「とりあえず、HSサウス社を受ける。あそこは人の扱いが良いからな。無碍にされるようなことはねえだろ」
「ブランディンさんのとこは?」
「どの面下げて行くんだよ?それに、働いてるところをエイモス社長に見られたら最悪だぞ」
「確かに。殺されそうだな」
金髪の男性は来た道を振り返った。
視線の先にあるのはエイモスの執務室。
その目には忠誠心など欠片も残っていない。
そして、決別を告げるように呟いた。
「もう終わりだ。魔法は解けた。残ったのは裸の王様だけだ」




