8.規律と責任-3
「さて、何から試しますかね...」
開発会議を無事終えて、用意された自席に向かって歩いていると、道の脇で子供たちが何やら騒いでいた。
行儀良く椅子に座ってはいるが、喋る声はオフィスに響き渡って、耳に突き刺さる。
大企業のオフィスにしては随分と場違いだった。
「試食に参加した子供たちだね」
リオにそう言われ、「ああ、そういうことね」と納得した。
テーブルの上はお菓子と飲み物で散らかっていて、バターや焦げた砂糖の甘い匂いが漂っている。
訝しげに眺めていると、まとめ役と思わしき女性社員がこちらに気がつき立ち上がる。
そして、慌ててこちらに寄ってきて、頭を下げた。
「失礼しました。騒がしいですよね?すぐに注意します」
「別にいいわよ。大人の都合につき合わされたんだから、少しくらい騒いでも文句は言われないわ」
彼女をやんわりと押し留めつつ、興味本位でテーブルの上を見ると、多種多様なお菓子が並んでいた。
ハムズスイーツ社のサンドやミックスバーだけではなく、他のメーカーのスナック菓子もたっぷりと用意されている。
明らかに食べ切れる量ではない。
彼らへの報酬を兼ねているのだろうから、余った分は持ち帰らせるつもりかもしれない。
(まあ、あのくらいの子供なら大人しい方でしょ。下町の子供なら走り回ってるわ)
私は納得して通り過ぎようとした。
しかし、テーブルに肘をつく少年の口の端から、茶色の棒が生えているのを見て思わず立ち止まった。
「...なにそれ?」
子供は何でも口にする。
指より細い小枝そっくりのそれが木の棒なら、急いで吐き出させなければならない。
私は慌ててその少年に駆け寄ったが、彼は何事もないかのように平然としていた。
「知らねえの?最近発売されたやつだよ。1つやろうか?結構美味いぜ」
そう言って少年が渡してくれたパッケージの中を覗く。
少年が咥えているのと同じ茶色の棒が、紙タバコのようにみっしりと収まっていた。
パッケージの表面に目を向けると、派手な色使いで『ポテロッド』と書かれている。
私は1つ抜き取り、齧ってみた。
「......フライドポテトのお菓子?」
ジャガイモを棒状に切り、油で揚げたものをポテトスティックと呼ぶ。
これはそれを真似た菓子だった。
歯で噛むとザクリと少し固く、ジャガイモと塩の味がして、素朴ながらもしっかりと美味しい。
味といい、食感といい、いかにも男の子が好きそうなお菓子だ。
しかし、1つ気になることがあった。
「やけに形が綺麗ね。刃物でカットしたにしては形が整い過ぎてる。こんなことできるの?」
ジャガイモは丸い。
それを同じ長さ、同じ形に切り揃えるのは限界があるし、無駄も増える。
しかし、この菓子はそんな常識を無視して、全て同じ長さ、同じ長方形をしていた。
それにジャガイモを揚げたにしては歯ごたえが軽く、油のギトギト感も少ない。
断面も綺麗でスナック菓子のようだった。
「君、これってどうやって作ってるの?」
「知らねー。美味いからいいじゃん。気になるならやるよ」
私の問いかけに少年は興味なさげに答え、私にパッケージを押し付け、背を向けて離れていった。
彼からすれば全く持ってその通りだ。
しかし、こちらはそれでは済まないのだ。
「......これの作り方分かる?」
隣に立つリオに尋ねると、彼は面白そうにパッケージを手に取って眺めた。
その拍子にパッケージの裏が見えたが、どうやらポテロッドを作っている菓子メーカーはポテロッド社というらしい。
文字通り社運を賭けた商品のようだ。
「...ジャガイモをそのままカットしたわけじゃないね。すり潰して生地を作ったのかな?キメ細かいから、マッシュポテトにして揚げた?いや、油のベタつきが少ないな。熱と圧力で押し固めのか」
「...フレークと同じってこと?こっちはシート状に伸ばしたのを小さくカットしてるけど」
私の疑問にリオは鷹揚に頷いた。
「開発時期的にはフレークが先だろうから、あちらが真似したのかな。トウモロコシじゃなくてジャガイモを使い、焼くのではなく熱で押し固め、平らではなく棒状にする。創意工夫が感じられるね」
リオの言葉が正しいとすれば、ハムズスイーツ社の競争は他の菓子メーカーたちにも波及しているようだ。
いずれ、彼らと正面からぶつかり合う日が来るかもしれない。
「でも、フレークと違って棒状よ?そんなことできるの?」
「押し出し式かなぁ?押出機って呼ぶことが多いんだけどね。ソーセージやソフトクリームを作る時みたいに素材を細い口から出して、型に合わせて熱と圧力で固めるんだ」
「機械が詰まったりしないの?ソーセージとかでも、肉の塊で口が目詰まりするでしょ」
私はソーセージ作りを手伝ったことがあるからよく分かる。
これが製造装置ともなれば、下手をすれば壊れてしまうだろう。
「だからジャガイモだけを使ってるんだと思う。ベーコンとか加えたら面倒だろうねぇ」
「...色々と考えられてるわね。大したものだわ」
私は当初、ジャガイモの味を前面に出すための工夫かと思ったが、それが単に製造の問題だとなれば面白い話だ。
災い転じて福となすと言うが、制約が商品の長所になるとは。
私が開発担当者なら苦笑しているだろう。
「面白いわね。同じ製造装置を手に入れられないかしら?」
「押出機の製造メーカーに当たってみる?」
「お願い」
「任されました」
リオはそのままどこかへと向かって行った。
菓子メーカーに直接聞いても教えてくれないだろうが、彼なら上手くやるだろう。
(ベタベタするタイプの恋人同士なら、こういう時にキスの1つでもするのかしら)
なんとなくそんな考えが思い浮かんだ。
実際、頬に軽くキスをするくらいであれば、意外とやっている社員はいる。
が、自分もやろうとは全く思わないし、リオからされたこともない。
人には人の付き合い方というものがある。
この先やることはないだろう。
「こっちはこっちの仕事をしましょう」
私はそう呟き、パッケージに視線を落とす。
マシュマロやグミといった、新しい食材探しは他のメンバーが既に着手している。
なら、私としては「フレークを超えるフレーク」を生み出す仕事をやるべきだ。
「この製法が使えるとすれば、一体どんなお菓子が作れる?棒状以外もできるのかしら?」
ポテロッドをチョコレートに浸すだけでも、塩味と甘さが合わさって美味しそうだ。
私はパッケージを眺めながら、イメージを膨らませる。
パティシエという人間は新しい器具を手にすると、色々と試してみたくなる生き物なのだ。
ただ、知らない人からすれば、子供が新しい玩具をいじっているように見えるかもしれないが。
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数日後、自席で仕事をしている私のところに、リオが書類片手にやって来た。
「良いニュースと悪いニュースがある」
なにやら開口一番、微妙な雰囲気が漂い始めた。
しかし、逃げたところで結果は変わらないのだから、覚悟を決めるしかない。
勇気を振り絞って話を促す。
「...良い方から」
腰が引けているのは認める。
だが、やはり良い話から聞きたいのが人情というものだ。
誰ともなく言い訳をするが、リオの話は意外なほど良い内容だった。
「押出機の製造メーカーを突き止めた。名前はエレンモールディング社。ゴムの押出機を作ってる老舗らしい。その技術を菓子作りに応用するなんて、なかなか柔軟な頭の持ち主がいるようだね。接触して、軽く話もした。あちらも取引先が増えるのは大歓迎だって」
「あら、お手柄ね。随分とトントン拍子で話が進むじゃない。じゃあ、悪いニュースって何よ?」
これなら来週の報告会までに結果を出せそうだと、甘い考えが頭をよぎる。
そして、それは一瞬の内に砕け散った。
「ポテロッドで使用してる押出機は特注品。他社への自由な販売を禁止する契約が盛り込まれてる。特許も出願中だって」
「はい?」
話が早くて助かると思った矢先にこれである。
私は唖然としたが、なんとか言葉を口にした。
「...つまり、私たちは買えないってこと?」
私の問いに、リオは両手を上げて降参のポーズを取った。
「そうなるね。この押出機はポテロッド社との共同開発。購入にはポテロッド社の許諾が必要になるって言われたよ」
「ほうほう。って、許可が降りるわけないでしょ!こっちは競合先よ!」
「ブランディンに頼ってみるかい?流石に無理だと思うけど」
「......一応」
私は苦虫を噛み潰したような表情でリオに頼んだ。
話を聞いたブランディンも難しそうな表情を浮かべた。
それでもエレンモールディング社とポテロッド社に、「押出機を買いたい」と申し出てくれた。
エレンモールディング社の回答は「大歓迎」。
ポテロッド社の回答は「絶対に売らない」。
まあ、当然の話である。




