8.規律と責任-4
ポテロッド社からの返事を受け取った翌日。
HSウェスト社のオフィスの隅、用意された席で私は怒りの声を上げた。
「パクった先が権利を主張するのはおかしくない!?」
私は憤りを隠そうともせずポテロッド社を罵る。
明らかにこちらの商品を真似たにも関わらず、製造装置を売らないとは盗っ人猛々しいにもほどがあるでしょ!
「気持ちは分かるけど、こういうのは早い者勝ちだからね」
そんな私とは対照的に、隣の席に座るリオは「まあまあ、そう怒らずに」と冷静そのもの。
「商品の製法が似てるってだけで規制するのは難しいよ。そんなことを言い出したら、チョコレートメーカーは1社しか存在できなくなるじゃないか」
「それはそうなんだけど...。でも、製造装置を売らないのはどうなのよ?」
「お菓子の製法で特許を取るのは難しいけど、製造装置なら可能だから。こういうやり方で事業の優位性を保つのも立派な戦略だよ」
「...」
グウの音も出ないほどの正論に叩き潰され、私は押し黙った。
そこにブランディンが呆れ顔で現れた。
「まるで怒った犬と宥める飼い主だな。遠くからでも吠える声が聞こえたぞ」
「それは失礼しました」
私はブランディンから顔を逸らしながら謝る。
振る舞いが子供のようだったせいか、ブランディンとリオが苦笑したのが視界の端に映った。
「まあ、気持ちは分かる。商品開発チームの皆も、口には出さないが似たような思いを抱いているからな」
「そうなの?」
「当然だ。我々がフレークを作ったんだぞ?悔しさは人一倍だ」
「それはそうね...」
チラリと周囲を見渡すと、ブランディンに同意するような表情をした社員ばかりだった。
叫び声が煩いと苦情を言われなかったのはそのせいか。
どうやら、彼らもポテロッド社のやり方に腹を立てていたらしい。
「視点を変えるんだ」
「視点?」
ブランディンの意図が掴めず、私は首を傾げた。
「そう、視点だ。契約や特許には抜け道があることが多い。なぜなら、全ての可能性を網羅することなど不可能で、広範囲の特許は認められないからだ」
「穴を探せってことね」
私が悪戯心に目を輝かせると、彼は満足そうに頷いた。
「そうだ。今のままでは製造装置を買えないし使えない。だから、彼らの想定しない部分を攻める」
「なるほど」
ブランディンの言葉を念頭に置き、私はいくつかの可能性を模索してみた。
まず、正面から交渉を続けるという案はない。
実現する可能性は極めて低く、時間もかかりすぎる。
「エレンモールディング社を買収する。製造装置の開発ラインを頂くのはどう?」
工場や食品メーカーを買収できるなら、製造装置メーカーを買収してもいいはずだ。
そう私は考えたわけだが、ブランディンはあっさりと首を横に振った。
「無駄だ。買収しても契約と特許は残り続ける。取引を反故にすれば、顧客の信頼を失う。業界の評判は最悪になり、それを主導した我々も揃って叩かれる」
「悪名が無名に勝ることはないって話ね」
この案だと流石にデメリットが大きすぎたようだ。
「じゃあ、ポテロッド社を買収する。その上で押出機を買う。子会社なら文句は言えないでしょ」
「押出機を売ってくれないような相手だぞ?会社を売るとは考えられん。仮に売るとしても足元を見られる」
「馬鹿みたいな値段を要求してきそうね」
これも駄目。
「ゴムの押出機を買って、食品用に改造する」
「無茶を言うな。そんな技術はない」
「取締役のワットあたりは乗ってきそうじゃない?あの人、機械いじり好きでしょ?」
「競争相手でなければな」
ハムズスイーツ社で1番の技術者が駄目となれば流石に無理か。
遠くから「ポテロッド社の弱みを握るのはどうだ!」という声が聞こえたが、ブランディンが「馬鹿を言うな」と軽く叱って終わった。
「リオは何かない?......リオ?」
返事がないので何事かと目を向ける。
そこには黙って資料を見つめている彼の姿があった。
議論に参加しないと思ったら、ずっとエレンモールディング社のパンフレットを眺めていたようだ。
「面白いことでも書いてあるの?」
「いや、普通の内容だね。沿革とか主力商品とか書いてあるだけ。老舗にありがちな面白みに欠ける内容だよ」
「じゃあ、なんでそんなのを熱心に読んでるの?」
「新商品のアイデアをどちらが持ちかけたのかと思って」
「?」
リオの意図が分からず、思わずブランディンの方を見た。
彼も同じような顔でこちらを見返していた。
「エレンモールディング社はゴムの押出機を作ってた。つまり、押出機の開発技術を元から持ってたはず。じゃあ、ポテロッドに使われている押出機はどういう扱いになる?」
リオの言わんとすることを理解したのか、ブランディンの顔が喜色に染まった。
「そうか!元からある技術なら契約で縛ることはできない!仮にポテロッド社がアイデアを持ちかけたとしてもだ!」
「......どういうこと?」
話についていけない私が尋ねると、リオが私にパンフレットを渡し、押出機のページを指した。
「いいかい?ポテロッドに使われている押出機は契約と特許に縛られている。だけど、押出機のノウハウ全てを対象にしたとは考えられない。そんなことをすれば、エレンモールディング社の製品全てが制限を受けることになるからね」
「えーと、買えないのは『ポテロッド用の食品向け押出機』だけ。つまり、『ポテロッド用のアイデアを含まない食品向け押出機』なら買えるってこと?」
私の言葉を聞いてリオがパチパチと拍手した。
「そういうこと。じゃあ、それを一歩進めてみよう。僕らが本当に欲しいのはなんだい?ポテロッド用の押出機?それとも―――」
「1からお菓子を考えて、それに合った押出機を開発すればいいってことね!」
新規に開発した押出機なら、販売制限や特許に縛られることはない。
つまり、ポテロッド社と同じことをやり返してやるのだ。
数日後。
私たちはエレンモールディング社とポテロッド社が、共同で申請している特許の詳細を調べた。
特許の明細書は長々とした専門文章が書かれていて、非常に分かりにくい。
だが、私たちにとって重要な点は1つだけ。
リオが明細書のとある部分を指さした。
「ここだ。特許の対象範囲が、『生地を棒状に押し出して固める』という用途に限定されてる」
それを見て私はニンマリと笑みを浮かべた。
「穴を見つけたわ」
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特許の確認から1ヶ月後。
エレンモールディング社との共同研究を経て、今日は新フレークの社内向け試食会が開催された。
この試食会では以前と同様、多くの参加者が集まっていた。
私と開発メンバーはいくつかのチームに分かれ、説明とフィードバックをまとめていく。
そんな中、ブランディンは新フレークのサンプルを手に取り、興味深そうにしげしげと眺めていた。
「ふむ、面白い形をしている」
彼が指先で摘んでいる小さなお菓子は、中身がパンパンに詰まった封筒のような形をしていた。
表面はチョコレート色で、光を当てると反射するような艶がある。
料理で例えるならラビオリに似ている。
ただ、こちらは指先ほどの小ささで、膨らみ方も滑らかなので、より愛らしい形に仕上がっていた。
「棒状は駄目だからね。これなら袋状って言い張れるし、一目でフレークとは別物だって分かるでしょ。その名も『チョコパケット』よ!」
私たちを縛るのは特許だけではない。
押出機の限界や、旧来のフレークとの差別化。
食材との相性の話もあれば、食べやすさなども考慮しなければならない。
諸々の制限の中で、試行錯誤の末に生み出されたのがこの形だった。
「パケット......文字通り小袋ということか。使い切りケチャップをイメージしたお菓子ということだな。フレークで小袋を作るとは...。アイデアは白眉だが、技術の進歩も凄まじいものだ」
ブランディンがチョコパケットを囓ると、断面からトロリとした淡い黄色のクリームが顔をのぞかせた。
生地の素材はほとんど変わっていない。
クセが無くて食べやすい分だけ、カスタードクリームの特徴が引き立つようにできている。
「そうよ。甘くて卵とバニラの香りがするカスタードクリーム。嫌いな人なんていないでしょ」
私は自信たっぷりに言うが、実際はジャムにするか迷っていた。
しかし、ジャムでは果肉や種の粒が気になるという意見が出た。
そこで、最も滑らかなカスタードクリームで勝負することにしたのだ。
「確かに。味と食感に変化が生まれるのも良いし、中からクリームが飛び出してくるのも面白い。しかし、どうやって作ったんだ?フレークの両端は閉じられているぞ」
彼は不思議そうにチョコパケットを眺める。
フレークの両端は閉じられているのに、中にはタップリとカスタードクリームが詰まっている。
まるで密室殺人事件のようだ。
「ふふ、そこが肝なのよ。エレンモールディング社と一緒に押出機を調整した結果、型を調整すれば小袋のようなフレークを作れることが判明したの。でも、それを小さく大量に生産すると、ゴムほど強度の無いフレークは崩れたり欠けたりする。両側も閉じられない」
「では、どうする?それではクリームを詰める以前の問題だ」
「だから、中空の棒状に生地を押し出しつつ、同時に中にクリームを押し出したのよ。最後に両端を押し潰すように短くカットし焼き上げれば、両端が閉じたフレークが出来上がるわけ。しかも、それだけじゃなくて―――」
私は鼻高々で胸を張り、謎を解く探偵のように話す。
このアイデアを思いついた時、自分と商品開発のメンバーたちを天才だと褒め称えたかったくらいだ。
もちろん、エレンモールディング社の積み上げてきた技術が、私たちの無茶振りに応えてくれるくらい素晴らしかったおかげでもある。
だが、私の説明は途中でブランディンに遮られた。
「2層式か!クリームが冷やされていれば、焼く時に溶け出さない。いや、フレークの表面をチョコレートと糖衣でコーティングしているから、多少溶けても構わない。ミルクをかけてもクリームが溶け出したりしない!」
「............そういうこと」
理解力のある人間はこれだから困る。
特に糖衣でコーティングする案は、商品開発チームの全員で頭を捻って生み出したアイデアだった。
せっかくの自慢できるチャンスをあっさりと潰され、私と開発メンバーは不満げにしたが、それでも説明だけは続けた。
「...マシュマロとかも候補に上がったけど、フレークの中に詰め込むというアイデアを活かすならこっちかなって」
「そうだな。こちらの方が独自性が高い。これならポテロッド社が付け入る隙はないだろう」
ブランディンは満足そうに頷いた。
仮にポテロッド社から苦情を申し立てられても、「こちらは生地と一緒にクリームを押し出します。おや、そちらは生地だけですか?密閉したりもしない?じゃあ、全くの別物ですね」と突っ返す作戦だ。
「これは売れるぞ。間違いなく売れる。大量生産の準備を整えなければ!」
ブランディンは珍しく興奮しているが、試食している人々の顔を見ればその気持ちは理解できた。
誰もが驚きと笑顔に染まっている。
これが売れなくてどうする!
「唯一の懸念点はエレンモールディング社だけど...」
「あちらは最初から売れるなら売りたいというスタンスだ。契約に抵触しないなら喜んで協力する」
「押出機の契約と特許は?」
私の問いにブランディンはニヤリと笑った。
「もちろん、競合他社への販売は厳禁。どうしてもというなら、こちらの許諾が必要だ。まあ、競合先には売らないがね」
ブランディンの言葉に合わせ、その場にいた全員が意地の悪そうな笑みを浮かべた。




