8.規律と責任-2
「私が欲しいのはフレークを超えたフレークだ。確かに私はフレークとは違う新商品を望んでいる。だが、全くの別物だとそれはそれで困る」
「我儘言い過ぎよ。それができれば苦労しないの。差別化できれば十分でしょ」
ブランディンが眼鏡を光らせながら出してきた注文に対し、私は思わず口をとがらせて不満をこぼした。
注文を出す側はいつだって高めの要求を投げるものだが、それにしても限度がある。
だが、当の本人は悪びれる素振りはなく、平然としていた。
「もちろん、最悪の場合はそれで構わない。だが、原材料が全くの別物となれば、規模の拡大による値引きができない。機械は新規に入れるしかないにせよ、仕入れで差をつけないと相手に与えるダメージが足りなくなる」
「それは分かるけど...」
後継者レースも残り半分ほどしかない。
収益性で差をつけるにしても、期限までに目に見える形にしないと意味がない。
だから、彼の主張はあながち間違ったものではなかった。
「成果が大きければ大きいほど、君の夢にも近づく。難しいからと諦めるのは簡単だが、それでは得られるものも少ない。まずは理想的な結果から逆算すべきだろう」
「ああ、分かった分かった。...あなたも随分とやり方が変わったものね。こんなに強引なやり方をするとは知らなかったわ」
私はブランディンの態度に呆れながら折れた。
彼のことは知っていると言えるほどではないが、伝聞での彼と目の前にいる彼の姿は重ならない。
辛酸を嘗めて成長した、彼なりの変化というやつだろうか。
交渉相手として随分と手強くなったものだ。
「つまり、フレークの延長線上にあって、かつそう簡単に真似できない商品が必要ってこと?」
「そうだ。話が早くて助かる」
「要求が理解できるのと、要求に応えられるのは別だけど?」
「君ならできるさ」
「無茶振りする人は皆そう言うのよ」
私は手をヒラヒラさせて、話はここまでだと打ち切った。
ブランディンの考えには一理あるし、考えを変えるには何かしらの結果が必要だろう。
この場での議論には意味がないし、彼も理解しているからそれ以上何も言わなかった。
代わりに口を開いたのはリオだった。
彼とは色々あったが、オフィスでは以前と全く変わらない仕事振りなので、安心して仕事を任せることができる。
「それで、何から始める?」
「とりあえず試食から始めましょう。現状が把握できないと考えるだけ時間の無駄よ」
「了解。テスターとしてHSウェスト社の従業員や、子供たちにも参加してもらおう」
「良いアイデアね」
私は頷き、ブランディンの方に視線を向けた。
彼も用件を察したのか、すぐに控えていた男性社員を呼びつけた。
「こちらの社員が窓口になる。人数や年齢層に注文があるなら、彼に言ってくれ」
「よろしく」
「何でもお申し付けください」
軽く挨拶するリオに対し、礼儀を忘れない男性社員はブランディンの教育によるものか。
そのまま相談を始める彼らを視界の外に置き、私はテーブルの上に置かれた商品たちを睨みつけた。
「フレークの延長線上にあって、フレークを超える商品ね...。普通に考えれば無茶な話だけど」
そもそもフレークは、エイモスとブランディンが最近生み出したばかりの商品だ。
それを更に改良するなど容易い仕事ではない。
「でも、やらないと私の夢に辿り着けない。やるしかないわね」
私は誰ともなく呟き、商品へと手を伸ばした。
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「...いや、良く出来てるわ。本当に。掛け値なしに。問題点が見当たらないんだけど」
私はテーブルに並べられたフレークを試食しつつ、思わず本音を漏らした。
トウモロコシ粉の生地を薄く伸ばして焼いたフレークは、クセがなく食べやすいのが最大の特徴。
焼いただけのものをそのまま食べても美味しいのに、そこにチョコレートとシロップを纏わせているから尚更だ。
「悔しいけど認めるしかないわね。そりゃ、朝食市場で大暴れできるわ」
焼いた香ばしさとチョコレートの香りがトウモロコシの匂いを抑えてくれるし、食感はサクサクパリパリと小気味良い。
万人が美味しいと思うものに、美味しいフルーツやナッツを加えて不味いわけがない。
そこにミルクをかければ、喉が乾くという唯一の問題すら解消されるのだ。
「ブルーベリー、クランベリー、パイナップル、バナナ、リンゴ、レーズン、ピーナッツ、カシューナッツ、マカデミアナッツ、カボチャの種...」
隣ではリオが商品を見ながら、ブレンドされた食材をリストアップしている。
その数は膨大で、とにかくフレークに合う食材なら何でも構わないとばかりの投入具合だ。
エイモスとブランディンの競争の成果とも言える。
「分かってたことだけど、食材を変えるだけじゃ無理ね。というか、もう新しい食材が思い浮かばないわ。そういう意味じゃ、『フレークを超えるフレークを』って考え方は的を得てる」
私は文字通り匙を投げ、椅子の背にもたれかかった。
周囲を見渡すと、そこにはHSウェスト社の社員やその子供たちが同じように試食している。
同じようなことはブランディンも既にやっているが、今回は気になる部分を改めて洗い出すのが目的だ。
そのため、子供や社員たちには自由に意見を言いながら試食するようお願いした。
「ナッツいらない!苦いし、たまに固いのもある。歯が欠けそうだよ!」
「いやいや、それが大人の味ってやつなんだよ。俺はナッツ好きだし抜かれると困る。それにフレークは油分が少ないから、ナッツの脂肪分でバランスを取ってるんだ」
「ドライフルーツは甘いけど歯にこびりつくのが嫌。ベリー系は特にそう。抜いてもいいかも。リンゴとバナナを入れておけば、子供は文句言わないでしょ」
「フレーク自体をもっと甘く、脂肪たっぷりにすれば?これならフレークを超えるって主題にピッタリでしょ?」
「そいつは老人にはきついだろ。アッサリとした味が受けてるんだぜ?超えたって言うより、偏っただけだ」
「老人向けは別にすりゃいい。とにかく新規客を掴まなきゃ。今の客を奪い合っても売上は伸びないんだぞ」
彼らの手元には評価シートがあり、長所や短所や要望など、思いついたことをとにかく書き記すようにお願いしている。
そのシートは今や隙間も無いくらい書き込まれていて、議論しながらも和気あいあいとやっている彼らのやる気が表れていた。
エイモス陣営との仲違いで社内の士気が落ちていないかと懸念していたが、ああ見えてブランディンは部下と上手くやっているらしい。
そうこうする内に試食は終わり、今度は議論の始まりだ。
「さて、意見を整理してみたけど...。思いの外、ドライフルーツやナッツを抜いてもいいって意見が目立つわね」
「人気の理由ではあるが、同時に人を選ぶということだな。好き嫌いやアレルギーはあるだろうし、歯が弱い老人や幼子は固いナッツを嫌がるのも理解できる」
私とブランディンが中心となって話を進め、リオやブランディンの部下がサポート役をこなす。
他の参加者たちは逐次意見を述べていく。
今回は試験的にこういうスタイルにしてみた。
(チームで商品を開発する。HSサウス社の真似事をしてみたけど悪くないわね。社員のやる気があるなら、情報共有や交換が活発になるし、特に『何でそう考えたのか』が相互に把握できるのがいいわ)
組織は人の集まりだからこそ、納得感が非常に大事になる。
疑問にちゃんと答えてくれる環境は、自然と社員のやる気を引き出していた。
その後、議論が一通りまとまったのを見て、ブランディンが総括を始めた。
「フレークそのものに手を加え、形なり素材なり別物に仕上げる。そして、ドライフルーツやナッツといった食材を抜き、フレークと後1つくらいの食材の組み合わせに絞る。これらを目標としよう」
「組み合わせる食材は加工食品の中から選ぶしかないわね。レーズンですら、長期間放置したら固くなるんだから」
「ミルクをかければ多少柔らかくなるがな。そのために待つのでは手軽さという長所が失われる。やはり、最初から柔らかい方がいい」
ブランディンの言葉に社員たちも頷き、肯定する。
チームの意思がまとまった以上、今日やれることはもうなかった。
「それじゃあ、この2つの目標に合ったレシピや食品を探しましょう。とりあえず1週間後。それまでに思いつくものを試してみて。報告は逐次上げて構わないわ」
私の指示を聞くや否や、女性社員が手を上げ口を開いた。
「マシュマロやソフトキャラメルを試したいと思っています。入手が難しい食材でも構いませんか?」
彼女の言葉が発端となり、他の社員たちも一斉に声を上げる。
「ああ、俺もそれを聞きたい。ゼリーを入れようかと思ってるんだ。表面を乾燥させたらいけるんじゃないかと思ってさ」
「私はグミ。最近開発されたお菓子だけど、弾力があるのに水気がないの」
一斉に皆が喋りだしたことで収拾がつかなくなりかけるが、そこを上手く捌いたのはやはりブランディンだった。
「好きにやってくれ。食材の手配に問題があるなら、すぐに報告を。対処しよう」
ブランディンは全体に向けてはっきりと宣言した。
普段は経費に煩いであろう彼の言葉を聞いて、社員たちは目を丸くして言葉を失った。
それに、彼の声色にはやる気が満ち溢れていた。
彼本人が率先して取り組みたいという気持ちが溢れていたのだから、その点でも衝撃を受けたのだろう。
だが、彼には社長としての仕事がある。
歯がゆいだろうが実務は現場に任せるしかない。
(上には上の苦労がある、というやつね)
やりたいことがあっても誰かに任せるしかない。
かなりのストレスだが、それを飲み込めないようでは社長は務まらないのだ。




