8.規律と責任-1
ケリーとリオはブランディンから説明を受けた後、HSウェスト社へと招待された。
目的は新商品開発プロジェクトへの参加である。
オフィスの内装は白を基調とした清潔かつ無駄のない作りとなっており、品の良い病院のような緊張とリラックスのバランスが取れた居心地だった。
ブランディンの志向を反映した趣向であると一目で分かり、他のオフィスとの違いからケリーとリオは興味深そうにあちらこちらを見て回った。
そして、最後に案内された応接室では、ブランディンが資料を揃えて準備万端で待ち構えていた。
「私と兄は袂を分かった。それは理解しているな?」
私とリオが着席したのを見計らい、ブランディンは口を開いた。
既にアパートで聞いた話ではあるが、念を入れた再確認から始めるあたりは彼らしかった。
「ええ、結局フレークの権利を共同保有にしたのよね」
「そうだ。自力で売った分だけ売上に計上する。互いのライセンス料金支払いもなし。そういう契約に落ち着いた」
「売上で勝つのが目的ならフレークじゃ駄目なの?市場規模で考えれば十分有望よ」
「駄目だ。同じ商品で差をつけるのは難しい」
フレークは薄く伸ばしたトウモロコシ粉の生地を細かくして焼き、チョコレートとシロップを纏わせた菓子。
クセもなく食べやすいそれは今も人気を誇っており、順調に売上を伸ばしている。
しかし、それでは駄目だという主張は1つの結論を導いていた。
「つまり、フレーク以外の新商品の開発が上手くいかなかったってことね」
「そういうことだ。自分の限界というものを思い知ったよ」
ブランディンは悔しさを滲ませて手を強く組むが、意外なことに反論はしなかった。
彼の中ではこの失敗は既に過去のものであり、今はどう対応するかを考える段階に進んだのだろう。
(精神的な打たれ強さも経営者の資質の1つか。さっさと割り切って別の手段を模索するのも強みよね)
かつての競争相手に頭を下げ、協力してほしいと言える度胸も凄い。
誰かに助けて貰うという選択ができるのも立派な才能であり、意外とできない人が多い。
私はブランディンのことを見直しつつ、彼に話を進めるよう促した。
「フレークにドライフルーツやナッツを加えたシリーズを開発し、兄と正面切って戦ってきた。だが、決定打が足りない」
ブランディンはそう言って、テーブルの上に置かれたパッケージを指さした。
確かに様々な種類のフレークは美味しそうだったが、よく見ればテーブル片側にあるのはHSイースト社の製品だった。
反対側にはHSウェスト社の製品が置かれ、パッケージに描かれている内容も似たりよったり。
それを見て私は納得し、「ふむふむ」と頷いた。
「なるほど。どちらかが新商品を出せば、相手もそれを真似る。これじゃ差はつかないわね」
フレークは変えず、合わせる他の素材を変えるやり方は正解だし、実際売上も伸びている。
しかし、会社が違うと言っても、基本となるフレークは同じ製法で作っている。
味の好みがあるにせよ、多くの消費者はその日の気分で購入品を変えてしまうのだろう。
かといって、値下げ競争を始めようものなら、行く先は地獄でしかなかった。
「自分では解決策が思い浮かばない。だから、できそうな人間を連れてくる。実に合理的な発想だ。少なくとも、今の競争を続けるよりは建設的だね」
隣に座るリオはそう言いながらパッケージを2つ手に取り、見比べる。
左手にはHSイースト社の「フルーツたっぷりフレーク」。
右手にはHSウェスト社の「山盛りフルーツフレーク」。
封を開けてそれぞれの中を伺うと、爽やかなフルーツとチョコレートの甘い香りが漂ってくる。
しかし、香りも見た目も違いが分からなかった。
「チョコレート菓子の開発に精通していて、実績も十分。しかもフリーとなれば君しか思い浮かばなかった」
「手放しで褒められると流石に照れるわね」
「事実だ」
「そう、ありがとう。それで、上手くいった時の報酬は何を頂けそうかしら?」
こちらも暇ではない。
自分の会社を設立するために走り回っているところなのだから、何かしらメリットがなければ手伝うわけにはいかなかった。
もちろん、この話は既に伝えてある。
今聞きたいのはブランディンが検討した結果だ。
「結果を出せば、出資者や協力者を募る手伝いをする。原材料メーカーなどに対する口利きもしよう。ハムズスイーツ社の取締役、その肩書と人脈を使えるのだから悪くないはずだ」
「それは...」
「大盤振る舞いだね。いいのかい?」
ブランディンの提案に私とリオは驚き、彼の顔をマジマジと見つめた。
「ハムズスイーツ社の名前を出すのは流石に不味いんじゃないの?わざわざ競合を生み出すわけだから、会社への反抗と取られかねないわよ?」
いくら取締役とはいえ、利益相反となれば責任を問われる。
最悪、会社を追い出されるかもしれない。
しかし、私たちの心配を他所に、ブランディンは問題ないと胸を張った。
「ラモーナから出資を募るのだろう?ハムズスイーツ社も相乗りで出資する形にすれば問題ない。資本提携となれば文句は言えないさ」
「子会社扱いってこと?」
彼の提案はハムズスイーツ社から資金を貰い、代わりに株を売るというものだ。
喧嘩を売る相手に資金を出してもらうのも不思議な話だが、意外なことに資本主義の世界ではよく聞く話だった。
「株を何%渡すかは君と計画次第だ。魅力的で成功が間違いないほど、出資者に売り渡す株は減る。法的には50%以上渡さなければ子会社ではないが、20%も渡せば世間的には傘下の企業と見なされるだろうな」
「なるほど。だからこそ、少しでも良い結果を出せってことね」
ブランディンがどこまで協力してくれるかは今回の新商品次第。
彼の提案はアメとムチのセットだった。
私はミックスバーを開発したが、一度だけならマグレと言い張る人もいるだろう。
そんな相手をねじ伏せるためには、もう一度実績を上げる必要がある。
彼の提案は妥当なものだった。
私がフンと鼻を鳴らすと、彼は悪そうな笑みを浮かべた。
「君に実績があれば、出資者を口説き落とす必要などない。あちらから出資させてほしいと頼み込んでくる。ここが腕の見せ所だ、期待しているよ」




